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番外編1.ふたりの出会い(中編)

 わたしはそれから一年ほど図書館で働いた。史料編纂のかたわら、図書館の事務員として案内役もしていた。どちらの仕事もないときは好きなだけ本を読んでもいいので、最高の職場といえる。

 お父様は何度か「史料編纂が落ち着いてきたのならオリヴィアを戻す」とおっしゃっていたけれども、部下の皆様に阻止されていた。

 

「わたしとしては、ずっとここで働きたいくらいなのですが……」

「それがいかんのだ!! わしと同じ仕事人間になる!!」

 

 あ、自覚はあったんですね……。

 

「かわいい娘を仕事漬けの生活になど……!」

「お父様、図書館ではお静かに」

 

 しーっとたしなめるジェスチャーをすると、お父様はぴたりと動きを止めた。

 わたしたちの隣に人影が立ったのは、そのときだった。

 先に振り向いたお父様の顔が、ぎょっとしたものになる。

 

「アーサー」

「お久しぶりです、フォルスター伯爵。図書館へ移られてからお会いする機会が減り残念です」

 

 親しげな口調だ。だが、その顔はまったく笑っていなかった。

 さらりとした銀の髪に、青い瞳、白い肌。氷のような容貌だ、と思った。そして事実、凍りつくように鋭い視線がわたしを見据えた。

 アーサーと呼ばれたこの方に見とれていたわたしは、そこでハッとして姿勢を正した。

 

「お初にお目にかかります、オリヴィアと申します」

「ダリエル侯爵、アーサーです。アーサーとお呼びください。そうか、あなたが噂の」

「噂、とは……?」

「図書館に優秀な新人が入ったと評判です」

「そんな、わたしなんてまだまだ」

 

 本をさがすのにも時間がかかる。先日も誕生花を調べたいというかわいらしいご令嬢がいらっしゃったけれど、図鑑の棚には誕生花を紹介しているものは少なく、時間がかかってしまった。

 

「お前が他人に興味を持つなんて――」

 

 言いかけて、お父様が口をつぐむ。

 

「まさか」

「そのまさかです。オリヴィア嬢を宰相室付きとさせていただきたい」

「だ――」

「はい!」

 

 お父様が否定を口にする前に、お父様とアーサー様のあいだに割って入ったわたしは声を抑えつつ元気よく返事をした。

 このまま図書館にいては、いつかお父様はわたしを首にしてしまう。

 でもわたしはここにいたい。

 

 ここなら、わたしは必要とされるのかもしれない。お化粧やドレスやおしゃべりができなくて申し訳なく感じることもないのかもしれない。

 わたしも誰かの役に立つことができると、思えるかもしれない。

 

「だ――」

「お願いします、お父様……!」

 

 お父様が再度の否定を口にする前に小声で割り込み、わたしはお父様に頭をさげた。

 

「働かせてください。働きたいんです!」

「……」

 

 お父様は口を引き結び、眼光鋭くわたしを見た。わたしも負けじと睨み返した。

 家族なのでよくわかっている。お父様は、顔は怖いけれど心はやさしい。だから仕事をたくさん引き受けてしまう。そして顔が怖いからほとんどの場合相手方が引いてくれるだけで、実は押しに弱い。

 

「わかった……まあいい。宰相室は図書館よりもはるかに難しい仕事だ。嫌になったらいつでも帰ってきなさい」

「ありがとうございます!」

 

 お父様は諦めたような顔で首を振ると、

 

「そういうことだ」

 

 と周囲を見まわした。

 え? とわたしも視線をめぐらせれば、いつのまにか周囲には人だかりが……図書館の職員の皆様が、なんともいえない表情でわたしたちを見守っていた。

 

「オリヴィアが抜けた分、がんばろう」

「はい……!」

 

 お父様の真剣な声に、先輩たちも真剣な――なぜかほんのすこし恐怖の混ざっているように思える面持ちで、頷いた。

 どういう空気なの?

 

 

***

 

 

 アーサー様に連れられて執務室へやってきたわたしは、そこで改めて仕事の説明を聞いた。

 どんなものかと身構えていたけれど、仕事自体は史料編纂と変わらない……ような気がする。主な内容は、各領地から出てきた予算の申請が正当性のあるものかをチェックし、疑問があればアーサー様に報告する。

 

 アーサー様はわたしに、国でもっとも小さな領地を割り当てた。

 財務関係の去年の書類はこの執務室にある。詳細な地図や領地の歴年表は図書館にある。史料編纂をしていたから場所もわかる。

 ふむふむ。

 

「これなら今日の定時までに終わると思います。手を動かしながらでないと覚えられないので、一度やってみますね。わからないことがあれば質問します。最後に確認をお願いします」

 

 そう言うと、アーサー様はきょとんとした顔になった。

 

「ど、どうされましたか?」

「いや……配属初日にこんなに具体的な作業予定を聞いたのが初めてで、少し驚いた」

「?」

「君が質問をするまでは、俺は俺の仕事をしていればいいということだろう」

「はい」

 

 当然では?

 

「……では、よろしく頼んだ」

 

 なんだろう、アーサー様がなにかを言いかけてやめたような気がする。

 でもそれがなんなのか、わたしにはわからなかった。

 

 

 定時前に、わたしは予定どおり一つ目の領地の確認を終わらせた。

 アーサー様に報告し、念のため確認ポイントを説明しながらいっしょに見てもらい、「問題ない」とのお墨付きをいただいた。

 

「ありがとうございます!」

 

 思わず満面の笑みでアーサー様を見るが、アーサー様は「スン…」という顔をしていらっしゃった。

 そ、そうだ。クールな方なんだった……と、落ち込みそうになったわたしに、

 

「……ありがとう」

 

 ぽつりとアーサー様が呟く。

 

「礼を言うのはこちらのほうだ。俺も数か月前に宰相になったばかりで頼れる者も少なく、フォルスター殿のご息女が優秀な方ならと思ったのだ」

「優秀かは自信がありませんが……お役に立てそうでほっとしています」

「十分だ。俺もほっとしているよ」

 

 アーサー様はわたしをじっと見つめた。

 夕日の照らす室内で、会ったときには氷のようだったアーサー様は、暖かな光に彩られていた。アーサー様が手をさしだす。

 

 複雑な色をたたえた瞳に、どきん、と心臓が鳴る。

 

「明日からも働いてくれるだろうか」

「……はい!」

 

 その正体を知る前に、わたしは慌ててアーサー様の手を握り返した。

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