デート編(2)
アーサー様にエスコートされて足を踏み入れたのは、王都の一番街にあるレストラン〝ル=カメリア〟だった。
すぐに案内役らしき紳士が現れ、「お二階です」と導いてくれる。
淡いブルーグレーの大理石でできた壁や床には、様々な彫刻が施されている。派手な色を使っていないのに品のよい重厚感があり、それでいて重苦しくない。
高くとられた天井には小ぶりなシャンデリアが等間隔に吊るされていた。
時間を忘れて見惚れてしまうすばらしい装飾だけれども、今からここで食事をするのだと思えばちょっと……胃と心臓が……わたしの外見はアーサー様が褒めてくださったから問題ないと信じていますけれども!
ほとんど晩餐会のごとき緊張感にちらりとアーサー様を見ると、アーサー様もわたしへ視線を向けたところだった。
「緊張するか?」
「は、はい、少し」
本当は少しどころではない。でも「すぐにでも口から心臓が出せます」と本音を言うわけにもいかず、わたしは小さく頷いた。アーサー様はいつもどおり、まったく動じていらっしゃらない。
「そうかと思い、個室にした。部屋ではくつろいでいい」
「個室っ」
大きな声をあげてしまいそうになって慌てて口をつぐむ。
誰にもすれ違わないで廊下を歩いていると思ったら、個室をとってくださっていたのだ。
「こちらです」と案内された部屋は、気品あふれる廊下の内装とはまた違って、繊細な光にあふれていた。
ドアを開けた正面は、壁一面が窓になっていた。景色を邪魔しないように窓枠は細くできており、ガラスの向こうに青空と王都の町並みが見える。
二階といえども、一階の天井が高いぶんだけ二階にいるわたしたちの目線もあがる。大通りに並ぶ建物の屋根がさんさんと降りそそぐ日差しに映え、まるで空を飛んでいるような気持ちになる。
「すごい……!」
「気に入ってもらえたようでよかった」
感嘆のため息をついたわたしに、アーサー様がほほえみかける。
あ、待ってください、このタイミングで笑顔は倒れそうです。
絵画のような光景にわたしの胸は高鳴りっぱなしだ。顔も真っ赤になっているだろう。
これまでアーサー様とは何度か王都デートをした。けれども訪れるのはいつも植物園だったり、史跡だったり、雑貨店だったりと、ここまであらたまったデートをしたことはない。
アーサー様にとってはこれも普通のデートの範疇なのだろうか。
それとも別の理由が――。
やや現実逃避気味に考えをめぐらせていたわたしの手を、アーサー様がとった。身を屈めたアーサー様が、手の甲に口づける。
「誕生日おめでとう、オリヴィア」
「……!!」
顔をあげたアーサー様にほほえまれ、わたしは息を呑んだ。
「少し早いが、祝わせてくれ」
誕生日……そうだ、そうだった。七月十五日はわたしの誕生日。毎年仕事をしてすごしていたのでするっと忘れる誕生日、帰宅してから家族に祝われて思いだす誕生日である。
「ありがとうございます……」
まさかアーサー様に祝っていただけるなんて。しかも、こんなに素敵に。
アーサー様に手をとられたまま、わたしはテーブルへ移動した。案内人の彼が椅子を引いてくれ、なんとか倒れる前に腰かけることに成功した。
白いクロスとレースのテーブルランナーに、ブーケの形に活けられたピンクの薔薇。
その向こうにアーサー様が座る。
運ばれてくる食前酒と前菜。食前酒はアーサー様の配慮によりノンアルコールになっていた。
「オリヴィアは晩餐会でもワインをとっていなかっただろう」
婚約発表をした晩餐会で、しっかりチェックしてくださっていたらしい。細かなところまで気を配ってくださるやさしさが、たまらなく嬉しい。
お料理ももちろんおいしい。一品一品が丁寧に調理され、目を楽しませるように盛りつけられたフルコース。王都の一望できる部屋で、目の前にはアーサー様。
これ以上の誕生日プレゼントはないだろうとわたしは思った。
――しかしアーサー様のプランは、まだ終わってはいなかった。わたしはすぐにそれを知ることになる。