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第5話 「はじめてのぼうけん」

西方暦325年6月6日

プルゼニア王国 カレドニク公都ドルッセン

新市街 ドルッセン海沿いの西門


 この公都ドルッセンの構造は、大まかに言えば城塞都市である。

 つまり、街の周りをぐるりと城壁が囲っており、警備の兵が定期的に巡回している。城壁の上の通路を。


 そして、その城壁には幾つか門が付いている。昔、戦争が今よりも身近であった時代には東西北の3カ所にしか門は無かった。

 南は概ね海に面しているので、商業港と軍港があり、それ以外は砂浜や地磯となっている。


 だが、プルゼニア王国として統一されて戦火が絶えて久しい今となっては、主に経済的な理由によって門がこの大都市で3つしか無い、ということが問題になるようになった。

 それ以上に、街の発展著しく、城壁で囲われている領域が狭くなったこともあり、3代前のカレドニク公爵が大々的に城壁を拡張することを決定、つい10年ほど前に完成したばかりである。


 元々の城壁に囲われていた部分は、城壁はそのままに内側が旧市街と名付けられ、新たに城壁で囲われた土地が新市街と名付けられている。

 冒険者ギルドや由緒正しき教会、既に名を上げている商会であったり、宿屋、食堂、娼館などは旧市街に軒を連ねている。


 もちろん、カレドニク公爵の家臣団も由緒正しき家柄の者は旧市街に屋敷を構えている。旧市街の中心から少し外れた丘の上にはカレドニク公爵の屋敷というか、城が建っている。貴族らしい気品を損なうことなく、それでも尚武の気風が伝わっているのか、どこか質実剛健さが感じられる建物であった。


 新市街については、旧市街と比較しておよそ4倍もの広さを誇る齧りかけのドーナツのような形の土地である。

 厳密には城壁は弧を描いているのではなく、いくつもの平面を組み合わせて上空から見た時に円に近い形状を作り出している。上空から見た時には多角形になっている、と言った方が分かりやすいだろうか。


 旧市街には前述の通り元々3つしか門が無かったのだが、新市街の形成とその外側の城壁が出来ることもあって倍の6つに増やされた。

 今ある城壁を崩して門を埋め込む、というのは中々の難工事だったらしい。そして今、レオやドルフたちが通り抜けようとしているのは新市街側の城壁・・・にある門である。


 俗に海沿いの西門と呼ばれる。新市街側の城壁に幾つの門を作るかはかなり検討が重ねられたらしいが、現実的に必要とされる門衛の数や警護の兵のことを考えると、野放図に増やすことも出来ず9つで落ち着いた。

 南には門が無いから、西、東、北でそれぞれ3つの門があるような形だ。


 その3つある西門の中で最も南よりの門を抜けるレオたち一行。本日の目的地は、ここから歩きで3刻ほどの場所らしい。

 らしい、と言うのはその辺りで忍蜂が目撃された、という情報があるだけだからだ。


 海沿いの街道からは少々離れた場所にあり、道行く人々を害する訳でもないらしい。ちょっとした森の中だと言うので、森に住む種々様々な獲物を狩って生存しているのだろう。

 だが、油断はできない。忍蜂とグランホーネットがその森の産物を全て狩りつくしてしまった時には、いつ街道の人々を襲うか分からないからだ。


 そして、海沿いの西門のすぐ外には時間貸しの馬車があるのだが・・・ここでひと悶着あった。

「ちょっと、あんた・・・馬車に乗って行かないってどういうことよ!」

「え?馬車なんて使うの?俺はいつも歩いて移動してるけど。」

レオとB級冒険者3人との間に少々・・・いや、大きなカルチャーギャップがあるようだ。


「なぁ、レオ。歩いて移動したら疲れるだろ?」

「んー、俺は疲れないけどね」

「(このガキャ・・・)・・・お前は疲れないかもしれないが、俺たちは疲れるの。で、疲れた状態で戦闘になってみろ?動きの質が落ちて怪我でもしたらつまらんだろうが」

「あー、それを心配してたのか。ダイジョブ。俺が体力を回復させるし、怪我しても一瞬で治すから」

「「「は?」」」

「あれ?俺言ってなかったっけ?俺、治癒魔法、回復魔法は最上位のものまで使えるからさ。二日酔い気味のドルフに一発キュアとヒールを重ね掛けしてあげよう・・・はい」


 レオは特に詠唱を唱えるでもなく、無造作にドルフに手を向けて「はい」と言っただけだ。

 だが、ドルフは感じていた。二日酔いの倦怠感が一瞬にして無くなり、気持ち悪さ含めて全てなくなり、爽快な気分になっていることに。


 ヴィゴとミカエラは別のところに着目していたが・・・。

「「・・・無詠唱・・・」」

「おぉ、これなら現地まで走っていけそうだ・・・」

 ヴィゴとミカエラ・・・主にミカエラから物凄い目で睨まれ、ヤバイと思った時には手遅れだった。


「よし!じゃ、走って行こう!!レリゴー」

「・・・あんた、バカなの?」

「いや・・・スマン。本当に体が軽くなったんだよ。つい口が滑っちまった」

「はぁ・・・」


 ミカエラに詰られるドルフ。ヴィゴから呆れた目で見られるドルフ。

 実力はあるのにうっかり者とはこれ如何に。軽快に飛ばすレオは、実は器用に3人に対して定期的にキュアとヒールを重ね掛けしていた。


 本当はしんどいはずなのに、なぜか一向に疲れないことに3人が疑問を持ち始めた頃に、忍蜂の目撃現場に到着する。

「ねぇ、あんた・・・もしかして、ずっとキュアとヒールをあたしらに掛けてた?」

「うん、そうだよ」

「バカ!!なんでそんな魔力の無駄遣いしてんのよ!!これから戦闘すんのよ!忍蜂とグランホーネット、舐めてんじゃないでしょうね?」

「えー、だって、大して魔力消費しないし。俺もう魔力最大まで回復したし」

「・・・は?」


 どうやら2人の間には根本的な認識のズレがあるようだ。ミカエラはフリーで活動している以上、基本的にはオールラウンダーである。

 ショートソードを使って魔獣の急所を的確に削っていく剣の技の冴えには同じB級冒険者仲間からも一目置かれているが、何よりも定評があるのは魔法の効果的な使い方である。


 「効果的な」・・・そう、魔力はというのは個体差はあるが、限界があるのだ。だからこそ、効果的に使わなければならない。

 というのが、ミカエラの常識であった。そして、一度減った魔力は基本的にはちゃんと寝ないと回復しない。


 ミカエラの場合は、およそ6刻ほどは熟睡しないと満タンにはならない感覚がある。

 だが、どうやらレオは、キュアとヒールの重ね掛けという一流の治癒術師でも魔力消費が結構キツイと言われる行為を、定期的に3人に対して掛けるばかりか、別に寝た訳でもないのに魔力が最大に回復したと言っている。


 この男のことだから、嘘は言っていないのだろうが、だとすると自分は何なのか?

 世の中の魔法使い、魔術師、魔導士と呼ばれる人たちは何なのか?という疑問が湧き上がってくる。

 普通に過ごしているだけで魔力が回復する?そんなバカな?


 だが、事実、ここまでの道中でもしかしたら10回以上は3人に対して重ね掛けしたであろうに、レオはピンピンしている。

 魔力が切れると、猛烈な眠気に襲われて少なくとも立ってはいられなくなるのだから、この状況を見る限りレオの魔力に余裕があるのは事実なのだろう・・・。

 いったい・・・と考え始めたが、ミカエラは考えるのをやめた。実際には考えている余裕が無くなった。


「うしろっ!!」

「分かってますよっと」


 レオの背後から近づく忍蜂に気付いたミカエラが警告するが、レオはまるで後ろに目が付いていたかのように滑らかに剣を抜き、鮮やかに一閃した。

 あわれ忍蜂は首と胴体が永遠の別れを告げて”消えた”。


「来るよ~、右から50、左少し遠くに70、正面に20とグランホーネット」

 レオの呑気な声に3人の顔が引き攣る。レオの告げた数は、この経験豊富な3人をして厳しい戦いになると思わせるだけの大群で、おまけにグランホーネットである。


 しかし、この3人の思いは別のところにあった。


 忍蜂は気配が読めないはず・・・何でこいつには「分かる」んだ?

 来る方向も、数も・・・。


 そう思いつつ、ミカエラは即座に結界魔法を使い、ドルフは魔力による身体強化を使ってロングソードを隙なく構え、ヴィゴはダガーを両手に持って構えたところは、さすがのB級である。


 果たして、全員の右方向に不気味な影が差す。目視出来ればあとは迎撃するのみである。3人が右から50匹の忍蜂を迎え撃って・・・3人?


 レオはどうしたって?

 レオはミカエラの結界魔法の強度を見極めた後で、即座に正面に殴り掛かり、剣で忍蜂20匹をほぼ瞬殺したのち、全長6サクスほどもあるグランホーネットを挑発し、毒針による攻撃を仕掛けさせると、その毒針部分を根元から断ち切り”消した”。


 痛みと怒りで暴れまわるグランホーネットの上から、唯一の急所と言われている目と目の間にある小さな窪みに剣をスルッと刺し込み絶命させると、その本体も”消した”。

 その後は、左少し遠めに位置していた70匹の群れに向かって急速接近し何だか逃げ腰だった忍蜂たちを結界の中に閉じ込めると、1匹1匹を丁寧に首チョンパしていった。


 最後の方になると忍蜂たちも自分たちの身に恐ろしいことが起きていることを悟り、狂ったように結界の中から逃げ出そうとするのだが、全く逃げられず、いたずらに自らの身体を結界に叩きつけては傷つけるだけに終わる。


 結局50匹の群れに襲われたB級3人組は堅実な戦いぶりで半分以上を倒したものの、最後はレオがチョンパ、チョンパとリズムよく頭を刈っていく姿を呆然とみていることしか出来なかった。


 しかも、後から聞けば、70匹、20匹とグランホーネットの群れは一人で殲滅したと聞く。


 あまりの戦力差。誰が何と言おうと、レオと自分たちとの間にある何か絶対的な壁のようなものを感じて愕然としてしまった。

 こいつと俺たちは何がそんなに違うのだろうか?

 顔か?

 やはり顔なのか!?

 とか、ドルフあたりはそんなアホなことを考えているに違いない。


「いやー、クリちゃんが脅すからさー、どんなすごい奴が出てくるのかと思ったら、ハエに毛が生えたようなもんじゃん。・・・あ、毛じゃなくて針か。心配して損したわ~」


 どこまでも呑気なことを言うレオに、ヴィゴが説明する。

「レオ、俺たち3人だけだったら、きっと3人とも冒険者・探索者をやめなければいけない程の怪我を負っていたかもしれない相手だ。アレは」

「え?そうなの?」

「あぁ、忍蜂ってのは数が増えれば増えるほど厄介なんだ。今回は50と70、そして20とグランホーネット、これだけの群れに遭遇することは滅多にない。

 大体は15~20匹にグランホーネットが出てくる程度だからな。俺たちもその想定で来ていた。レオがほとんど倒してくれたから良かったが、俺たちではあの50匹を全部倒しきったあたりで限界を迎えていたかもしれん。群れが大きかったからなのか、妙に今日の忍蜂は手強かった。」

「へぇ・・・まぁ、そうかもね。前に見たやつよりはたしかに少し強かったかな・・・」

「前に見たやつ?」

「んー、冒険者登録する前にブラムの街に向かってる途中で20匹くらい倒した気がする。デカいのも居たけど今日の奴よりは小さかったかな」

「そういえばレオ、お前はいつ冒険者になったんだ?」

「2ヶ月前」

「!?・・・し、C級に上がったのは?」

「1ヶ月ちょっと前」

「・・・は?」

「・・・え?」

「・・・」


 もはや言葉が出てこなかった。

 冒険者になる前から忍蜂とグランホーネットを「倒した気がする」と言ってのける奴がここにいる。


 何をどうしたらこんな事になるのだろうか?

 というか、自分たちが苦労して上がってきた昇格の道のりをたったの1ヶ月で・・・いやいやいや。


 ないわー、マジでないわー。

 B級3人組は静かに打ちのめされていた。


「あ、でも、ちゃんとそれぞれの級で次に上がるためにこなさなきゃいけない依頼数はきっちりやってるからね。ズルはしてないよ」

「そ、そうか・・・」

 お前の存在が大いなるズルでしょうが、とは言わなかったものの3人はきっと同じ気持ちであったろう。


「よーし、じゃ、次は北に向かってワイバーンをサクッと狩りに行こう」

「「「待てっ!!!」」」

「え?なんで?今から行けば十分今日中に間に合うよ」

「俺たちは忍蜂とグランホーネット向けの装備で来てるんだ。今のままワイバーンと戦うのはちょっと厳しい」

「そうかな?ワイバーンだって飛ぶじゃん」

「そういう問題じゃないのよ。私はさっきの戦闘で魔力を半分消費してる。今日はもうドルッセンに帰らなきゃ」

「でも、今日やっちゃえば明日はシーサーペントを倒せるでしょ。そしたら明後日からはクリちゃんが言ってた、B級のこなす仕事ってやつを片付けられるじゃん」

「・・・レオ、あんた、恐ろしいことを考えるわね・・・。休みがないじゃないのよ!」

「B級の仕事を3日くらいでサクサク片付けたら休めばいいんじゃない?5日くらい働いても罰は当たらんと思うよ」

「いや、クリスもそこまで望んでないから・・・」

「へ?そうなの?」

 3人は頭を抱えた。誰か、こいつに常識というものを教えておいてくれよ・・・と。


 ちなみに、一流の冒険者というものは自分なりのリズムで仕事を受けており、1件の依頼を片付けてすぐに次の依頼に取り掛かって、また次も、とやる者は基本的にいない。


 そんなに駆け足で依頼をこなそうとすれば、必ずどこかに綻びが出て自らの命を危険に晒すことになるからだ。

 冒険者稼業は言ってみれば命をチップに一攫千金を狙える職業な訳で、一流と呼ばれる者ほど自分が無理なくこなせる範囲の見極めをしっかりできているものだ。これはどの級に属しているかには因らず、である。


 一般的に一流と呼ばれる人間が出始めるのはC級からだが、中にはD級でもその部分の見極めが出来ていて一流と呼ばれる人間がいる。


 何だか不満そうなレオを連れて、何とかドルッセンの街まで帰る。

 結局帰りも走ることになったが、帰りはレオがキュアとヒールをあまり掛けてくれなかったので、3人・・・特にドルフとミカエラはとてもしんどそうだった。


 ドルッセンに着いた時、まだ昼の12刻を幾ばくか過ぎただけであったが、ドルフとミカエラは息も絶え絶えだった。

「何でドルフは身体強化を使わないのさ?」

「は?ありゃ戦闘に使うもんで・・・。いや・・・移動中に使っちゃいけない理由は、無い・・・のか?」

「ちょっとあんた!しっかりしなさいよ。幾ら帰りだからって街の外に出たら油断はしないのが冒険者の心得でしょうが。無駄に身体強化使ってどうすんのよ。レオ、あんたはもうちょっと普通の冒険者の常識を知りなさいよ」

「あぁ、魔力の限界の話か・・・んー、どうすっかな・・・ちょっと考えとこ」


 学ぶとも、話を聞くとも言わないレオ。

 そして、「何を」「どうする」と「考える」のか・・・こと、レオに関する限り非常に不穏な言葉が並んでいるのだが、3人は気付かなかった。

 気付けなかった。

 くわばらくわばら。


「よしっ、じゃ飯だな。肉食おう、肉!」

「ギルドはどうすんのさ?」

「ギルド?別に後からでいいんじゃね?忍蜂もグランホーネットもすぐに仕舞ったから素材としては新鮮だよ」

「・・・あんだけ走らせておいて、すぐ肉かよ。きっついわ・・・」


 そうドルフが零すと、じゃあとばかりにレオがキュアとヒールの重ね掛けをしてくれる。急に楽になった身体に戸惑いつつも、思い出したかのように空腹を訴える胃袋を満たすために、その日は美味いステーキががっつり出てくる食堂へと向かった。


「しかし、本当にレオはとんでもねぇな」

「ええ、ここまで非常識な存在だとは思わなかったわ」

 先ほどの泣き言はどこへやら、ステーキをがっつくドルフとミカエラ。

 傍らには葡萄酒の入った木筒の入れ物が転がっている。飲みながら、ステーキを貪りながら2人してナチュラルに人のことを人外扱いする。


「俺、そんなに変かな?」

「変!!っていうか、おかしい。あんた、人としての性能がぶっ壊れてんじゃないの?同じ人間だと思えないもの」

「ねぇ、ミカエラ。俺だってね、傷つきやすいハートの持ち主なんだよ。もうちょっと言い方を考えないと」

「・・・冗談?」

「本気」

「ふっ・・・あははははは」

 ドルフとミカエラが揃って笑い出した。レオが傷つきやすいとか・・・くっくっく、そんな馬鹿な事があるわけあるか、とか何とか。


 さて・・・今、チームの中で最も力があって、頼りになるのはレオである。そのレオをイジメるのは賢いことなのであろうか?

 レオはとても生暖かい目で二人を見つめ徐にこう告げた。


「2人とも、そのやる気の高さは素晴らしいね。明日は楽しみにしてるよ」

「おぅ、任せろ任せろ。ワイバーン如き俺がサクッと倒してやるよ」

「私の魔法でワイバーンなんてイチコロよ」

「楽しみだよ、ホント。じゃ、俺は宿に帰るわ」


 その傍らでヴィゴは、ちょっと震えていた。

 何も殺気とか出てないはずなのに。

 あのレオの憎たらしいほどに整った顔で、妙に笑顔で、「楽しみだよ、ホント」と言うのを見てブルってしまった。


 こえーよ。目が笑ってないし。

 ・・・なんか、後々とんでもないことに巻き込まれそうな気がする。。。ふとそんな予感に襲われた。


 その後、昼間からステーキと酒でいい気分になった2人は、あの後、酒場に行ってまたしこたま飲んだ。

 ヴィゴは勘弁してくれと思いつつも、見捨てるに見捨てられず、酔いつぶれた2人をそれぞれの宿へ連れて帰った。ヴィゴが自分の宿に戻るとレオからの言伝が届けられていた。

 「今日の報酬は明日渡すからよろしく。結構多いからお楽しみに」と。




西方暦325年6月7日

プルゼニア王国 カレドニク公都ドルッセン

新市街 北中央門



 翌日の朝、案の定2人は完全に二日酔いの顔で待ち合わせの北中央門に現れた。

「レオ・・・頼むわ、例のやつを・・・」

 ドルフが言いかけるや否や、レオは「じゃ、行こっか」とその言葉をスルーしてスタスタと歩き出した。


「あ、そーだ。昨日の報酬渡しとくわ」

と渡された革袋にはかなりズッシリとした重みがあり・・・ヴィゴが中を見てみると大銀貨が20枚入っていた。


「れ、レオ・・・これはちょっと多いんじゃ?」

「いや、全員で均等割りだよ。状態の良いものが多かったからってギルドの買い取りでかなり高く買い取ってもらえたんだよ」

「そうか・・・まぁ、沢山もらえる分にはありがたいが、いいのか?均等割りで。昨日の戦闘、ほとんどレオが倒していたようなものだぞ?」

「いいんだよ。こういうのは気持ちよく均等割りにしといた方が誰からも文句が出なくてちょうどいいんだから」

「分かった。レオが納得してるならいい」


 その時、初めてレオから渡された袋の中身に気付いたらしいミカエラが、騒ぎ出した。

「やだー、大銀貨が20枚もある~。今日も早く終わったら飲みに行っちゃお」

「そうだな」


 レオは軽くつぶやいただけだったが、ヴィゴには言葉として出てこなかった続きが分かってしまった。「(ミカエラ、今日は頑張ってくれ)」と。


 その後、一行は二日酔いの2人の泣き言をスルーしながらワイバーンの住み着いた山の麓の村に到着した。

 もちろん走りながら。


 レオは、走るスピードに関わる部分だけは器用にキュアとヒールをかけていたが、二日酔いに関する部分だけは全くスルーした。

 ので、到着した頃にはドルフとミカエラは死にそうになっていた。


 村で大まかにどの辺りにワイバーンの塒があるのかを尋ね、その場所までまた走っていく。

 ワイバーンは羽根の付いたトカゲと言われることもあるが、実際にはドラゴン種の一角であり、飛竜には及ばないもののその大きさ、戦闘力を考慮すると、熟練のC級パーティだと単体のものを何とか倒せるかな、というくらいの難易度である。


 ワイバーンが塒を作る場合は、1頭のオスに対して数頭のメスが集まりハーレムチックな集団になる。

 そして、1頭であればそこそこだが、数頭が集まると途端に討伐の難易度が高まるのは他と同じである。


 今回の北の山に住処を作ったやつは、どうやらオスとしては強力な個体らしく、メスの数が10頭を超えるのだとか。集団を維持するための餌として、村で育てている黒牛や雪毛羊などを襲っていくらしい。


 人を襲っても大して美味くないらしく、家畜しか襲わないので緊急度を上げられずに塩漬け依頼になっていたとのこと。

 村の住人に話を聞いているうちに、少し早めの昼食にお呼ばれして人心地ついたはずのドルフとミカエラの顔色がどんどん悪くなっていく。

 こんな体調でワイバーンと戦う・・・しかも10頭以上・・・冗談じゃないって・・・。


「レオぉぉぉ~、頼むよ、体調不良治してくれよぉ~」

「レオ君、お姉さんがデートしてあげるからぁ~、助けてぇ~」


 2人は恥も外聞もなくレオに縋りついた。蛇足ではあるが、ミカエラは街ですれ違えば10人中12人が振り返るほどの色っぽい美人である。実は。

「だって、昨日言ってたよね。ワイバーンなんてサクッと倒すとか、魔法でイチコロとか」

「「すみませんでしたっ!!」」


 深々とため息をついたレオは、2人に手をかざして無造作に治癒、回復魔法をかける。それも強力なやつを。

 ・・・ヴィゴが後で聞いたところによると、グランブレスと名付けたレオ独自の魔法らしい。

 そして、この時に限っては、すこーし強めの覚醒作用を加えていたらしく、2人は2,3日ほど眠ることが出来なかった。


 それはともかく、B級らしからぬ醜態をさらした2人を追い立てるようにしてワイバーンの討伐に進んでいった一行だが、そこに立ちふさがるは絶壁の崖であった。

 迂回すれば何とかなるのだが、それでは日が暮れそうだ。

 うへぇ、といった顔をする2人に対して・・・レオは言い放つ。


「さぁ、戦闘準備をして」

「いやいや、今からやってどうするんだよ・・・」

「問答無用!さっさとする!!」

「「はいっ!」」

 2人と、ヴィゴの戦闘準備が整ったところで、4人は気付いたら空を飛んでいた。


「ギャーーーーーー」

「うぉぉぉぉーーーーー」

「・・・スッゲ・・・」

 空を飛ぶこと20秒、目の前に現れたのは怪訝な顔をしている(ようにみえる)ワイバーンの集団であった。


 今度は別の意味で叫びたくなる気持ちを堪えながら、ドルフとミカエラはワイバーンたちに向かっていく。半ばやけくそである。


 だが、この奇襲はワイバーンたちには想定外だったようだ。

 メスたちは子供たちを隠そうとしたり、反撃しようとしたり混乱している。ただ、この群れの中心であるオスの個体は迷いなくレオを目指して襲ってきた。


 一番強いものを最初に潰すべし、見敵必殺、そんな気合が感じられ、レオはヒューと口笛を吹いた。「男前だねぇ」と。


 その時、まだレオは空中に浮いていた。そして空中を”蹴った”、と同時にワイバーンのオスとすれ違った。

 ワイバーンは力強く羽ばたいていく様子を見せつつ、首と右腕が徐々にずれていった。

 と思ったところで、ワイバーンのオスだったものは消えた。


 自分たちの群れを率いるオスが呆気なく倒されたことを感じたメスたちは最早恐慌状態だった。

 ドルフもミカエラもヴィゴも、とにかく必死にメスたちの急所を削りに行く。

 レオはと言うと空中に立ったまま見下ろしている。ヴィゴだけは何とか最後まで躱し続けたが、ドルフとミカエラはワイバーンから爪の一撃をそれぞれくらい、かなりの大けがをしている。


 が、今、その怪我はない。ワイバーンも自分が仕留めたと思った相手が、いまだにピンピンして攻撃してくるので混乱が増しているようだ。

 何とか人間を叩き潰そうと、爪で、牙をむき出しにした口で、尻尾で、しまいには身体全体で潰そうと戦っているのだが、結果的にワイバーンのメスたちはドルフたちの必死の攻撃に屈することになった。


 戦闘終了後、メスたちが守ろうとしていた卵や幼体は、惨いようだがレオが確実にとどめを刺していった。

 ワイバーンの素材になりそうなものはどんどんと消えていく。


 身体がバラバラになりそうな、死にそうな思いをしたドルフとミカエラはレオのことをこれでもかというほどに睨みつけている。


「はぁ・・・はぁ・・・あんた、私たちのこと・・・やられるまでただ上で見てたでしょ?サイテーだわ」

「いや、レオは最初にオスを片付けてた。アレが生きてたら、俺たちは皆死んでたよ」

「で、でもよ、その後は見てただけじゃねぇか・・・あー、しんど」


 3人を見つめるレオの顔にはいつものいたずらな笑みがある。


「あれれ、何でそんなにへばってんのかな?サクッとイチコロじゃなかったのかなぁ?」

それを言われると何も言い返せない2人。

「くそーっ、あんなこと言うんじゃなかった・・・」

「滅多なことを言うもんじゃないわね・・・どこで蒸し返されるか分かったもんじゃない。この性悪男がー」

「ふふん、好きに言えばいいさ。でも、好きに言えば言うだけ後から自分の身に降りかかるだけだゾ」


 さーて、と一つ大きく伸びをしたレオが、とんでもない爆弾を3人に落とす。

「じゃ、降りるか。さっきの逆やるぞー」

「え?・・・きゃぁぁぁぁぁ~」

「は?・・・うぁぁぁぁぁ~」

「よっ、待ってました!・・・うーん、気持ちいいな」


 心の準備も何もできていない3人を不意打ちで登った時の逆バージョンで麓まで連れていく。

 それはつまり、一般的には落ちると言われていることとほとんど同じ体験をすることを意味する。


 若干1名、楽しくなっちゃっている人間がいるが、それはそれ。

 ワイバーンの集団がいた絶壁の上のスペースは約800サクスほど上にあったので、そこから降りるとなると自由落下で12、3寸ほどで地面に到着するはずだが、今回、レオはサービスして10寸ほどで地面に到着した。もちろん、着地の衝撃はない。


 が、上に上がる時はともかく、逆を体験することなどほとんどないので・・・体験していたら基本的にはこの世からいなくなっている・・・ミカエラは腰が抜けてしまったらしい。レオのことを涙目で睨んでいる。


「ちょ、ちょっと・・・さっきよりも・・・怖かったんですけド」

最後の「ド」が若干音が外れてしまっている。ミカエラは落下系はだめらしい。


 レオが、にんまりと笑って、「じゃ、これからミカエラがオイタしたときにはこれを使おう」とつぶやく。

 ミカエラは得体のしれない悪寒のようなものに襲われた。

 ドルフはドルフで若干放心状態である。「ひでぇ目に遭った・・・」とぼやきながら。


 ヴィゴ一人がなぜだか嬉しそうである。「こいつぁいいな、これからもレオにやってもらおう」と楽しそうな笑顔を浮かべている。何か変なスイッチが入ってしまったようだ。


 何はともあれ、ワイバーンは全て討伐した。そして、討伐したワイバーンの素材は全て冒険者のもの・・・になるのだが、レオからこんな申し出があった。


「俺の狩ったオスのワイバーン、あれの肉と素材の一部、ここの村で被害受けた連中に分けてやってもいいか?その代わり、俺の取り分は無しでいい。オスしか俺は狩ってないからな」

「・・・なんでそんなことをする?冒険者稼業の先達としては、さすがにそれはおススメはできん。たとえ銭貨1枚だけでも儲けを出さなきゃ俺たちの仕事は成り立たないんだから」


「・・・忠告は感謝するよ。ただ、俺はこれまで自前で散々儲かる素材を狩ってきたんでね。金が欲しけりゃそれを売ればいい。

 ・・・この村は街道の脇道の終着点なんだ。特に何かの特産がある訳でもない。放っておけば廃れる村だ。でも、廃れれば子供たちが割を食う。売られたりな。それを多少なりとも避けるにはこうするしかなくてね」

「あんたバカ?そんなこと、どこででもやってたらキリがないわよ」

「バカなんだろうな。・・・ただ、俺は商売上手なのは商売上手なんでね、ここの村の人間を少し教育してから帰ろうかと思ってね」

「教育?」

「あぁ、教育だ。そんな難しいことじゃない。さっきのワイバーンの住み着いていた山からここまでに生えている木、こいつは宝の山なんだよ。それを教えてやれば、まぁ、何とかなる」

「この木がどうかしたのか?」

「ま、あとで見せてやるさ」


 ヴィゴが何かに気付いたように言う。

「・・・レオ、それを教えてやるならワイバーンは要らないんじゃないか?」

「いや、そうでもない。あいつら、結構ギリギリだぜ。・・・思い出してみろよ。俺たちはどうやってこの依頼を受けたか。塩漬けだったんだぞ。これまで、どれだけこの村で育ててた家畜が食われたことか・・・」

「・・・あぁ、たしかに」

「だから、まずは先立つものがいるだろ。このワイバーン、素材はかなりの上物だ。売れば100万ゼアは下らん。それだけあれば、この村で苦しいやつらが何とか1年食いつなぐくらいは出来る」

 そんな会話をしながら村に戻る。


 村長の家に行き、レオが説明する。かなりの群れの規模になりそうだったが、全て討伐し、卵含めて一掃してきたこと、この村の財産を食べて育ったようなものであるオスのワイバーンを提供すること、村から山までの森の木はドルッセンだけじゃなく王都にまで売れる名産品になるのでその作り方を教えること、など。


「な、何と・・・素材を提供いただけるとは。それに、この何もないメプールモン村に特産になるものがあったとは・・・。そんなにして頂いても何もお返しできるものがないのです」

「それは気にしなくていいよ。・・・困ったときはお互い様さ」

「・・・ありがとうございます」


 村長は感極まったのか、肩を震わせ、涙をこらえている。村長の妻と娘はお互いに抱きしめあって、「よかったね・・・よかった・・・」と泣いている。


 それを見たミカエラ・・・何かに気付いたのか、レオのことを見直したような目線を向けている。そんな目線には何も気付かないかのように、レオは続ける。


「で、ワイバーンの肉はすぐに腐ることはないが、中々の量だ。どこかに地下の氷庫なんかはあるかい?この辺りは冬になれば雪が降るだろう?」

「え、ええ、氷庫ならばこの家の裏手に・・・」

「そうか、じゃあ、まずはそこに肉を出しに行こうか。あとは、腐るものは無いが、それなりの量になるのでな・・・何か保管庫のようなものがあればいいが・・・」

「保管庫は今のところないのです」

「そうか・・・ちょっと外に行こうか」

村長の家から出た一行、レオは辺りを見回して、村長宅の隣にある少し開けた場所に向かった。


「村長さん、ここに保管庫を作ってもいいかい?」

「・・・へ?は、はぁ・・・その場所は特に誰のものでもありませんが・・・」

「よし、じゃ作るぜ」


 レオがその土地に向かって、手をかざすと不思議なことが起き始めた。突然、9か所に四角の穴ができると、そこに灰色のドロドロとした液状のものが流し込まれていき、その後どこからともなく現れたはた目にも上質そうな木材が8カ所には角材で、真ん中の1カ所だけは丸太のままで挿し込まれる。

 その後、外側の8個の四角の中はどんどん灰色の液状のものに覆われて、いつの間にか石のように固まっていた。


 その後も、縦横に木材が渡されて、壁がはられ、屋根が付いた。壁が貼られるときには、その内側に金属の網目のようなものが挟まれたり、屋根の上に、建物全体を覆うような外側の屋根がついたり。


 気付いたら目の前には見た目にも非常にしっかりとした作りの保管庫が出来上がっていた。幅は10サクスほど、奥行きも15サクスほどはあろうか。

 たしかに、これだけの建物であれば、ワイバーン1匹の素材程度では埋まるまい。


 皆が唖然とする中、レオは最後に取り付けた鍵の具合を確かめて、村長にその鍵を手渡す。

「これは魔力を照合する鍵だ。俺の魔力が込められたこの鍵じゃないと開かないからな。2本渡しておくから無くさないようにな。・・・さて、この中に素材を出していこうか」


 というと、またどこからともなくワイバーンの素材、それも高度な訓練を受けた職人でないとできないような処理が施された素材が出てくる。

 ワイバーンの鱗、革、爪、骨、牙、腱、内臓については既に乾物になっている。


「これから俺たちはドルッセンに戻る。その時に、ドルッセンの付き合いのある商会に伝えておく。メプールモン村に程度の良いワイバーンの素材がある、ってね。おっと・・・肉を忘れてた。肉は氷庫だ、案内してくれ」

「・・・は、はい。・・・あのー、ちなみにこの建物のお代は・・・」

「いらんよ。俺の趣味みたいなもんだからな。なかなかいい出来だろ?」

「えぇ、そりゃもう。本当に、ありがとうございます」

「・・・当分ワイバーンは出ないさ。出ても俺たちが狩るからな。だから、これからはあの保管庫がぎっしり埋まるまで気張ってくれよ」

「はい・・・はい、それはもう」


 その後、氷庫にワイバーンの食べられる肉を粗方出し終えたレオは、村民に振舞ってやろうかね、と村長宅の前にある村の広場で焚火を始めた。

 その上にはデカい金属板。村長の言伝で三々五々と集まってきた村民は、まずワイバーンが討伐されたことに涙ぐむ。そして、その上で・・・


「ほら、みんな食え。これがにっくきワイバーンの肉だ!」

というレオの言葉に、恐る恐る手を伸ばし・・・誰が最初だったろうか。


「う、うまい・・・」

の言葉を皮切りに、皆が群がった。


 久々の、ワイバーンの恐怖から解放された状態での食事。しかも、当のワイバーンが肉となって自分たちに供されている。

「よし、今日はめでたい日だぜ。これを飲め!・・・子供はこっちだ」

と、果実酒の入った陶器の甕を無造作に置いていく。そして、子供たちには果実水の入った木筒を渡していく。


広場に集まった時点で何となくというか、はっきりと元気のなかった村人たちが徐々に元気を取り戻していく。皆が笑顔になったところで、村長が声を掛ける。

「こちらの冒険者・レオナール殿からのご厚意で、ワイバーンの素材を一式いただいた。皆で感謝しよう。それだけではない、レオナール殿がこの村から山に掛けて生えている木々をみて、この村の名産になるものが出来る、と教えてくださった。家畜を育てとる連中以外で、今、手の空いとるものはこちらに集まれ」


 集まったものの中から、村長が責任者を指名する。ケヴィンという名の男だった。

 そこから先はレオが引き継ぐ。集まってきた10名ほどの男たちに話す。

「これから一緒に林の切れ目まで行こう」

と連れていき・・・。

「まずは、俺が大まかに何をやるかを教えるよ。1本だけ、この木は使いつぶしてしまうが、勘弁してくれ」


と言うなり、また手をかざすと木の根元に近い部分に、金属製の深底の器が取り付けられる。そして、ちょうど器に先端が届くような形で木に切れ込みを入れる。その後、しばらくすると木の上の方からどんどんと何か物凄い力で搾り取られているかのように枝が細くなっていき、切れ込みからは樹液がどんどんと溢れてくる。


「器を取りつけて、木に切れ込みを入れるところまでは同じことをやるんだ。今は、時間が無いから木を一本使いつぶす形で上から搾り取ってる。普通なら・・・切れ込みを入れて、1日だな。一晩待てば樹液がこの器の半分は貯まる。

 ただ、傷つけるのは表面から3ペトロサクスぐらいまでだ。それ以上やっちまうと枯れてしまうからな。で、1本の木に切れ込みをいれるのは出来れば年に1回がいい。この森全体でみるとこの木は10万本はありそうだから大丈夫だとは思うが」


「・・・この樹液はどうやって使うので?」

「おぅ、これはね、弱火でじっくり煮詰めるんだ。樹液の量で20あったとすれば、出来上がりの量は1だ。で、すまんがここでは魔法で短縮させてもらうぞ」


 といって手をかざすと、器になみなみと溜まっていた樹液が底の方にしか無くなっている。

「火で煮詰めていくとこうなる。で、この中にあるザラザラしたもんを、布で濾せば出来上がりだ。布を買うにも金が掛かるから、当面必要になりそうな布は、俺が後で保管庫の中に入れておくよ。これが出来上がりのカエデシロップだ。ほら、味見してみな」


 集まった皆が恐る恐るてを出してその粘り気のある液体を舐めてみる。

「あ、甘い!」

「うまいぞ・・・これ」

「おぉ・・・こんなのが食べれる日が来るとは・・・」

 全員が甘い、美味いを連発して、レオに尊敬のまなざしを送ってくる。


「これは商人には高く売れるぞ。ここのカエデはいつでも樹液が取れるみたいだからな。一年を通じていい稼ぎになるだろう。俺もこの村の特産として、ドルッセンや王都で広めてみるさ」

「あ、ありがとうございます!」

「いいってことよ、俺もこれからは自分で作るんじゃなく、売ってるものを買えるようになるんだから」

付いてきていた村長が恐れ多いかのように言う。


「いえいえ、そういう訳にはいきません。この村で安定して作り出せるようになったら、レオナール殿には定期的に献上しますとも」

「あはは、俺は献上だなんて言われるほど大層な人間じゃないよ。でも、くれるっていうならもらおうかな」

「えぇ、ぜひとも」


 なんならB級の先輩3人組もこの場所には付いてきていたのだが、この光景を見てミカエラがつぶやく。

「あいつ、ただの戦闘が強いだけの奴と思ってたけど、こんなことにまで気が回る人間だったんだね。私たちとは頭の作りが違いそうだわ」

「あぁ・・・。・・・あいつは何を目指して冒険者なんかになったんだろうな。あんな奴なら、王都に行って騎士として取り立てられることだって、しまいにゃお貴族様になることだって容易いだろうに」

「まぁ、深く考えてもしょうがないわね。あの子がどこまで行くのか、見届けるんでしょ?」

「あぁ、ついて行けなくなるかもしれないけどな」


 そんな一幕があり、村人総出の見送りを受けながら一行はメプールモン村を後にした。ヒールとキュアの重ね掛けを受けて走りながら。

「お前、いいやつだな」

「・・・まぁ、ほどほどには」

「何よそれ、ほどほどって」

「滅茶苦茶いいやつではない、ってこと」

「あぁ、それは同感だわ」

「・・・ひでぇ先輩たちだな。次に泣いて助けを求めてきても助けてやんねーぞ」

「「「それは困る」」」


 夕暮れに染まる西の空を尻目に4人の影は変わらず街道の脇を通り過ぎていく。その顔はどことなく満足気であった。




西方暦325年6月8日

プルゼニア王国 カレドニク公都ドルッセン

新市街 南東門


 翌日、今度はそこまで深酒せずに、二日酔いもなく南東門に集合した一行。

 ドルフもミカエラも、ヴィゴも、大して疲れた様子もない。ドルフとミカエラについては実は一睡もできていないのだが、なぜか疲れた感じがしないのだ。(ヴィゴはちゃんと眠れている)


 通常であれば、B級パーティが対応するクラスの依頼を2日間で2件こなすことなどないし、3日連続ともなればほぼ自殺行為と言ってもよいのだが・・・なぜだか分からないが、今日は全然いける気がしていた。


 レオはドルフとミカエラを見て、自業自得とはいえちょっと覚醒系を利かせすぎたかな・・・と思っていた。

 が、今日の仕事が終われば一旦はこのパーティでの活動も一区切りである。

 帰って、どうせ飲みに行くだろうから飲んだ後、宿のベッドに入った時点で覚醒系の効果を強制的に解除してあげよう、と。


 さて、移動は相変わらずの走って移動、である。今日の行程は片道50ジロサクスほど走った後にある、スピール湾が目的地である。

 どうやら、そこにシーサーペントの番が住み着いたらしい。

 湾の魚がどんどん食べられている上に、漁に出ようととした船が既に3隻沈められ、乗っていた漁師も行方知れず・・・おそらくはシーサーペントに食べられたのだろう、ということだった。


 割と緊急度が高いはずなのに、なぜ塩漬けになりかけていたのか・・・それは場所と相手の問題である。

 大抵の冒険者にとって、海の中に住む奴を倒すのは至難の業なのだ。海辺の街の出身であったとしても、海の中に住む魔獣と戦うのは中々に骨の折れる話だ。


 以前に触れた地下に住み着くサイレントバイパーの討伐が困難を極めるように、自分の下の見えないところにいる奴を倒すのは姿がはっきり見えている奴を倒すのとはわけが違う。

 B級パーティの中でも、海というか水棲魔獣への対策に特化出来ているような者たちならばともかく、一般のB級ではおいそれとは手を出せない。


 だが、我らがレオのパーティは違う。何が違うって?

 ・・・レオがいる!!


 ただそれだけである。

 でも、それだけで十分ではないだろうか?


 ・・・走りながら、ヴィゴはそんなことを考えていた。

 レオはこれまで一回も本気を出していない。全てが自分の手の内というか、座興だよね、という風情で戦っていた。今回はどんな戦い方で楽しませてくれるんだろうか?


 ちなみに、このパーティのB級3人組の中で、水棲魔獣への対策がまともにできるのは誰も居ない。

 ただレオが受けた依頼だから来ているだけである。ドルフ、ミカエラも「レオが何とかするんでしょ?」くらいにしか思ってない。


 だって、昨日の帰りにちゃんと言ってるもの。俺たち、シーサーペントの討伐には全く役に立たんぞ。だから、明日はレオの助けになれることがあればやるけど、それ以外では当てにしないでくれ。


 レオは苦笑しながら、「そこまでハッキリ言い切るかね・・・」とぼやきつつも、

「まぁ、そうだろうね。分かってるから気にしなさんな。俺がサクッと倒すから大丈夫」

と軽ーく言ってのけたのである。では、お手並み拝見と行こうではないか。


 いつも通りに、街道ですれ違う馬車たちにはビクッとされながら・・・

 どうも盗賊に見間違えられるらしい・・・

 華麗にスルーしてスピール湾の湾奥にある港街であるヴィエルジーに到着したのは10刻を幾ばくか過ぎたころ。


 依頼を出した漁師たちのいかつい元締めには、「本当にお前らみたいな若造に倒せるのか?」と心配されながらも、早速、船を借りて沖合へと進んでいく。


 港では漁師たちがどよめいていた。何で帆も張ってないのに進むんだ?それに、進みがちと早過ぎやせんか?


 それもそのはず、レオは船の水面下に沈んでいる場所へ筒を2つ取り付けて、前から水を吸い込み後ろに向けて吐き出す魔術式を組み込み、乗りながらその出力や向きを制御して自由自在に船を操っていたのだから。


 そうこうしているうちに、レオが何かをしたのだろう、これまで船の進みが速いゆえに感じてきた風がパタリと感じられなくなった。刹那、横合いから牙をむき出しにした口を大きく開け、何かが船を噛み砕かんと襲ってきた!


 が、船を丸ごと食べようとしたその口が、なぜだか閉められずにもがいている。

 逆に開いた口がどんどんとさらに開いていき、口の端あたりからぶちぶちと嫌な音がしてくるようになった。


 その次の瞬間に、レオの放った魔法がその何かの首をスパッと断ち切り、同時に首と胴体が消えた。


 相変わらず見事なもんだねぇ、と呟く3人に対してレオは面白そうな表情でこう宣う。

 やっぱりB級冒険者3人ともなると餌としての価値が違うね、あいつら目の色変えて食おうとしてくるわ。

 ・・・おっと、今度は真下からだ。ちょっと浮くぜー。


 レオの予想通りに次なるアタックは真下から来た。番いがいなくなって怒り狂ったシーサーペントが下から噛み砕いてやろうと襲ってきたのだが・・・残念ながら、単にリプレイ映像が繰り返されただけだった。


 しかも今回は船が持ち上がったその一瞬だけで、またも首からスパンッと切られてしまい、同時に首と胴体が消滅した。


 結果的には、いつも通りというか何というか、やっぱりレオだな、と思わせる討伐方法だったのだが・・・B級3人組はとても釈然としないものを感じていた。


 一言で言えば、「餌にするな!」ということである。

 たしかに役に立たんと言ったさ。仕方ないじゃないか、実際にシーサーペントを倒せるような何かを持ってる訳でもないし。

 でも、でも・・・俺たちを餌代わりにするっていうのは、それはいくら何でもあんまりじゃないか・・・。


 でも、怪我一つしてないでしょ?

 ・・・まぁ。


 船、守られてたでしょ?

 ・・・そうだな。


 シーサーペントは無事に倒したでしょ?

 何か問題ある?

 ・・・いや、ない。


 完敗である。シーサーペントについては完勝したが、3人にとっては完敗だ。

 いつか3人がレオをぎゃふんと言わせられる日が来るのだろうか・・・。レオが船の舳先にたって海に手をかざし、何かをしているのを見つつ3人は何とも言えない表情で黄昏ていた。


 さて、港へ戻ったレオたち一行は漁師の元締めに対して、討伐したシーサーペントを見せる。


「こっちは小さい方だ。どうやらシーサーペントの亜種だね。小さくても全長が25サクスはある。素材にして全部あんたらに渡すよ。亡くなった漁師の家が食いつないでいけるように何とかしてやってくれ」

「・・・いいのか?」

「あぁ、困った時はお互い様なんでな」

「助かる・・・。死んじまったクロードの奴には俺の娘が嫁いでたんだ。まだ3歳と1歳の子供を残してやられちまって・・・しばらくは俺が面倒をみてやろうと思ってたんだ。他の奴も腕のいい奴だったが、みんな小さい子供を残して死んじまいやがった・・・」

「そうか。・・・逝ってしまった奴はもう戻らない。吹っ切れるまではそっと支えて見守ってやることだな」

「あぁ、あんた若いのに大したもんだな」


「ただの冒険者だ。大層なもんじゃない。・・・あとな、この海の魚、ちっとばかし減っていたから少し増えやすいように細工をしといた。しばらくすれば漁の成果も増えてくるだろうよ」

「あん?細工ってのは何だ?」

「魔法でな、成長を手助けしてやったんだ。今日の明日で成果が出るもんじゃない。が、一月もすれば水揚げはそれなりに回復するだろう」

「・・・魔法ってのは、そんなことまで出来るのか?すげーなぁ」


ここでミカエラが口を出す。

「いやいやいや、おっちゃん、そんなことが出来る魔法使いはこいつだけだから。私も魔法は使うけど、そんな魔法の使い方、聞いたこともないから」

「・・・そうなのか?」

「・・・ミカエラってさ、残念美人だよな」

「な、なんですってぇ!!残念とは何よ、残念とは!!私でもね、街を歩けば毎日男に声を掛けられるんだからっ!」

「ナンパするような男に興味ないくせに」

「う、うるさいっ!!」

プリプリと怒りながらミカエラが街で見かけた酒場へと向かっていく。


「すまんね、うちの紅一点はちょっと気が短いんだ」

「・・・いや、あんた・・・今のはあんたが悪いだろ。追い掛けなくていいのか?あんたのコレじゃないのか?」

「は?ミカエラが?・・・いやいやいや、たまたま臨時でパーティ組んでるだけだぞ。別に付き合ってる訳でもなんでもないよ」

「そうかい・・・あんな綺麗な子なのにねぇ。まぁ・・・あんたならどんな女だろうと選り取り見取りだわな」

「よく言われるけどね、俺は別にそういうのは望んでないんでね・・・」


 ちなみに、この会話の間にレオは小さい方のシーサーペントを一度そのばから消して、地面に何とも高級そうな布を敷いた上で、全て素材に加工した状態で置いて行った。

 肉については凍らせた状態で状態維持の魔法をかけた包みの中にしまっており、その包みを開けると解凍され状態維持も解かれるようになっている。


 感心する漁師たちを横目に、依頼達成のサインをもらうと、シーサーペントの素材が入ったことをドルッセンの商人に伝えることを約し、街を後にする。

 ミカエラは酒場で既に3杯目のエールを呷って管を巻いていたところをヴィゴが回収した。


 ドルッセンへの帰路にて、ドルフがぽつりと問う。

「なぁ、レオ。お前って何なの?・・・何なの、っていうのもおかしいが・・・。

 これまで見たどんな冒険者ともかけ離れてて、得体の知れない何かを相手にしている気がしてならないんだよな」

「はははっ、本人に面と向かって『得体の知れない』とか言っちゃうあたり、ドルフも大物だよな」

「茶化すなよ。お前、何なんだよ、ホントに。ぶっ飛び過ぎてて意味が分かんねぇよ」

「・・・知りたかったら、死ぬ気で付いてこいよ。・・・・・・なーんてな。はははははっ」

「・・・洒落になってねーよ。・・・あーくそっ、俺は付いて行くぞっ!どんだけ鬱陶しがられてもどこまでも付いて行ってやるからな!覚悟しろよ、レオ!」


 後にドルフは、この時レオに「覚悟しろ」と言ったことを後悔する。過酷なまでの覚悟を問われたのは、むしろ・・・。

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