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報酬の取り分や、出発の日時、場所などこまごまとしたことを決めた後、ドライオとアデリナは席を立った。
勘定は全てアデリナが済ませていたようで、ドライオは値段も教えられなかった。
酒場を出る前に、アデリナはまたその美しい金髪をフードに押し込んだ。
神経質にも見えるその仕草に、ドライオは苦笑して声をかける。
「外に出るときはわざわざ隠すのか」
「ここはいいんだ、知り合いの店だから。他では隠す」
アデリナは答えた。
「お前も私の依頼を受けるなら、覚えておけ」
「あいよ」
何故隠すのか。詳しいことは聞かなかった。
店の前でドライオはアデリナと別れた。
アデリナは従者の一人も連れず、女一人で暗い路地裏に消えていった。
ドライオはその背中が闇に紛れて見えなくなるのを見届けた後で、自分の宿へと足を向けた。
街外れ。
約束の時刻よりだいぶ前からアデリナを待っていたドライオは、ようやく現れたアデリナを見て目を丸くした。
アデリナが黒毛の馬に乗っていたからだ。
「お前」
ドライオはアデリナを見上げる。
「馬で行くのか」
「ああ」
今日もフードにその金髪を隠したアデリナは、馬から下りようというそぶりも見せずに頷いた。
「悪いか」
「俺の馬は」
「あるのなら、少し待つ」
アデリナは答えた。
「乗ってこい」
「あるわけねえだろ。俺は騎士じゃねえぞ」
ドライオは吐き捨てる。
「お前だけ馬に乗って、俺には走れってのか」
「自分の馬がないのなら、私の馬を引けばいい」
アデリナはそう言って、差し縄をドライオの鼻先に突き出す。
「私が歩けなくなって、お前に背負われることになるよりは余程いいと思うが」
「ちっ」
ドライオは舌打ちして差し縄を握る。
「魔物が出たら、馬の心配まではしてらんねえからな」
「分かっている」
アデリナは涼しい顔で答える。
「そんなに高い馬に乗ってきたわけではない」
「そういうことじゃねえよ」
ドライオはそう言うと、それでも馬を引いて歩き始めた。
「行くぜ、お姫様」
「姫?」
険のある声でアデリナが反駁する。
「誰が、姫だ」
「うるせえな」
ドライオは振り向きもせずに答えた。
「危険極まりねえ草原で、自分だけ馬に乗っていこうって女を姫って呼んだだけだよ」
そう言って、鼻を鳴らす。
「俺だって、そんな口の悪い姫様がいねえことくらい知ってるよ」
アデリナによれば、目的の空気穴は、岩竜の草原を相当深くまで進んだところにあるということだった。
ドライオとてこの草原に入るのは初めてではない。その場所の大体の目星はついた。
距離から考えれば、とても一日でたどり着ける場所ではない。
この草原で、一泊はしなければならない。
その日の昼間は、何体かの魔物に遭遇したが、魔物はドライオの構える斧の鈍い輝きに怯えて姿を消すか、そうでなければ情け容赦なく振り下ろされるその斧の餌食となった。
戦士の奮戦に、アデリナの馬が危険に晒されることはなかった。
「順調だな」
ドライオは呟く。
「ついてるぜ。今日は魔物が少ねえ。出るときはこの十倍は出る」
「そうか」
アデリナはそっけない。
「それなら行けるところまでどんどん行くぞ。私はもっと速くてもいいが」
「私じゃねえ。速くてもいいのは馬だろうが」
ドライオは吐き捨てる。
「こっちは歩いてるんだ。無茶言うんじゃねえ」
それでも、危険な草原をだらだらと歩くのが得策ではないということはドライオにも分かっていた。
「鷹岩の陰まで行くぞ」
ドライオの言葉に、アデリナは訝しげな顔をする。
「鷹岩? なんだ、それは」
「ここに来たことのある戦士ならみんな知ってる」
ドライオは答える。
「その辺で適当に野宿なんてしたら、あっという間に夜行性の魔物に囲まれて、とても朝を迎えることなんてできねえ。だから、いくつかあるんだ。安全に夜を過ごせる場所が」
「その鷹岩というのも、そういう場所なのか」
「ああ」
ドライオは頷く。
「日が暮れる前にたどり着かねえと面倒だ。急ぐぞ」
ドライオは馬を引き、足を速めた。
太陽が地平線の彼方に姿を消し、その残光も消えようとしていたころ。
ようやくドライオたちは鷹岩にたどり着いた。
わずかに残る光を受けて、草原にそびえる黒々とした巨岩は確かに宿り木にとまる鷹のように見えた。
「これが鷹岩か」
アデリナが巨岩を見上げる。
「ここなら安全というわけか」
「絶対の保証なんてねえからな」
ドライオは釘を刺す。
「他よりはマシって程度だ」
「火は焚けるのだろう」
アデリナの言葉に、ドライオは頷く。
「多少はな」
「多少?」
「目立たねえ程度ってことだ」
ドライオはそっけなく答える。
「この草原じゃ火を怖がる獣よりも、火を使ってる人間を好物にしてる魔物の方がはるかに多いんだよ」
その言葉に、アデリナは不機嫌そうに口をつぐむ。
「嫌な場所だろ?」
ドライオはにやりと口を歪めた。
「だから、誰も来たがらねえのさ」