20.金庫の中の秘密
宮殿での晩餐会は大盛況に終わった。
翌日、いつもどおりアーサー様と食堂へ行くと、ファーガス殿下とセシリー様の姿もあった。
「ファーガス殿下、セシリー様、ごきげんよう」
「おお、緊張してるな、オリヴィア嬢」
ぎくしゃくと礼をすると、ファーガス殿下がからからと笑う。
そ、そりゃそうでしょう!? ファーガス殿下は正装というほどではないものの、セシリー様にあわせて一目で上等だとわかる服装だ。
いつも食堂で会っていたときの衣装は普段着だったのだと今知った。
よくいらっしゃるのも、宮殿に住んでるんだから当たり前よね。
セシリー様は昨夜よりもずっとやわらかな笑顔でファーガス殿下の隣に立っていた。晩餐会での立ち居振る舞いも非の打ちどころのなく、まさに公爵家のご令嬢というオーラを放っていらっしゃったけれども、今日はわたしよりも年下に見える。
どうやらすれ違いは解決されたらしい。
「セシリーが、オリヴィア嬢と仲よくなりたいと言っていてな。これからも遊んでやってくれ」
「は、はい! こちらこそもったいないお言葉であります……!」
「オリヴィア様、本当にありがとうございました。ファーガス殿下に喝を入れてくださったそうで」
セシリー様はくすくすと笑っている。
「喝だなんて……!」
ファーガス殿下が面白おかしく伝えたのだろうけれど、わたしは一応真面目に相談に乗りましたよ!?
「あらためて礼を言うよ。ありがとう」
「ありがたきお言葉」
ファーガス殿下のお言葉に、アーサー様もわたしも頭をさげる。
と、ファーガス殿下はにやりと笑い、
「あと解消すべきすれ違いは、お前らのだな」
と言った。
……わたしたち、すれ違ってない、ですよね?
わたしは金庫の中に保管された計画書を思い浮かべた。
品質コスト納期の方針は文書にて一致確認済みだ。クロージング手配だけ検討未済だけれども。
アーサー様をうかがうと、アーサー様はふいと顔をそむけてしまった。
***
会議があるというアーサー様と別れて執務室へ戻ると、ティアラ様が席についていた。
遅刻なのだけれど、今朝はちゃんと「昨夜の晩餐会で疲れすぎて起きられない」と連絡があったので問題ない。
「ごきげんよう、ティアラ様。もう体調は大丈夫ですか?」
「……ええ」
頷くものの、ティアラ様は元気とはいえない表情だった。
眉を寄せ、唇を引き結んで……なにかつらいことに耐えているかのような。
それになにより、手元の書類の計算が……間違っていない。
「あの、なにかわたしにできることがあったら、言ってください」
「……」
そこで初めて、ティアラ様は書類から視線をあげ、わたしを見つめた。わたしも内心どぎまぎしながら見つめ返し――、
「あ……っ!」
声をあげてしまったわたしを、怪訝な表情でティアラ様が見る。
わたしは口をふさぎ、「申し訳ありません」と謝った。
思わず叫んだのは、気づいてしまったからだ。
ティアラ様はアーサー様をものにすると言っていた。なのに、昨日わたしたちは、人前でイチャイチャしていると受け取られても仕方がない態度をかましてしまった……。
あれを見て、ティアラ様が落ち込まないはずがない。
そんなことにも気づかずティアラ様にお節介を焼こうとして……わたしは本当に対人スキルがダメダメだ。
「あんた、ほんとになに考えてるかわかんないわよね……」
肩を落とし、どんよりと頭上に雲を作ってしまったわたしを、ティアラ様は横目で眺めた。
それからため息を一つ。
「ねえ、じゃあ、あんたの誕生日を教えてくれない?」
「誕生日、ですか。七月十五日です」
それがなんだと言うのだろう。
あっ、もしかして、仲よくなろうとしてくださってる?
「ティアラ様のお誕生日は――」
ならこちらからも、と尋ねようとしたわたしの目の前で、ティアラ様はすっくと立ちあがると、執務室の隅に歩いていった。
そこにあるのは、小さな金庫。
アーサー様といっしょに作った、今回の計画書が収められている。誰かに見られたり、ほかの書類と混ざってはいけないということで、そうしたのだけれど……。
ティアラ様は無言でダイヤルを回した。
わたしの誕生日にダイヤルをセットすると、取っ手を引く。
重たげな扉が、がちゃり、と音を立てて開いた。
「……!?!?」
アーサー様ああああああ!?
おぼえやすい四桁だからといって誕生日を暗証番号にするのは警備上絶対やってはいけないことだ。
そんな当たり前のことを、なぜアーサー様が……という驚きもある。
だが、もう一つの驚きは、ティアラ様は、その金庫にわたしに関する機密文書が入っていることを知っていた、ということだ。
「どうして……」
「いや、恋愛下手クソなの?」
「えっ」
「見てればわかるわよ、あんたたちの婚約がお芝居だってことは。それに、計画がどうこう言いながら、この金庫の前で話してたでしょ」
「そんな!? すごくがんばってたつもりだったのに……! あっ、しまった!!」
慌てて口をつぐむも、出てしまった言葉は戻せない。
いや、ティアラ様はすでに確信していたみたいだし、言質をとられたところで状況は変わらないけれども……。
金庫から書類を取り出し、ティアラ様はさっと目を通した。
「〝婚約の理由:アーサーがオリヴィアのことを好きで好きで、どうしても結婚したくて縋って頼んだ〟」
ううっ! 声に出して読まれると恥ずかしすぎる!!
「これが、あんたたちがみんなを騙してるっていう証拠よ!!」
恥ずかしい証拠すぎる!!
もはや言い訳も思いつかず口をぱくぱくとさせているわたしに、ティアラ様は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「そうね、食堂ならまだ人がいるわ。いまからこれを持っていって、言いふらしてやるんだから!」