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壺の中②


 一階に降りるまでの間、どこの自販機に行くのかもう一度考えを巡らす。


 部屋でさんざん考えたが、やっぱり坂を下ったところにある、歩いて五分はかかるが十分はかからない、あそこにしよう。本当はもっと近くに一台、自販機はある。だが、それだと近すぎて散歩にならないだろう……


 たかだか近所の、それもすぐ近くの自販機に行くだけなのに、こんなにうだうだ考えてしまう。今までもずっとこんな感じだったように思う。


 外灯もまばらな住宅街の細い坂道を下りながら、私は今までをふり返る。そこからまた、うだうだと決して答えの出ないだろう明るくはない事柄を考え、いつものように偏頭痛をよびこむ。


 頭が散々痛くなってから、またしょうもないことを巡らせてしまったとさらに後悔し、気分は落ち込んでいく。


 うつむきながら歩き坂を下り終えると、片側二車線の広い道につき当たる。


 右に曲がって、ゆるやかな坂道をちょっと上ると、右手に目当ての自販機は現れた。


 閉まっている個人商店の前、三台並ぶ自販機の真ん中、赤い自販機の前に立つ。


 マンションの通路の明かりより、より一層、自販機の照明は明るすぎた。


 ウッとなって二、三度目をしばたたかせた。



 ヴェックション!!!



 とんでもなく大きなくしゃみが出てしまった。


 くしゃみは最近もしたことはあるが、ここまで大きなものは久々で自分で驚いた。


 でろん、と大量にたんのような鼻水が唇のすぐ上にまで迫ってきたのがわかる。


 反射的に右手で鼻と口の間をおおった。ちょっと空間を開けたつもりだったが、粘度のある鼻水は人さし指の根元のところにピチャッとひっついた。


 このまま手を離そうものならビヨンと確実に伸びる。


 なんて、なんて情けないのか。無性に悲しい。


 悩んで、悩んでジュース一本を買いに、しかも誰と接するわけでもない自販機に来ただけで、こんなにもむなしい気持ちになるのか。


 どうするんだよ、この右手。拭くものなんて持っていない。あんなに財布と家の鍵を確認したのに、なんという盲点だろう。


 もういっそ、このまま手を離さず家まで帰ろうか……


「あの、大丈夫ですか? よかったら、これ……」


 男性の声だった。私の左側の背後から、ポケットティッシュが差し出されている。


 深夜の自販機前で、鼻だけでなく涙も垂れ流しそうになっている、よれよれの私に声をかけたのだ。


 なんと勇気のある行為だろう。


 本当に私に対するものなのか。逡巡するが、すぐ背後をとられ、恥ずかしくどうすることもできないので、素直に左手でそれを受け取った。


「す、すみません……ありがとうございます」


 新品のポケットティッシュだった。


 右手で鼻を押さえる私は、それをもてあます。左手はカサカサと音を立てるしかなかった。


「あっ、開けますよ。ちょっと、貸して……」


 後方から手が伸びてきて私からティッシュを受け取った。パリッとビニールのミシン目が裂ける音がして、再び私の手に握らされた。


 丁寧に一枚、開いたところからティッシュは飛び出している。


 だが、私は気付いていた。やっぱり左手だけでは無理がある。


 うつむいた私は思い切って右手を顔から離すと、素早く左手に持つティッシュをピッと取り、右手の人さし指を拭きつつ、鼻をおさえた。そのまま軽く拭いて、再び右手を顔から離し、もう一枚出して鼻をおさえる。


「……すみません。ありがとうございます……た、助かりました」


 ふり返り、左手に残るポケットティッシュを差し出した。


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