番外編3.ティアラのその後
わたしとの時間を確保する、というとても気恥ずかしい目標を掲げ、アーサー様は宰相室担当の増員に動いた。
だが、目論見とは反対に、人員が増えることはなく、むしろ――。
「えっ、ティアラ様、異動しちゃうんですか!?」
声をあげるわたしに、半眼になったティアラ様が腕組みをして頷く。
「当たり前でしょ。ここにいたってあんたとアーサー様がイチャイチャイチャイチャしながら自分の五倍仕事してるのを見せつけられるだけで玉の輿には乗れないんだから。別の部署で結婚相手をさがすわよ」
「ええ、そんなあ……」
「宰相室で一か月働いたって言ったらどこの部もぜひ来てくれって言ってきたわ」
今度は口角をあげて、ティアラ様はふふんと髪をかきあげた。
ティアラ様が真面目に働いてくれるようになってからひと月、キーリング領とグレイヒル領の財政健全化計画は完成した。
過去の不正の件は、両領が今後七年間にわたり懲罰金を支払うことで、爵位や領地の剥奪はされないことになった。治水事業を優先して行いたい今、当主の交代などで指令系統が混乱するほうが無駄だ、というアーサー様の判断だが……ティアラ様に対する温情もあるのだろう、とわたしは思う。
だから当然、ティアラ様はこのまま宰相室に残ってくれるものだと考えていたのだけれど……。
しょんぼりと肩を落とすわたしにティアラ様は肩をすくめた。
……と思えば、どことなくばつの悪そうな顔になり、
「心配しなくても、お父様のことは支えていくわ。むしろここにいたら、なんでも頼ってしまいそうだから……別のことも学びたいのよ。手に職つけたいっていうか……」
「ティアラ様……」
思わず、わたしはぎゅうっとティアラ様を抱きしめてしまった。
末っ子のわたしにとって、彼女は初めてできた妹のような存在だったかもしれな――。
「ちょっと、なに? 暑苦しいんだけど」
涙ぐんでいたわたしの頭をぐいっと押しのけ、ティアラ様が面倒くさそうな声をあげる。
いやこれわたしのほうが下に思われてるな???
「もう、たまには顔を出すから」
仕方ないわね、と呟き、ティアラ様はひと月しかいなかったのに異様に多くなった私物(ふわっふわのブランケットや各種お化粧道具や夜会に直行するためのドレスなど)をまとめて大型のカバンに押し込んだ。
こうしてティアラ様は去っていった……うう、寂しい。
それに、人員が減ってしまうなんて、また残業の日々の始まりだ。
――と、思ったのだけれども、わりと重めの追加タスクであった『キーリング領とグレイヒル領の財政健全化計画』および『それをティアラ様に理解させること』が消化され、かつ各領地からの予算申請やその振り分け、宮殿の各部署への通達もほぼ終わる時期であったため、わたしたちは残業をせずにすんだ。
むしろ定時より前に仕事が終わるくらいだった。
ティアラ様の面倒を見ながら普段の業務をまわす必要に迫られたため、アーサー様やわたしの処理速度はさらにあがっていたらしい。
「この分なら休暇も取れるかもしれないな」
アーサー様は呟き、それから少し照れた顔でわたしを見た。
「二人で休暇をあわせて、王都を見てまわらないか。せっかく住んでいるのに仕事が忙しくて流行りの場所にも行ったことがない」
「は、はい……! ぜひ!」
これは、デートだ!?
もしかしてティアラ様は、みんなに幸福をもたらす妖精なんじゃないだろうか?
わたしもお化粧に向き合おうと思えたし、アーサー様とも想いを通じ合わせることができたし、仕事の能力もアップしたし、デートまで……。
そんなことを考えつつ家に帰ったら、外交部で働くクロフォードお兄様が青ざめた顔で、
「今日来た新人、ヤバいってレベルじゃねーぞ……」
と呟いていらしたので、ティアラ様は外交部へ異動したらしかった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
今日は皆様にお知らせがあります。
なんと、本作『仕事人間な伯爵令嬢は氷の宰相様の愛を見誤っている ~この婚約は偽装、ですよね?~』ですが、
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