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第4話 「A級冒険者ビグラムの回想」

プルゼニア王国 カレドニク公領ブラム

A級冒険者ビグラム


 もう少し彼が駆け上がっていくのを見ていたかったが・・・。いや、ブラムの街では彼の器は収まりきらなかったのだろう。


 あれほどの男だ、近いうちにA級どころではない、今では王国内に存在しないS級に昇格するだろう。私は・・・A級とはいえ下の方だ。

 S級を目指そうという気概があった訳でもなく、目の前の依頼を熟していたらいつの間にかA級に上がっていた。


 年齢を考えてもここが打ち止め。そろそろ引退を考える頃だ。だが、彼はまだ17歳でありながらあの力量・・・楽しみだ。


 最初に新人冒険者として登録しに来た日のことはよく覚えている。

 たまたま依頼の達成報告のためにギルドを訪れた時だった。登録を終え、初めての依頼を受けた直後のようだった。一部では悪い噂のあるC級の・・・バラックとか言ったか?あの男に絡まれていた。


「お前さん、登録したばかりなんだろ?色々と俺が教えてやるよ。付いてきな」


 そう声を掛けられて、あのC級を刹那の間で観察した彼は堂々と言い返した。

「やだね。アンタみたいな汚い目をしている人間とは関わりたくないよ」


 さすがに登録したばかりのヒヨッコがC級に言う言葉ではないから驚いた。


 まぁ、見る限り身体が大きいだけではなく、尋常ではない「何か」を秘めていそうだったから特に心配はしていなかったが、案の定だった。


 対人戦に特化しているらしいあのC級を、私の目で見ても辛うじて腕を捻り上げて地面に叩きつけた・・・らしい、くらいしか分からなかった。見えなかった。


 私もA級の端くれ、あのC級1人くらいであれば何とかできる程度のあれやこれやを秘めてはいるが、彼のアレは私でも対処しきれるか怪しい。


 あのC級も自分に何が起こったのかを全く理解していないようだった。そのうえで彼は、あのC級にだけ絞った、それはそれは濃密な殺気を浴びせていた。

 あれをギルド内全体にまき散らしていたら、とんでもない大惨事になったろうが・・・その無様を晒したのはC級ただ1人だった。


 あれほどの殺気、どれほど鍛錬したら出せるものやら・・・私にも見当がつかない。


 完全に白目を剥いてピクピクしているC級を見て、彼は取り巻きたちに「ほら、お前らのリーダーだ、連れていけ」とばかりに目配せし、何事もなかったかのようにギルドから出て行った。

 あの時、彼は全然本気を出していなかった。ただの小手調べどころか、軽くひねった程度の実力しか見せてはいなかった。


 元々冒険者というのは自分の戦闘スタイルを大っぴらにすることは少ない。いざという時の対人戦の際に、自身の弱点を知られて戦うことほど消耗させられるものはないからだ。

 場合によっては一瞬で勝負を決められてしまう。だから誰しも隠している技なりがそれぞれにある。


 私の場合は、A級まで上ることが出来たのは、あくまで物事を慎重に進める性格が奏功しただけだ。たしかに、A級に上るまでの過程の中で、様々な手を身に付けたし、滅多なことでは見せることのない手もある。彼が見せた手は、一般的には対人戦の制圧に使える秘技のようなものに思えたが、全く頓着することなく見せていた。もっともあまりの早業に目で追うことすら難しかったが。


 彼は冷静でありつつも大胆で、何よりあの強さは計り知れないものを秘めていた。

 底が知れないと思った者はこれまでにも何人もいたが、本当の底知れなさを感じたのは彼が初めてだ。

 他の者はどこか予想がつく範囲だった。たしかに自分では敵わないが、こういう形で戦うことが出来れば勝てるだろう、と。だが、彼の場合は全くもって想定ができない。


 何をどうしたら勝てるのかのイメージが全く浮かばなかった。


 私はドラゴンとも戦ったことがある。本当に死ぬかと思ったし、何とか倒せた時にはもう二度とごめんだと思った。

 だが、その時でさえ彼ほどには恐ろしさを感じなかった。が、初見の時点ではその恐ろしさに気付けなかった・・・それこそが本当の脅威なのかもしれない。


 あのC級もさぞかし戸惑ったことだろう。あれであのC級はB級程度の対人戦に不慣れな冒険者であれば軽く仕留められる程度には強かったはずだ。

 相手の実力を見極める目もそれなり以上にはあっただろう。そんな男でも、彼のことを見て図体がデカいだけの奴、そんな評価を下したのだ。


 だが、彼は自分の実力を完全に隠していた。私でも微かに何か「モノ」が違う気がする感じがしただけだ。恐らく、私の慎重さが彼の中の「何か」を辛うじて感じ取ったのだろう。


 そういえば彼はあのC級が奴隷扱いしていたという冒険者たちに色々と教え込んでいたな。

 まぁ、なぜそんなことを知っているかと言えば、ブラムのギルマスであるジェイクに頼まれたのだ。彼をしばらく見張ってくれないか、と。


 ジェイクの気持ちは分からんでもない。評判が悪いとはいえ、C級を登録したばかりの新人がノしてしまったのだ。

 あいつは何なんだ、どんな奴なんだ、と見極めたくなるのも仕方はない。気持ちは分かるが正直気乗りはしなかったな。

 何かの手違いで敵対でもしようものなら命が危ない。ジェイクにこう言ったら絶句していたな。


「俺に、命を掛けろと言ってるんだな?」と。

呻くように

「お前にそこまで言わせるほどか?」

と言っていたが・・・ジェイクの奴、ギルマスの仕事に染まり過ぎて人を見る目が落ちたんじゃあるまいな?


 淡々と証拠を積み上げていくと頭を抱えていたが。とはいえ、頼まれたことはきっちりやるさ。私はその日から彼のことをさり気なく監視した。


 最初はF級ゆえに大した依頼もないはずだが、彼のやり方は一風変わっていた。塩漬け依頼をまとめて片付けだしたのだ。

 文字通りのまとめて、でギルドには複数の依頼を受けてはいけないという決まりもないことから、10個くらいまとめて受けていた気がする。


 塩漬けになるくらいなのだから、大層面倒な仕事がほとんどのはずだが、彼の手際は抜群だった。

 店主ががめついことで有名だったある商店の壁の塗装依頼があったが、彼は到着してどんな仕上がりにしてほしいかを聞くなり、魔法を使って10分後には完了させていた。

「終わりましたよ」と言う彼に、こんな短時間で終わる訳がない、という店主。


 最後は「とりあえず見てください。話はそれからです。もし終わってなかったら大銀貨1枚払ってもいいですから」という彼の言葉に、疑いの眼差しを向けながら出てきた店主のあの驚愕の表情は見ていて愉快だった。


 結局、彼は2日でF級からE級に上がったが、2日目は森での薬草採取という見るからに新人向けの依頼だった。

 それを、彼はどこに何があるかをあらかじめ分かっているかのように歩いて、それぞれの薬草に最適な処理をしながら「消して」いった。


 魔道に詳しい人間から聞いたことがあるが、空間魔法の応用でインベントリというものがあるらしい。

 その魔法の使い手は生物以外のあらゆるものを時を無経過で、入れた時の状態そのままで保管できると聞いた。聞いたことはあっても初めて見た。


 その依頼を終えて帰る時だった。やらかしたC級冒険者どもが森から魔獣を引き連れて街へと逃げてきた。

 さすがにここは見張りをしているわけには、と思ったら彼がおもむろに引き連れられてきた魔獣たちの首をスパスパと刎ねていった。

 キレイなもんだと思ったね。その時の彼は、インベントリは使わなかった。だが、私も見逃していたが討伐証明部位だけはキレイに切り取って集めていたらしい。


 彼はC級が森から魔獣を引き連れてきたことを隠さずに報告した。おかげで、やらかした奴らは大目玉を食らって彼に恨み節だった。

 が、あれは奴らが悪い。街に大量の魔獣を連れてくるなんざ、一番やっちゃいけないことだ。集団の方向を散らすなり、色々とやりようがあるだろうに。


 結局彼は、C級が逃げ出すような野獣の群れを1人で狩ってしまったので、ジェイクの奴も何も言えずに彼をE級へ昇格するしかなかった。

 何なら一足飛びにC級でも、という話も上がったようだが、それは彼自身が断った。各級の塩漬け依頼をまとめて片付けることに価値がある、と言っていた。

 それぞれの級の仕事の違いを肌身で感じるためにも、と。


 その日、彼が「ここに来る前に狩ったものだ」と、鎧熊の番の素材をギルドに売却してちょっとした騒ぎになった。

 しかも最小限の傷だけで、まるっと素材ごとだ。しかもその素材は、全て使われる部位に切り分けられて処理された状態だった。


 図らずも彼のインベントリがブラムの街で明らかになった瞬間だった。そちらも注目を浴びたが、私は鎧熊の「番」をあの傷だけで仕留められること、素材の量から推し量れる鎧熊の大きさが異常であったことの方が恐ろしかった。


 鎧熊というのは、単体であればB級のパーティで普通に狩れる相手だ。

だが、番になるとA級でなければ手に負えない存在となる。単体と目を付けた鎧熊が実は番だった・・・B級が命を落とす大きな要因の一つだ。


 立ち上がった時の体調は3サクス以上。素早く、力強く、賢い。そして何より固い。

番の場合はそれに加えて固有のスキルを使ってくるのだが・・・それが番によって異なる。中には傷つけられた相方を癒す力を持っていた場合すらある。


 それをレオナール君、彼は何事もないかのように素材として提供した。素材の量から私が予想したのは全長約6サクス。

番で現れたら、私1人では少々キツイ。


ちなみに鎧熊の身体は全身が余すところなく使える素材の宝庫なのだが・・・

 大きいし、森の奥深くまで潜らないと居ないため、彼のように空間魔法を自身で使えるか、目玉が飛び出るほど高い空間魔法が付与された袋を持っているかでないと、素材をまるごと手に入れることはできない。


 さらに番ともなると、これほどまでに完全な状態で提供されることはまず無い。

 倒すまでに素材がつぶれるなり傷つくなりするのが一般的だ。ここまで完全な状態を「残せる」理由はただ一つ、鎧熊の番との間に圧倒的な実力差があったからだ。


 そもそも鎧熊と出くわすところまでいかない連中は買い取りの金額の方に目が向かっていたようだが、一度でも戦ったことのある連中はあまりの異常さに目を剥いていた。


 結局、買い取り金額は200万ゼアで落ち着いた。彼は「それでいい」と言っていたが、私はさすがに黙っていられずその場にいたジェイクを一目睨みつけながら、彼を横に連れ出して聞いた。


「本当にいいのか?公都ドルッセンや王都まで行ってから競売に掛ければ5倍は固いぞ?」

「・・・あんた、いい人だったんだな。いいんだ、当面の自由になる金が欲しいだけだから。それに他にも素材はいっぱい持ってる。必要ならまた売ればいい。ありがとう」

「あ、あぁ、ならいいんだが・・・」(いい人だった・・・?悪い人と思われること、やったか?・・・もしや、監視に気付かれた!?)


 金貨20枚。1年は何もしなくても暮らせる額だが、当面の自由になる金とはね。随分とスケールの大きい奴が来たもんだ、と妙に感心した。


 早速その夜、彼は娼館リリー・マリーに繰り出した。うむ・・・確かに娼館で遊ぶには金が必要だ。

 もう私には縁遠い場所になってしまったが。後で聞いた話だが、彼が店に入った時には一番人気のある嬢に客が付いていたらしく、彼は待合で優雅に過ごしながら待っていたらしい。


 私はその話を人伝に聞いている場面を、フィアンセに見られてしまい後でこってりと絞られることになった。あれには参った。


 私のフィアンセは少々焼き餅やきなんだよ。。。


 彼がしばらくE級として過ごしている時に、たまたま例のC級の子分たちと出くわした場面があった。彼は、その冒険者たちをしばらく見ていたが、唐突にこう話し掛けた。


「よぉ、あんたら、自分が命掛けて働いた金を毟られて悔しくないのか?」


 悔し気に俯く子分たちだったが、そのうちの1人が彼にこう返した。

「お、お前みたいに強い奴に何が分かるっ!最初から強い奴に俺たちの気持ちの何が分かるんだよ!俺たちには何もないんだ。

 何もないけど何かしなきゃ野垂れ死ぬしかないんだよ。好きでこうしてる訳じゃない。でも、あの人は対人戦に特化してて俺たちではまるで歯が立たない。どうしろって言うんだよ・・・」


 最後は泣き出しているように見えた。


「あーぁ、それじゃたしかにダメだわな。自分でダメだって言ってるんじゃどうしようもねぇわ。・・・おい、アンタ。俺が最初から強かっただと?アンタの方こそ俺の何を知ってるんだ?俺の何が分かるっていうんだ!」


 一気に彼が周りに殺気を振りまいた。

 思わず偶然を装ってその場に踏み込もうかと思ったが、彼は意図的に私のいる方向へは殺気を飛ばさなかった。やはりとは思ったが気付かれていたんだな。


 子分たちは彼の殺気に当てられて失神する者、へたりこむ者、足が震えながら何とか立っていられる者とそれぞれだった。


「へぇ、アンタやるじゃん。根性あるね。アンタらを支配してるおっさん、今のと同じくらいの強さの殺気を当てられただけで白目剥いてたんだぞ。今、気絶してない奴は、あのおっさんよりも根性あるぜ」

「・・・お、俺がバラックさんより、根性・・・ある?」

「おぅ、間違いねぇって。アンタらさぁ、毎日の依頼が終わったら俺が稽古つけてやるよ。おっさん、対人戦に特化してるって言ってたよな?

 ってことはだ、恐らくは徹底的に汚い手を磨いてるってことだろ?その程度のことなら勝てるようにしてやっから。そのまま鍛錬続けりゃB級くらいには軽くなれるようにしてやっから。な?」

「・・・E級のくせに」

「そーいうことは気にしないの。アンタ、北の大森林の深いところを庭のように歩き回れるか?それが出来るようになったら文句を聞いてやるよ。どうせ今日はもう暇だろ?さ、行くぞ行くぞ」

「ちょ、ちょっと待てよ・・・。俺たちがアンタと一緒にいるところをバラックさんに見られたら、酷い目に遭うのは俺たちだろ」


 彼は少しの間考えると、

「分かった。あのおっさんが宿にこもってなきゃいけないように俺が何とかしとく」

「な、何とかって・・・。そんなの信じられるか!?」

「別に信じなくてもいいぜ。いつまでも奴隷で居たいならそうすればいい。でも、人生を変えたいなら、アンタにとっての人生のチャンスは今しかないぜ?」


 彼の目が不意に真剣な眼差しへと変わった。

「・・・どうすんだ?奴隷のまま一生自分の不幸を嘆き恨みながら生きるのか、それとも今、人生を変えるために行動して、少なくとも自分が後悔しない、自由な生き方をするのか。アンタが選ぶんだ」


 結局、全員が彼の指導を受けるようになった。

 まぁ、見てて面白かったね。人はここまで変われるものか、と思った。一度だけ、あのC級が近づいて何をしているのか確認しに来たが、彼は、子分たちの戦闘は見せてもその後の訓練は見せなかった。

 ・・・と思っていたのだが、彼の訓練の中には彼の振りまく殺気に耐えるというかなり過酷なメニューが存在しており、たまたまそこを訪れたC級にその殺気が叩きつけられ、勝手に恐慌状態になって逃げて行っただけな気がしてきた。


 彼のことだから、分かっててやっていたのかもしれないが。ただ、あの訓練を見て、こうも思った。

 私は、絶対に彼から教わりたくない。。。いや、もう本当に。そりゃ、あんな訓練を受ければ、あのC級程度の人間は怖くもなんともなくなるよ。

 もっと絶対的な恐怖に身をさらされるんだから。自分1人ならまだしも、合わせて20人はいるんだ。人がボロボロにされて、すぐ回復されて、またズタボロにされて、また回復されて・・・。


 子分たちも、自分がやってる時は必死に食らいつくだけだけど、仲間がやってる時には皆一様に恐怖していた。

 「俺たち、こんなことやられてたの?」とばかりに。だが、そのおかげで彼らは強くなった。

 大体、D~E級くらいの力を持っている冒険者たちだったが、今の級から2つくらい上までは軽く狙えるだけの基礎が固まったと思えるだけの練度になっていた。


 彼自身は、その間も順調に冒険者として昇級していっては、その級の塩漬け依頼を片付けるということを繰り返していた。

 あまりの対応の早さに、ジェイクの奴は彼の評価を上方修正し、私の意見も参考にしながらD級へ、そしてC級へと1月もしないうちに昇格させた。彼のすごいところは、全ての級で昇格に必要とされている依頼の数をきっちりとこなしているところだろう。


 「イケメンで可愛い新人君」が、「期待の新人」へ、そして「驚異の新人」と呼ばれるようになるまでに、さほど日は要しなかった。

 彼がブラムに現れてから半月も経った頃には彼は周りから好奇よりも畏怖の念を多分に含んだ視線を浴びるようになっていた。


 そりゃそうだ。FからCまで1ヶ月で上がるなんて私だって初めて聞いた。それなりに実力のあった状態で冒険者を始めた私ですら、C級まで上がるには2年は掛かった。


 彼は17歳でありながら、D級、あるいはC級として他の冒険者と臨時のパーティを組んだ時には、それぞれの特徴を把握した上で上手く使い、連携して戦わせることにも天才的な才能を発揮していた。


 どうやって育てばあんな17歳が出来上がるのかは私には分からないが、ただ1つ分かるのは、少なくとも彼が凄まじい実力と才能の持ち主であり、なおかつ、普段の自然体で見せている部分はあくまでその力の一部に過ぎない、ということだ。


 私が彼を観察していて思ったのは、本当に自然体で一切無理をしていない、ということだった。彼のとった行動は全て、羽虫が飛んできたから手で払いました、とでも言うような軽さが感じられた。

 それは、森から出てきた魔獣を全て倒しきった時もそうだった。全く危なげもなく、とにかくスパスパ首を落としてはインベントリに収納しておしまいだった。終わった後でも汗一つかいていなかった。


 彼にとって、全ては何か意識してやらなければならない程のことでは無かった、ということになる。

 あの彼が本気を出したらどうなるのか?やはり私には想像がつかないし、恐ろしいとしか言えない。味方であればあれほど心強い男はいないだろうが・・・。

 ただ、怖いもの見たさに、彼の本気を一度見てみたい気はするな。



 A級冒険者・ビグラム。39歳。


 今はブラムの街で腰を落ち着けているが、ここに来たのは31歳の頃、A級に上がり3年ほど経って依頼の難易度が上がり、パーティメンバーが1人、また1人と引退を余儀なくされてからのことだった。


 28歳でA級に上がってからでそれなのだから、冒険者というのがいかに短命な職業なのかがよく分かる。

 そして、それ故にA級としてこれまで11年の長きに渡って活動してきたビグラムには、本人が思っている以上に信頼と尊敬が寄せられている。


 ビグラムの生まれはブラムから北東へ1日ほど歩くと到着する辺境に近い村・ショワゼルである。

 森で狩人をしていた父と、村娘で村の特産の一つである薬草の摘み取りや、ポーション作成などの手伝いをしていた母との間に生まれた。


 父からは狩人としての技を、母からは薬の知識、密かに毒の知識を教えられた。

 村で父の後を継いで狩人となることも考えたが、ある時に村を訪れ、危険性の高い魔獣から守ってくれた冒険者の姿を見て、やれるところまでやってみよう、と冒険者としての道に進むことを決めた。


 決めたからには、と村に居た魔法使いに倣って魔法も使えるようになった。

 使いやすい風魔法、水魔法、そして治癒魔法に限るが、それなりにセンスがよく効果的な場面で使われる魔法は、確実にビグラムの戦い方を奥行きのあるものにした。


 普段は両親の手伝いをしながらも、1人で自分の技術を高めることに努め、村で戦えるメンバーの1人として少しずつ獣だけでなく、魔獣の討伐にも参加するようになった。

 概ねこの国で成人と認められる15歳になった時には、既に村の中の最強戦力の一角だった。


 村の人々からは惜しまれたが、未練を断ち切って少し遠い街で冒険者の登録をした。公都ドルッセンだった。

 そこには、時折村に来てくれていた顔見知りの冒険者がいたからだ。その冒険者を訪ねて行ったところ、彼はギルドで指導教官をしていた。


 若手が無茶なことをしないように訓練してくれる施設が付帯しているギルドは、それほど多くはない。王都と、それぞれの公都、加えて大領の領都くらいだろうか。


 村を出る前に、都会の怖さをたっぷり聞かされたビグラムは、生来の慎重さも手伝い人をよく見て行動した。

 そうしているうちに段々と、大体一目見ただけでまともな人間、ダメな人間が判別できるようになってきた。元々が森で狩人の父を手伝っていただけに、ビグラムの観察眼は鋭い。


 既に高いレベルで実力を発揮できると見た有象無象からパーティ勧誘が次々ときたが、ギルドの指導教官の助言もあり、若手でそれなりの実力を持つ人物を見極めて、自分のパーティを作ることになった。


 人と接することが得意という訳ではないが、かといって特別苦手にしているわけでもないビグラムは、メンバーから時折その慎重さをからかわれはするが良いリーダーだった。

 慎重な行動をするたびに、後からビグラムの判断が正しかったことが実証されて、メンバーからの信頼は高まった。


 ビグラムは自らの判断により依頼を篩に掛けるが、パーティの成長に有益な依頼については積極的に受けていた。

 無茶をしないゆえにビグラムが率いるパーティ「静寂の狩人」は、その堅実な仕事ぶりが評価されて着実に成長していく


 28歳の時にはついにA級に昇格した。

 もともと、ビグラム単体では25歳のころに昇格の話があったのだが、パーティメンバー全員で上がった方がいい、と言って3年待ったのだった。

 パーティメンバー全員がA級となると、王国内でも有数のパーティということになる。


 仕事はより過酷になり、依頼者の人物が人物ゆえに断ることが難しい指名依頼も増えた。

 その結果が成功裏に終われば問題ないし、報酬も高額なのだが・・・徐々に、ビグラムの交渉により何とか赤を出さずに済んだ、程度の仕事も増える。


 トータルで見れば大幅に黒字ではあるが、皆でA級に上がった3年後には、メンバー5人のうち3人が冒険者を引退せざるを得なくなっていた。

 2人目までは何とか耐えたが、3人目の引退者が出たタイミングで、パーティの解散を決めた。


 このまま新しいメンバーを募って活動してもいいが・・・私もこれから歳をとっていく、ソロで故郷の近くの街で好きなようにやりたい、と。

 ビグラムがブラムの街を永の拠点と定めたのはこのような経緯があってのことだった。ビグラム31歳の時。当然、ブラムの街のギルドからは大変喜ばれた。


 まだまだ十分に脂の乗っている30代前半のA級が定着してくれるのは、街のことを考えると非常にありがたい話だった。

 特別パーティを組むわけではないが、B級パーティが少し難易度の高い仕事をする場合にバックアップについたり、C級、D級のお守りをしたり、それによって若手がベテランの経験を少しずつでもモノにできたら、それだけでも価値のあることだった。


 ビグラムもまた、自分に色々と教えてくれた両親や、村の魔法使いのことを思い出しながら、これまでの冒険者生活で培ってきた技術を惜しむことなく教えるのだった。

 場合によっては強敵と戦う必要がある場合もあるが、その場合も、これまで慎重に生き残ってきたビグラムの指示は最適だった。


 ビグラム自身はそれほどに自分のことを高く評価していないが、この街の人々からはかなりの信頼を寄せられているのだった。


 そんなビグラムにはもうすぐ結婚する相手がいる。街の大通りではないが、一本裏通りに入ったところにある食堂で働く看板娘、シェリーである。

 ちなみにシェリーは食堂を運営する夫婦の娘であり、今年で25歳。夫婦の間には3人の娘がおり、シェリーはその真ん中だ。


 姉は既に結婚していて三児の母だ。旦那はブラムの街で家具職人をしている。妹も・・・既に結婚していて二児の母である。旦那はドルッセンの大きな商会で働いている。


 あぁ無常・・・一番しっかり者で、両親のお手伝いを積極的にしていたシェリーは器量よしなのに、両親が2人きりになってしまうことが気になって、声は掛かるが一歩踏み出すことに躊躇しているうち・・・

まぁ、そういうことだ。嫁き遅れてしまった。


 ちなみに姉はおっとりしていて、妹はちゃっかりしている。

 お姉ちゃん、お先にごめんね、と言われて妹が嫁いでいった日、シェリーは笑顔で妹を見送り、その夜、自分のベッドの中で声を押し殺して泣いた。

 次の日の朝、両親はシェリーの目がやや腫れぼったいことに気付いたが、そのことには触れなかった。


 ビグラムがなぜ、街でも評判の看板娘のハートを射止められたのか?

 まず、ビグラム自身には、自分が街でも噂の優良物件だという意識は無かった。

 確かにA級だが、自分はそれほど目立つ容姿をしている訳でもない。口が上手いわけでもない。少し温もりが欲しければ娼館くらいにはいくが、街の娘たちとはそもそも接点すらない。


 冒険者という不安定な職業をしていることから、嫁を持とうとはなかなか思えなかった。格別モテる訳でもなかったし(ビグラムの主観の上では、である)。

 引退したら、娼館で働いている年増で肌の合いそうな女を身請けして嫁になってもらうかな、くらいしか考えてなかった。

 身請けの金を払ったところでこれまで貯めてきた金を少ししか減らない・・・程度には稼いできたのだから。


 ある日のこと、その日はビグラムが自ら休息日と定めた日だったのだが、13刻過ぎに昼飯を食べようと街へ出た。

 昼飯を食べる場所を探すには少し遅い時間、普段は歩かない通りに足を延ばしてみよう、と思いそこでたまたま入った食堂が「ポモローゼ」・・・シェリーの両親が切り盛りする裏通りの名店だった。


 そこでいつも通りに客の間を駆け回っているシェリーを一目見て・・・ビビビッとは来なかった。

 確かに可愛いけど、私では絶対相手にされないだろうな、と思った。大体私は37のおっさんだ。(出会った当時は37だった。シェリーは23)。


 シェリーの方も、なんか身体の大きなお客さんね、武器持ってるから冒険者かしら、くらいなものである。

 休息日でもいざという時に備えてショートソードくらいは持っておくのは冒険者の嗜みだ。


 ちなみにシェリー、嫁き遅れているとはいえ、街で評判になるくらいだからシェリーを狙っている男は無数にいる。

 下はカッコつけたい盛りの(ヤリたい盛りとも言う)17、8のガキから、妾にでもどうだと思っている60過ぎの爺まで。年が同じくらいで自分がなかなかイケてると思ってるやつからはよくアタックされたが、そういう男はシェリーから見て軽く思えたので全てお断りしていた。


 ・・・男を見る目はたしかにあると言えるが、そういうところも嫁き遅れた原因だろう。本人にとってみれば大きなお世話だろうが。いずれにしても、60の爺は問題外として、もっと誠実で寡黙なタイプの方がいいな、と思っていた。


 ただ、この日を境にビグラムは「ポモローゼ」へ3日と開けずに通うようになる。シェリー目当てではない。食事がビグラムの口に物凄く合ったのだ。

 通ってくれているのに、特別シェリーに声を掛けるでもなく、最後に客あしらいをしているシェリーへ「今日もうまかった。大将によろしく」と言って去っていくビグラムはちょっと新鮮だった。


 そして、時折他の客から声を掛けられているのを見て、初めて「あの人がA級のビグラムさんなんだ」と知る。

 ブラムの街に来た時にはもうパーティを解散してソロに戻っていたようだけど、元のパーティ名から人々には「あぁ、静寂の・・・」と語られていることもあり、二つ名は「静寂」で定着している。


 そんなビグラム、余計な声を掛けてくる訳でもなく旨そうに料理を食べるビグラムは、シェリーにとっても好印象だった。

 そのうちに、娘、売れ残りの娘が何となく嬉しそうにビグラムのことを見ていることに気付いた母親が、父親と結託してビグラムと色々と交流が持てる機会を作ろうとするようになった。


 店の試食だったり、レイアウト変更を手伝ってもらう替わりに昼食を家族用のスペースで一緒に摂るだとか、色々である。


 他にも、「いつも来てくれてありがとう」とビグラムの家に食事を届けさせたり、出来ることは色々と画策していた。

 2人とも何とも残念なことに朴念仁らしく、どちらも憎からず思っていることは傍から見れば明らかなのだが、なかなか自分の気持ちに気付こうとはしなかった。こういう時、周りにできることはヤキモキすることだけである。


 そんなこんなで初めてビグラムが店を訪れた日から1年ほどが経過したある日、ちょうどビグラムがいつもの席でゆっくりと食事をしている時に、質の悪い冒険者たちの一団が現れてシェリーにちょっかいを出し始めた。

 曰く、自分たちの酌をしろ、だとか、俺の膝の上に座れ、可愛がってやるぜ、だとか・・・実際にシェリーの身体に触ったり、やりたい放題だった。


 お客さん、やめて下さい、保衛部に言いますよ、と間に入った母親が「ババアは黙ってろ」と突き飛ばされた時、ビグラムが母親を助け、次いでその一団に睨みを利かせる。


「おぉぅ?おっさん、俺らに何か文句でもあるのか?今注目の若手パーティ、ドラゴンヘッドとは俺らのことだぜ?おっさんは引っ込んでな!」

「・・・とかげの頭がなんだ?」

「んだと、コラ!こっちが優しくしてやりゃいい気になりやがって!ぶちのめしてやらぁ!!」


 一番血の気の多いリーダー格がビグラムに対して剣を抜き、突っ込んでいって、そして拳一つで弾き飛ばされ、ピクリとも動かなくなった。

 机と椅子も2つ、3つ巻き込んで吹き飛ばされている。どうやら、こんなのでもパーティの最強戦力だったらしく、他のメンバーが顔面蒼白になっている。


「A級冒険者のビグラムだ。この街では静寂の二つ名で呼ばれている。私は静かにゆっくりと楽しんでいる食事の時間を邪魔されるのが一番腹立たしい。彼と同じようになりたくなければ、今すぐこの男を連れて帰れ。そして、二度とこの店に来るな」


 しょうもない奴らが去った後、ビグラムは平謝りに謝った。

「すまん。テーブルと椅子が壊れてしまった。これで足りるか分からんが、今はこれだけしか持ち合わせがない。足りなかったらまた今度来た時に言ってくれ。

 シェリー、同じ冒険者として謝る。嫌な思いをさせて済まなかった。同じことがないように、これからギルドに行って彼らのことを報告してくる。また何かあったらすぐに呼んでくれ」


 ビグラムは金貨を1枚置いて行った。くどいようだが、庶民の家族が1月暮らすのに必要なのが大体2万ゼア、大銀貨2枚である。多過ぎである。


 ゆえに、シェリーもストレートにそれを伝えた・・・のだが。

「いやいや、多いですって!!・・・聞いてないし、もう行っちゃったし」


 仕方なかろう。この時、ビグラムは怒っていたのだ、物凄く。シェリーにべたべた触ったあの男に。

 ・・・手を切り落としてやろうかと思うくらいに。そして、シェリーの母が突き飛ばされるまで、動かなかった自分にも怒っていた。


 あの男たちに絡まれ、触られるシェリーの姿を見て、いったいなぜそこまで怒りが湧いてくるのか、本人は全く自覚していなかったが。


 さて、この事件は思わぬ副産物をもたらした。シェリーがはっきりとビグラムに対する気持ちを意識するようになったのだ。


 そして、次にビグラムが店を訪れたタイミングで・・・

「あ、あの、私と付き合ってください。・・・こんな年増娘で嫌かもしれないですけど」

と、まさかの逆告白が敢行された。


 ビグラム、思いも寄らぬ告白であったのだが、告白されてようやく自分の気持ちに気付けた。わ、私は・・・この娘のことが・・・好き、なのかもしれない。


「こ、こんなおっさんでよければ・・・」

 昼下がりの食堂、客はまだたっぷりと残っていた。顔を真っ赤にする2人の横で、客たちからの歓声が沸き起こる。


 そのうちの半分はビグラムに対する嫉妬の言葉や、罵声に近い祝福の声だったとか、そうじゃなかったとか。一つだけ、代表的な祝福の声を書いておこう。


「うらやましいぞ、バカ野郎!!」

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