3.つまりこれは仕事のはず?
沈黙がふたりのあいだを流れた。
アーサー様は動じることもなく、やっぱり無表情な、冷酷にすら見える美しいお顔でわたしの言葉を待っていた。
そしていつまで待ってもわたしが返事をしないことに気づき、
「前提を話そうか」
「あっはい、お願いします」
わたしはようやくアーサー様が淹れてくれたお茶を飲んだ。甘い蜂蜜の香りと生姜のぴりっとした風味が元気を取り戻させてくれる。
「近ごろ、第二王子を王太子としてはどうかという声が出ている」
「シガード様を……ですか?」
「ああ」
わたしたちの暮らすベルオン王国には、二人の王子がいる。
第一王子ファーガス様と、第二王子シガード様。どちらの王子も国王として問題ない資質を備えており、であれば順当に第一王子ファーガス様が王太子となるだろうと目されている。
ファーガス様は現在十八歳。
もうすぐ訪れる成人の儀のタイミングで、立太子の儀も執り行われるに違いないというのが貴族たちの推測だ。
もちろん宰相であるアーサー様は、推測ではなく実情を知っているのだろう。
しかし第一王子が立太子目前というタイミングで、第二王子を推す声が出てくるとは……。
「話の出所は目星がついているのだが……どうも信じられなくてな。主に夜会やサロンで事実無根の噂話が独り歩きしているらしい」
あ、理解しました。
「つまり、アーサー様は夜会やサロンに潜入し、噂話を調査したい、と」
「だが俺はまったくといっていいほど社交界に顔を出していない」
「はい」
わたしは頷いた。その言葉が事実であることはわたしもよく知っている。
なぜ知っているかって?
それはこの三年、アーサー様の補佐として毎日毎日毎日毎日毎日毎日書類の山に囲まれて暮らしてきたからだ。
そんなアーサー様が今からいきなりどこそこの夜会に行きたいなんて言い出したら、どうしたのかと勘繰られてしまうだろう。
ひとつだけ、そこそこ不自然ではない形で社交の場に紛れ込む方法がある。
「それで、わたしと結婚したいと……」
「婚約を発表すれば、社交界の話題になる。祝いとして、いくつかは夜会の招待状も届くだろう」
「アーサー様とお近づきになりたい貴族はたくさんいるでしょうからね」
お父様が言ったとおり、アーサー様は優秀で将来有望で美貌の持ち主なのだ。
わたしが働き始めた三年前は、アーサー様は招待状の山にも囲まれていた。
しかしすべてに「仕事が終わったら参加します」と返事をして深夜まで働き続けたため、招待状は届かなくなった。
「わかりました」
考え込んでいたわたしは、顔をあげた。
つまりこれは、仕事だ。
そう思ったとたん、頭の中でパタパタッとパズルのピースが組みあがるように、「やること一覧」が出力されていく。
「成人の儀は半年後。時間がありません。婚約発表は早いほうがいいですね。父にはわたしから話しておきます」
「俺もすぐに挨拶に伺おう」
社交シーズンはすでに半分をすぎて、残り三か月。次の社交シーズンの始めに、成人の儀がある。
つまりあと三か月で社交界にもぐり込み、事を詳らかにし、必要があれば成人の儀までの三か月で対処する。
「周囲に信じてもらうためには、結婚式の準備も進めたほうがいいですし、夜会に参加するとなるとその時間もとられる。仕事は今がピークですからなんとかなるかもしれませんが……やっぱり人員を増やす必要がありますね。その手配も父にお願いして……」
指折り数えるわたしに、アーサー様はきょとんとした顔になった。
めずらしいな、アーサー様のこんな顔。
「どうしましたか?」
「その……嫌ではないのか。結婚なんて」
「いいえ、まったく? 国のために必要だとアーサー様が判断されたことですよね?」
むしろわたしにとっては最高の提案だった。
偽装だとしても、アーサー様の婚約者になれるのだ。一生の思い出になるだろう。
ゆるみそうになる顔をなんとか引きしめて、わたしはアーサー様を見る。
「それに、アーサー様がわたしを頼ってくださることが、とても嬉しいのです。お役に立ちたいと思います」
「――……」
アーサー様は目を細める。
「そう言ってもらえるなら……よろしく頼む」
「はい!」
笑顔で頷くと、テーブルに紙を広げ、わたしはこの偽装婚約に必要と思われる項目を挙げていった。
「夜会に出るなら婚約のきっかけもすりあわせましょう。きっと皆さんに聞かれるでしょうし――」
考えかけて、わたしはぱっと頬を赤らめた。
仕事をともにするうちに互いに惹かれあい、実は以前から恋人同士だった……というのがスタンダードなんだろうけれど、口に出すの、恥ずかしいな!?
偽装婚約という前提がなければ、図々しいくらいの妄想だ。
けれど、顔をうつむける私の前で、アーサー様は冷静な表情で顎に指先を当て、
「あまり凝った設定にしてもボロが出やすい。どうして隠していたのかと尋ねられるかもしれん」
「そうか、そうですね……」
「事実に近いほうがいいだろう」
「事実に?」
どういうことかとアーサー様を見れば、アーサー様はいつものなんの感情も読みとらせない表情で、
「俺が君のことを好きで好きで、どうしても結婚したくて泣いて縋ったことにしよう」
「????????」
わたしの疑問符は声にならなかった。
「誰かに婚約の理由を尋ねられたらそう答えてくれ」
「な、泣いてというのは、ちょっと……」
「そうか。たしかにな。そのぐらいの気持ちなのだが……俺は感情が顔に出ないらしい」
はあ、とため息をひとつ、
「俺が君のことを好きで好きで、どうしても結婚したくて縋って頼んだ」
これで決まったとでもいうようにアーサー様はわたしの用意した紙にそれを書き入れ、
「では、結婚式までのスケジュールについて検討しよう」
と言った。
……仕事のはず……ですよね??