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【書籍発売記念】番外編.氷の宰相補佐

 財務部のドアをノックしながら、わたしは笑顔を作った。

 

 透き通るような銀髪から覗くアイスブルーの瞳、すっと通った鼻すじや薄い唇はどこか作りものめいた美しさがある。その美貌と、素早くかつ容赦のない仕事ぶりから〝氷の宰相〟と呼ばれるアーサー・ダリエル侯爵が、わたしの婚約者だ。

 正直に言ってまっっったくつりあっていないと思うのだけれども、アーサー様はわたしを好きだと言ってくださった。

 正式な婚約発表をすませたわたしたちは、王家公認の婚約者なのだ。

 

 ――で。

 これまで仕事ひとすじ、数々のご令嬢の熱視線をそれこそ氷の冷たさで跳ね返し続けてきたアーサー様がついに婚約! しかもその相手が権力もない伯爵家の末娘だというので、わたしはものすごく注目された。

 その過程で、わたしは自分が〝氷の宰相補佐〟と呼ばれていたことを知った。

 

 人々のあいだではわたしは、想い人を必要以上に人目に晒したくないアーサー様が三年間隠し続けてきた秘蔵の補佐官……ということに、なっている、らしい。

 

 アーサー様が〝氷の宰相〟と呼ばれるのはいい。外見にも内面にもふさわしい、ぴったりでかっこいい二つ名だと思う。

 けれどもわたしは、氷というには地味なベージュの髪色に、派手なところのない顔立ち。ドレスやお化粧は鋭意がんばっているけれども、社交も拙い。

 外見が氷っぽくない以上、わたしの二つ名は、性格が冷たいやつだと思われているのでは……? という懸念を呼び起こす。

 

 なにより、〝氷の宰相補佐〟と呼ばれて、わたしが出てきたら、わたしだったら落胆する。

 

 というわけで、身分不相応な二つ名を是正すべく、最近のわたしは他部署を訪れる際に今まで以上に笑顔を心がけるようにしていた。

 繁忙期なんかは気づかないうちに態度が悪くなっていたのかもしれないし……アーサー様の婚約者としても、今後はいっそう身の振り方に気をつけねばならない。

 

 笑顔のわたしの前で、ドアが開く。

 

「はい。ようこそ、オリヴィア様」

「こんにちは。書類をいただきにまいりました」

 

 明るい声で、かしこまりすぎない挨拶。完璧だ!

 部屋に入ると、わたしを出迎えてくれた財務部の青年が資料のあるデスクまで案内してくれた。

 

 依頼していた、王都郊外の再開発に関する報告書だ。

 ざっと二百枚ほどの書類が三つに分類されて綴じられている。

 

「こちらです」

「はい、確認させていただきます。そちらが対象地区の基本情報ですね。それでこちらが所有権や裁判権など権利に関する情報で、こちらが開発計画と十年間の見通し」

 

 表紙を見ながら確かめ、わたしは目次と中身に軽く目を通した。

 

「あら? 区画の情報が足りないようですが」

「え!? 本当ですか!? すみません、気づかなくて」

「いえ、あのあたりは複雑ですから。パーシル村の情報はありますか?」

「はい、すぐに持ってきます!」

「それからこの特別条例というのは?」

「えっ、あ、はい、特別条例ですね。こちらに資料があります」

「……なるほど、近隣の村と町が共同で管理している山林があるのですね。一部に特殊な商習慣があり……もしかしてドローンズ領と似たようなものでしょうか」

「えーと……あ、はい! そうです!」

「では再開発にあたり、対応を考えなければなりませんね。開発の対象外とすることは難しいですが、個別用件をどこまで認めるかを宰相室でも検討します」

「そうなんです。あっ、そうだ、こちらが財務部のほうで検討した議題のリストです」

「ふむふむ。この議題についてですが……」

 

 リストに目を通し、さらにいくつかの質問をして資料を追加してもらい、わたしは財務部をあとにした。

 

 最後までにこやかだったし、いい印象を与えられただろう! と安堵しながら。

 

   *

 

 その夜、フォルスター家に戻ったわたしは、クロフォードお兄様に会った。

 わたしの顔を見たクロフォードお兄様が微妙な表情になる。

 

「今日たまたま財務部にいたんだが、オリヴィアお前、役人からものすごい怖がられてるな」

「え!?」

「あんなに淡々と質問攻めにして、指摘までくらわしたらそりゃそうだろ」

「た、淡々と!?!? わたしずっと笑顔でしたよ!?」

「スピードが速すぎる。財務部の担当者がやっとついていける速度で思考をするな」

「思考をするな!?!?」

 

 身内から繰り出される遠慮の一切ない言葉にわたしは目を丸くした。

 

「ほかの人間なら、資料を持ち帰って確認し、翌日に質問、追加の資料を依頼するのにさらに数日かかるだろ。それを数十分に圧縮してやらせるもんだから、可哀想にあの担当者はお前が部屋を出たあとヘロヘロになってたぞ」

「でも、ずっと笑顔で……」

「そんなもん見る暇あるか。お前はずっと書類を見てたし、担当者は質問に答えるのでせいいっぱいだった」

 

 そ、そう言われればそうかも……。

 財務部でいつも対応してくれる彼は仕事が早くてありがたいなと思っていたのだけれど、もしかしてわたしが無理をさせていたの?

 

「お前、本当に〝氷の宰相補佐〟なんだな……」

 

 クロフォードお兄様のトドメの台詞に、わたしは膝から崩れ落ちたのだった。

お久しぶりの更新ですみませんっ!


8月25日(日)にオーバーラップノベルスf様より書籍が発売となります。

なろう版に大幅加筆修正しまして、オリヴィア、アーサー、ティアラたちのドタバタ模様がパワーアップしております!

ラブと笑いと社畜っぷりをさらに足しました!!


早売りも始まっているようなので、本屋さんにお立ち寄りの際はぜひ探してみてください!

↓↓↓下部に試し読みや通販用のリンクも貼っております~!↓↓↓

特典は活動報告にまとめたのでそちらを確認いただけると嬉しいです!

よろしくお願いしますー!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] よくある両片思いながら、王子やお邪魔虫の介入で、とても楽しく拝読しました。 似たもの夫婦になる前からの似たもの恋人・婚約者ですね。 氷の宰相補佐に笑った。 [一言] ティアラの存在がすごく…
[良い点] 面白かった このポンコツなのに1度覚えてからの応用力と言うか基礎能力の低さと応用発展能力の格差に笑ってしまうw あと資料を暗記してしまってる能力は父親が仕事に有用過ぎて仕事させたら仕事人…
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