16.ティアラの奮闘ふたたび
※ミハイル(アーサーの従者)視点です
アーサーに似た感情を一切悟らせない無表情の下で、ミハイルは苛ついていた。
原因は目の前にいる令嬢、ティアラ・キーリングだ。
本日分の業務を終え、アーサーはオリヴィアを見送って宰相用の自室に戻ってきた。
そして食事をしようとしたところで、ティアラがやってきたのである。
おかげで厨房に命じて時間ぴったりに作らせた温かな食事は、放置されて冷めつつあった。
「アーサーさ……いえ、ダリエル侯爵様」
アーサーの冷たい眼差しにティアラはびくりと身を震わせて呼びなおす。
大きく胸元の開いたドレスも、まとめた髪がわずかにほつれて肌に落ちる様も、しなだれかかる仕草も、そもそもこうしてはしたなく部屋に入り込んでいることも……。
彼女の目的を明確に示している。
「あたし、あなたのことが好きになってしまったんです」
目を潤ませ、ティアラは上目遣いにアーサーを見上げた。
身体を密着させているくせに、おそるおそるといったように白い手がアーサーの腕に触れた。
「なんでもあなたのお好きなように……」
「……なんでも?」
声をあげるアーサーにティアラは唇の端で笑った。
やった、と思っているのだろう。
(だが、旦那様の恋愛下手クソ度はそんなもんじゃないぞ……)
内心で呟くミハイルの想像どおり、アーサーは身を引いてティアラと距離をとり、向きあったかと思うと、
「では、オリヴィアの話を聞いてくれないか?」
「……は?」
(ティアラ様とやら、素の声が出たな)
先ほどまでの上ずったような作った声ではなく、わりとストレートに腹から出た声だった、とミハイルは思った。
「ミハイルに言うと『恋愛下手クソですか?』としか返ってこないからな。話し相手が欲しかったんだ。最近のオリヴィアをどう思う? これまでにも純粋で素朴なかわいらしさがあったというのに、それを自然に惹きたてる化粧を覚えてしまったら、男どもが放っておかないんじゃないかと気が気ではなくて……しかしあれが俺のためだと思えば、その、嬉しいし……」
「……」
「オリヴィアは俺を意識してくれているだろうか? 同性から見てどうだ? 俺になにが足りないと思う?」
滔々と語りかけるアーサーだが、うっとおしいほどの惚気にしか聞こえない台詞とは裏腹に、顔はいつもの冷徹無表情からいっさい変わらない。
視覚と聴覚が叩き込むまったく異なる情報が、ティアラを困惑させた。
(脳がバグる)
ティアラのそんな悲鳴が、ミハイルには聞こえるような気がした。
***
アーサーとオリヴィアが話していた〝計画〟がなんなのかをさぐるためにティアラが来たのだ、ということには気づかないまま、ティアラを完膚なきまでに叩きのめしてしまったことにも気づかないまま、アーサーはその日を終えた。