前編
突然だが、私は男装の女騎士である。
エンメディ伯爵家の長女として生を受けた私だったが、代々騎士の家系であったせいか、女らしいものには全く興味を持たず女だてらに剣を握ることを好んだ。
本来、騎士は男しかなれない規則だ。
しかし私には兄にも負けない剣の才があるとされ、女であることを秘匿して育てられることになった。
そのまま私は女性の服に袖を通すことなく、男として十五年以上の月日を過ごした。
幸いなことに女性らしい凹凸は少なかった――というよりほぼないと言った方が正しいだろう――なのでバレることは一度もなかった。
とある方の専属騎士となり、騎士人生は順風満帆だった……はずだ。
なのになぜか、私は現在最大の危機に瀕している。
「お前……女なのか?」
私が剣を捧げたお方――セオドア様がそんなことを言い出したので、私は固まってしまった。
そしてたっぷり十秒ほど硬直した後、こう尋ね返すのがやっとだった。
「セオドア様は私が女に見えるとおっしゃるのですか?」
「いいや、昨日までは俺もお前のことを男だと思っていたんだが……今日、お前の友人と名乗る騎士たちがやって来て、彼らから色々と話を聞いてな」
友人を名乗る、騎士?
セオドア様の言っているその騎士に、私は心当たりがあった。いや、あり過ぎた。
「ぴやぁっ!」
私は、重大なミスを犯したことを悟って大きな奇声を上げた。
彼らとは昨晩、一緒に酒の席を共にしていたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
騎士にもランクがある。
まず、見習い。次に一般騎士。それから貴族の専属騎士、王族の専属騎士、騎士団長……この順番である。
私はその真ん中、貴族の専属騎士になったばかりだ。つまりついこの前まではただの一般騎士だった。
一般騎士時代に友好を深めた人物は三人ほど。
今は弱冠二十歳にして第三王子専属になることが決まったアーサー。
三十過ぎでありながら一般騎士から昇進しないことが悩みのバロン。
私と同い歳の二十五歳、とある侯爵令嬢の専属騎士になったチャド。
彼らとは無論のこと肉体的な関係はない。ただの友人だ。
前まではよく一緒に愚痴を言い合ったりしていたものだが、セオドア様に仕え始めてからというもの一度も会ったことがなかった。そこへ、アーサーから「今度、みんなで集まろうよ」という手紙が届き、セオドア様に一日だけ休みをいただいて彼らに会いに行った。
招かれたのは、騎士専用の飲み屋だった。
私はあまり酒に強い方ではない。が、飲めないわけではないので、今まではちびちび飲む程度には利用していた店だ。
だが、久々に皆と会えたおかげなのか、気分が昂って飲み過ぎてしまった。チャドに「おいお前大丈夫か?」と言われたあたりから、記憶がない……。
そして今朝、私はいつの間にか屋敷へ戻って来ていた。どうやらバロンに送り届けられたらしい。それを聞いて今朝は赤面したものだったが。
それ以上にやばい事態になっているとは想像もしていなかった。
酒の席で、絶対に言ってはならない真実を暴露してしまったなどと――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「セオドア様、昨晩は愚かなことに飲み過ぎてしまい、魔が差して妙な戯言を口にしてしまったのかと。私が女であるなど、一切事実無根でございます」
セオドア様は私より数歳若いが、この国の筆頭公爵家の当主である。
そんなお方に私が不正に騎士団へ入ったなどと知られてしまえば、騎士人生は終わる。終わってしまう。せっかく掴めた希望を酔っ払いの失言などで潰したくはない。
今日も二日酔いがひどく頭がガンガン痛む。二度と酒は飲まない方がいいなと思った。
なんとか早くこの窮地を脱し、なかったことにしよう。
そう思っていたが無論そう簡単にことが済むはずがなかった。
「わかった。なら、股間を見せてくれ」
「――は?」
主君へ向ける言葉では、決してなかったと思う。
だが私は素っ頓狂な声を上げるしかなかった。だって、そうだろう。
「わ、私の股間などをご覧になっても何も得るものはございません。公爵閣下にお見せするなど、出来かねます……」
「当たり前だがお前の性別を確認するだけだ。俺が嫌なら、侍女に見せてくれてもいい。ただ、確認したいだけだからな」
股間を、見られる。
それはつまり性別を確認されることであり――そうなれば私は、どうしようもない。
逃げる、という選択肢が私の中に浮かんだ。
だが逃げてどうなる? セオドア様は私を追いかけて来るかも知れない。それに騎士仲間に暴露してしまったわけだから彼らに頼るわけにもいかないのだ。
無理だ、もはや私に選択肢はない。
諦めた私は……膝をついて両手を掲げた。
「どうぞ、どうぞお許しください……!」
首を切られることも覚悟の発言だった。