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大江戸愚痴夜話ーー小話ーー

作者: 華嵐三十浪

どんな仕事にも楽はない!


時代は多分江戸時代。

場所は、じいさん一人でやってるうらぶれた小さな居酒屋。

ある程度世情の安定した時代らしく、色気のない所の割には客が入っている。

そこで武士2人と浪人者がちまちまと酒を飲んでいる。


===============================================第一話

浪 人 「そろそろ帰るわ」


浪人はまだ帰りたくなさそうな顔をしていたが、しぶしぶと言った感じで立ち上がる。


武士A 「え、まだよいではないか。御主の所は門限ないのであろう?」

浪 人 「今夜来そうなんだ。」


武士AとBは口まで運んでいた盃をピタリと止め、声にならない声を出した。

二人とも素頓狂な顔で口をパクパクさせている。


武士AB「まじ、まじ?」

浪 人 「まじ」

武士AB「で!誰?」

浪 人 「たぶん。。。上様かな。。。」



===============================================第ニ話

浪人は一旦座り直したらしく武士ABと向き合っている。


浪 人 「最近、大黒屋の周りを鳥追いがうろうろしてござったから、暴れん某将軍だろうと当たりをつけておるのだが、はっきりとはまだ…」

武士A 「側に狐目の男が船を漕いでおらなんだか?おれば南町奉行所の可能性があるぞ。」

浪 人 「でも、松山○太郎は亡くなっておろう。ずいぶん前の非道の友の会報に載っておったぞ。」

武士B 「ああ、拙者も悪徳主人勤務者組合の会報で見たよ。」

武士A 「そうか、でも南町奉行所の捕り方なら斬り合いしなくても良かったのにのぉ。」

浪 人 「そうでもござらんよ、十手も鉄でござるからなぁ…」


3人は、か細く見える希望が求めている物でないと判ると、大きくため息をついた。



===============================================第三話

武士B 「そいえば、新参者の中間に聞いたが、濡れ手ぬぐいもけっこうクルそうだ。」

武士A 「アイシャドーの濃い北町奉行ですな。痛いのには変りござらんな。」

浪 人 「十手は斬れないからって理由で3回叩くのが原則になっておる、肩と背中をたたいて腹でフニッシュでござろう?結構効き申す。」

武士B 「拙者達は武家屋敷ゆえ、町方の手の入る事は少ないから十手と手合わせする事はないが、さぞかし苦痛であろう?」

浪 人 「3回叩かれると生傷が絶えぬのぉ。」


3人で深い深い辛気くさいため息をつく。



===============================================第四話

浪 人 「改善要求は出しているのだが、1回では見栄えが悪いし客が喜ばないからって聞き入れて貰えん。」

武士AB「改善要求?どこに?」

浪 人 「日本映画学会」


武士ABは頬杖をついたまま深く深くため息をつく。

今まで、京都の太秦で塵になってしまった幾多の者共の噂を思い出していた。



===============================================第五話

武士ABはわざとらしく話題を変える。


武士B 「大黒屋殿も気付いておるのだろう?」

浪 人 「ああ、悪党の花道を飾るって言って張り切っておる。毎日鏡を見ながら、斬られた瞬間の形相の練習をして、短筒まで注文して待っておる。」

武士A 「たいしたもんだ、悪党の鏡だな。」

武士B 「往生際の悪さも悪徳商人の華だからなぁ。」

浪 人 「どこから狙えば気付かれやすいかも念入りに調べておる。」

武士B 「オオ、短筒を小束で叩き落されるつもりだな。」

武士A 「商人ながら天晴れな心意気でござる。」



===============================================第六話

武士ABしきりに大黒屋の筋金入りの悪党魂に感心している。


浪 人 「大黒屋は義理堅いから、自分が斬られて店が血書になった後、奉公人やワシら用心棒が困らないように次の奉公先を悪党仲間の黒船屋に頼んでいる。」

武士B 「手回しは流石だな、勘定方や寺社方に取り入るのも早いわけだ。」

武士A 「感心してる場合ではない。明日は我が身だぞ。」

武士B 「ん〜、うちの殿が斬られたら、拙者らは次の仕官先など無いからのぉ。」

武士A 「最近嫌がってどこのご大身も悪をやりたがらぬからのぉ。」

武士B 「今更地方に行って悪代官に仕えるのものぉ」

武士A 「お江戸暮しがなごうござるからな。」


武士AB急に現実的になったのか腕組みをして考え込んでしまう。



===============================================第七話

浪 人 「もし、そなたらの殿が斬られたら、わしと一緒に浪人でもせぬか?」


武士ABしばらく頭を捻ってそれぞれ口を開く。


武士A 「拙者は不器用だから傘貼り出来ない。」

浪 人 「それは難しいな。どうだ?奥方に犬張りこ作りをさせては?」

武士A 「家内も不器用なんだ。縫い物も得意ではござらぬ。」

浪 人 「困りもうしたな、不器用で縫い物下手では浪人者の妻ではいられませぬな。」


浪人は眉間にしわを寄せてしまった。



===============================================第八話

話題を変えるように浪人は武士Bに話題をフル。



浪 人 「御主の所はどうでござろう?まさかそなたまで奥方が不器用とか?」

武士B 「拙者の妻はすごく健康で、労咳にかかりそうにも無い。」

武士A 「釣り鐘割りと。。。呼ばれておったな。。。。」

浪 人 「えらく丈夫な奥方だな。しかし、内職と病気は浪人生活のステータスでござるから…」

浪 人 「おおそうだ!そなたが労咳になれば良いでは無いか。

     それを奥方が支えて働く、これで浪人生活のステータスはばっちりでござろう。」


武士B俯いてしまう。




===============================================第九話

武士B急に黙り込み、諦めたようにぼそぼそと呟く。


武士B 「…拙者も身体が丈夫で、一番最近した病気といえばン十年前に風邪をひいたくらいで、それも1日で治ってしまって…」

武士A 「ん十年前って、5歳か6歳の頃か?」

武士B 「薬種問屋の前を通ったら験が悪いって塩をまかれるし、最近では富山の薬売りにまで避けて通られる始末で…」

武士B 「それに拙者、剣術も下手で…」

武士A 「まぁ、まぁ、剣術が下手で威張り散らしてる方が、下っ端にはベストマッチでござるからな」

武士B 「まぁ。。。。今は。。。」


浪人と武士A顔を背けてため息をつく。




===============================================第十話

浪 人 「お二人には浪人は無理でござるなぁ。」


浪人は懐から手を出してポリポリと顎をかく。

居酒屋のオヤジが酒を持って来る。


オヤジ 「お侍さんも何かと大変だねぇ。」


武士ABはこのオヤジに警戒心を持っているようで、斜めに睨んだまま返事もしない。


オヤジ 「おっと、誤解しないでおくんなさい。あたしは正真正銘、ただの飲み屋のオヤジで奉行所とも火盗改めとも身分を隠した止ん事無きお方とかとは通じてませんやね。」




===============================================第十一話

オヤジは酒を置きながら笑って浪人に助けを求める。

浪人とオヤジは馴染みらしくお互いに笑いあう。

武士ABは姿勢を直して、オヤジの方に顔を向ける。


武士A 「スマンなオヤジ、どうも仕事柄、馴れ馴れしく話しかけて来る飲み屋のオヤジは疑ってかかるのが常になっておってな。」

武士B 「拙者らの業界では料理屋船宿なんかは要注意だからな。長七朗殿なんかは弁当屋だったからかなり油断したらしいぞ。」

浪 人 「湯屋、とういうのもあったな。油断してここらで斬られよう物なら労災扱いにならぬので保険が効かぬからな。」




===============================================第十二話

武士A 「それは難儀な事だな、一応拙者ら宿直詰めは24時間労災が効き申す。」

武士B 「でも、倍額で貰おうと思ったら、金さんや吉宗公本人と戦わねばならぬ。」

武士A 「従者では特約がない限りたいした額はおりてこぬからのぉ。」

浪人オヤジ「特約?」

武士A 「うちの殿は従者特約という保険をつけておってな。レギュラー枠のお付の者に限り、その手にかかった場合保証額2倍という事になっておってな。」

武士B 「つまり、ゲスト出演とか、チョイ役の従者はダメだが、水戸黄門等のかげろうお銀、飛猿、うっかり八兵衛、風車矢七クラスの大物従者なら、万が一の場合に保証になっておる。め組の辰五郎でもよいらしい」

浪 人 「成る程、でも…うっかり八兵衛や辰五郎殿の手にかかる方が難しそうな気がするが。。。しかし、お江戸ではなかなかその機会には恵まれぬのではないか?奴らは地方周りが多い故」




===============================================第十三話

ふと気がつくとオヤジが浪人に向かって『だめっスよ、そんな事いっちゃあ』の

ゼスチャーを必死にしている。

最初は何の事か気がつかなかった浪人だが、武士ABを見ると落ち込んでいる。

浪人は慌てて失言に気付く。


浪 人 「いや、そのご老公は出立前には必ず柳沢吉保に会いに江戸城に来るし、矢七は江戸で蕎麦屋をやっておるし、め組は江戸に常設だしな。八兵衛殿にいたっては、その、そう!うっかりな!まぁ、まま、その内ボーナスのような機会もめぐってこよう!」

武士A 「殿もいらぬ特約などつけずに給金でも上げて下されば良いものを」

武士B 「でも、他所にくらべればまだましでござる。摂津藩などは労災にも入ってないとか」

浪 人 「西国はけちだと噂に高いからのぉ。」

武士B 「それにまだうちは直属の上司が良い人で、万が一萬屋錦之介とか松平健が来た場合でも無理はせずとも良い、襲いかかってそのまま逃げてよいからと言って下さってるし」

武士A 「確かに給金は少ないが、殿が『出会えー!』と叫ばれるまでは碁でも将棋でもしていて良い事になっておるし」

武士AB「どこへ行っても、今時武士の給金など安いものだからのぉ。」


武士AB、さらにため息が深くなる。



===============================================第十四話

武士B 「この不景気で買い手市場だからのぉ。」

浪 人 「そう言えば、大江戸浪人協会でも鑑札を受けずに白浪人を営む者がいるとこぼしておったわ。」

武士B 「白って、駕籠かき?」

武士A 「浪人に鑑札なんかいるのか?」

浪 人 「正しき浪人は正しい登録から、の標語でもおなじみじゃよ。」

オヤジ 「あたしも知ってますよ。最近じゃ用心棒も寺子屋の先生も協会を通して雇わなきゃいけないって、町役の井筒屋さんが言ってましたよ。」


武士ABは難しい顔をして考え込んでしまう。



===--------------=====-------------=====


武士B 「世間は広いのぉ、ますます拙者らには浪人など無理じゃのぉ。」

武士A 「その内、ワシらは刀ごと屑篭に捨てられる時代になるやもしれんなぁ。」

浪 人 「ま、いづれも住みにくい世の中よ。オヤジここ置くぞ。」

武士AB「ああ、気をつけられよ。また、必ず会おう。」


オヤジの毎度の声を背にしながら、武士ABと挨拶を交し浪人は縄のれんをくぐる。

外に出ると少しひやりとする夜風が吹いている。


オヤジ 「ダンナ」


浪人怪訝そうに振り向く。オヤジは白い紙袋を浪人に手渡した。


オヤジ 「気休めでさぁ。」


白い紙袋には『飛騨謹製 天然四六の蝦蟇使用 高級蝦蟇の油』と書かれてある。

浪人は苦笑いをしながら紙袋を懐にしまう。


浪 人 「生きていたらまた寄せてもらおう。」

オヤジ 「へい。どうぞ、ご贔屓に」


オヤジ軽く頭を下げるとそそくさと店へ戻って行った。

浪人はニヤニヤと笑いながら、今宵来るであろう『奴』の事を思いながら

大黒屋へと足を早めて帰って行った。


浪人が歩を進めると、どこからともなくジプシーキングスの音色が聞こえてきた。

(ような気がする)                      

                              完





酒屋のオヤジは杉様でお願いします。

浪人は福ちゃんで。。。。


お楽しみいただければ幸いです。

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