こんな狂った世界で、生きたくなんて無いんだよ!!!
折り重なって舞い降りる、シルクのような日差し。
頬をなぞる夏の匂いまとう風。
古さびた朱色の列車は警笛を鳴らし、風と日差しとセミの声を裁ち切った。
少女は下を向く。そして切羽つまったような表情で青空をにらみつけた。
目覚ましの音にハッと起き上がる。
夏。
今日は暑くなりそうだ。制服に着がえ、不規則に重い足取りで階段をおりた。
母の淹れるコーヒーの香り。
「そこにパンあるからテキトーに食べといて〜」
「はーい。」
視界の端にあったリモコンを手に取り、テレビをつける。
’ー県中学3年生の女子生徒が先月、自殺をー...’
おしゃべりな母がなにも言わずそれを見ていた。
(このニュースでだんまりって、なんか気まずい...)
画面から食パンへ目をそらす。
70代くらいのコメンテーターが ’今の中学生は......’ と知ったふうなことを口走っていた。
CMへ変わった頃、私は黙ってコップを水を飲み干し、家を出た。
コーヒーの匂いに不思議なほど惹きつけられていた。
校門をくぐり、時計の指す「8」に肩を落とす。
ホコリ臭い下駄箱をぬけ、階段をのぼるにも息が荒くなって、もう逃げられないだとか考えているうちに3−3が見えてくる。
ドアを見つめ、深呼吸をして教室に入った。
「おはよ〜!」
「「おはよ〜〜‼」」
集まって話していた女子たちの中から、ポニーテールを高く結んでいるAちゃんがなにか言いたげな顔をして近づいてきた。
「おはよ!ねえ、今いい?」
「うん、どした?」
「ちょっと向こう行こ。」
「......?」
窓際へ移動したことにみんなが気づくと、一瞬だけ教室が静まり返った。
嫌な予感がした。
「......Bがさ...君の悪口言ってるよ、チャットで。」
「...え......?」
Bは小学生の頃から仲がよく、一昨日も遊びに行った。スマホケースには二人で撮った「Best friend♡」のプリが入っているし、親同士の仲も良かった。
だけど目の前にあるのはBの裏の顔だった。
< マル秘ぐる (13)
◉{またあいつブサイクな顔晒してるwwいい加減気付けって〜のー‼]20:40
☆{え、それマジ?!さすがに引くわ]20:40
◯{うわほんとだ‼] 20:40
◉{キモすぎる]
{てかさ、これ見て あいつの変顔写真ww]20:41
◉{よくうちらのグループに居るよね]20:41
呆然とした。嘘?...まさか。そんな、そんなことって......私が?
「だから、気をつけたほうが良いよっ!」
「う、うん、教えてくれてありがと!」
「いいのいいの、なんかあったら遠慮なく言ってよ」
Aちゃんはスマホの画面をスクロールしながら答えた。
教室のドアが開いた
Bは私と目が合うと、笑顔で飛びついてきた。
「ふたりともやっほー!!あ、そういや今日の数学課題やってねぇー!」
「あ、忘れてたwwまあでも、ねえ?」
ふたりがこっちを向いてくる。
「あ、一応やったよ〜」
「さっすが!マジで神様!!お願いします!!」
「はいはい」
いつものこと。
私がプリントを出すと、ふたりは他の女子たちとトイレへ行ってしまった。
机を見た。
プリントがある、それしかない。
周りのもの全てが怖くて、泣きそうだった。
なんで、あんなこと言われてるの...?
考えるときりがなくなりそうで、寝たふりをした。廊下から聞こえる笑い声すべてが私に向けられている気がした。
HR中、数学のテストが返された。
「やば〜〜!!天才がここにいま〜す!!」
「えーなにその点数〜まじうざいww」
AちゃんもBも冗談の口調ではあったが、私は言葉で笑うことしかできなかった。
頭の中は自責の言葉で一杯だった。
休み時間、いつも一人でいるDさんは今日も本を読んでいた。
Bはわざと
「ああいう人って、私は特別なんだ。とか心のなかで思ってそうだよね〜!
それって相当痛くない?!(笑)」
と視線をDさんに向けながら話した。
「分かる〜!あ、あれが今はやりの厨二病ってやつ?!」
「呪文とか唱えてそうだよね〜!ww」
私もすかさず反応した。
「なにそれwwこわwww」
二人が笑ってくれた。よかった。
その時、Dさんがこちらを向いた。見下すような冷やかで鋭い視線だった。私をじっと見つめているようだった。
カーテンが大きな空洞をつくり、静寂が反響する。
自分が嫌で、Dさんをうらやましく思った。
「いいなあ...」
なぜか声に出てしまった。
声は風に掠れて、時間だけが溶けていた。