11.ティアラの奮闘(中編)
翌日から、ティアラ様の態度はさらに変化した。
アーサー様がいるあいだは、自席に資料を広げ、教えたとおりに確認を進めてくださる。
ただ……。
「フォルスター殿が宮殿にいらっしゃるそうだ。話をしてくる。オリヴィアも来るか?」
「いえ、わたしは毎日家で会っていますから」
アーサー様のお言葉にわたしは首を振った。
最近のお父様は、顔を合わせるたびに「鈍い……鈍すぎる……誰に似たんだ……」とずっと呟いているので正直あまり会いたくない。そのあとに「アーサー殿もアーサー殿だ……」と続くし。
「あの、父の態度は、問題ありませんか……?」
「ああ。オリヴィアを大切に思っていらっしゃるのがよく伝わるよ」
ほほえむアーサー様に、わたしは顔を赤くしてうつむいてしまう。
その様子をティアラ様がじいっと見つめている。
「ティアラ・キーリング嬢。オリヴィアと仕事を頼むぞ」
「はぁい!」
元気よく手をあげるティアラ様にアーサー様は頷き、部屋を出た。
ぱたん、とドアが閉まる――その瞬間に、ティアラ様はぐーっと椅子の背もたれに身体を倒すと、ずるずるとだらしない格好になった。
「ティアラ様、仕事を進めないと」
「わかってるわよ。でもこれ見てると頭痛がしてくるのよ……」
ティアラ様は唇を歪めて資料を眺めた。頭を押さえているのは演技ではないと思う、たぶん。
「もう少しでオルブライト領のまとめは終わりですから、がんばりましょう?」
「ねえ、かわりにやってよ」
「だめです、ティアラ様のためになりませんから。ここで書類を読んだり書いたりする力をつければ、別の部署でも働けますよ?」
「だってあたしの役目は……はあ、はいはい」
なにかを言いかけて、ティアラ様は渋々とインクにペンを浸した。
アーサー様のいないところでは、ティアラ様はずいぶんと横柄な態度になった。わたしはティアラ様の恋敵ということになっているし、仕事をする気はあまりなさそうなので、仕方のないことかもしれない。
でもだったら、ティアラ様はなんのためにここにきたのだろう?
……考えてもわからないことは、あとでにしよう。
わたしも領地の地図や官吏たちからの報告書を並べ、数字とにらめっこを始める。
それから、ふたりで黙々と働いていたのだが……。
***
事件が起きたのは、小一時間ほどしたときのこと。
廊下をコツコツと足音が近づいてくる。アーサー様とお父様のお話が終わったようだ、と思った瞬間だった。
突然、立ちあがったティアラ様が、今まで取り組んでいた書類を両手で持ったかと思うと、真っぷたつに引き裂いたのだ。
繊維の上等な紙は、ティアラ様が力を込めるたびにビイイイイッと綺麗に裂け、ついには復元できないほどにバラバラになってしまった。
「ティ、ティアラ様!?」
「きゃあああああああああ!!!! いやあああああああっっ!!!!」
ビビるわたしに、大声で悲鳴をあげるティアラ様。
「どうした!?」
アーサー様が部屋に飛び込んでくる。
そのアーサー様に縋りつくようにして、ティアラ様は身を寄せた。震えながら指さすのは――破れた書類。
と、わたし?
「オリヴィア様が……オリヴィア様が、あたしの書類を破いたんです!!」
「え!?」
「三日もかかったのに……あたし、がんばったのに……」
ぐす、ぐすっと鼻を鳴らし、涙を流し始めるティアラ様。
その悲しげな顔つきは……とても演技だとは思えない。わたしも思わず自分の手を見てしまったくらいだ。いや、でも、やってないよね?
ティアラ様は自分で自分の書類を破いたのだ。
……わたしに罪をなすりつけ、アーサー様から引き離すために?