悪夢への階段 ①
酒と麻薬に耽溺した父親はまるで死んだように身動きを取らない。本当に死んでいればいいと何度願っただろう。そしてそんな自分の醜い心に何度自己嫌悪しただろう。
当家は3代前までは辺鄙ながらも領地を治める貴族であった……らしい。疑問符が頭を過ってしまうのは〝貴族〟であったという恩恵を一度たりとも甘受したことがないためだ。
2代前の当主、僕からすれば祖父にあたる男が若くして痴呆を患ってしまい、現当主……目の前の父親と言う存在が酒と博打に溺れ財産を食いつぶし、当家は民からの支持も失い、王家から貴族階級を剥奪された。そして現在はスラム街に近い集合住宅の一室で暮らすだけの日々。
母親は姉だけを連れ〝僕を捨てた〟薄情な女……だと目の前にいるロクデナシの男が話していた。正直顔も覚えていない、どのような性格をした母親か解らないが、この男が言う通りの女性でない事は確かだ。
「父さん。僕、冒険者になる。これまで育ててくれてありがとう。」
――冒険者
主に近隣の魔物を討伐したり、商人の護衛を受けたり、未知の秘境に挑む、〝名乗るだけなら誰でも出来る〟仕事だ。
王国公認の冒険者ギルドはあるが、登録料だけで30万デラス――現在父と僕が1月暮らせる額の2倍は必要だ。到底、僕の仲間たちで集めらる額ではない。駆け出し冒険者の一番の目標は〝公認ギルドの冒険者となる事〟とまで言われている。
僕は相変わらず酩酊している父親に一礼をして、家を出た。そこには3人の仲間が待ってくれていた。
「ねぇシオン大丈夫だった!?殴られたりしてない!?」
「実のお父様にケジメをつけるのは大切なことですが……。お辛かったでしょう。」
「最後までケッタクソ悪ぃ親父だな。まぁいいさ。いざとなれば俺らがいる。」
――やけにテンションが高い少女が、魔法使い志望、モリー=ウィーサ。まるで古の魔女を彷彿とさせる紫のローブにつばの広い三角帽子をかぶっている。父親は宮廷魔導士であったが、汚職事件の冤罪を被せられ、一家は凋落したという。
――丁寧口調を取り繕っているちょっと無理の見える少年が、神官騎士志望のミオ=セレネース。光の聖典を左手に、右手に剣を構えられるよう訓練をしたらしい。彼は自分の出自さえ解らない孤児だったが、光の神殿が経営する孤児院で育ったらしい。
――粗暴な口調の褐色肌の少女が、盗賊志望のソフィー=シェレン。僕と同じ没落貴族で、孤児として捨てられスリをしてスラム街を渡り歩いたという。
年の近い、境遇も近い僕たちは惹きつけられる様に幼少期から仲を深め、やがて将来を夢見るようになった。そうして12歳となった僕たちは、【冒険者】となり、この街を出ると決めた。
そうして【冒険者】を始めた僕たちだったが、初めはひどいものだった。食人花に囚われ死にかけ、虎獣人に追い回され逃げ惑い、必死に遺跡の奥地へ進んだ先の宝箱は空っぽ。そんな経験を1年も積んだ頃には、貯蓄に余裕もでき、僕たち4人ともそこそこの魔物ならば対峙できる実力を付けていた。
……その中でも、僕の開花させた能力は異常だった。
――シオン様!あの侵入者どもを血祭りにあげましょう!
――そうだお頭!俺たちに任せてください!
「き、貴様ら!何を言っている!目を覚ませ!」
狼狽しているのは、小鬼の頭領。当然だ、自分の部下たちが一斉に牙をその身に向けたのだから。
「とにかくその同志に擬態している魔導士から倒してしまいましょう。それと残りは逃げた3人を追うように!」
僕が声を張り上げると、小鬼の頭領は自分たちの部下と同士討ちを行うはめとなる。残りの小鬼たちも事前に仕掛けたトラップに嵌って一網打尽だろう。
そう僕の開花した能力は<簒奪>。盗賊志望のソフィーをして〝聞いたこともない能力〟とのことであった。
言語の通用しない魔物や危険動物には無価値だが、小鬼のようにある程度人語を解し、地位といった概念がある魔物には絶大な能力を誇る。
本来村を荒らす小鬼集団の討伐など、僕たちには手の届かない仕事だ。それでも完遂させられたのは、僕の能力をみんなが信じてくれたから。この仕事が終われば莫大な報奨金がもらえる。そうすれば晴れて【正式な冒険者】の仲間入りだ。
そんな僕の希望は、あっさりと裏切られることになる。