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壺の中①


 散歩がしたいと思った。


 気付けば、テレビ画面の右上に表示されている時刻は午前0時を過ぎていた。興味のないバラエティ番組をながめながら、そこからしばらく悩むことになる。


 どこへ行けばいいのだろう。何か目的がないと……


 私は普段、散歩をするような人間ではない。できれば外には出たくない。


 だって、うかつに外をうろついてしまったら小学校の同級生などに出会ってしまうかもしれないし、出会わなかったとしてもどこかで私だと気付かれ、他の誰かとの話のタネにされてしまうかもしれない。


 最近、あの人を見かけたけど何をしているんだろうね……なんて、知らないところで話されるなんて本当に嫌だ。


 そうは言っても、なんだかんだ近所のスーパーやコンビニにはたまに行ってしまう。平日の昼間、行っても結局は誰にも会わないものだから、ちゃんと本当は気付いているのだ。


 そもそも三十を過ぎた小学校の同級生たちが、地元に残り続けていることはまれだろう。


 ましてや平日の昼間、健全な大人は社会に出ているはずだ。

 

 もし、私のように何も親のために奉仕せず、実家の一室を未だに占拠し続ける同胞がいたとしても、彼らもそんなに外を出歩くことはないはずで、私と同じとは言わないが近い心持ちではあると思う。


 つまるところ、誰も私に興味、関心はない。そして、私は外に出ても誰とも出くわさないということで、私はそれをわかっている……


 いけない! またしょうもないことが自らの意に反して頭の中をぐるぐる巡っているではないか……!!! いつもの悪いくせだ。


 ぼうっとしているうちにバラエティ番組は終わって長いコマーシャルを挟み、そしてパンメーカーの提供で工場の大量に流れる食パンを背景に天気予報は始まった。


 明日は晴れ、ならば今から出かけても何も心配することはない。


 やっぱり散歩に行きたい。深夜にこんな気持ちになることは今までもあった。だが、うだうだと自分の中で言い訳や理由をつけて、実際に出かけたことはなかった。今日こそは、やはり出かけなければ。


 ではどこに行こうか。私には目的が必要だ。


 コンビニやドラッグストアは二十四時間、開いてはいるが、こんな深夜に店に入って、たとえ見ず知らずの店員さんであってもなんとなく、人と接したくない。スッピンだし、よれたシャツに安いスウェットのズボンというこの格好で、買ったとしてもジュースの一本くらいだし。わざわざ身支度するのも違うだろうし。


 そうだ、それなら少し値段は高くなっても自販機でコーラを買おう。とんと自販機でジュースなんて買ったことないし、たまにはいいか。そうだ、そうだ、そうしよう……


 やっと意を決した。天気予報もとっくに終わり、先週から始まったばかりの三十分番組が流れている。若いアイドルが白々しくはしゃぐ画面右上の時計は、一時二十五分を表示していた。


 テレビを消して、薄手のパーカーをはおり、財布と鍵をポケットに入れる。

私は慣れ、親しみ過ぎた子供部屋のドアを、そっと手前に引いた。


 向かいの部屋からは父と母の大きな寝息のような、いびきのような呼吸音が聞こえてくる。


 なるべく音をたてないように部屋の電気を消し、ドアを閉めた。


 まっくら闇の中、上着のポケットを上からさわり、財布と鍵を何度も確かめる。靴を履いて、やっと玄関の外へ出ると慎重に鍵をかけた。


 マンション八階の部屋だった。深夜ではあるが、春の空気は温かく風も吹いていないので、想像していた寒さはなかった。外の暗さに対してエレベーターまでの通路は明るすぎ、少々目がくらんだ。


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