断罪された筈の悪役令嬢、人生チェンジでドS魔術師に目を付けられました。
何故、2回も選ばれなかったのだろう?何が原因なの……?
その発表を聞いて、私は意識を失った──
***
私には、好きになれない姉がいる。好きになれないというより、嫌いに近い。それが決定的になったのは、私の想い人であるアリストロシュ殿下が姉を婚約者として発表した時だ。
姉は、私がアリストロシュ殿下を恋慕っていたのを知っていた。昔から身体が弱かった私には何でも譲る、よく言えば心優しい、悪く言えば主張しない姉。……人の顔色を伺ってばかりなのに、健康だけが取り柄で美しくもないのに、私が一番欲しかった人をあっさりと奪った姉が許せなかった。
婚約発表がなされた後、二人が並ぶ姿を見ては胸が引き裂かれそうだった。姉は、アリストロシュ殿下を愛している訳ではない。なのに、アリストロシュ殿下は子供を生めるからという理由で彼女を選び、そして大事に大事に扱っていた。
本来であれば……私が健康でさえあれば、アリストロシュ殿下の婚約者は私であった筈だ。
誰よりも美しく、公平で、等しく優しいアリストロシュ殿下。その横に並び立つのは、その横が似合うのは、私カメリアである筈だった。
私の周りの侍女達も騎士達も、「カメリア様こそ王妃になるべき」だと誰もが言った。勉強が得意ではなく、王妃になる為の勉強から逃げ回っている姉が憎らしい。両親に、自分ならば王妃教育から逃げずに課された義務を果たすと申し出たが、私の望む物なら何でもくれた両親が、その時だけは首を縦に振らなかった。
姉であるアザレが、腫れ物を扱うようにこちらを見るのも気に食わない。何もかもが気に食わない。たった少し先に生まれただけのアザレが王妃というこの国の全ての女性が憧れる立場になり、少し遅れて生まれただけで健康以外の全ての素養を完璧に身に付けている私が、その家臣といずれ結婚しなければならないのか。
……私こそが、アリストロシュ殿下の大事な人であるべきなのに!!
婚約発表がなされてから、今まで全て思い通りになっていた私の人生が狂い初めた。怒りや哀しみ、醜い嫉妬が私の全身を蝕んでいく。
私が姉の立ち位置にいくためには、姉に退場して貰うしかない。そう考えた私は、花に惹かれた蝶の様に群がるどうでもよい男達に、姉の貞操を奪う様にお願いしたが、何度も殿下に阻まれた。
殿下に守られている事も知らずに、能天気に笑う姉。憎しみだけが私を支配する。そうして、気付けば私達は16歳になり、二人は華やかな結婚式をあげた。
何故私は、まどろっこしい事をしていたのだろう。結婚式を体調不良で休み、涙で枕を濡らしながら気付いた。……奪うのは、貞操じゃなくて命であるべきだった。
アリストロシュ殿下が愛する者は、アリストロシュ殿下を愛する者でなくてはならない。姉がいなくなれば、きっとアリストロシュ殿下も目を覚まして下さる。
アザレの次に王妃に近い人間は、私をおいて誰もいない。
公爵令嬢は、豚の様な顔と身体には勿体無い宝石を身に付ける散財屋。可愛いと言われている侯爵令嬢は、持参金すら用意出来ない没落貴族。容姿は普通な伯爵令嬢は、マナーすら危うい不適合者。
そうだ、アザレには消えて貰おう……想像するだけで、笑いがこみ上げてくる。何度も、どんな手段を使っても……アザレが死ぬまで。
そう、全ては上手くいくと思っていた。
……まさか、今まで目を掛けてやっていた侍女の一人が裏切り、3回目の暗殺が失敗と同時に自分が囚われの身になるなんて思いもせずに。
***
「我が妃であり、身内でもある姉の抹殺を計画する等、もってのほか。……火刑に処せよ」
アリストロシュ陛下の冷たい声が、私を断罪する。姉は、そんな陛下にすがる様に、頼んでもないのに私を庇護しようとする。
「わ、私わたくしはこうして無事でおりますし、たった一人の妹に対してそんな重たい罪を望んではおりせん!!どうか、お許……」
うるさいうるさいうるさい、頼んでないっ!!アリストロシュ陛下に触らないでよ!!私に見せつけないで!!
「あんたなんかに、助けられたくないわ!!」
はっきりと断言して、アザレを睨み付けた。
お人好しの、姉。命を狙われていながら、その相手を庇うなんて……どこまで阿保なのか。妃である自分の価値もわからず、ただ妹であるという理由で、余計な事に口を挟む姉。
そんな姉が大嫌いで、憎らしくて……でも、アザレであればアリストロシュ陛下と結ばれるのであれば、私はアザレになりたかった。そうであれば、全て丸く収まったのに……っっ!!私がアザレであれば、アリストロシュ陛下を支え、愛し、暗殺者を送るような妹は一緒に断罪する。
アリストロシュ陛下じゃなくても良いなら、アザレ。
私と替わってよ。
なんで私は、あんたじゃないのよ……っっ!!
そして、神様は。
私の願いを聞き届けて下さった。
***
断罪された筈の私が目を覚ますと、目の前には10歳の私がボケッとした顔をして立っていた。
要は、神様は時を8年も遡らせた上、私達を入れ換えたのだ。
私は、アザレに。姉は、妹になった。
美しくない顔、日に焼けた身体。健康だけが取り柄のアザレになった私は、これでアリストロシュ殿下の傍に要られる、と喜んだ。
アリストロシュ殿下は、これから先、私と婚約し、私と結婚するのだ。
想像するだけで、胸が高鳴る。まずは自分磨きをして、一番美しい……いや、マシな状態で婚約発表に臨まなければならない。
私がアザレになると、アリストロシュ殿下としょっちゅう出会える様になって、驚いた。
カメリアの時は、アリストロシュ殿下をお見かけするのは一ヶ月に一度あれば良い方だったから。
何故アザレのもとにアリストロシュ殿下から訪ねてくるのかはわからないが、わざわざいらしてくれるならそれに越した事はない。日に焼けるから外出はしたくないし、これから食事量を減らしてこの余計な肉を落とさなければ。
私がアザレになって一ヶ月程は、毎日幸せだった。アリストロシュ殿下が、毎日訪れて下さるから。私はアリストロシュ殿下の美しい容姿をうっとりと眺め、会話を楽しむ夢の様な日々を過ごす。
アリストロシュ殿下は、私の前では少し意地悪な事を言うのが意外だった。あんなに優しいアリストロシュ殿下にこんな事言われるなんて、アザレは一旦何をしたのだろう?とは思いながらも、アリストロシュ殿下の新しい一面が見られた様で嬉しかった。
2ヶ月目、3ヶ月目になると、アリストロシュ殿下のアザレへの来訪が急激に減った。もしかすると、国王になる為の後継者教育を受けるなど、忙しいのかもしれない。私もこうしては居れないと、両親に王妃教育を施して貰える様に頼んだ。
勉強嫌いなアザレがそんな事を言うものだから両親も驚いたけど、結局受けておいて損はないから、という理由で早めに王妃教育を受ける事が出来た。
今私は10歳だ。2年後の12歳でアリストロシュ殿下と婚約し、更に4年後に16歳で結婚だ。夢にまで見た、アリストロシュ殿下の妻……なんて素晴らしい響き。アリストロシュ殿下は、2年後私を選ぶ。だから、その時までに私に出来る事はやっておくのだ。
私が王妃教育を受けていると、窓の外でカメリアが地面に這いつくばっているのを見て、ギョッとする。
……本当に、令嬢として恥ずかしい姉だ。木陰でまた蟻の行列でも眺めているに違いない。せっかく私が美しい肌をキープしていたのに、日焼けも擦り傷も全く気にしないものだから、ため息が出てしまう。
姉は、ふと何かに気付くとすくっと立ち上がり、パタパタとスカートを叩いた。そこに近付く一人の影……アリストロシュ殿下。殿下は過去の私には一度も見せた事のない、悪戯っ子の様な表情を浮かべて姉と何か話している。
大口を開けて、何か驚いている姉。私の外見だから許されるものの、やはり令嬢失格だ。
「……となっておりす。アザレ様?聞いておられますか?」
「すみません、先生。ええと、……」
アリストロシュ殿下が選ぶのは、私だ。なのに、二人の姿を見ただけで、何故か不安が胸に渦巻いた。
***
「アザレ嬢を、アリストロシュ殿下の正式な婚約者とみなす。健やかな心身と、誰からも愛される素質、皇妃教育にも問題ない社交性や知識が認められており、何より殿下たっての希望である」
そう宣言されるのを、私は胸踊らせて待っていた。
今日は、婚約発表の日。カメリアだった時の私にはこれ程辛い発表はなかったが、アザレである私は、その宣言を今か今かと待ちわびる。
この発表が行われると、アザレはオロオロして私の顔をチラチラ見、婚約発表の後の口上すらまともに言うことが出来なかった。私はそんな無様な真似はしない。そんな決意を固めた私の耳に、信じられない宣言が入ってきた。
「カメリア嬢を、アリストロシュ殿下の正式な婚約者とみなす。身に宿る魔力による召喚術は見事で、国の繁栄の為の一助となろう。また、妖精と称される容姿や振る舞いは民の心を惹き付けてやまず、何より殿下たっての希望である」
と。
……え?
何?
今、何て言ったの?
カメリア嬢?召喚術って、何の話!?
待って、何で……
私は、パニックのあまり、そのまま意識を手放した。
***
意識を取り戻した私を待っていたのは、信じがたい現実だった。
私は、一度ならず二度もアリストロシュ殿下から選ばれなかったのだ。
……アリストロシュ殿下に選ばれるなら、アザレになってやっても良いと思ったのに……!!
私は、アリストロシュ殿下のみならず、妖精に例えられる美貌も失った。
侍女から私が気を失った後の詳しい話を聞いていると、どうやら潜在的に持っていた魔力ですらも失っていた事がわかった。そしてそれで今回、アリストロシュ殿下が何故カメリアを選んだのか理解出来た。
アリストロシュ殿下は、誰よりも国の為を想って行動する、立派な後継者だ。アザレを選んだ時は、私が健康でなかったからだし、カメリアを選んだ時は、カメリアの所持する魔力が発覚したからだ。
きっと、私がカメリアだった時にもし体内に宿る魔力に気付いていれば、カメリアが選ばれた筈なのだ。私は、タイミングが悪かっただけ。
……でも。アザレは間違いなく、殿下の寵愛を受けていた。それが優しさからくるものであっても、殿下はアザレを愛していたのだ。何故なら、私がカメリアの時にどれだけ誘惑しようとしても、一切誘いに乗らなかったから。妖精に例えられる程に美しいカメリアにすら惑わされない、そんな誠実なところも好きだった。
……まだ、チャンスはある。
カメリアである姉は何故かアリストロシュ殿下から逃げ腰で、婚約に乗り気ではない。アリストロシュ殿下はカメリアでなくアザレが好きなのに、国の為にカメリアを選んだのだから、情に訴えれば何とかなるかもしれない。婚約発表では間違いなくアザレが呼ばれると思い、アリストロシュ殿下とお会い出来る日がどんどん少なくなったのに、自分から会いに行かなかったのも良くなかったのかもしれない。
そうであれば、善は急げだ。
私はアリストロシュ殿下の元に参上した。
***
「やぁ、私の大切なカメリアの姉君であらせられるアザレ嬢。よく訪ねて来てくれたね、何の用かな?」
アリストロシュ殿下は、書類に走らせていた手を止め、にこりと笑った。
ソファに座る様に促されるかと期待したが、忙しそうでそのまま用件を話す様に求められてしまった。侍女の話では、婚約の破棄をしにアリストロシュ殿下の元へ赴いたカメリアは一時間以上部屋から出て来ないらしいが、アリストロシュ殿下の忙しさに気付かず長居をするなんて、何て配慮のかけらもないのだろうかとため息をつきたくなる。
「アリストロシュ殿下の、婚約の件でございますが」
「ああ、そう言えばアザレは気を失ってしまったのだよね?わざわざお祝いを言いに来てくれたの?ありがとう」
「いいえ、殿下。あの……」
「いいえ?アザレからは、祝辞を頂けないのかな?」
殿下は笑っているのに、何故か空気がピリリと震えた気がする。あまり、機嫌が良くないのかもしれない。出直そう。
「それは、勿論……カメリアがアリストロシュ殿下に選ばれるなんて、喜ばしい事でございます。この度はご婚約、おめでとうございます。これからも、末永くよろしくお願い致します」
「うん、よろしく。……で、他には?」
「……いいえ。また出直します」
「そう。じゃあ、仕事中だから下がって貰えるかな?私の可愛いカメリアに、もっと顔を出すよう言っておいて」
「畏まりました」
私は完璧な礼をとり、アリストロシュ殿下の執務室から出る。
カメリアの時と違い、アザレでは手駒がない。……もう、カメリアの命は狙えないし、狙ったところでまたアリストロシュ殿下に断罪されるだけだ。……忙しい人の、愛する人の、手を煩わせるだけ。
私は、期限を決めた。アリストロシュ殿下が、カメリアと結婚するまで。それまで、殿下の心変わりさえあれば婚約は破棄される。しかし、結婚すれば模範的な国王となるアリストロシュ殿下は決して心変わりをしないだろう。アザレは美しくないけれど、アリストロシュ殿下から愛された過去がある。
私は二人の婚約期限中、必死でアリストロシュ殿下の心を振り向かせようと努力して──結局、失敗した。アザレになっても、私ではアリストロシュ殿下の心を掴む事は出来なかったのである。
***
今回は、結婚式に出席した。
アリストロシュ殿下と、顔をひきつらせながら微笑もうとするカメリアに申し訳程度に拍手を送り、涙を堪えて私を縛っていた初恋に別れを告げる。
カメリアだった時も、そうすれば良かったのかもしれない。けれどもあの頃の私は、二人が並んでいるところを見るだけで殺意が湧く程、アリストロシュ殿下に入れ込んでいたのだ。
結果、私は死ぬところだった。
身体が入れ替わったお陰で、私は断罪から逃れた。好きにはなれない姉だけど、心からの祝福はまだ送れないけど、やっと最近になって「姉に助けられた」という実感がじわじわと湧く様になった。
自分への戒めとして二人の姿を目に焼き付け、その場を離れる。
私はもう、妖精であるカメリアではなく単なる美しい王妃の姉だ。
平々凡々な令嬢らしく、私は両親が婚約者を見繕うまで、避暑地に療養と称して引きこもり、結婚したらそれなりに取り繕えば良い。
アリストロシュ殿下に、選ばれなかったのだ。ならばもう、私にとっては誰でも同じ。
街の公園のベンチに座り、侍女に日傘を持たせて人を待つ。
今日は、両親が候補としてあげた婚約者との初対面だった。
噴水の傍で子供達が元気に遊び回り、私の目の前で転けた。
うわーん、と泣き出す子供。どうする?ハンカチを差し出す?……いや、ハンカチは私のスカートの下に引かれているし、私はあの子供と何の関係ない。親が居るだろうし、赤の他人が転けた子供に構うのは嫌かもしれない。私だったら、嫌だから。
「アザレ嬢」
そんなこんなで、目の前で泣き出した子供に手を差し伸べずにじぃ、と見ていた私の横に、スッと影が出来た。
背が高い。
「大変お待たせ致しました」
「本当にね」
私は、ベンチから立ち上がり、下に敷いていたハンカチを何度かはたいて丁寧に折り畳み、鞄に入れる。
「子供をご覧になってましたが……何故、子供の傍にいかなかったのですか?」
何だ、この男。私の行動を責めているのだろうか?
「私の子供じゃないし」
私がつっけんどんに返答すれば、男は笑った。男は細目の上に垂れ目だから、元々目は笑っている様に見えるのだが、明らかに口角をあげたのだ。
「……それが、何か?」
「いいえ。この街では正解ですよ」
「こら待てっ!!」
急に怒鳴り声が聞こえて後ろを振り向くと、泣いていた子供を含む子供達がワァっと散り散りになって走っているところだった。
「あの子供達はスリ集団です。アザレ嬢が被害にあわれるようなら捕まえましたが、彼らも生き延びる為なので、この街の自警団に任せますね」
と男は何でもない事のように言って、私に腕を差し出した。
私はそっとその腕に手を掛ける。
「それでは、美味しいお茶をご馳走させて下さい、アザレ嬢」
「甘いものは食べないの」
太るから。
「ええ。存じ上げておりますよ……」
男は急に、私の耳元に顔を近付け囁いた。
「元、カメリア嬢」
……!?
私が驚きその手を離して距離を取ると、男は再び口角を上げる。
男の笑顔に、私はゾクリと寒気を覚えた。
「本当に、お茶をご馳走しなくてよろしかったのでしょうか?」
白々しい。
誰かに聞かれたくない話だった為、私は仕方なく療養に使っている別荘の応接室に男を通した。
両親の話によると、男の名前はニコライ・ホーカンソン。生まれは末端貴族らしいが、何でも魔術師としては非常に優秀で、この国随一の腕前らしい。
「座って」
「はい。失礼致します」
男の視線が、私を撫でまわす。気持ち悪いというより、何だか不気味だ。
「……先ほど、何故あんな事をおっしゃったのかしら?」
「あんな事、とは?」
「私を……カメリアと」
私も姉も、一度目の人生を遡って入れ替わった際、誰にも何も言わなかった。なのに、何故縁もゆかりもないこの男が、そんな発言に至ったのか……それを聞かないままこの男を帰すという選択肢はなかった。
「だってお二人、入れ替わったじゃないですか。あなたは断罪された筈の罪を、過去に戻って……逃れましたよね?」
二人だけのものだと思っていた秘密が、非常に危うく脆いものだったのだと、その時初めて私は知った。
***
過去に戻ったと気付いた時、私は長い長い夢でも見たのかと一瞬錯覚を起こした。けれども、カメリアという娘が断罪されるシーンは鮮烈で、あれが夢だとは到底思えなかった。
死刑宣告を受けてなお、瞳に怒りを燃やして真っ直ぐに王妃を見据える美しい娘。
私は、その場の末席にいた。
魔力は有り余ってはいるが、魔術に関しての筆記はつまらない。現場では暴れられるが、机には向かいたくない。そんな私は、それなりに金に困らないポジションでいれば良いと上にのしあがる事に全く興味がなかった。
カメリアに会って初めて、末席にしかいられない自分を呪った。上にのしあがっておけば、もっと早く彼女に出会い、アリストロシュ殿下が断罪しないですむ方向に持っていけたかもしれない。
そうすれば、あの高飛車で、強情で、気高い彼女を私が手にして……その泣き顔を見られたかもしれないのに。
そう、後悔した時だ。
──世界は8年、遡った。
25歳で末席に座っていた筈の私は、魔術師の選定試験を受ける一年前の、17歳になっていた。
しかし、誰もがそれに気付かなかった。長い予知夢でも見たのだろうかと思いながら、もしあの娘が8年後に断罪されるのであれば、その前にアリストロシュ殿下の覚えめでたくなっていなければならない。
それから、私は珍しく努力というものをし、試験内容も一度経験しているのも手伝い、魔術師の選定試験を主席合格した。その後、筆頭魔術師として活躍する上官の派閥に入り、うざったらしい人間関係も円滑に回して可愛がって貰った。
そして、一度目の人生では立ち会う事のなかった、アリストロシュ殿下の婚約発表。私はカメリアを見て、違和感しか感じなかった。あんなに苛烈な性格で、鮮烈な印象がガラッと変わっていたからだ。
……どういう事だ?
アリストロシュ殿下は、過去とは違い、アザレ嬢ではなくカメリアを選んだ。初めて、私の視線はアザレ嬢に移動した。
蒼白な顔、背筋を伸ばして気丈に振る舞うが、瞳には焦燥や動揺、それと一度見ただけで忘れる事が出来なかった激しい怒りを内包していた。
──彼女だ。今は、アザレが彼女なんだ。
私は瞬時に理解し、とうとう倒れた彼女を抱き止める。休憩室へ運ぶために持ち上げれば、その身体は羽の様に軽かった。
強大な魔力を宿していた娘、カメリア。同じ位の魔力を宿していた私は、その力を受けたが一度目の記憶が消える事はなかった。入れ替わった当人達と私以外には、誰も知らない過去。アリストロシュ殿下さえ、一度目の人生をやり直しさせられた、とは思っていないだろう。
アザレ嬢を運びながら、私は笑った。
ずっと笑いが止まらなかった。
***
結局私は、ニコライと婚約を発表した。
本当は嫌だけど、都合は良い。私がアザレではなく、本当はカメリアで……過去に断罪されたとまで知っているなら、それを知っていながらも私を選ぶならば、媚びへつらう理由すらない。
そう、アリストロシュ殿下以外は、皆同じなのだから。
ニコライは、婚約期間一ヶ月という異例の早さで結婚式を上げた。
人の良さそうな細い目を更に垂らして破顔し、とても嬉しそうだ。
妖精の様なカメリアを手に入れた人間ならその反応もわかるが、平々凡々な姉を手にしてその表情は理解出来ない。
とはいえ、私もこれで人妻だ。
あんなに恋焦がれていたアリストロシュ陛下に、自分の結婚式で「おめでとう」と言われて「ありがとうございます」と返事をする事が出来て一番ホッとしたのは、自分だったのかもしれない。
そして、あっという間に式は終わり、日が傾いて、夜。
「私はね、高飛車でへつらわない、傲慢で自分を曲げないあなたを苛めて泣かせたいんだ」
襟元を寛がせながら、ニコライは微笑んだ。
「そうですか。くだらない」
私が鼻で笑うと、ニコライは益々機嫌が良くなったみたいだ。本当に、この人は気持ち悪い。
「とは言え、痛い思いをさせたい訳じゃないからね、安心して」
「はぁ」
何を言いたいのだか、全然わからない。少なくとも、私は処女だ。初夜なんだから、痛くて当たり前じゃないのか。
「今日は流石に疲れたので、さっさと済ませて貰えません?」
私は用件だけ言う。常に舵を取るのは、場を仕切るのは、自分が良い。
「そうだね。さっさと始めよう」
ニコライは私の髪を一房掴み、キスを落とす。
そのままじっとその瞳と視線が交差し、胸がドクリと高鳴る。
この私が、アリストロシュ殿下以外を見て慌てるなんて、あり得ない。
「……何か、した?」
赤くなる顔を押さえて、ニコライを睨み付けながら問い詰める。
普段は細目で殆んど見えない瞳が、スウ、と開かれていた。
「よく気付いたね。私は魔力が高過ぎてね、どうしても魔力の弱い人と目が合うだけで魅了してしまう様なんだ。まぁ、魅了といっても魔力酔いを勘違いするだけなんだけどね」
「……よくも、私を……あんたなんか、嫌い……!!」
「大丈夫、本当に好きになる訳じゃないし。だから、いつまでその罵倒が続けられるか楽しみにしてるよ」
そのままベッドに押し倒され、ドS魔術師は本当に私が泣きじゃくるまで私の身体を苛めぬいた。
ベッドの上で言うには、甘さを含まない、過激過ぎる発言。
「あんたなんて、殺してやりたい……っっ!!」
「君が言うと、冗談に聞こえないから怖いな」
私がいくら悔し紛れに言っても、夫は飄々として……今日も、私を啼かせるのだ。
お読み頂き、ありがとうございました。