17.婚約発表
ミリアお姉様から教わったお化粧に、同じくミリアお姉様といっしょに服飾店へ行って選んだドレス。ミリアお姉様ご推薦の、ドレスに合う髪型。
つまりは、勝負服ならぬ、勝負正装である。
「はあ~っ! かわいい! やっぱりうちの妹は世界一ね♡ 今日がデビュタントだと思いなさい」
「わたしがデビュタントだったのはもう四年も前よ……」
はしゃぎまくるミリアお姉様の隣で、わたしは青ざめていた。
今日は、四年ぶりの社交の場。国王陛下主催の晩餐会だ。季節ごとに王都で催される晩餐会は、そのときに王都にいる貴族たちのほとんどが集まるといってよい。
その晩餐会で、婚約発表……。
しかもお相手は、アーサー様。
アーサー様はお父様のダリエル前侯爵と、わたしはフォルスター家の家族といるけれども、宮殿に出仕している人々はアーサー様とわたしの関係を知っている。
そのうえ社交を避けてきた二人が二人ともいるのだから、なにかあるのでは、と思っている人も多いようで、ちらちらと視線が向けられた。
あ、ファル様のお言葉を思い出して、眩暈が……。
そうこうしているうちに、アーサー様がわたしを呼びにきた。
精いっぱいおしとやかな態度を心がけ、アーサー様にエスコートされて、わたしは壇上にのぼる。
ざわめきがぴたりと止んだ。
注目度が怖い。
「国王陛下のご厚意に甘えまして、今日この場にお集まりの皆様へ、ご報告がございます」
アーサー様の落ち着いた声が広間に響く。そわそわとしたわたしが隣のアーサー様をうかがおうとするより先に、
「私、アーサー・ダリエルと、こちらのオリヴィア・フォルスターは、本日、両家の合意をもって正式に婚約いたしました」
たぶん、はたから見ればなんの感慨もなく、本当に事務連絡を伝えるかのように、アーサー様は言い切った。
でも、いつも隣で仕事をしているわたしは、ほんのわずかな変化に気づけた。
アーサー様にしてはめずらしく、両のこぶしが握られている。
それだけ、きっとそれだけだ。
それ以外のアーサー様は、いつものとおり氷の宰相なんだと思う。
でも、アーサー様も緊張していらっしゃるのだということが、わかってしまったから。
思わず手をのばし、わたしはアーサー様の手に触れた。
アーサー様が顔をあげる。少しだけ開かれた目は驚きを表している。
わたしと目があったアーサー様が、静かにほほえんだ。
自分からしたことなのになんだか照れくさくなって、わたしも笑ってしまった。
「うおおおおお……っ!」
「ええええええ……っ!」
どよめく男女の声にふと顔をあげれば、わたしたちはまだ、集まった方々の注目を集めて壇上にいた。
満場の大歓声に包まれたのは、その数秒後だった。
「笑った……!? あの氷の宰相が!?」
「笑ったぞ!」
「誰なんだあの令嬢……!」
「知らないのか? 宰相殿の右腕、秘宝とまで言われた宰相補佐だぞ」
「彼女が、あの……!」
さすが貴族たる皆様だ、人々は興奮をすぐに押し隠し、はしたない声をあげることはなかったものの、ざわめきは止まらない。
「……」
「……」
しまった、とわたしは硬直していた。
今の、完全に浮かれてイチャついているようにしか見えなかったはずだ。
アーサー様はわたしに合わせてくださったけれど、アーサー様のイメージを著しく損なうものだということはわかる。
この三年間アーサー様が隣にいるというのが執務室でしかなかったから……普段からアーサー様の麗しいお顔を見つめてぼんやりしていることが多かったから……わたしも緊張しすぎて昨日の夜眠れなかったから……。
様々な言い訳が頭を駆けめぐっていく。
「申し訳ありません、アーサー様……」
「俺のことはなんと呼ぶんだっけ、オリヴィア?」
肩を落としそうになったわたしの頬を両手で挟んで顔をあげさせ、アーサー様がわたしの目を覗き込む。
なぜか、その表情はまだ笑顔だ。
え、ち、近い……っ!
「ア、アーサー?」
「忘れないように」
額に柔らかな感触が落ちた。
それは一瞬で離れてしまって、なんなのかを確かめる前にアーサー様はわたしに手をさしだし、エスコートしてくださったから、それ以上表情をうかがうこともできなかったけれど。
抑えたはずの興奮が広間に戻り、ふたたび歓声が爆発していたので、わたしの想像は正解らしかった。
アーサーはめちゃくちゃ浮かれています。