悪夢への階段 ②
「シオン君本当にごめん!私たちどうかしてた!!」
「友に剣を向けるなんて大罪……、いったいどう償えば。」
無事……では決してないが、クエストを終え安宿屋についた僕にウィーサとミオが僕に悲痛な面持ちで謝罪する。ウィーサの放った魔法による雷鳴が未だ眩暈と意識の混濁を招く中、僕は取ってつけたような笑顔で〝大丈夫だよ〟と意気消沈する二人に空元気をみせた。
僕たちは本来、中級冒険者の案件である【村を荒らす小鬼集団の討伐】というクエストをクリアした。報酬はいままでこなしたクエストの何十倍となるだろう。
作戦は僕が小鬼の頭領という身分を<簒奪>し、小鬼の頭領と部下に同士討ちを誘発させ、残りは事前に張り巡らせた罠へ誘導という中々エゲツない作戦だ。
……問題は、全ての小鬼を討伐後、〝みんなが僕を殺しに来たこと〟だ。本当にこの能力は融通が利かない。
<簒奪>をした時点で、僕はみんなにとって〝友人にして冒険者仲間〟ではなく〝討ち取るべき小鬼の頭領〟シオン=セレベックスになったのだ。
やはり友人に殺されかけ、逃げ惑うという経験は慣れるものではないし、感情的にも辛い。まして3人は旅を始めた1年前よりも能力が桁違いに向上している。僕は権能が切れるまでの間、一心不乱に逃げ隠れる能力ばかりが向上したと思う。
とはいえ今回は収穫もあった。今まで謎だった〝<簒奪>中、僕の権能を受けた者が死亡すればどうなるか?〟という疑問に答えが出たのだ。同士討ちによって倒れた小鬼の頭領だったが、その後も僕は【小鬼の頭領】という身分を持ち合わせたままだった。
自分の能力が未知に溢れている僕にとっては大きな収穫だ。
「お~~~い!村から報酬もらってきたぜ、諸々含めて60万デラス。小鬼が貯めこんでやがった金貨・銀貨・宝石類も合わせりゃ100万は行くだろうな。」
スリの経験から盗賊スキルを開花させたシェレンが八重歯を光らせ不敵に笑い、金貨の詰まった2つの大きな麻袋を片手でジャグリングしジャラジャラと軽快な音を鳴らしながらカラカラと笑う。
シェレンは僕に深く謝ることはせず、〝わりぃわりぃ〟と気楽な様子で流していた。二人のように深刻に謝られるよりも〝悪かったな〟と笑顔で背中を叩かれる方が、こちらとしても気が楽だ。
……仲間を失うことを誰よりも恐れているシェレンだ。僕と同じく、取り繕った空元気であると分かるだけに、何とも言えない気持ちになる。
「これまでの貯蓄を合わせれば4人分の冒険者登録料……120万デラスに楽々届きますね。とはいえ、王都までの路銀は切り詰めなければなりません。」
「リーフ地区から王都までかぁ……。徒歩だと半月はかかるよね。」
4人で野営をしながら王都まで半月……、切り詰めて強行軍したとしても冒険者登録をすれば素寒貧となってしまう。これから晴れて【冒険者】になろうというのに、無一文というのも悲しいものだ。
「そうだ、シオンお前さ!どっかの商会の主を<簒奪>して馬車パクろうぜ。」
シェレンは何気なくトンデモナイ事を提案する。正直人間を相手に<簒奪>を行うのは好きではない。なにより……。
「う~ん。今の僕だと<簒奪>の効果もどのくらい持つか解らないし……。もっとレベルが上がれば変わるのかもしれないけれど、人間相手なら失敗することも多いから、ちょっと怖いかなぁ。」
……僕は一瞬悩んで嘘を付いた。
実はこの1年、仲間にも<簒奪>の能力について隠していることがある。 これは僕がみんなにも内緒で秘密裏に実験したことなのだが、幾多もの人間や知能のある魔物を相手に権能を駆使した。結果は――
・<簒奪>は人間や知能のある者に対して、ほぼ確実に有効である。
・<簒奪>出来る身分や名声を一部だけ奪い取ることは出来ない。良くも悪くも全ての名声・風評をその身に背負う。
・<簒奪>された者は文字通り〝何者でもなくなる〟。ただし元の能力までは失われない。
・<簒奪>の制限時間は4時間である。自分の意思で途中解除も延長も出来ない。
・<簒奪>できる名声・風評は一つだけ。<簒奪>が成功した時点で、僕の<簒奪>能力は4時間強制的に封じられ、掛け持ちは出来ない。
・<簒奪>中の出来事は権能が切れた後、〝騙された〟記憶として植えつけられる。
――というものだった。そして謎であった〝<簒奪>された者が死亡した際、僕はどうなるか?〟は今回の一件で判明した。
……だが様々な実験を行うと同時に、この能力の恐ろしさも改めて実感した。それは、とある家族の【父親】という身分を<簒奪>したときのこと。
妻だという女性と、僕と同い年くらいの娘は、僕を【父親】と認識し、権能の有効な4時間、他人の家で好き放題に過ごすことに成功したのだが……
……では、本来の父親はどうなったか?
〝本来の妻と娘にとって赤の他人〟となったのだ。
いまでも父親の切迫した表情と、不審者を相手にするよう冷たくあしらう本来の妻と娘。警邏隊に連れ去られそうになる父親の絶望と怨嗟に満ち満ちた表情は忘れられない。
――僕の能力は、他人を不幸にする。そして消えない恨みを相手に与える。
その現実を目の当たりにした。それ以来、僕は人間相手に<簒奪>することを極力控えている。実際、仲間の前でも、人間を相手に<簒奪>の能力を要求された際は、何度も失敗するふりをしてきた。……僕の嘘を信じてくれたみんなが、どのように王都へ行くか話し合っていると、ノックの音が鳴った。
依頼についてだろうかと扉を開けると、そこには恰幅の良い、頭部に薄さのみえる中年の男性が、見事な礼服に身を包んで立っていた。……明らかに安宿には不釣り合いな姿に、僕たちは警戒する。
「冒険者パーティ〝月下氷人〟の皆さまですね。初めまして、わたくし王都の冒険者組合で周旋業務を任されているハンス・シュミットと申します。皆様のお噂はかねがね耳にしておりましたが、まさか若干13歳のパーティが【小鬼集団の討伐】という快挙を成し遂げるとは!この度は是非とも冒険者組合へ加入していただきたく、馳せ参じた次第です。」
……僕はこの男の事は知らないが、その目には見覚えがある。瞳の奥が笑っていない、絵空事を話す人間独特の表情。スラム街で過ごせば必ずやってくる、人身売買・奴隷商人によく似た瞳だ。他の3人も僕と同じ感想を抱いたのだろう。より一層警戒を増す。
「王国は優秀な冒険者を歓迎しております!僭越ながらわたくしは王都までの転移魔法を扱えますので、すぐにでも冒険者組合で皆様の活躍を……。」
「……おっさん。何企んでんだか知らねぇが、そこまでにしな。わたしらをどうするつもりだ?」
シェレンが即座に動き、ハンスを名乗る男の喉笛に刃物を突き立てる。
「人に刃物を向けてはなりませんよ。それにしても企むとは失礼な話です。わたしはただ……。」
その瞬間、赤色の蔦縄……僕の記憶が正しければ、魔力を封じる呪縛樹が部屋全体に広がっていく。
「……王国の危険分子の芽を取り除きに来ただけですから。」
その瞬間、僕の意識は暗転した。
◇ ◇ ◇
錆びた鉄の香りで目を覚ます。そこは四方が青黒い鋼を天井の小さな光球ひとつが照らす部屋。誰もが想像するような牢獄。そして僕の身は呪縛樹で束縛され、縞模様の囚人服に包まれていた。