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第2話 「あなたの寝顔を私だけのものに・・・」

西方暦325年6月5日

プルゼニア王国 カレドニク公都ドルッセン

商業街区 娼館「ディディエンヌ」


 ディディエンヌは公都ドルッセンの夜の街では最高級の一角とされる娼館であり、2刻で1万ゼアが飛んでいく代わりに、そこで働く女性は粒揃いと言われている。

 容姿、体型だけでなく、性格はもちろん、教養、礼儀作法に優れ、その他にも客にアピールするための特技をそれぞれの女性が持っており、実際にその接客を受けた男どもは天にも昇る気持ちを味わうことができる、と名高い。


 そして、この娼館を何度か訪れた上客にのみ案内されるのが、女性を一晩貸し切りにできるコースである。お値段なんと10万ゼア!

 え、長い時間なのに何で割引じゃなくて割り増しなんだよ、とか言う人間にはこのコースは案内されない。


 今日のレオはこの貸し切りコースで、かつ、この店の一番人気ではないものの、秘かに根強い人気を誇るシルヴィアを予約していた。


 レオはディディエンヌで働く女性からは非常に人気だ。何と言っても金払いがいい。相手をしてくれる女性だけでなく、飲み物を運ぶ見習いの少女やボーイにも気軽にチップを渡す。

 しかも平気で銀貨を渡す。とっときな、と言って。


 銀貨はこの国では1000ゼアの価値を持つ。くどいようだが、庶民の家族が1月を暮らすのに大体2万ゼアである。こんな客はそうそういるものではない。

 娼館の中でも客の相手をする「姫」たちは大切にされるが、それ以外の人間はそこまで大切にされている訳でもない。だが、レオはそういう立場の弱い人間に優しい。


 そこがまた、相手をしてくれる女性たちから好ましく思われるのだが・・・レオ自身は、何か特別なことをしてあげている、という風情でもなく、自然とそうしている。ゆえに、さらに好感を寄せられる、の繰り返しだ。


 ただ、最近はこのディディエンヌでレオが相手にするのはシルヴィアばかりで、最初のころに指名した女性たちはとんと指名が途切れている。

 なのでこの日も、レオと一緒に部屋へ向かうシルヴィアの元へは同僚たちの羨望の眼差しが突き刺さる。部屋の中に入っても、レオはがっついたりしない。


 中に置かれた長椅子にどっかりと腰を下ろし、シルヴィアが色々と支度をするのを眺めて待っている。最初に飲み物を持ってきてくれた少女には既にチップを渡している。

「元気にしてるか?」

「はい、お陰様で元気に過ごさせていただいてます」

「そうか。無理はするなよ」

 そんな会話を交わしながら。


 準備が整ったところでまずは風呂に入るのだが、レオはシルヴィアに脱がされるがままに任せ、身体を洗われるに任せ、浴槽に身を沈める。

 しばらくしてシルヴィアも自らの身体を洗った後で浴槽へ入ってくる。恥じらうかのように自らの身体を隠しながら。そのままレオの横に寄り添ってくる。シルヴィアの柔らかい身体の感触を感じながらも、レオは特に何をするでもなく目を閉じている。


 他の客であれば、この時点でシルヴィアの身体を存分に堪能しようと色々と仕掛けてくるのだが、レオはそういうことを一切しなかった。

 なので最初に指名を受けた時には、「私は好みじゃなかったのかしら・・・」などと思ったものだが、ここ15日ほどで既に4回も指名を受けていることを考えると、どうやら随分と気に入られたらしい。しかも、2回目からは既に一晩貸し切りコースだった。


 風呂から上がるとシルヴィアが身体を拭く。身体を拭き終わるとレオはベッドの方へと歩いていき、そのままうつぶせに寝た。

「今日もマッサージからでいいのかしら?」

「うん、頼むよ」


 シルヴィアの特技は、身体の様々なツボを熟知しており、そこを的確にマッサージしていくことで疲れを取ったり、あるいは性欲を増したり、まぁ、様々な効能を引き出すことができる、というものである。

 何回見ても凄まじい身体ね、と心の中で呟きながら、手にオイルをつけてレオの身体を隅々までほぐしていく。


 なぜだか、他の客を相手にする時よりも、レオの相手をする時の方が、どこにどの程度の力で圧を加えていけばいいのかがハッキリと分かる。不思議だわ、と感じながらもレオの身体をほぐしていくと、静かな寝息が聞こえてきた。


「もう・・・また寝ちゃった。一度くらいは最初から私に夢中になってほしいなぁ・・・レオくん」

 そんな呟きとともに、彼に毛布を掛ける。自らもレオの身体に寄り添い、そして、レオの明るいブラウンの頭を優しくいい子いい子するように撫でる。

 こうすると、時折レオは寝ながらに微笑みを浮かべるのだ。それがたまらなく可愛い。身体は凄まじいまでに鍛え上げられているが、今この時だけは無防備な寝顔を私に見せてくれる。

 私のことを信頼してくれている、それがシルヴィアの心を浮き立たせるのだった。


 レオがディディエンヌに入ったのは夕方の16刻だったが、マッサージと共に寝て目が覚めたのは20刻を過ぎようかといったところだった。途中からはシルヴィアもレオと一緒に寝てしまっていた。

 どちらからともなく目を覚ましたところで、目が合う。レオが微笑む。シルヴィアも内心で「その笑顔は反則!」と悲鳴を上げながら微笑む。


 でも、なぜだろうか、彼の眼はいつもどこかに哀しい色がある気がする。きっと私が立ち入ってよいことではないのだろう。私は一介の娼婦に過ぎないのだから。

 私も色々とあったけれど、今では何とかこの土地でやっていけている。この仕事は、決して人に褒められるような仕事ではないけれど、来てくれたお客様には精一杯の心地よい時間を過ごしていただけるように努力して、結果も出てきている。


 同僚の女の子たちは、相手の心をいかに動かして自分の虜にするか、を極めようとしているみたいだけど・・・私には無理。

 自分の出来る限りで、お客様に心地よい時間を提供することしかできない。もし、それで選ばれることが無くなったなら、ここで培ったマッサージで食べていこうかと考えている。生活の質はグッと落とさなければいけないだろうけど。



 私には子供がいる。レオくんには最初に来た時に見抜かれてしまった。私を選んでくれてありがとうございます、と挨拶をしたら・・・

「俺、この店の中で君の顔が一番好きだ。それに・・・君は母親の顔をしてるね」


 そんなことをのたまったのだ。正直ビックリした。これまで、どれだけ通い詰めてくれるお客様にも、本名と家族のことは明かしてなかったのに、レオくんには素直に白状してしまった。

 つまらない身の上話だけど、レオくんはちゃんと耳を傾けてくれた。


 お店での名前はシルヴィアだけど、私の本当の名前はリタ。子供はまだ4歳の男の子、名前はエリックだ。エリックの父はレオくんと同じ、冒険者だった。

 その頃の私はここからずっと西にある公都・ブリエールで踊り子をしていた。街の小劇場でやっているような小さな劇団だったけど、人気はあったから食べていくには十分だった。


 旦那と知り合ったのは20歳過ぎの頃だった。15の頃から劇団で働いていた私にとっては初めての人だった。レオくんにはとても敵わないけれど、その時の私には旦那が白馬の王子様のように見えたのだ。

 夢中で恋をして、盲目のうちに結婚をした。1年が過ぎ、子供が出来たと知った時、旦那の素っ気なさが気になったが深くは考えなかった。大好きな人の子供を宿すことができて私は世界一幸せだと思っていた。

 

 だが、もうすぐ子供が生まれる、という時に旦那は家を出て行った。旦那を盲目的に信じすぎていたからか、自分の持っているお金の在り処を全て教えてしまっていたのも良くなかった。

 家の中には銭貨一枚として残ってはいなかった。どうしていいか分からず途方に暮れ、15の時に踊り子になるのを反対されて飛び出して以来戻っていなかった実家に帰った。


 飛び出した時には元気だった両親が、父親は病で既に亡くなり、母親が身体を悪くしながらも無理を押して働きに出て何とか食いつないでいる状況だった。

 以前と比べてあまりにも老け込んでしまった母親を見て涙が抑えられず、私は自分を娼館に売ることに決めた。子供を産んだ後で働きますから、と。


 前借の金貨1枚でブリエールからドルッセンへ、母と共に身重の身体で移動した。

 さすがに、私のことを知っている人も多いブリエールで娼婦となる勇気はなかった。娼館の業界はそれなりに地方の街同士でやり取りがあるらしく、ドルッセンの娼館に前借のお金を払えばよい、ということになったのは不幸中の幸いだった。


 子供が生まれた後、3か月ほどは身体を休め、そのあとは母にエリックのことを見てもらいながらディディエンヌで働いた。

 当初は母乳が出るということで妙な嗜好を持つお客様からの人気が高かったが、それが一巡すると私の売り上げはパタリと減った。


 前借の返済は終わったけど、母とエリックを食べさせていかなければならないのに。必死になってお店の教育係にかじりついて学べることは全部学んだ。

 それだけでは足りず何か一つ特技を・・・というところで、踊り子の頃にお互いの身体をケアするためにマッサージをし合っていたことを思い出した。


 最初は拙いマッサージだったけれど、少しずつお客様から喜ばれるマッサージが出来るようになり、時には本職の人からツボというものを学んだりして、独自に研鑽を積んだ。

 一番練習台になってくれて、かつ、マッサージを喜んでくれたのは母だった。今ではそれなりに人の身体のことが分かってきて、お客様の喜ぶ、お客様に本当に効くマッサージをちゃんと施すことができるようになった。

 決して目を惹くような美人ではない私が、このお店で未だに一定の指名を得られているのはこのマッサージのお陰だ。


 ディディエンヌで働き始めて4年ほど経つけれど今では母にもエリックにも苦労をさせない程度の稼ぎがあって、毎月それなりの額を貯めることも出来ている。

 税金もそれなりに支払ってはいるけど、毎月10万ゼアくらいは貯めれているはずだ。実際に貯えに回すことができるようになったのは2年半前くらいからだから、今は300万ゼアくらいかな。貯められるうちに貯めておかないと。


 ・・・そう、エリックを産んで4年。私はもう26歳なのだ。

 レオくんは17歳。歳の差は残酷だ。さすがに私も、贔屓にしてくれるからと、17歳の彼のことを好きとは言えない。


 今も目を合わせて、少し哀しみの色を覗かせるレオくんに。あまりにも大人びていて頼りがいのある彼に。ホントは縋り付いてしまいたいけれど、私には出来ない。


「お腹が空いたな。何か頼もう」

「分かったわ。何がいいかしら?」

「手軽に食べれるものがいい。リタの分も頼もう」

「ありがとう。じゃあ、パンにグラスボアの腸詰を挟んだものを頼むわね。飲み物は?」

「エールを」

「一口もらってもいいかしら?」

「リタも頼めばいい」

「私には多すぎるもの」

「いいよ、残ったら俺が飲めばいい」

「優しいのね。じゃあ、注文を通すわ」


 ホントに、何でこの歳でこんなに優しいのかしら。年齢をサバよんでるのかしら。。。

 でも、あの顔も身体も、たしかに17歳の若々しさと瑞々しさなのよね。


 注文したものを届けに来てくれたのは、先ほどとは違う見習いの子だった。

 レオくんは、「お、君は初めてみるな。ご苦労様。頑張れよ」とチップの銀貨を渡してあげている。きっと、レオくんがチップをくれる人だから、見習いの子たちの間でも競争があるのだろう。

 レオくんのことだから、それは全部分かっていた上で、こんな風にチップをあげているのだろうと思う。


 お腹を満たした後、レオくんが口の中に浄化の魔法をかけてくれた。自分の口にも。さて、夜はここからが本番だ。今日の私はレオくんの攻めに耐えきれるだろうか?


 答えはもう分かっている。彼は優しくも雄々しい。彼の力強い一突きのたびに、私は声にならない啼き声をあげさせられるだろう。先ほどの問いは、正しくはこうなのだ。

 今日の私は、何度天国を覗くことになるのだろうか?


「リタ、大丈夫かい?」

「・・・もぅ、ダメ・・・」

「すまない、強くし過ぎたかな?」

「・・・いゃ、いぃのょ・・・。いぃんだけど・・・ょすぎちゃうの・・・」


 今の私は息も絶え絶えだ。おそらく今は日付が変わる少し前くらいだろう。21刻ごろから始めて、今に至るまで。天国を覗くどころか、何度となく天国へ送られた。


 もう明日の朝までは歩けないだろう。その張本人に少し恨めし気な目線を送るけれど・・・やっぱり彼は涼し気な顔で、しんどそうな顔の一つも見せていない。

 もう・・・どんだけ・・・。私は全身がふわふわしてて、どうにかなってしまいそうなのに・・・。あぁ、もうダメ・・・もう・・・瞼がくっつきそう・・・。


「ぉやすみ、レオくん」

「・・・おやすみ、リタ」


 今度はレオがリタの身体に毛布を掛けてやる。リタの肩甲骨あたりまである濃いブラウンの髪を撫でている。その手つきはどこまでも優しい。

 しばらくそうしていたレオは、寝息を立て始めたリタの首の下に、自らの逞しい腕を差し入れて肩を抱き、自らも眠りについた。


 翌朝、というにはまだ早い時間だが、早朝5刻にはレオは目を覚まし、傍らで眠るリタの身体を手で優しく撫でながら魔法で探っていく。

 リタの身体に悪いところがないかを調べ、昨日の自らの性技によって負荷がかかり過ぎているところが無いかを確認している。レ


 オからすると、かなり手加減をしてはいるのだが、それでも娼館に勤める一般の女性にはレオの性技は強烈らしい。何度も気を失う直前までいっていた。

 むしろ、気を失ってしまった方が本人は楽だったかもしれないが。


 しばらくすると、レオの手は淡い光を発しリタの身体をくまなく巡っていく。

 昨晩刺激され過ぎた部分を鎮め、少しずつ身体を活性化させ、体調を万全の状態へと持っていく。病気の類の種になりそうなものは全て消滅させて。


 リタを2回目に指名したときから、このレオの治療は続いている。

 一番最初の時は、それなりに病の種を抱え込んでいたが、今では身体の隅々までが健康で身体がとても軽く感じられるはずだ。


 それと同時にレオは何かに集中しながらリタの頭に手を当てている。

 リタの表情が若干歪むが、まだ寝息を立てたままだ。しばらくするとレオはリタの頭から手を外し、穏やかな表情に戻ったリタにキスをする。


「おはよう、リタ」

「おはよう、レオくん」

「身体にしんどいところはないかな?」

「・・・うん、大丈夫みたい。昨日もあれだけイジメられたのに」

「それはひどい。あれだけ悦んでいたのに?」

「もう・・・」

「朝にまたいつものをやろう」

「うん、分かったわ。うつ伏せになるわね」


 レオはうつ伏せになったリタの身体を、ゆっくりとマッサージしていく。あまりの心地よさにリタはまた夢の世界に旅立ちそうになるが、レオのこの手技を身体で覚えようと必死に感覚を研ぎ澄ませていく。

 しばらくすると、今度はレオがうつ伏せになり、リタからマッサージを受ける。先ほど受けた手技をトレースするかのように。


 6刻の半分が過ぎようという頃になって、レオが頼んでいた朝食がやってきたので、ここで終了だ。

 朝食はサラダにスープ、パンである。ディディエンヌほどの娼館ともなると、厨房にもそれなりの人間が入っていて、街の食事処と遜色ない食事が提供される。


 冒険者のレオには少々物足りないが、この男には秘密の食事ストックが大量にあるのでそこは何も問題がない。今は、リタと談笑しながら朝食を食べることに集中する。


 食べ終えると2人で風呂に浸かって、リタに身体を拭いてもらい、手早く服と装備を身に着ける。

 腰にロングソードを下げたら、最後にリタと抱きしめあってキスをする。これでレオの仕事準備が無事完了となる。


「レオくん、気を付けてね。無茶はしないで」

「あぁ、分かってるよ。リタも無理はするなよ。今抱えてる依頼を片付けたらまた来る」

「うん、いってらっしゃい」

「いってくる」


 あーぁ、行っちゃった。

 でも、仕事の前に、私を抱きしめてキスをしてくれた。何か、家で旦那様を送り出す奥さんみたいじゃない?

 ・・・やぁん、そんなこと考えたらまた身体が火照ってきちゃった。ダメよ私、レオくんに本気になっちゃダメ。


 ・・・でも、また来るって言ってくれた。今から待ち遠しいわ。

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