僕の事。僕のこれから。
――シオン様だ!!なんと凛々しく、気高く、そしてお美しい。
王室まで西デラス王国の国旗が掲揚され、一糸乱れぬ通り道となっている様は中々に壮観である。齢14の僕に凛々しさや気高さなどあるはずがない。そして僕に〝美しい〟という表現は完全に間違っている。……不本意ながら、かわいいと言われたことはあるけれど。
――なんと!?あの〝不落の椿〟〝浮雲の女夜叉〟!?
熱に浮かされた眼差しで僕を見渡す騎士たちは、僕が二つ名に花を冠せるほどの活躍が出来る体躯か見る目は無いのだろうか。そして、なにより僕は男だ。〝浮雲の女夜叉〟という時点で既におかしい。
……わかっている。彼らは【気が付くことが出来ない】のだ。〝不落の椿〟〝浮雲の女夜叉〟である伝説の女冒険者シズ・ユニティの〝名声〟なら3時間前に僕が<簒奪>したのだから。
僕の能力は<簒奪>、権能は【そのモノの名声を奪うこと】。
奪えるものは、あくまで他者からの名声だけだ。冒険者登録や吟遊詩人の詩集には変わらず【シズ
・ユニティ】の名が刻まれているし、彼女の逸話〝天高く飛び上がり、大怪鳥の群れを一太刀で全て細切れとした〟〝踊るように100体の大鬼の首を跳ねた〟真似が僕に出来るわけではない。しかし記録はいじれないが、人の記憶と感情は僕に味方する。
……とどのつまり【大噓つきになれる】という僕の能力だが、かなり厄介な能力――らしい。
没落貴族の長男として生まれた僕が、冒険者として生活する中で開花させた能力。この力が発見されてから僕の人生は一変した。最初は稀有な能力と喜んでくれた仲間たちは僕をパーティから追放し、やがて13歳の時分には断頭台の階段を上ることとなった。
処刑を見学に来ていた有力貴族の子供という【身分】を<簒奪>し、処刑を一時中止させ、僕は一心不乱に逃げた。逃げて、逃げて、泣いて、喚いて、叫んで、呪って。そんな先で僕と出会ったのが……
――なぁ?シオン様の横におられるただならぬ魔力を感じる女性は?
――〝氷牙の魔導士〟レオ様ではないか?てっきり男性と思っていたが、南方では我々の常識では男性名であっても女性名である事が多くあると聞く。南方の出身であったのかもしれないな。思い込みとは恐ろしい。
男性ならば誰もが目を奪われそうな豊満な身体を瀟洒なドレスで包み……ピンクのベールで顔を隠している、面妖怪奇な女性。〝氷牙の魔導士〟の〝ひ〟の字も無いが、本当に思い込みとは恐ろしい。
心臓が高鳴る。なにしろ僕はこれから〝自分の処刑を決定した王〟の前に立とうというのだ。
『 うふふふふ 』
こんな事になった諸悪の根源、そして僕の命の恩人。マリーが不気味に、そして可憐に笑った。
「……よく笑えるね。僕ら、死ぬかもしれないんだよ?」
『 殺される身分のまま逃げるのがお好き? 』
そう、僕にとっては天啓、西デラス王国にとっては超弩級の厄災が降り注いだ。……人間と魔物の争いでない、人間同士の殺し合い。戦争の勃発。近隣の友好国、東王国オリハルオンが急遽宣戦布告をしてきたのだ。
『 厄機を幸機へ変えましょう 』
そう言ってマリーは僕の頭を撫でた。そろそろ1年の付き合いとなるが、マリーは僕を子ども扱いするきらいがある。僕は不機嫌な顔をして手をはねのける。……ちょっと癒されてしまった自分に言い訳する様に。
「ではシオン様。奥で国王陛下がお待ちです。」
そういって近衛が開ける扉は、僕には地獄の門が開くような錯覚を覚えさせた。