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5.本当にこれでいいのだろうか

 アーサー様はお言葉どおり、すぐにフォルスター家にご挨拶に来てくださった。

 前の晩にわたしから第一王子と第二王子に関する噂が云々……という事情を聞いたお父様は、

 

「やっぱり仕事人間じゃねえかあいつはあああああ!!!!!」

 

 と激怒してしまい、アーサー様を前にしても怒りは収まらないようだった。

 魔王のような表情で顔を真っ赤にしているお父様に、わたしは、

 

(ひいいいいいっ!!! アーサー様申し訳ありません!!!!)

 

 と内心で悲鳴をあげていたものの、

 

「フォルスター殿、内密なお話が……オリヴィア、すまないがここで待っていてくれないか」

「え、あ、はい」

 

 射貫くような視線をいつもの冷静な表情で受け流し、アーサー様はお父様とふたりきりで応接間に入った。

 かと思うと……。

 三十分もたたないうちに、アーサー様とお父様がふたたび姿を現した。

 

 アーサー様の表情は変わらない。けれどお父様の顔から怒りは消え、なぜかアーサー様の肩を強く引き寄せている。

 

「貴殿を息子として認めよう」

「ありがとうございます、フォルスター殿」

 

 アーサー様、なにを言ったんだろう……?

 国内の平安を守るためにこの結婚が必要なのだということは、昨日わたしがいくら説明してもお父様は聞き入れてくれなかったのに。

 

 お父様がわたしを見る。

 

「お前……鈍すぎるだろ……育て方を間違えたか……?」

 

 なぜかわたしが責められたので本当に意味がわからなかった。

 

 

***


 

 翌日から、ふたりでいるところを見せておいたほうがいい、というアーサー様の意見で、わたしはアーサー様といっしょに宮殿の食堂へ顔を出すことになった。

 これまでは執務室に食事を運んでもらっていたから新鮮だ。

 

 すごく……すごく特別っぽい。

 アーサー様の周囲がきらきらと輝いているようで眩しい。簡素で堅実さのある内装の執務室とは違って、食堂は晩餐会でも使われるため、天井にはシャンデリアが吊るされ、宮殿に出仕している多くの貴族や役人たちがおしゃべりを交わしており、ちょっとしたサロンのようだ。

 

 当然、皆の視線はアーサー様に向けられた。

 わたしにも来てるけど、(誰だあいつは?)という視線だろう。

 実際、「あれが宰相様の補佐……?」という囁きも聞こえる。申し訳ありません、こんな地味な人間で。

 

 ざわめきの大きさに、アーサー様は本当に注目されているのだと改めて思う。貴族たちはちらちらと視線を向けてはなにごとかを囁きあっているが、〝氷の宰相〟に話しかける勇気はないらしい。

 

「本当に嫌じゃないか?」

 

 席につきながらアーサー様が尋ねる。

 そういえば執務室ではいつも斜め前に座っていたから、向きあってお顔を見る機会はあまりない。

 無表情に見えて、アーサー様の視線は気遣わしげなもので、本当にわたしを心配してくださっているのがわかる。

 

「いいえ」とわたしは首を振った。

 

「アーサー様はお嫌ではありませんか?」

「俺は、そうなればいいと思っていたから……」

「愚問でしたね」

 

 一瞬、アーサー様の目が切なそうに細められたような気がして、わたしは顔を伏せた。

 状況が特別だから、アーサー様までいつもと違って見える。仕事……これは仕事なのだ。目的のために、わたしたちの仲をアピールするためにここにいる。

 そう自分に言い聞かせていないと、ドキドキして胸が爆発しそうだ。

 

 突如、ざわめきがひときわ大きくなった。

 

 なんだろうかと顔をあげれば、一人の青年がこちらへ近づいてくるところだった。

 流れるような翡翠色の髪を肩のあたりで一つに束ね、整った顔立ちにアーサー様以上の注目を集めながらも、さらりと流しているスマートさ。

 

 さぞ名のある貴族の方に違いない……。

 しかもどうやらその方は、わたしたちのテーブルを目指しているようだ。

 

 慌てて立ちあがるわたしに、アーサー様も立ちあがる。

 

「知っているのか?」

「いえ、存じ上げない方ですが……アーサー様は?」

 

 わたしが尋ねるとアーサー様は考え込む顔つきになった。そのあいだに青年はわたしたちのテーブルにたどりついた。

 

「やあ」

 

 なぜか、彼が最初に話しかけたのは、アーサー様ではなく、わたしだった。

 

「は、はじめまして。オリヴィア・フォルスターと申します」

「ぼくはファル・カエン子爵だ。ファルと呼んでくれ」

「はい……ファル様」

 

 手を取られ、一瞬で距離を詰められる。有無を言わせない迫力にわたしはのけぞりそうになった。

 と、その手はいつの間にかテーブルのこちら側にやってきたアーサー様によって奪い返された。

 

「!?」

「いや、今日はアーサーが食堂にご令嬢を同伴なさった、天変地異でも起こるんじゃないかって侍従たちが言うからな、気になって見に来たが、本当みたいじゃないか」

「天変地異は起きません」

「そこじゃない。あいかわらず冗談が通じないなお前」

 

 どういうことだろう。アーサー様はダリエル侯爵なのに、家格が下のはずのカエン子爵ファル様のほうが立場が上のようだ。

 カエン子爵という爵位自体はきいたことがある。膨大な貴族名鑑の中のどこかで見た。どこだったかしら……。

 

「じゃあこのお嬢さんが、お前が三年間隠し続けてきた〝宰相補佐〟か?」

 

 え、わたし、ほかの貴族の皆様に認知されているの!?

 しかもなぜか隠されていることになっている!?

 

 いえ、でも、そうね。

 毎日宮殿に出仕してアーサー様のお手伝いをしているだけだけれども、アーサー様自身は知らぬ人はない方なのだ。いっしょに仕事をしているだけで名前は覚えられているのかもしれない。

 

「はい。彼女と婚約することになったのです。ですからほかの貴族とのつながりを得るためにも、今後は食堂で昼をとろうかと」

 

 ファル様の目が見開かれた。

 一方わたしは、思いがけないタイミングで婚約の話題があがり、頬が熱くなるのが自分でもわかる。

 無表情なアーサー様と顔を赤くして俯くわたしを交互に眺め、ファル様は面白そうに目を細めた。

 

「そうか、にしても三年たってようやく関係が進展したということだな。……なあ、どういうきっかけだったんだ?」

 

 ぎく、とわたしは身体をこわばらせた。

 やはり三年も仕事仲間として接しておきながら急に婚約するというのは違和感があるのだろうか?

 この婚約が偽装だと、知られてはいけないのに――。

 

 しかし、わたしの不安をしりめに、

 

「俺が彼女のことを好きで好きで、どうしても結婚したくて縋ったのです」

 

 ファル様の目を真正面から見据え、アーサー様はきっぱりと言い切った。

 

 そ、それ、本当にその設定で行くんですか!?

 

「ぶはっ!!」

 

 真顔で告げられる突拍子のない台詞にファル様が噴き出す。しかもツボに入ってしまったようで、ご自分の身体を抱きしめるようにしながらしばらく震えている。

 

 ほら、笑われてますよ!? ちょっと無理がありませんかその設定!?

 

 ひとしきり笑ったあと、ようやく顔をあげたファル様は涙を拭った。

 

「これ、言いふらしてもいいのか?」

「どうぞご随意に」

 

 アーサー様はすましたお顔でそう答えていらっしゃるけど……。

 たしかに、インパクトが大きくてほかの質問を吹き飛ばしてくれそうではあるけれど……。

 

 本当にこれでいいんだろうか。

お読みいただきありがとうございます!

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