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10.ティアラの奮闘(前編)

 始業時刻から少し遅れて出仕したティアラ様は昨日とはまったく違う装いをされていて、わたしは一瞬誰が入ってきたのかわからず、慌てて出迎えをしてしまった。

 昨日はかわいらしい雰囲気だったのに、今日はタイトなドレスで、髪はおろして毛先を巻いたスタイル。

 

「えっ、すごい! 美人さん!」

「あんたに言われても嬉しくないのよっ」

 

 アーサー様に憚ったひそひそ声で、ティアラ様は眉を寄せて頬を膨らませた。

 その表情だと歳相応に見えて、ティアラ様らしいかわいさがある。けれど、表情を戻したティアラ様がすっと目を細めると、まとう空気はいっきに大人びたものになる。

 

 アーサー様に釣り合うように、外見を変えたのだ。

 

 すごい、と素直に感動した。

 こうして、まったく違った自分になれるティアラ様は、きっととても努力をされたに違いない。

 

 わたしはずっと、かわいいとか美しいというのは内側から滲み出てくるもので、わたしなんかがいくら努力しても手の届かないものだと思い込んでいた。

 ミリアお姉様はわたしの記憶の中ではずっとお姉様で美人だったし、場違いだと思いながら参加していたお茶会のご令嬢たちも、みんな最初からかわいかった。

 

 でもみんなみんな、努力をしたのだ。

 

 気品を感じさせる落ち着いたふるまいで、ティアラ様は席についた。

 わたしなんかよりよっぽど仕事ができそうだ。

 

 才媛オーラをまとわせたティアラ様は、資料を一枚とりあげ――、

 

「あのぅ、ここがわからなくってぇ……」


 顎のあたりで手を握り、掬いあげるような上目遣いでアーサー様を見つめた。

 

 ……まあ、そうか。

 外見が変わっても、中身はティアラ様だ。急に仕事をバリバリするわけではない、わよね。

 

 昨日、アーサー様が会議中にティアラ様に仕事を教えようとして投げつけられた「わかんない!」「わかんない!」「あんたの教え方が悪い!」を思い出し、わたしは内心で頷いた。

 ティアラ様には申し訳ないが、その説明はアーサー様ではなくわたしがしよう。

 

 と、口を開きかけたところで。

 

「ダリエル侯爵だ」

 

 落ち着いた、けれどもはっきりとした声色で、アーサー様は告げた。

 

「え?」

「ダリエル侯爵と呼びたまえ。名前で呼ぶことは許可していない」

「だ、だって、オリヴィア……様は、アーサー様って」

「それはオリヴィアだからだ」

 

 答えてから、アーサー様は少し考える顔つきになった。「そうだな……」と薄い唇から呟きが漏れる。

 

「オリヴィア。今度から俺のことはアーサーと呼んでくれ」

「え!?」

 

 思わぬ話の流れにわたしが驚きの声をあげると、アーサー様はにこりとほほえんだ。

 

「恋人同士なんだ。もう他人行儀な呼び方はよしてもいいだろう」

「……!!」

「君が特別だということを示さねばならない」

 

 そう言われては、「はい」と答えるほかはない。

 頷いたわたしに、アーサー様は見惚れるような笑顔の追撃を向け、……わたしは椅子からひっくり返らないようにするのが精いっぱいだった。

 

「あたしにも笑いかけてください!」

「無理だ。オリヴィアにしかできない。オリヴィアの顔を見ると自然に口元がゆるむんだ」

 

 その言葉どおり、ティアラ様に向きあった途端、表情の消えるアーサー様。

 無表情で鋭い視線を向けるアーサー様は、年上の貴族たちをも怯えさせる〝氷の宰相〟オーラ全開だ。

 

 呆然とするティアラ様の視線を受けながら、アーサー様は立ちあがると、執務机をまわり込んでわたしのところへとやってきた。

 そして自分の胸にわたしの頭をぎゅっと抱き寄せ――、

 

「オリヴィア」

 

 それは嬉しそうに、笑った。

 

「アッ、アーサー様……!? あっ、あ……アーサー」

 

 不意打ちにどうしたのかと尋ねかけ、意図を察したわたしは……真っ赤になりながら、名を呼び返す。

 

 ティアラ様の眼差しがグサグサと突き刺さるのがわかる。

 

 これは、チャンスだとアーサー様はおっしゃっていた。

 ティアラ様が納得するほどの恋人らしさを見せつけることができれば、信憑性はあがる。

 だけど、これは、もしかして……。

 

 ものすごく恥ずかしいことなのでは……!?

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