6.ライバル登場?
アーサー様とふたりで食堂に通い始めてから――つまり、ファル様を笑いの渦に突き落としてから一週間。
あいかわらず周囲の貴族や役人の方々からは遠巻きにされているものの、わたしたちの存在自体には慣れたようで、視線は少なくなっていった。
あのあとまたお会いしたファル様の話によれば、食堂へ顔を出すようになったアーサー様やわたしへお近づきになりたい貴族たちはやはりいるとのことで、ただ、これまでのアーサー様の鉄壁ぶりから、二の足を踏んでいるらしい。
それならこちらから話しかけてみるのもいいかもしれない……と考えるわたしの向かいで、
「話しかけづらいのはあなたがいらっしゃるからというのもあるでしょう」
とアーサー様がため息をついていらっしゃったけど。
ファル様が何者なのかは、調べてもよくわからなかった。
婚約の発表の準備も進んでいる。アーサー様とお父様で王家への通達はすでになされ、あとはしかるべきタイミングで公表するだけ……ということだ。
執務室にティアラ・キーリング様が現れたのは、そんなときだった。
***
「こんにちはぁ~」
ノックもないままにドアが開いたかと思えば、間延びした声が執務室に響き渡る。
アーサー様と同時に顔をあげ、わたしは首をかしげた。
そこにいたのはゆるくウェーブがかった桃色の髪に大きなリボンをつけ、同じく大きなリボンのついたかわいらしいドレスをまとったご令嬢。
出仕した貴族のご令嬢だろうか? 迷子になったのかもしれない。
と思ったところで。
「本日からここで働くことになりました、ティアラ・キーリングですぅ」
「……ここで?」
「まぁ! なんてかっこいい宰相様」
アーサー様が眉を寄せ、立ちあがる。
うわ、アーサー様の不機嫌そうな顔、初めて見たかもしれない。
けれどティアラ様はそんなことはお構いなしにほうっとため息をついてアーサー様に見惚れると、思い出したように手に持っていた封書をさしだした。
「はい、これ、推薦状です」
「ロメイド公爵家のものだな」
封蝋の紋章を見たアーサー様が言う。
ロメイド公爵家といえば、貴族たちの中でももっとも大きな家だ。長女のセシリー様は第一王子ファーガス様と婚約しており、政治的な基盤も強い。
封を開け、中を確認したアーサー様は寄っていた眉を戻し、いつもの顔に戻った。
「キーリング男爵家のご令嬢、ティアラ殿」
「はい」
ティアラ様がにこりと笑う。ぱっと空気が華やぐような、それでいてどこかに妖艶さのある笑みだった。
「見識を広げるため、出仕を願っていた、と」
「ちょうど宰相様のお仕事の人手が足りなくなりそうと聞きましたのでぇ」
「わかった」
書類を封筒に戻し、アーサー様はそれを執務机の引き出しに入れた。
「では各領地から出ている予算の確認をしてくれ。その棚に昨年の実績があるから、まずは今年の申請を突合し、抜け漏れや変更があれば書き出すこと。その後、書き出した変更点をオリヴィアに確認してもらい、意図の不明な変更がないかを見るんだ。まずは規模の小さなオルブライト領から」
ああ、アーサー様。その指示の仕方は新人には厳しすぎます……。わたしも始めたばかりのころ、正確かつわかりやすいが情報としては量の多すぎる指示を出されてあたふたしていた。
きっとティアラ様もわからないだろうと、棚から去年の資料を出すべく立ちあがったわたしの前で、
「は~い!」
意気揚々と手をあげたティアラ様は、棚に向かうこともなく執務椅子に腰かけた。
「で、どうやってやるんですか? 教えてください、アーサー様♡」
「……」
「……?」
なにも言わないアーサー様にティアラ様が笑顔で首をかしげる。
こ、怖い。アーサー様がすぐに返答できない質問なんて、これまでに見たことがない。
緊迫した空気にわたしのこめかみを冷や汗がつたっていく。
「……アーサー様、会議のお時間では……」
「ああ、そうだったな。オリヴィア、ティアラ嬢に仕事を教えてやってくれ」
「はい、承知しました」
時計を見上げ時刻に気づいたアーサー様は、それだけ言って執務室を出ていった。わたしは頭をさげてその後ろ姿を見送る。
だが、顔をあげ、ほっと安堵の息をつくわたしに、ティアラ様は椅子にもたれたまま頬を膨らませた。
「もーっ! せっかく来たのに、アーサー様がいないんじゃしょうがないじゃない!」
「えっ?」
どういうことだろう。
見識を広げるため、仕事を学びにきたのではないのだろうか。
「ティアラ様、まずはものの置き場から説明しますね。この棚には……」
「あーもーそんなのどうだっていいのよ」
ティアラ様が手をひらひらと振ると、わたしの顔をじっと見つめた。
わあ、睫毛が長い。しかも一本一本がぴんと上を向いていて、空色の瞳を彩っている――じゃなくて。
関係ないことに感心してしまいそうになってわたしは我に返った。
「どうでもいいだなんて――」
「こんなに野暮ったいひとがアーサー様の婚約者になるの? ありえないでしょ」
わたしの注意を遮り、頬を膨らませたままティアラ様は言い放った。