いよいよ少女は逃げ出した。列車の窓から投げた「今」と引き換えに、過去が思い出される。
1限目の授業は全く頭に入ってこなかった。
無機質な教科書の文字を見つめる。
どうして、こうなった?
過去を辿ってみると、ふと思い浮かんだ。
これまでの人生3分の2以上 、Bと建前の親友を築きあげてきたのか。
たしかに見下ろすと、底が見えないほど高い。10年分の高さだ。だけど、思えばそれはいつも風にあおられ揺れていた。
崩れるのが怖い。
全部、怖い。独りが、未来が果てしなく怖い。
このままずっと一人で死んでいくのかな。
息ができない。もがくばかりで足をすくわれそうだ。苦しい。
必死に手を伸ばしても水面が揺らぐだけで、視界がかすむ。
昼休みのチャイムが鳴った。うっ屈した感情は尾を引いていた。
先生に呼び出され、
「君ならどこでも好きなところへ行けるよ。よく考えなさい。」
渡された進路シート。
胸がなった。
自分で、決める...
お金も日常も愛情も、触れる指先のその一瞬で崩れてしまう。
ずっとこんなところで未来に怯えていていいの.....?
いや、良いはずがない。
そうだ。いつか訪れる未来が怖いなら、逃げればいい。逃げよう!!!
先生がAちゃんとBを呼び出した。
今しかないっ!
教室を飛び出し、階段をかけ下りた。
見つからないか考える余裕はない。狂った集団の思想からのがれる唯一の手段。
逃げろ‼‼とにかく、早く!!!
上履きのまま、学校を飛び出した。
誰かが私を呼んだ気がしたが、自分しか居なかった。
真夏の晴天、蝉の声、風の匂い、踏み出す力強さ、罪悪感。
その全てが色鮮やかに私の瞳に映った。開放感にエネルギーは満ちている。
あぁ、世界はこんなにも美しい夏の季節だったのか。
とにかく、速く、早くしなければ。
この情動が、あの青空に溶けて、消えて、なくなってしまう前に。
静かに、けれども確かにその一歩は先へ踏み出した。
深い息と共に、ドアが閉まる。
誰ひとり居ない車内。
一瞬の迷いと罪悪感が動き出した列車と共に戦慄した。
バッグから、なにか聞こえる......?
スマホの通知だった。
A{どこ行っちゃったの?みんな心配してるよ〜(泣)]
B{どしたのぉ〜!]
涙があふれそうだった。
狂っている。みんな一人が怖くて、誰か一人を攻撃する。
馬鹿みたい。
移っていく景色の自由さに、スマホの重さがうっとうしくなった。
列車の窓を開け、湿っぽい夏風に耳を澄ます。川へ近づくにつれて、なにかがこみ上げてくる。
「要らないよ、こんなもの!!!!」
言葉にならない声と雫が、蝉の声とともにうめいて反響した。
放たれたそれは虚空を描き、空に抗えずにきらめく水の中へ沈んだ。
深い深い未知へと。
これで「今」しか無くなった。
はずだった。
蝉時雨の中、「ポチャン...」という音だけが耳の奥で鳴りひびく。
遠い昔が、全ての根底が、思い起こされた。