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第6話 「B級冒険者 ドルフ」

プルゼニア王国 カレドニク公都ドルッセン

B級冒険者 ドルフ


 現在B級冒険者のドルフ、24歳。彼女はいない。金髪でそれなりに爽やかなイケメン顔なのだが、髪を無造作に切っていて、無精ひげが伸びているために少し残念な男である。

 もっとちゃんとすればモテる可能性はあるのに・・・。背はそれなりに高く、身長は183ペトロサクスほど、体重は95ジロゴルンくらい。


 まぁ、普通に見ればごっつい男である。服装はいかにも冒険者風ではあるが、着ているものはこざっぱりとしたオリーブドラブ色のワークパンツに、白の七分袖シャツといった風体で、その上に装甲トカゲの革鎧にところどころ金属で補強したものを着こんでいる。


 左肩には鎧熊の小盾、右肩から斜めに掛けている大剣は刃渡りが135ペトロサクスほどもある。それとは別に左越しには短剣とナイフが1本ずつ。その装備のどれもが丁寧に使われていることが伺われるものだった。


 パッと見た感じではただのガサツな男にも見えるが、実は慎重で、観察眼に長けた熟練の域に達している冒険者だ。その慎重さは、道具の丁寧な使い方や手入れに現れている。本人曰く、てめぇの命を預ける道具を大切にしない奴は早死にして当然だ、とのことである。


 周りからはドルッセンの中堅冒険者の中でもかなりの有望株と言われている。A級に昇格するのも時間の問題だ、という評価を得ているのだから中々のものだろう。


 ドルフは、魔法は使えないものの、それなりに持っている魔力を身体強化に使うことで、飛躍的に上昇させた身体能力を活かす戦闘が得意である。

 ただ漫然と身体強化をするのではなく、どこをどれだけ強化するかが自由自在にできるところがドルフの特徴的なところだろう。


 必要であれば目だけを強化して5ジロサクスほど先に居る小鳥を見つけることもできるし、足を強化して韋駄天のように走り高々と飛び上がることもできる。

 全身の中でも剣を振り下ろすための箇所だけを強化し神速の真っ向切り下げをすることもできれば、魔獣の突進の衝撃を和らげるバネの部分を強化しつつ瞬時に力の向きを変えることで魔獣を空高く舞わせることもできる。


 これまでの冒険者生活の中で、身体の使い方については様々な試行錯誤を繰り返していて熟達しているのだ。そういう一面を知る人からは、高い評価を得ている男であった。


 本人の性格は明るくて、兄貴分みたいな面倒見のいいところもあるのだが、実は孤児出身ゆえにあまり人を信じることができずにフリーで活動してきた、という暗い過去がある。楽しいことが好きだし、時にお調子者のように見える場合もあるのだが、その根っこにあるのものは何であろうか。。。


 ギルドからパーティの斡旋を受けて所属していたこともあったが、どうにも肌が合わずに脱退することになり、脱退する際には色々と揉めて苦労し・・・と、パーティを組むことに対しては否定的だ。


 ただ、フリーで活動するとはいっても、気の合う奴とは一時的に協力し合ったりすることはある。相手の腕前をよく把握できている場合は、どこまで何を求めることができるかが分かっているからか、割と信頼して共に仕事ができるのだろう。


 逆に自分を大きく見せようとする奴はすぐに見透かして相手にしない。別に自分の力を当てにされるのが嫌な訳ではない。自分だってそうしているのだ。必要な能力を持っている奴と組んでいる。


 だが、自分を必要以上に大きく見せるような奴はそもそも自分の能力を見誤っているから、慎重さを旨とするドルフのような人間にとってはもっとも忌避すべきタイプだった。


 例え、そいつが周りから認められているような冒険者であったとしても、決してドルフは自らの判断をぶれさせようとはしなかった。その頑なともいえる態度に、一部の冒険者・・・主に、ドルフににべもなく誘いを断られた者たち・・・からは非常に評判が悪いのだが、ギルドは大体何があったのかを把握しているので一切動かなかった。


 今ではミカエラやヴィゴとよく一緒に行動している。2人ともフリーだから、というのもあるが、この3人は回復に関しては若干弱いものの能力の穴をうまい具合に埋め合うことのできる関係だからだ。

 それでいて、皆がフリーだから個人としての総合力もそこそこまとまっている。だからこの3人で活動するのは非常に効率がいいし、やりやすい。何ならパーティを組んでもいいか、とも思うのだが・・・そこまでとなると、今一歩踏み切れないのであった。



 ドルフは物心ついた時には既に孤児だった。周りに聞くと、3~4歳くらいの頃に親に置き去りにされたのが自分らしかった。


 時折、顔はおろか輪郭さえもはっきりとは分からない両親らしき人物の夢をみることがある。

 そんな夜が明けた日は、無性に虚しい気持ちになって仕事なんてする気にもならず、ただ酒を飲み、女を抱くだけで一日が過ぎてしまうこともある。


 とっくにそんな感傷など捨て去ってしまっていておかしくはないが、ドルフはその心の痛みをずっと自分の中に飼っている。この痛みが、時に自分を奮い立たせるカギになっているからだった。


 物心ついた時からだから、ドルフの幼いころは暖かい寝床、温かい食事、安心できる場所、信頼できる大人からの愛情・・・そういったものとは無縁の生活であった。ただ、夜露をしのぐ場所はそれなりにあった。


 廃屋や空き家などをこっそりと使ったり、家畜小屋の物置のような場所を家主にバレないように勝手に使ったり。常に野晒しの場所や橋の下での寝起きを強いられていた訳ではない。


 どちらかというと日々の生存に直結していたのは、食事の方だった。どこぞの屋敷や、食堂、屋台の残飯をあさったり、市場でかすめ取ったり、不用心な買い物袋にそっと手を突っ込んだり、生き延びるためならば何でもやった。


 上手くいくこともあれば、市場で店主の親父に捕まってボコボコにされた後で街の外に放り出されたこともある。その時は身体中が痛い上に、3日ほど動けなくて本当に死にそうになった。


 ここプルゼニアにおいて、孤児の数はそこまで多くないと言われているが、それでも各街に一定数はいる。世の中の人間がピンキリである以上、子供を育てられなくなって捨てるような者も一定数いるのだろう。


 ドルフが孤児として暮らしていたドルッセンではないにもそれなりに孤児が沢山いた。仲間というほどの仲間ではないが、同じような境遇の者同士で何となくかたまって生きていた。


 世の中には孤児を捕まえては手垢のような賃金で働かせ、悪事の片棒を担がせようとする大人たちがいるものだが・・・ドルフはそういったことには敏感だった。そういう悪事を働く大人が近づいてくる気配があると、仲間を逃しては自らも別の場所へ逃げ出して、自らの、仲間の命を守った。


 大げさではない。結局、悪事の片棒を担がされる孤児たちは、基本的に体を壊して死んでしまうことがほとんどなのだ。誰も助けてはくれない。


 状況が変わったのはドルフが8歳の時だった。


 その日、割と居心地が良いために仲間数人と共に住み着いていた廃屋に、スリの子供たちが住み込んでいると通報を受けた保衛部が踏み込む。逃げようとした時には全ての出口が塞がれていて、大人の力には勝てずに残らずひっ捕らえられ、孤児院へと引き取られることになった。


 孤児院は女神ステラを信奉するグラン・ステラ教の教会に付属するもので、教会の慈善事業に当たるものだった。


 全ての教会付属孤児院が、という訳ではないが、ドルフが住んでいた街の孤児院は教会の中でもとりわけ素行がひどいものが集められている場所だった。教会なのに素行が悪いとはこれ如何に、と思う向きもあるだろうが・・・。

 どれだけ教義が素晴らしかろうと結局中にいるのは人間・・・そういうことなのだろう。


 つまり、ドルフたちの生活は、決して思い出に残したくなるようなバラ色のものではなかったのだ。むしろ、二度と思い出したくないような日々だった。たしかに盗まなくても飯は食える。だが、その代償が重すぎるのだ。


 朝早くに叩き起こされ、隣接する教会の掃除をさせられる。文字通りピカピカに磨き上げなければ、連帯責任で鞭打たれる。その後は固いボロボロのパンと、具がほとんど無いようなスープを飲んで、孤児院の裏にある無駄に広い畑で働かされた。


 夏だろうと冬だろうと関係なく同じ格好で。孤児院のシスターたちは別に働くでもなく子供たちの監視をしているだけである。それでいて、シスターたちは孤児たちと比べると随分とまともなものを食べていた。

 もちろん、畑の作物にしたって、シスターたちには美味しそうなものが渡され、自分たちの食事の元になるものはほとんど無かった。


 それ以外にも、教会や修道院、孤児院の庭の草むしりや手入れなども孤児の仕事だったし、ありとあらゆる雑用が押し付けられた。あまりの負荷の高さに、身体の弱い子供たちは次々に倒れていったが、それを省みるようなシスターはいなかった。


 教会には治癒魔法の使い手が沢山いるにも関わらず、である。もし、何か反発するようなことがあれば、今度は孤児院の地下にある反省室の中で折檻される。反発する気も起きなくなるほどに。


 教会の関連施設のはずなのに地獄のような日々、という皮肉な生活の中でも2つだけ良いことがあった。文字を学ぶことができたこと。これは、教会付属である以上、いずれは聖典であっても読めるようにならなければ、という建前の元に行われていた教育である。

 週に1日だけではあったが。これによって、ドルフは冒険者になったあとも文字が読めずに苦労することはなかった。


 2つ目は仲間と出会えたこと。これは、今となってみれば悲しい思い出でもあるが・・・それでも人生の一時期であろうと、同じテーブルで共にパンを食べる仲間がいたことは、真っ暗闇の中の一筋の光明と成り得るだろう。



 ちなみに、ドルフが孤児なのに何歳なのかを把握できたのは、孤児院に引き取られる際に、鑑定魔法の使い手によって取り調べを受けたからである。

 鑑定魔法は熟達の度合いによって、調べられる内容が変わるらしいが、その時に分かったのはドルフという名前が親によって付けられたものであること、魔力の大まかな量、魔法の才能はあまりなさそうであること、そして年齢だけ・・・ということであった。


 本当は、もっと色々なことを知られている可能性があったが、少なくともドルフに知らされたのはこの4つくらいだった。(他にも知られている可能性についてはその通りで、もっと詳細な情報が分かってはいた)


 ドルフがこの一件で思ったのは、こんなことで自分のことが色々とバレてしまっては敵わない、という警戒感だけであった。


 実際には鑑定魔法を使うにも、そこそこの魔力が必要とされるため、雑多なそこら辺の人間に対して所構わず鑑定をして回るような人間は居ないのだが・・・。ある意味では、ドルフの警戒感は割と正しかったと見てよい。なぜならば・・・。


 さて、孤児院の中での生活を続けていたドルフであるが思春期を迎えた12歳の頃、ついに我慢の限界に達する。教会の教えと程遠い環境を強いていながらも、その教えを守るように強制されることに我慢ならなくなったのである。孤児院の中でできた仲間5人と連れ立って、一瞬のスキをついて孤児院から抜け出すことから成功する。


 自分を慕ってくれていたより小さい子供たちを置いてくるのは忍びなかったが、これ以上あの場所にいれば横暴なシスターたちを相手に暴れてしまいそうだったのだ。そうなれば、ただ自分たちが消えただけと比べて、もっとひどいことになるのは目に見えていた。

 だから、これまでの生活の中で確かな絆を育むに至った仲間たちと、この地獄から逃げることに決めたのだった。


 孤児院も抜け出したものをわざわざ人手を掛けて探すようなことまではしない。せっかくの女神からの施しを受けながら、それを無碍にするような人間などどこで野垂れ死のうが構いはしない・・・それが孤児院を運営する人間たちの考えだった。

 純化され、自らの教義の理想に染まっていくもの以外は不要なのだ。


 ・・・誤解を招かないように書くと、もっと慈悲に溢れたシスターが運営している孤児院の方が多数派であるし、運営の資金には苦労しながらも孤児たちに少しでも愛情を注いで育てようとしている者の方が圧倒的に多数である。


 教義に殉ずる人間以外に価値がない、などと考える人間もそうそういるものではない。普通はもっと大らかな寛容の精神をもって見守る教会関係者の方が多い。だが、残念なことにドルフの育った場所はそういうところだった。



 とはいえ、孤児院から抜け出したからには、自分で稼いで食っていくしかない。何とかその日雇いの仕事と昔ながらのスリの技術で、街を抜け出す金を作った後は、大都市のドルッセンにたどり着いた。


 12歳ともなればある程度は働き口も見つけられるが、孤児院を抜け出してきたような何の後ろ盾もない子供を使ってくれるようなところは、大抵は「使い捨て」の戦力を欲しているような場所ばかりだった。

 冒険者の荷物持ち、下水掃除の下働き、鉱山労働、魔獣の解体、土木・建築現場の下働き、娼館の見習い・・・。ドルフが就いたのは冒険者の荷物持ちだった。


 時が過ぎると共に、仲間の数は減っていった。他の仕事に就いた仲間は、過酷な仕事で身体を壊し、その仕事に見合わない安過ぎる賃金で休むことも治療を受けることも出来ず、1人、また1人とその若い命を散らしてしまった。

 一番厳しくて、辛いはずの、何かあったら真っ先に見捨てられるはずの荷物持ちのドルフはまだ生き残っていた。もう1人は、娼館の見習いとして雇われたアリアだった。



 その頃は、12歳で働き始めてから3年が経過していた。アリアは初めての客を取るころになっていた。ドルフはアリアに思いを寄せていた。

 孤児院の中でも、いつもアリアをかばってはシスターたちに折檻を受けていた。こいつは俺が守ってやる、幼いながらもそう思っていた。


 ボコボコにされて放っておかれたドルフの傍で、アリアはいつも「ありがとう・・・。ごめんね・・・」と泣いていた。「へへっ、こんなもん大したことねぇよ」、そう強がってみせるところまでがいつものことだった。



 アリアが客を取るようになる・・・その話を聞いた時には、全身の血が逆流するかのような感覚を、焦りを覚えたが、ドルフにできることは何もなかった。相変わらずドルフは安い賃金で荷物持ちをやっていてその日暮らしだった。


 それでも爪をともすようにして金を貯めて、何とか娼館に1回は行けるだけの金を貯めることが出来た。


 酷い身なりではあったが、金があれば娼館も追い返すことまではしない。店での名はミシェル、それは人伝に聞いていた。


 ”ミシェル”の待つ部屋まで案内されたあと、久々の再開を果たした時には、つい「アリア・・・」と呼び掛けてしまった。少し驚いたような顔をしたアリアの瞳の中に移るものは懐かしさ、悲しさ、嬉しさ、切なさをない交ぜにしたようなものであっただろうか。アリアの揺れる瞳が何を写しているのか、ドルフには分からなかった。



 アリアは美しい女に成長していた。いや、美少女から色気のある「女」へと成長を遂げている最中だった。もちろんドルフにとって初めての女である。

 アリアにとっては数多いる客のうちの1人に過ぎなかったけれども。何も知らず、ただ冒険者たちの猥談から聞きかじったことを何となくやってみるだけ、という拙い愛撫に、若さゆえの荒々しい交わりに、それでもアリアは極上の悦びを与えられたかのような演技をやり切ってみせた。


 ことが終わり、アリアの肩を抱きながら寝転がるドルフは少し得意げだったかもしれない。俺に抱かれてあれだけ悦んでくれるなんて、やっぱりアリアは俺に気があるんじゃないか?



 だが、すぐにその幸せな気分から奈落の底へ突き落されることになる。「また来るよ」と言おうと思ったその時に、アリアが身を起してドルフに背を向けながら寝床に腰掛ける。


 そして、アリアから発された言葉の意味を理解するまでに・・・しばらく時間が掛かった。頭が理解することを拒否していたのかもしれない。


「もうここには来ないで。・・・私は変わったの。あなたの相手をするような女じゃないのよ」

どこまでも固く、冷たく、全てを拒絶するような声だった。


「・・・分かった」

それだけしか言えなかった。


「それに私はアリアじゃない。ミシェルとして生まれ変わるの」

自分の呼んだ名前まで否定され、ドルフはどうしてよいのか分からなくなった。


「・・・そうか、今日は悪かったな」

そう返すことができただけ、ドルフは立派だったと褒めるところだろう。


 もっと未熟な人間であれば、優しい親の元で育てられたような人を純粋に信じられるような男であれば、きっと取り乱したことだろう。


 なぜ、どうして・・・俺の何が気に入らない?言葉にしてくれないと分からないよ。俺はこんなに君のことが好きなのに!・・・そして、店から放り出されることになっただろう。


 ドルフはそうはならなかった。人に対する甘い幻想を持っていないゆえに。

 とはいえ、ドルフの人生の中で最も衝撃的な出来事であったことには変わりなく、悄然として自身の塒としている宿に帰る前に、街の公園で一人泣いた。本人の前では堪えていた涙がどんどん溢れてきた。


 もちろん、分かってはいた。こんな身なりで訪れる昔の仲間、幼馴染など誰が喜ぶだろう。それでも、温かい一言が、自分が守ってきたと自負していた女の子からの「ありがとう」の一言が欲しかったのだ。


 ・・・しかし、気付いてしまった。散々泣いたあとに、ふと気付いたのだ。


 俺は、アリアが辛かっただろうこの3年間、ただ冒険者たちにどつき回されて走り回っているだけだった。

 アリアに、何もしてやれてはいなかった。

 アリアが俺に愛想を尽かすのも当たり前だ。。。


 その日の夜、アリアが最後の客の相手を終わり自らの安っぽい寝床に身を沈める時、すすり泣いていたことをドルフは知らない。「ごめんね・・・ドルフ。ごめんね・・・」と呟きながら。



 それからドルフは変わった。

 冒険者になると決め、16歳で実際に冒険者になった。12の頃から一流、二流を問わず冒険者に使われていたドルフは、冒険者に求められる資質をよく理解していた。とにかく慎重であれ、ということだ。


 そして、これまでの荷物持ち稼業の中で観察していた冒険者たちの戦い方を真似ていった。15歳で冒険者になると決め、実際になったのは16歳であった理由はそこにある。


 一時の勢いで冒険者に登録すれば、準備が整わないゆえに知らず知らず窮地に追い込まれるだろうことは想像に難くなかった。・・・実際には、そういう若者が多いし、後を絶たないのだが。


 ドルフは戦い方の真似をするとともに、剣の基本について冒険者から聞き出しては空き時間に鍛錬を積むことで、準備期間とした1年弱で急速に戦闘技術を身に付けていった。


 仕事・・・荷物運びの仕事をしている時に、魔獣に遭遇すれば、冒険者たちの動きを見て何に注意を払っているかを観察すると共に、もっとも自分が邪魔にならず、それでいて安全な場所をきっちり確保するようになった。


 また、冒険者になると決めてからは、ドルフの目から見て優秀と思える(即ち、慎重さに定評のある)パーティに積極的に売り込んでいった。


 この頃には身体もどんどん成長していったし、「冒険者を目指している」「慎重さに定評があるパーティの戦い方を参考にしたい」と真剣に語るドルフのような若者は、ベテランには好かれるもので、様々なことを教えてもらうことも出来た。


 1年が経ち、ある程度冒険者としてやっていく目処が立ったところで、冒険者の登録をした。

 最初のうちは簡単な依頼をこなしていくのだが、色々と教えを乞うていたベテランパーティに一時的に参加して、実地で役立つ技術を学ばせてもらうこともよくあった。


 あるいは、酒場や食事処で出会った、気の合うやつらと一緒に依頼を受けて、臨時パーティとして活動をすることもあった。


 もちろん、メインの活動は慎重の上に慎重を重ねて行うソロでの活動だ。自分と同年代の、無鉄砲な若者からはその慎重さを侮られ、バカにされることも度々あったが、ドルフは全く取り合わなかった。


 それゆえによく絡まれたりもしたが、大抵はベテランパーティが間に入ってそういった若者たちに「こいつのことをちょっとは見習え」と説教して終わるのだった。


 やがて、その若者たちはドルフの慎重さをバカにしたツケを、自らの命によって、身体の一部を失うことによって、支払うことになる。慎重さを崩さず冒険者登録から2年でD級に昇格した頃には、もはやドルフのことを侮る者は居なかった。


 ちなみにドルフは、D級に昇格してから1年ほど後にブラムの街を訪れ、A級のビグラムの元で修行していたことがある。その昔、ビグラムのパーティで荷物持ちをやっていた事がある縁から頼み込んだのだ。


 その頃はビグラムもソロ活動を基本としていたことから、自分の弟子のような存在としてドルフを可愛がった。もっとも、ビグラムの「可愛がる」とは、ハードな課題を次々と与えていく過酷なものだったが。


 この時の経験を元に、ドルフは自らの切り札、かつ一番の特技として身体強化を徹底的に磨いていくようになる。



 ドルフが身体強化を学んだのはE級に上がってすぐの頃に、勉強のために所属させてもらったパーティの大剣使いから「教えてやるよ」と伝授してもらったことが切っ掛けである。

 そのパーティの魔法使いが、「この子、魔力はそこそこ持ってそうだけどねぇ」と呟いたことが切っ掛けだった。


 魔法の使い方も出来れば学びたかったが、どれだけ使えるか未知数の力よりも、少ない魔力でも効率的に使用すれば生身とは段違いの性能を出せる身体強化の方が、ドルフにとっては優先度が高かった。


 そこからの1年半弱は身体強化を何とか使って一般的な若手よりも頭一つ抜き出た存在となることが精いっぱいだった。


 だが、ビグラムの修行によって、身体強化をいかに効果的に使うかを突き詰めることで冒険者として二段も三段も高く完成された域にいける、と理解してからはひたすらその試行錯誤に没頭した。


 ドルフに身体強化を教えてくれた大剣使いの冒険者は、その後、パーティの仲間を守るために身を挺して魔獣の餌になった。身寄りのない冒険者のこと、町外れの墓地に細い石柱が一本立っているだけだが、その石柱の前から花と酒が絶えたことはない。


 そして、ドルフは恩人の死、仲間を守るために自らの命を投げうった先輩冒険者の姿を見て、やはり自分にはフリーで働くことがお似合いなのだと悟った。


 自分の命を差し出してもよい、と思えるほどの仲間はもういないのだから。


 だから、最悪の場合でも死なないように、慎重の上にも慎重を重ね、準備を決して怠ることなく・・・フリーで活動することを選んだ。



 ドルッセンの街で、それなりに若手の有望株、と呼ばれるようになるまでに大して時間は掛からなかった。E級には半年足らずで、D級には1年半でなり、C級は2年で上がった。


 通常はこれでも十分に早いしC級になれれば一人前どころかほとんど一流と呼んで差し支えない部類に入る。もっとも、C級の中にも色々ではあるが。



 C級に上がってから2ヶ月ほど経った時、ギルド職員のクリスがあまりにも熱心に勧めるものだから、無碍に断るのもなと思い一時期パーティに所属していたこともある。


 お互いに良い影響があると思うんだ。君も一度パーティの中で腰を落ち着ける経験をしてみたらいいんじゃないかと思う。・・・そんな言葉に乗せられた訳ではないが、確かに一度パーティというものに借りた席ではなく、自分の席として参加してみてもいいかもしれない、そう思ったのだった。


 だが、どうしてもリーダーの方針と自らのスタイルの折り合いが付けられずにしばらくして脱退してしまった。

 パーティなんだから、一緒に飯を食おう、酒を飲もう、女と遊ぼう、パーッとやろうぜ。そういうリーダーだった。悪いわけではない。むしろ、いい奴だったと思う。・・・反りが合えば。


 が、ドルフはもっと自らを高めたかった。飯は美味いに越したことはないが、さっと食えればよく、長々と下らない話をしながら食ったり飲んだりするのは時間の無駄に思えた。毎回断っては空気が悪くなるからと、ある程度は合わせていたが。


 リーダーにも向上心が無いわけではないが、それは皆で一緒に依頼をこなしていくことで徐々に向上していけばよい、という考えの持ち主だった。


 つまりはパーティの基本方針とそもそものドルフの方針、成長したいと願う速さのベクトルが違っていたのだろう。そして、リーダーには、いい奴なのだが自分の思い通りにことが進まないと突然キレるという欠点があった。



 ある日、依頼を終えてギルドの中で報酬の分配を終えた後で、ドルフは「今日は予定があるので」と一人先に出ていこうとしたところ、リーダーのカイルに止められた。

「お前はなぜそういつも和を乱すんだっ!」と怒鳴られた。


「和を乱す・・・?」

「そうだ、お前も俺たちのパーティに入って3か月近く経つ。依頼が終わったらみんなで食べて飲んで楽しむことくらい分かってるだろ!なぜ予定を入れる!俺たちと一緒にいるのがそんなに嫌か!?」

「嫌というわけではな」

「ならっ!なぜ合わせようとしない!そんなことでは仲間などいつまでも出来んぞ!いつまでもソロで活動していた時の感覚でいるんじゃない!俺たちのパーティに入ったんだから、俺たちのやり方にちゃんと合わせろよ!もっとお前の方から歩み寄ってこいよ!!」

「・・・そうか、分かった」



 ドルフはクリスの元へ歩いていき、「俺は『高峰の翼』を抜ける」と宣言した。

それを聞いて慌てたのがカイルである。


「ちょっ・・・ちょっと待てよ!パーティメンバーなんだぞ、お前は!そんな簡単に抜けられると思ってるのかっ!?」

「あぁ、ギルド会則18条に冒険者はパーティメンバーの承認を得ずともパーティを脱退する権利を持つ、とちゃんと書いてあるんでな」

「ま、待て。お前・・・じゃあこれからの活動はどうするんだ?パーティがなければ人手のいる依頼は受けられんぞ」

「問題ない。もともとフリーだったんだ。フリーにはフリーの流儀がある。俺に足りないものを持ってるフリーの奴らと組めばいい。あいつらは俺と同じで、自分の一番の強みを磨き続けなければいけないことを良く知ってる。よほどあいつらの方が話が早え」

「・・・ふ、フリーの奴らじゃ、いつも必ず捕まるとは・・・」


 噂をすれば何とやらで、前にも組んだことのあるフリーの治癒術師であり火と風の魔法使いである女が通りかかる。


「あら、ドルフじゃない。どしたの?私の治癒魔法が必要ならいつでも呼びなさいよ」

「だとよ。俺とあんたらじゃスタイルも違うし、目指してるものも違う。一緒にいるだけお互いが不幸になるだけだ。あんたも我慢の限界だったのかもしれないが、俺も我慢の限界なんだよ。俺には俺の時間の使い方があるんでね。悪いが、俺は抜けさせてもらう」

「そ、そんな・・・勝手に・・・。クリスっ!あんたからも何とか言ってくれよっ」


 いつからか傍に来ていたクリスが苦渋に満ちた顔でカイルに告げる。


「・・・カイルさん、あまりにもスタイルが違うのは分ってました。お互いに良い影響を与え合ってくれたら、と思ったのですが・・・一緒にしてはダメなパターンだったみたいですね。私が勧めたものですが、これ以上一緒に活動するのはお互いによくないと思います」

「お、おいっ・・・。何でこうなるんだよっ!俺はパーティのことを思って動いてるだけなのに、何で言うことを聞かねぇんだ。もういいよ、このくそったれ!脱退でもなんでも好きにしやがれ!行くぞっ!!」


 カイルは最後には毒づいてメンバーを連れてギルドを出て行った。

 それを冷ややかに見送ったドルフは

「じゃ、俺も予定があるんでね。クリスさんよ、もう俺をパーティにあてがおうとか考えてくれるな。こういうことはもう懲り懲りだ。俺は、自分の組みたい相手は自分で決める」



 そういって出て行ったドルフは、何かを堪えるように自らの左腕に手を当てた。

 そこには若くして逝った、共に孤児院を抜け出した仲間たちの名前が彫られているのだ。これはドルフにとっての誓いである。こいつらの分までも俺は良く生きるのだ、と。


 クリスは唇を噛みしめてドルフを見送るしかなかった。

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