【コミックス①巻発売記念】婚約指輪ができました
朝の風が、徐々に涼しいものになっていく。もうすぐ秋だ。
勤務開始ほんの少し前の宮殿内を歩きながら、わたしはしみじみと季節の移り変わりを感じていた。
秋といえば、刈り入れの季節。議会も終わり、貴族の皆様は監督のために領地に戻る。刈り入れが終われば、そこから冬支度をしたり、報告書をまとめたりして、春先の議会に備える。
そんなわけで現在の宮殿にもあまり人はおらず、勤務前ながら「ひと息つけるぞ」というまったりとした空気がただよっている。
あたたかくなる春先に結婚式を、とアーサー様はおっしゃった。
王都に貴族も集まるので、春から初夏にかけては結婚式シーズン。ミリアお姉様も初夏の輝く日差しと新緑のもとで式を挙げたのだった。
まさかわたしが、そんなロマンティックなシーズンを意識することになるなんて思ってもみなかった。
アーサー様とわたしも結婚式に向けて、準備を進めている。
招待状や式場の準備、食事やお酒の差配、仕事のやりくり……意外とあるなあ。
ひょんなことからドレスの目途がついたのはよかった。
「…………」
わたしは自分の右手を見た。
薬指には、アーサー様から贈っていただいた婚約指輪が輝いている。
中心にはローズカットのブルーダイヤモンド。アーサー様の瞳の色と同じ、爽やかで、気品がある。周囲にはメレダイヤモンドで透明感のある輝きを。プラチナのリングにも繊細な曲線美が施され、アーサー様の特徴的な銀髪を彷彿とさせる……。
マダムが心を込めて仕上げた婚約指輪は、どこからどうみても最高の出来上がりだった。
「……ふ……ふふふ」
「溶けてる溶けてる、顔が溶けてるぞ」
「!?!?」
突然かけられた声にわたしはびっくりして飛びあがった。本気で床から数センチ浮いていたと思う。
ぼんやりした性格だと自分で思っていても、きちんと反射的危機回避能力があるみたい。
わたしに突如訪れた危機……もとい、声の主は、笑いをかみ殺したような形に唇を歪めている。
表情の全体がわからないのは、色付き眼鏡をかけているからだ。
「……ファーガス殿下」
「ファルでいいって」
長身を壁にもたれさせてこちらを見ているのは、このベルオン王国第一王子、ファーガス殿下。
いつもの派手なジャケットに肩までのばした入日色の髪、そして大きな色付き眼鏡。
この〝お忍び〟の姿のときは、第一王子ファーガス殿下ではなく、ファル・カエン子爵としてふるまう。やんごとなき王族の方々はそうした茶目っ気を持っていらっしゃる。
性格も当然気さくなファーガス殿下は、婚約者セシリー様との仲をとりもったわたしに感謝してくださり、友人扱いをしてくださるのだ。
わたしはそこそこの頻度で対応に困っていますけれども……。
「宰相室になにかご用でしたか」
わたしは急いで鍵をとりだした。
この数か月、国王陛下の号令のもと宮殿では働き方改革が進められており、残業はできるだけ減らすように、という通達があった。
なのでアーサー様もわたしも、早朝出勤はとりやめ、定時出勤・定時退勤で働いている。
宮殿に住むファーガス殿下はそろそろ勤務開始だと思って宰相室にいらっしゃったのだろうが、お待たせしてしまった。
「いや、大した用じゃない。というか、ほぼ終わった」
「ほぼ終わった?」
「婚約指輪を作ったんだろ?」
ファーガス殿下はわたしの右手を指さした。わたしもそれに応えるように、右手を持ちあげて見せる。
「はい」
「それで〝氷の宰相〟が浮かれまくって、しかも〝氷の宰相補佐〟も浮かれまくってるって噂になってたから」
「ひいっ!! どこでそんな噂が!!」
「いやもう王族から貴族から役人から侍従からとにかく全体的にだけど?」
「ぎゃああああっ!!」
覚えがないとは言えない。正式な婚約者となり、そしてまた正式な婚約者の証を目に見える形でいただいて、ご指摘のとおりわたしは浮かれまくっている。
アーサー様も隙あらば婚約指輪の話をしているらしい、とセシリー様からも聞いた。
「セシリーにはもう見せたんだろ? 俺も見たくて。あ、そのままでいい」
指輪を指から抜きとろうとしたら、ファーガス殿下に止められた。
「俺が触ったら、アーサーに怒られる」
色付き眼鏡を頭にのせると、ファーガス殿下は冗談なのか本気なのかわからない顔で指輪をあちこちから眺め、「ふむふむ」と頷いた。
あ、もしかして……。
「ありがとな」
「……セシリー様にも指輪を?」
「ッ!」
どうやら図星だったらしい。
カーッと赤くなる顔を、ファーガス殿下は色付き眼鏡で半分隠した。でも頬の部分はばっちり見えていますよ。
先ほどまで慌てていたのも忘れ、わたしの胸もきゅーんとなる。
そういえば、幼いころからの婚約者だけれども、セシリー様は指輪をされていなかった。想いが通じあった今、というのはよくわかる。
秋だけど、青春だ!
「も、もういい、戻る。じゃあな」
にこにこしていたらファル様はくるりと背中を向けて、宮殿の奥の間の方向へと歩いていってしまった。
わたしは鍵を開け、宰相室に入る。
窓辺によると、少し窓を開けた。アーサー様がくるまで空気の入れ替えだ。
外には秋の晴れ空が広がっていた。
その空に重ねるように右手をかざし、指輪の輝きを確かめる。
「ふふふっ」
ファーガス殿下に指摘されたばかりだというのに、思わず笑みが漏れてしまう。でも抑えるのも難しい。せめて一人のときは許してほしい。
ひとしきり顔をニヤニヤさせてから、わたしは窓を閉めた。
廊下を足音が近づいてくる。きっとアーサー様だ。
よし、と気合を入れて、執務机に向きなおる。
「今日も、一日、お仕事がんばりましょう!」
『仕事人間な伯爵令嬢は氷の宰相様の愛を見誤っている』
5月25日(日)にコミックス1巻が発売です!
本屋さんでは週半ばから早売りが始まるようです。さがしてみてください~!
初期の偽装婚約中の二人を、mako先生がめちゃくちゃかわいく描いてくださっています…!!
コミカライズの話題が出るたびに言っているのですが本当にかわいいです。
元気で鈍感なオリヴィアはもちろんなんですけど、無表情に見えて実は感情豊かなアーサーが…!!
すばらしすぎるので…!!
↓↓活動報告に書影や特典、試し読みなどまとめております。↓↓
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