23.婚約は続行
ティアラ様が退出したあと、当然のことながらわたしとアーサー様は二人きりになった。
「あの、えっと……」
「先に仕事の話をしてもいいか」
「あ、はい!」
アーサー様の言葉にわたしはピッと姿勢を正した。
仕事モードなので、アーサー様は感情の見えない真顔になっている。
「この婚約のきっかけになったのは、ファーガス殿下にまつわる噂だ、と言った」
「はい、そうでした」
ファーガス殿下は王太子にふさわしくないという噂が社交界で流れている、と。噂の出所をさぐるため、社交界に潜入したい、というのがアーサー様の要望だった。
そういえばあのとき、アーサー様は「目星はついているが信じられない」とおっしゃっていた。
「俺がつかんでいた噂の出所というのが、ロメイド公爵だったのだ」
「セシリー様のお父様、ですか……?」
それはたしかに信じられない。普通に考えれば、ロメイド公爵はファーガス殿下の後ろ盾ともいうべき存在だ。
と同時に、もしそれが事実であった場合のことを考えれば、セシリー様やファーガス殿下の伝手で社交界に入り込むことに躊躇する理由もわかる。
「だが、結局それも杞憂だったということがわかった。オリヴィアがファーガス殿下とセシリー様の仲をとりもってくれたからな」
「あ……!」
もしかして、噂の出所がロメイド公爵だというのは。
ファーガス殿下とセシリー様の、どこか他人行儀な関係から発していたものだったのだろうか。お二人の不仲を勘繰った者が、ロメイド公爵にファーガス殿下の悪口を吹き込んだ……?
そしてロメイド公爵がつい話をあわせてしまったのを、さらに吹聴したのかもしれない。
「あれだけの人前で仲睦まじい様子を見せつけたんだ、もう誰も王家とロメイド公爵家が反目するなんて噂は信じなくなるだろう」
アーサー様はご自分もティーカップをもちあげ、湯気の立つハーブティーを味わった。
ほっとする香気がわたしの鼻もくすぐる。
ちらりと青い瞳がわたしを見た。
その視線にどきりと胸が鳴る。
「オリヴィアのおかげだ。ありがとう」
アーサー様はほほえんでいた。
「――……」
わたし、アーサー様のお役に立てたんだ。
「俺にはできなかったことだ。オリヴィアの素直でまっすぐな心があったからこそ、ファーガス殿下も行動に表してくださったのだろう」
あ、いや、そこは……。
なんか、わたしたちの鈍さにびっくりされて怖くなったみたいですが……。
人の心って思ったより通じないということは伝わったかもしれません。
でも、それを言うなら。
「わたしだけの力ではないのです。アーサー様がいてくださったからこそですよ」
首をかしげるアーサー様にわたしは笑った。
「アーサー様が、わたしに笑いかけてくださったからです。すごくドキドキして、嬉しくて……演技だって思ってても、特別なことだと思いました」
だからファーガス殿下に提案したのだ。
アーサー様は軽く目を見開いた。そんなことを言われるとは思っていなかったというお顔だ。
それから、目は細められ、わずかに頬が染まる。
「……意識してくれていたなら、よかった」
「……!!」
わたしは胸を押さえた。はにかんだアーサー様の表情にときめきすぎて、心臓が破裂するかと思った。
まだドキドキの止まらないわたしの手をとり、アーサー様は甲にキスを落とした。
「!?」
「仕事の話はこれで終わりだ」
銀髪の合間から、上目遣いにアイスブルーの目が覗く。
「君が好きだ、オリヴィア。……俺と、結婚してほしい」
「……はい……!!」
「では、婚約は続行だな」
ふっとほほえんだアーサー様の吐息が手に当たり、わたしは本気で失神しそうになったのだった。