22.ティアラの号泣ふたたび
カモミールのやさしい香りが心を落ち着かせる。
アーサー様にお礼を言ってカップを持ちあげ、ティアラ様とわたしは同時にカモミールティーを味わった。
その目の前でアーサー様がカップに砂糖とミルクをドバドバ入れたので、ティアラ様が「正気か……?」という顔をされていた。
アーサー様とわたしの婚約は偽装ではなくなった。
なので、計画書はアーサー様の手によって重要書類専用処分場――つまり焼却炉にシュートされた。そのときのアーサー様の目はきらきらと輝いていた。
それから執務室に戻り、アーサー様がお茶の用意をしてくださり、なんともいえない顔をしているティアラ様とテーブルについて、現在。
「君の目的はわかった」
氷のように冷徹なアーサー様の声に、ティアラ様が顔をあげる。
笑顔を消し去ったアーサー様はやはり宰相の威厳をたたえ、有無を言わさぬ迫力をそなえていた。
「キーリング領はグレイヒル領の北隣、ナイン川の上流だ」
わたしは頷いた。
グレイヒル領といえば、毎年の洪水対策の援助申請で、アーサー様が領主と面会をした領地だ。
「過去の資料によると、俺の父が宰相をしていたころ、キーリング領とグレイヒル領は洪水対策の名目で交互に援助を得ていた。俺に代替わりしてからキーリング領からの申請はなくなったために俺自身はキーリング領を調べることはなかったが……」
「それって」
「父の代では、交互に申請することで疑いをかかりにくくし、金を融通しあっていたんだろうな」
不正をしていた、ということだ。
おそらく、キーリング領はアーサー様が宰相になって、不正をやめた。……バレると思ったのだろう。しかしグレイヒル領はやめなかった。そしてやっぱり、アーサー様から目をつけられたわけだ。
「キーリング領の財政も調べた。不正に得ていた金がなくなって、領主一家の生活はギリギリだそうだ。晩餐会で偶然ティアラ嬢に出会ったロメイド公爵はそんな事情を知らず、父親の財政を助けたいという健気な訴えに共感して、彼女を宮殿へ推薦した」
アーサー様がため息をつく。
「だが、君の真の目的は、俺に不正を飲ませるか、俺が見ていないうちに国庫の金を掠めとることだった。……そうだな?」
ティアラ様は青ざめた顔で唇を噛んだ。
だから、ティアラ様はアーサー様の恋人になろうとしたのか。どちらにせよ、アーサー様の心を奪ったほうが早いから。
でも、相手はアーサー様だ。アーサー様だよ?
「アーサー様をオトすよりは、真面目に自領を発展させたほうが難易度低くないですか?」
思わず本音を呟いてしまったわたしを、ティアラ様はきっと睨みつけた。
見る間に、その瞳は涙に濡れていく。
「それができないから色仕掛けしてんでしょ!!!!!」
しまった、またティアラ様を泣かせてしまった……!!
「ていうかあんたが言うとイヤミでしょ!? イヤミ以外のなにものでもないでしょ!?」
手足をじたばたとあがかせながら、ティアラ様はわんわん泣いた。
「す、すみません! わたしも手伝います。ねっ? キーリング領……キーリング領ですよね! ナイン川周辺の治水工事をして、畑に水も取り入れやすくしましょう! キーリング領は小さいけど平野も山地もありますから、きっと特産物も多いですよ! いっしょに計画書を作りましょう!」
ハンカチで涙を拭い、口に砂糖菓子を入れてあげると、ティアラ様はもぐもぐと口を動かして泣き止んでくださった。
しばらくティアラ様はじっとりとした視線でわたしを見つめていたが、やがてこくんと頷く。
「じゃあ、明日からやりましょう。今日はもう夕方ですし、いったん家に戻って、お互いに計画案をまとめませんか。それをたたき台にして明日持ち寄るということで」
ティアラ様はまた頷いた。
そして、アーサー様のカモミールティーを飲み干すと、うなだれながら帰っていった。
……根は悪い人ではないと思っていたけれど、やっぱりそうだった。
そうだった、よね?