デート編(3)
目の前には、宝石のずらりと並んだガラスケース。
色とりどりのダイヤモンドにルビー、サファイア、エメラルド、大粒のパールもある。
それから、ニッコニッコの笑顔でわたしたちを出迎えたマダム。アップに、けれどもふんわりと結いあげた髪と、柄の入ったドレスが、おしゃれ上級者の装いを感じさせる。
「お待ち申しあげておりました、ダリエル様、フォルスター様。ベイトラーと申します」
「え?」
どういうことかと、わたしは隣に立つアーサー様を振り向いた。
つい数分前、天国のようなランチが終わり、アーサー様はまたわたしをエスコートしてくださった。
きたときとは反対方向へ連れられてわたしは首をかしげたものの、客どうしが顔をあわせないように一方通行になっているのでは、と思い至り、なにも言わずに従った。
廊下をまがったところで、案内をしてくれた紳士はひときわ装飾の華やかな扉を開き、「どうぞごゆっくり」と頭をさげた。
……ごゆっくり?
予想とは反対の言葉を告げられて、わたしは不思議に思いながら扉の先を見た。
そして、思わず困惑の声をあげてしまった、というわけだった。
「アーサー様……えっと、これは」
「〝ル=カメリア〟の本館だ」
「もともと〝ル=カメリア〟は宝飾店なのですよ。お客様に最高のひとときを楽しんでいただこうと、レストランも始めたのです」
マダム・ベイトラーがアーサー様の簡潔すぎる説明を引き継いでくれた。
つまり、わたしたちが食事をしたレストランは〝ル=カメリア〟の別館で、先ほどの廊下は本館につながる連絡通路、そして〝ル=カメリア〟の本業は宝飾店……?
でも、どうして本館に?
「ここで誕生日プレゼントを選ぼうと思った」
わたしの疑問に答えるように、アーサー様が言う。
「さっきのランチが誕生日プレゼントではなかったのですか?」
「あれは食事だが……?」
不思議そうな顔になったアーサー様と、わたしはしばし見つめあった。どうやらアーサー様の中では、食事は誕生日プレゼントではなく、誕生日プレゼントを選ぶ前の腹ごしらえ的な位置づけであったらしい。
わたしの実家フォルスター伯爵家は、貴族の中では普通ぐらいの家だ。悪いわけではないが、代々宰相家を務め、王家の皆様とも親交の深いダリエル侯爵家とは格が違う。
「もちろん、あの食事も、オリヴィアがよろこんでくれればいいと思って用意したものだが……」
「嬉しかったです、とても」
「よかった。では、俺の願いを聞いてほしい」
重ねたままだった手を握ったアーサー様は、わたしに視線をあわせるように腰を折った。アイスブルーの瞳が、煌めく氷の涼やかさを持ってわたしを見た。
「は、はい」
上目遣いのアーサー様の破壊力に声を上ずらせながら答えれば、アーサー様はふっとほほえむ。
「婚約指輪を贈らせてほしい」
「――……」
「オリヴィアは俺の婚約者なのだと、皆に知らしめたい」
口にされた〝願い〟に想定外の独占欲を感じて、わたしはアーサー様を見つめた。
婚約が偽装だったころ、アーサー様が婚約指輪や結婚指輪についてちらりと触れたことがあった。さすがにそんな高価なものはだめでしょうと言って、話は終わったのだけれども。
本当は、アーサー様から指輪をいただけたらどれほど幸せだろうと、考えていた。
「オリヴィア?」
「うれ……しい、です……」
わたしは顔を真っ赤にして答えた。あのときのわたしはアーサー様の想いも知らず、すげなく断ってしまったのに、覚えていてくださったことが。
「わたしも……アーサー様からいただいた指輪を、いつもつけていたいです」
「っ!」
突然、アーサー様が胸を押さえてよろめいた。
大丈夫ですかと尋ねる前に顔をあげたアーサー様はいつもの真顔で、マダム・ベイトラーを振り返る。
わたしたちのやりとりを笑顔のまま見守ってくれていたマダムが、さらに笑みを深いものにして頭をさげた。
「〝ル=カメリア〟にお任せください。必ずや最高の婚約指輪を仕上げてご覧にいれます」