面妖怪奇な邂逅
突然現れたハンスを名乗る男に連れ去られ僕たちは、4人とも囚人として収監された。そして僕たちは4人とも縛られた状態で連座させられ、到底理解することのできない難解な法律の説明が行われ……
……無知蒙昧な僕たちでも解る決定的な一言が告げられた。
〝<簒奪>能力者、シオン=セレベックスを死罪とする。協力者の疑いがある3人の処遇は検討中であるが、共同犯であるならば同様の罰を施行する。〟
青天の霹靂とはこのことだろうか。死罪?僕が?そして……みんなが?
〝さりとて慈悲深き国王陛下は、可能性のある無辜の若者が死罪となることをお嘆きとなっている。大罪人シオン=セレベックスとの関係が無いと証言するならば、優秀な君たちは更生教育の後、騎士団に所属させることもやぶさかではない。〟
あまりにも悪辣な淡々とした偉そうな服を着た大人の声は、僕たちを動揺させるに十分だった。僕は自分の能力に無知だとは思っていたが、大罪人となる程の能力であるなど、想像することもできない無能だったようだ。
「ふっざけんじゃねぇ!!シオンが何したって言うんだよ!」
一番に嚙みついたのはシェレンだった。その可愛らしい顔立ちが歪むほど憎悪を煮えたぎらせ、罵声の限りを発する。しかし大人たちには立て板に水、ただ冷静に、冷酷に書類へペンを走らせている。
「シオン=セレベックス氏が何を行ったかは、先ほどお伝えしたつもりでしたが……。そのうえでお伺いします。あなたたちは、我々が先に述べたシオン=セレベックス氏の悪逆非道の数々を〝知っていましたか?〟〝知りませんでしたか?〟回答は以上の二者択一です。」
僕に述べられた罪状は数十を優に超えるものだった。そのほとんどは、〝みんなに内緒で行った<簒奪>能力の実験〟。……正直にいう、自分で考えても最低な行いの数々だ。死人や怪我人がでるような真似はしていないと自分に言い訳していたが〝僕は、他人の存在を奪い取った〟のだ。
「シオン君を死罪って……。なんでさ!あんたたち何様さ!!」
シェレンに続き、ウィーサも目の前の【大人たち】に反論する。僕はみんなを騙し、巻き添えにしてしまった立場。二人の擁護が逆に辛かった。そんな中、ミオだけが苦悶の表情を浮かべ、思案している様子だった。
「…………僕たち3人は、〝知りませんでした〟。」
「――!?ミオ!てめぇ!」
「ミオ君!!」
ミオは絞り出すような声で宣言した。シェレンとウィーサは当然のように反発するが……。
「光の神殿では聖典にこのような記載があります。【どうか、災いを行う者の子孫は、とこしえに名を呼ばれることのないように】と。名を奪うとは、古より最大の屈辱とされています。わたしは神官志望者として、シオン=セレベックスを糾弾するものとします。」
「仲間を売って聖職者気取りかよ!てめぇ!!」
僕は、ミオの言葉に特に驚きは覚えなかった。僕の性でみんなが死罪になるくらいなら、罪を罰せられるのは自分一人で十分だ。ミオの言葉を聞いて、ウィーサも何か考え、何度も瞬きを繰り返し……。
「わたしも〝知りませんでした〟。今、シェレンちゃんは頭に血が上っているのでまともに会話が出来ませんが、彼女も知りません。自白の魔導でも何でもかけてください。」
急な手のひら返しに、シェレンだけが眼と口を見開いている。
…………これでいい。みんなを巻き添えにするくらいならば、僕は追放され見捨てられるのが丁度いい。理屈はわかっているが、感情は僕の思い通りにならないようで、心の隅に、寂しさと憎悪が去来した。
◇ ◇ ◇
国王陛下直々の勅令であったらしく、僕の死罪は2日と待たずに執行されることとなった。僕は今、断頭台への階段の段数を数えている。僕の後ろ手は呪縛樹で縛り付けられ、見動きは取れない。
――最期に見る景色は、せめて美しいものであってほしい。
どうして僕の人生はこうも不平等で不愉快で救いが無いのだろう。優雅にティーカップを傾けて、ギラギラとした醜悪な笑みを浮かべた美少女は、処刑を見に来た貴族の御令嬢様だろうか?
もし、僕の一族が没落していなかったら。
もし、僕にもっと別の能力が開花していたら。
もし、僕が自分の能力の恐ろしさに早く気が付いていたら。
【罪には罰があって然るべき】……わかってはいる。だが【でも】【もしも】【いやしかし】と脳裏を駆け巡る僕を、誰か責めるだろうか。
あはは、貴族の御令嬢様はこの上ないほど上機嫌だ、僕の最期の言葉や、どのように無様に死ぬかを従者に喜々として話している。……僕は階段を上り切り断頭台に立ち、最後の最期、心から醜くも願ってしまった。
<簒奪>
「貴様!!わたしの娘に何をしようとしている!!」
その瞬間、急に会場がざわつき始める。如何にも豪奢な服を身にまとった恰幅の良い……いや、肥えたといったほうが適当だろうか。中年の男性が大声で、処刑執行人を糾弾する。
おかしい。僕は魔力を封じられているはず。狼狽した処刑執行人は、僕から目を離し、貴族の従者らしき人間が僕の拘束をほどいた。
「さぁお逃げください!お嬢様!」
そう言って僕は転移魔法を掛けられる。たどり着いたのは鬱蒼とした森の中だった。それから僕は一目散に、目的もなく駆け出した。一心不乱に、泣きながら、喚きながら、叫びながら、呪いながら……
息も絶え絶え、僕はいったいどれだけ走っただろう。目からは涙がボロボロと流れ落ち、止む気配はない。肉体的な疲労も相まって、世界が歪む。その涙が罪悪感によるものか、自己嫌悪によるものか、憎悪によるものか、嘆きによるものか、絶望によるものか、未熟な僕には分らなかった。
今の僕は【囚人服に身を固めた、貴族令嬢】だ。<簒奪>の効果が切れれば、僕をここまで送った従者は間違えなく僕を殺しにくるだろう。
――喉が渇いた、水が飲みたい
身体がそんなサインを出したのは、もう歩くこともままならくなった頃だった。根性論なんて信仰する人間ではなかったが、追い詰められると人は想像も出来ない力を発揮するらしい。気が付けば僕は森を抜けていた。目の前に広まるのは一面の花畑。僕はそのまま前のめりに倒れかけ……
ぽふん と柔らかな触感が顔に伝わる。そのまま微睡んでしまいたくなるような心地よさの中……
『 うふふふふふ 』
なにから可憐で、そして不気味さを孕んだ笑い声が木霊する。そして僕が顔をあげると、そこにはピンクのドレスを身にまとい、顔をピンクのベールで隠した、奇妙な女性?がいた。
「は?へ?」
そして僕はその女性の豊満な胸部に顔をうずめている事に気が付き、慌てて後ろに飛ぶ。もしくは驚いて尻もちをついてしまったのかもしれない。
『 あなたは 誰? 』
そっくりそのままお返ししたい台詞と共に、その女性は僕に手を差し伸べてきた。