番外編2.敬愛する未来の奥様へ
※ミハイル(アーサーの従者)視点です。
ミハイルは浮かれていた。ダリエル侯爵家の従者として、ミハイルたち使用人もあまり感情を出さないようにふるまってはいるのだが、ついつい顔がゆるんでしまう。
なぜなら、今日はダリエル侯爵邸に婚約者のオリヴィア嬢が訪れる日。
宮殿で何度か会ったことのあるミハイルとは違って、ほかの使用人たちは初めてだ。未来の奥様がどのような方なのかとそわそわしつつ、にこにこもしていた。
それでも、アーサーの浮かれっぷりには誰も敵わなかった。
(すごいわ、旦那様が笑っていらっしゃるわ)
(しかも昨日の夜からだ)
(楽しみで眠れなかったらしい……)
近ごろのアーサーは、宮殿への泊まり込みをやめた。
仕事を早めに切り上げ、時々は別の部署に仕事を依頼したり、人員雇用も視野に入れているそうだ。
というのも、オリヴィアとの結婚を意識するにつれ、「宮殿へ泊まり込みの生活はよろしくない」ということにようやくアーサーが気づいたからだった。
「俺が残って仕事をするなら、オリヴィアもそうするだろうからな……そんなことになったら、せっかくの新婚生活が削られてしまう」
そう呟くアーサーはいつになく真剣な表情で、ミハイルはオリヴィアのいるだろうフォルスター伯爵家の方角へ感謝の祈りを捧げたいくらいだった。
(ありがとうございます、未来の奥様。旦那様がまともな人間に近づきつつあります)
そうして、ミハイルを筆頭に、使用人一同も待ちわびた対面の日だった。
***
馬車から降りてきたオリヴィアに、ミハイルは目を見張った。
(これが、あの!?)
アーサーの身の回りの世話をするために、ミハイルも宮殿には通っている。その際に数度見かけたオリヴィアと今のオリヴィアでは、まとう雰囲気が違った。
やさしく、やわらかく、おまけに……かわいらしくなっている。
以前はアーサーと同じように、シンプルなドレスを同じ順序で着まわしている人物だった。アーサーがそれに気づき、オリヴィアの服装を調べあげ、毎日ドレスの色に合わせたタイやカフスをつけて脳内恋人を気取っていたので間違いない。
「お待ちしておりました。オリヴィア・フォルスター様」
使用人たちが深々と頭をさげると、オリヴィアの目に緊張が走った。
ぐっと唇を引き結んだ表情は宮殿で見たものと同じだった。顔をあげた使用人たちを、瞬きもせずに見つめ返すオリヴィア。
と、オリヴィアが左手を開き、右手の指先を素早く動かし、そのまま口元に当てるような仕草をした。
なんだろうか、と注目する使用人たちの前で、オリヴィアはほっと息をつく。肩から力が抜け、オリヴィアは自然な笑顔を見せると、
「はじめまして、皆さん。オリヴィア・フォルスターと申します。そ、その……数か月後には、この家で暮らすことになるかと思うので……お世話をかけますが、どうぞ、よろしくお願いします」
「……!!」
拙いところもあるオリヴィアの挨拶は、使用人たちの心を撃ち抜いた。
(この方が、未来の奥様……っ!!)
(旦那様の、奥様になる方……っ!!)
表面上は皆おだやかにほほえみ、ふたたびオリヴィアに頭をさげているけれども、握ったこぶしがぷるぷると震えているのをミハイルは見た。
(これで旦那様に負けないくらい仕事ができるっていうんだからすごいよなあ……)
アーサーがそう言っていたのを思い出し、ミハイルは思った。
同時に、
(もしかして旦那様の贔屓目がすぎるだけで、いたって普通の女性なのでは?)
とも思ったのだが、
「さっきの動きはなんだったんだ?」
「手のひらに仕事仕事仕事って書いて飲み込むと気持ちが落ち着くんです」
立ち去ろうとするアーサーとオリヴィアがそんな会話を交わしているのを聞き、考えを改めた。
やはり少し変わった方だ。
アーサーはオリヴィアの言葉にわずかに首をかたむけると、オリヴィアの腰を引き寄せ、頬に口づけた。
「!?」
それぞれの持ち場に戻ろうとしていた使用人たちも息を呑む。
「アーサー様!?」
「アーサーだ。それに……もう仕事ではないだろう?」
「ア、アーサー……」
真っ赤になってしまうオリヴィアの、今度は額に唇を寄せ、アーサーは満足げに笑った。
主人たちが去ったあと、集まっていた使用人たちは歓声をあげないよう互いの口を押さえていなければならなかったとか。
ミハイルが思うようにアーサーがまともな人間に近づいているかは怪しいな…?と思うものの、
いただいた感想など見ているとこの方向性でいいのかな?と勇気をもらえます。笑
誤字報告もいつもありがとうございます!