24.裏側
※アーサー視点です。
宮殿の一室で、アーサーはロメイド公爵と向かい合っていた。
執務室ではオリヴィアとティアラが頭をつきあわせてキーリング領の今後を考えていることだろう。
箇条書き三行の『たたき台』を手に出仕したティアラをオリヴィアは褒めまくっていたが、ティアラのほうはオリヴィアが一晩で完成させた十数ページに及ぶ計画案を見て青ざめた顔をしていた。
それをすべて理解しなければキーリング領の発展がないことを理解できているだけティアラも成長したといえるだろう。
そもそも資料の場所すらわからないティアラと違って、オリヴィアの頭の中には膨大な記録が詰め込まれている。
だからこそ図書館の事務員として雇われ、かつアーサーの右腕を一人きりで三年間も務めたのだ。
己の能力の稀有さをオリヴィアはわかっていないらしいが――と考え、つい思考がオリヴィアに流れてしまう自分にアーサーは苦笑した。
唇の端をわずかにあげたアーサーを、めずらしいものを見る顔でロメイド公爵が見つめている。
「国王陛下からは、この件は不問に付すとのお言葉をいただいています」
単刀直入なアーサーの物言いにロメイド公爵は片眉を跳ねあげた。
「お許しくださるとおっしゃるのかね」
「雨降って地固まるという異国の諺があるそうで。ただ、一つだけ条件があります」
ロメイド公爵はアーサーをまっすぐに見据えた。
見返すアーサーの視線にはなんの感情も含まれていない。それがかえって、この男の目からは逃げられないのだろうという予感を強くさせた。
「ティアラ・キーリング嬢と二度と会わないこと、だそうです。これは罰でありご配慮でもあります」
「わかった」
ロメイド公爵は長いため息をついた。
アーサーも静かに頷いた。
ここでの会話は非公式なもの。書面が取り交わされることもない。ただ相手の言葉を信じるしかないのだ。
だが、この約束が違えられることはないだろうとアーサーは思った。
オリヴィアに説明した事情には、少しだけ情報が欠けていた。
前ダリエル侯爵が宰相であった時代に、キーリング領とグレイヒル領が不正をしていたのは事実だ。そして三年前の時点でキーリング領が不正から手を引いたのも事実。
ただしその理由は、アーサーの目を慮ってではなく。
「ティアラ嬢の本当の父親は誰ですか?」
「私の弟だ。もう勘当した。……ティアラ嬢の素性は、キーリングには隠しておいたが、どこからか嗅ぎつけたらしい」
ティアラは、ロメイド公爵の推薦状を持ち、国王主催の晩餐会にも参加していた。
にもかかわらず、ロメイド公爵の令嬢であるセシリーとは面識がないようだった。あればセシリーとオリヴィアの会話に割り込んできていたはずだ。
ティアラが面識のあった相手は、ロメイド公爵だけなのだ。
「晩餐会の夜、私の従者のミハイルという男がキーリング男爵から話を聞きました。あまり酒には強くないようですね。本当は心を入れ替えるつもりだったと言っていました」
キーリング家がグレイヒル家と手を切ったのは、キーリング男爵なりにティアラの将来を案じてのことだったのだろう。
しかし結果的に長年の不正に頼ってきた領地経営はうまくいかず、追い詰められたキーリング男爵はロメイド公爵に金の無心をした。
それを拒否され、腹いせに噂を流した。
具体的な名を伏せながらキーリング男爵が語ったのは、そういったことだったという。
ロメイド公爵家が表立って噂を否定できなかったのも、こうした醜聞が人目に触れることを嫌ってだ。
「キーリング領と、ついでにグレイヒル領も、オリヴィアと私が入ります。財政は立て直せるでしょう。彼らも忙しくなるでしょうから、些細なことは忘れてくれるはずです」
「恩に着るよ。君にも、オリヴィア嬢にも」
「公爵家には王家の巨大な後ろ盾でいてもらわねばなりませんからね」
軽い会釈をし、ロメイド公爵は去っていく。
閉まるドアを見つめながら、アーサーの脳裏にふたたびオリヴィアの姿がよぎった。
――わたしだけの力ではないのです。アーサー様がいてくださったからこそですよ。
ほほえむアーサーの表情は、誰にも見られることはなかった。
次話で完結になります!夜投稿できると思います~!
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。