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第1話 「その男、レオナール」

西方暦325年6月5日

プルゼニア王国 カレドニク公領領都ドルッセン(以後、公都ドルッセン)

冒険・探索者ギルド ドルッセン支部


 時刻は既に10刻を過ぎている。日銭を稼ぎに行く必要がある初心者から中級の下のあたりの連中は、すでに依頼を奪い合ってこの場からは居なくなっている。

 この時間にギルドにいるのはこの道でそれなりに名の知れた者ばかり。つまり、1日の間に完結するような簡単な仕事はとうの昔に卒業した猛者ばかり、ということになる。


ギルドに併設されている喫茶・喫食コーナーでは遅い朝食をとりながらこれから受ける依頼について吟味しているパーティがちらほら、特定のパーティに所属せずに自らの腕一つを頼みに依頼をこなすフリーランスの者もそれなりに数がいる。


 ちなみにフリーランスとは言ってもちゃんとギルドには所属している冒険者ないしは探索者だ。

 一応、各冒険者、探索者はそれぞれの所属を明確に定める必要があり、各ギルドに籍を置いて仕事を斡旋してもらっている形である。


 ただし、他の土地に引っ越してギルドの籍を移すことには特に制限がないため、不便な土地や小さい街のギルドはどこも人手の確保に悩んでいる。

 いや、別に人はいるのだ。冒険者、探索者になりたい、というものは幾らでもいる。


 特にコネも伝手もない田舎の三男坊、四男坊が手っ取り早く成り上がるには冒険者、探索者が一番簡単に見えるからだ。実際に、ギルドとしてもそういう風に見せている一面もあることだし。

 だからこそ、成り手だけは沢山いるのだが、依頼を効率よく捌いていくには質の高い冒険者、探索者が必要なのだ。

 今、まさにドルッセン支部で朝食を食べているような、それなりの難易度の依頼であろうと軽々とこなせる者たちが。


 しかし、右も左もわからないような初心者から育て上げたところで、優秀な者は大抵、大きい街へと移動してしまう。

 そちらの方がいい仕事があるし、何より仕事自体が豊富だ。ギルドの視点からすれば種々様々な依頼が持ち込まれる、ということになる。


 実際には田舎を出て成功者の道を駆け上がっていくのは一握りで、それ以外の者は途中で超えられない壁にぶち当たり、挫折して、とはいえ今更故郷におめおめ帰る訳には・・・と日銭稼ぎにあくせくする事になるのである。


 そして、この時間にギルドで食事ができるということは、彼らがこの厳しい世界の中の成功者であることを指し示している。


 さて、そんな中でとあるテーブルに集まっている3人組は、もっともギルドの受付に近い場所に陣取って食事をとりつつ何やら話し合っている。

 金髪のガタイのいい男、ダークブラウンの髪で細身の男、赤毛の女の3人組だ。皆がそれぞれバッグと得物を横に置いている。


「なぁ、あいつ、今日もまた来ると思うか?」

「さぁ、分からないわ。でもしばらくはドルッセンにいるみたい、とは聞いたわよ」

「ドルフ、そろそろ彼の後を付け回すのはやめにしないか?多分な、彼は俺たち3人が遠くから見てることに気付いてるぞ」

「だろうな。それでいいんだよ。見ただろ?昨日のあいつの仕事。B級の俺達でも相手するのがしんどい特大のグログロ2匹、いつの間にか首がなくなってた。それどころか、本体もすぐに”消えた”」

 ドルフと呼ばれた男はそこで声を潜めて語り出した。


「・・・あいつは、滅多にいない収納魔法の持ち主だぞ。しかも、それを俺たちB級が3人見てると気づいていながら何事もないかのように使った。あいつの実力は悔しいが俺たちなんか目じゃねぇ。

 あいつの横にいたらどんな風景が見えるのか、俺はどこまでの高みに登れるのか・・・俺は冒険者になってから初めてこんなに興奮してんだ。あんなに面白い奴はこれまでも、これからも絶対に現れない。お前らもそう思ったから俺の話に乗ったんだろ?」

「声が大きいわよ。・・・でも、あんたの話には全く同感。あんな子は初めて見る。あれだけ若そうなのに、慎重で、そして戦う時は勝負所を見極めて一瞬で片を付けにいく。そしてその全てが的確、狙いを一切外さない。

 どれだけ修羅場を潜ったらあんなになるのか、想像もつかないわ。あんな綺麗な顔してるのにね」

「顔は関係ないだろ・・・。俺は探知系の能力ではこのギルドでもトップだと思ってたが、彼は気づいたらギルドの中に現れてた。あれは地味にショックだったよ。上には上がいるもんだと思い知らされた」

「だろ?だから・・・噂をすれば来たぞ」

 3人組の会話が途切れた時に、ギルドの扉が開かれた。


 扉を静かに開けて、何の力みも感じさせない自然体で依頼の張り出されている掲示板に向かうその男は、穏やかな表情の美丈夫だった。

 とある世界の人間が見れば、往年の銀幕スターにして「二枚目の代名詞」と言われた俳優・・・の若かりし頃を思い浮かべるかもしれない。あるいは香水のブランドとしての方が有名かもしれないが・・・。


 それはともかく、その男は尋常ならざる美貌でありながらも、冷たい雰囲気はなく周りに穏やかな空気をもたらす気配であり、それでいて純然たる力、圧倒的な力を秘めているものだけが持ちうるオーラをうっすらとまとっている、不思議な男であった。


 掲示板の前でさらっと一通りの依頼に目を通すと、その男は徐に3枚の依頼用紙を外し、受付へと向かっていった。


「あの、これ全部受けたいんだけど」

 男の声はその外見の印象を裏切らぬ穏やかな、そしてよく通る声で受付嬢に声を掛ける。

「あ、おはようございます、レオナールさん。今日も塩漬け依頼を片付けてくれるんですね~、助かります。・・・ちょっと待ってくださいね。主任!・・・レオナールさんがこれ全部受けたいらしいんですけど・・・どうしましょう?」


 貼られてから長い間経って波打っている依頼用紙を受け取った受付嬢が少し思案顔になると、後ろの主任を呼ぶ。レオナールと呼ばれた男が受けようとしている依頼には、どうやら問題があるらしい。


 主任は依頼用紙にさっと目を通すと、こう宣言した。

「レオくん、これは認められないな。いくら君が毎日塩漬け依頼をあっさりこなしていると言ってもね。この依頼がB級パーティ以上と指定されてるのには理由があるんだ。

 これくらいは余裕と思っているのかもしれないけれど、そういう時こそ思わぬ罠が潜んでいるんだから。

 この忍蜂なんて気配が全く読めないのに、彼らのテリトリーに入ったら突如として四方八方から襲われるんだよ。それは仮に防げたとしても、大抵の場合グランホーネットが現れて毒針で串刺しにされて一貫の終わりさ。一人で行くだなんて死にに行くようなものだよ。

 僕はね、君に意地悪をしたくてこんなことを言ってる訳じゃない。君のような塩漬け依頼を片付けてくれる働き者に無茶な依頼で死なれたら困るから言ってるんだ。

 悪いことは言わないから、今日は別の依頼にして、まずはパーティを組んでからこの依頼に再チャレンジしてくれないか」

「じゃ、俺たちが一緒にパーティ組んでやらねぇか?」


 主任の力説した内容を一声でぶち壊したのはドルフだった。主任は目を剥くが、声を掛けてきた面々を見て別の意味であっけに取られていた。


「え、ドルフさん?それにヴィゴさん、ミカエラさんまで・・・。もしかして、皆さんレオナールさんとパーティを組むおつもりで?」

「まぁ、そっちの兄ちゃんにその気があれば、だけどな。どうだ?臨時でもいい、俺たちと一緒にパーティ組まねぇか?」

 話を振られたレオナールは頷きながらも、何かに気付いたようで・・・

「ん?・・・あぁ、数日前から俺の仕事をずっと観察してた人たちか。ギルドから監視でも付けられたのかと思ってたよ」

「いやいやいや、そんなんじゃねぇよ。一目見て兄ちゃんが只者じゃねぇことは分かったからな、組むのに相応しい相手なのかちっとばかし見させてもらってただけだぜ」


 ドルフの正直といえばあまりに正直な言葉にレオナールは苦笑しつつも、真剣な目で3人を品定めするかのようにじっくり見ると承諾の言葉を告げた。


「ふーん・・・まぁいっか。どっちにしろパーティ組まなきゃ受けちゃダメって言われたし、とりあえず一回組んでみよっか。俺はレオナール、今のところC級だよ。よろしくね」

「おぅ、こっちこそよろしくな。俺はドルフ、こっちの細いのがヴィゴ、紅一点がミカエラだ。俺とミカエラが冒険者、ヴィゴは探索者だが、皆B級だぜ」

「おっと、こりゃ失敬。先輩、って呼ぶべきかな?」

「やめろやめろ、お前さんのことは見てたから分かるが俺たち3人が束になっても敵わねぇ。対等でいい、対等で。・・・待てよ、パーティ組むならリーダー決めねぇとな。おい、レオ。お前がリーダーやってくれよ」


 そこでようやくフリーズしていた主任が再起動した。

「ちょっと待ったっ!!」

「「「なんだよ(ですか)」」」


 なぜだか受付嬢までもが主任に噛みつく状況に頭を抱えながらも、辛抱強く説明する。ちなみに主任の名前はクリスという。蛇足だが、受付嬢の名前はソフィーと言う。


「いいかい、君たち4人がパーティを組むのはいいだろう。フリーを好んでB級まで上がってきた君らが、なぜ今になってパーティを組む気になったのかについても、ひとまず置いておく。(僕の勧めたパーティは全部蹴るか、すぐに脱退したくせに・・・)」

「あぁ、クリス、悪かったよ。お前さんの進めてくれたパーティからすぐに抜けちまってよ。それがトサカにきてんだろ?」

「ト、トサカ・・・ドルフっ!!君は私が鳥頭だと言いたいのかっ!?もういい、君たちのパーティは認めない!いつもの依頼をこなしたらどうかね」

「なぁ、クリちゃん。なんでそんなにカッカしてんの?」

「ク、クリちゃん・・・」


 レオナールにとんでもない呼び方をされ、クリスが絶句する。さもありなん。レオナール、実力者ではあるが冒険者登録情報には”17歳”と書いてあるのだ。


 クリス31歳、独身、フツメン。今まさに人生の不条理を味わっていた。

 そして、さらに追い打ちをかけるようにレオナールが続ける。

「クリちゃんには悪いけどさ、俺もそろそろパーティ組まないといけないな、と思ってたから・・・ここの3人と組めると助かるんだよね。まぁ、実際に組んでみてどうするかは考えるけど。もしパーティ組んじゃダメって言われるなら、ドルッセンを出て王都にでも行っちゃうよ。」

「「ダメっ!!」」

 クリスとソフィーの声がハモる中で、ぼそりと爆弾発言をしたのはヴィゴだった。


「俺も王都に行こうかな・・・」

「それもいいかもな」

「いいわね、王都には美味しいレストランが沢山あるって言うじゃない?」

「お姉さん、食べ過ぎると太るよ」

「うっさいわね!!女に”太る”っていうのはデリカシーに欠けるわよ!」


 クリスは真っ白になってプルプル震えている。そして絞り出すかのような声で4人に告げる。

「皆さんのパーティ結成を認めます。」


 一言告げて悄然とその場を立ち去ろうとしたときに、レオナール・・・今後はレオと呼ぼう・・・レオが声を掛ける。


「クリちゃんさ、さっきなんでパーティ結成を止めたの?それにも理由があるんでしょ?」

「・・・こちらのB級3人がこなしてる依頼の数は、ソロ向けですがかなり件数が多いんです。それに、B級ともなるとこの辺りで一番大きいドルッセンのギルドでも、そこまで人数を抱えてる訳じゃないんです。だからソロ活動のB級3人がパーティ向けの仕事に移ると、その穴を埋めるのが大変なんですよ・・・。でももういいです・・・」


 消えてなくなりそうなクリスをよそに、レオが告げる。

「なーんだ、そんなことか。じゃ、これまで通りの依頼も全部こなせばいいじゃないか。な?ソロでやってた仕事をパーティの中で分担しながらこなせば、サクサク終わるぜ。な?」


 B級3人組は若干ひきつった笑顔で「あ、あぁ」と答えるも、内心では「こいつと一緒にいると、もしかして過労死するんじゃね・・・」と別の不安が頭をもたげてきていた。


「よし、じゃ、そうと決まればパーティ結成の手続きを進めてくれない?」

とびっきりのいい笑顔でソフィーに頼むレオ。


 忘れてはいけない、この男は絶世の美男子といっても過言ではない精悍、かつ甘いマスクの持ち主なのだ。

 ソフィーは自分に向けられた笑みに、見惚れて、蕩ける笑顔で「はい!」と答え、パーティ結成の書類を取り出し手続きを進めていく。リーダーはドルフが言った通りにレオが務めることになった。


「で、お前さん、何歳なんだ?」

ドルフが改めて聞くと、

「俺?俺は17歳だよ」

あっけらかんとした答えが返ってきた。

「「「じゅ、じゅうなな・・・」」」

 B級3人が唖然としている。そんなバナナ・・・と思ったかどうかは知らないが、まぁ、相当に衝撃だったのだろう。(一応この世界にもバナナと呼ばれる果物は存在する。詳細は後述するが)


 ちなみにドルフは24歳、ヴィゴは22歳、ミカエラも22歳である。ドルフについては、もう少し頑張ればA級に手が届きそうな実力者なので、24歳という年齢にも不思議はない。


 ヴィゴ(細身のダークブラウンの髪の男だ)は探索者だが、若手の中では一番の腕利きと言われるほどの人間、ミカエラは剣の腕もさることながら、効果的な魔法を使うということで若手の中でもかなりの有望株だ。


 が、レオは17歳だと言う。おいちょっと待て、と言いたいのはたしかにそうだろう。

 何せこのB級3人組にしてもC級に上がれたのは20歳頃の事なのだ。ちなみにこの3人組、冒険者・探索者ランクの昇格は他と比べて頭1つか2つは抜けていると言い切れる程度には早い。

 その自分たちでさえあれだけ苦労してC級になったというのに、このガキは・・・とはならなかった。


 ま、この世界、実力が全てだ。実力によって証明されたものならば、どれだけ御託を並べたところでその実力の前に一蹴されるのがオチである。

 3人が衝撃を受けたのは、17歳にしてここまでの実力を身に着けている、という事実そのものだ。


 最初にうだうだ説明したように、この男の纏う雰囲気は尋常ではない。周囲を圧する、という訳ではないが、手を出しちゃヤバイ感は半端ない。これは自らが強い人間ほどそれを感じるらしい。

 先ほどもギルドを覗きに来たA級冒険者がレオを見て、ピシッと固まり、「何かヤベー奴がいる。今日は帰ろう。日が悪い」と言って帰って行った。弱い人間ほど、レオの強靭な肉体はともかく、その穏やかなイケメン顔を見て侮ってしまうきらいがある。


 しかし、ドルフたちがこっそりレオを観察していた時の戦い方ははっきり言って異常だった。


 そもそもが塩漬けになるような面倒な依頼ばかりを請け負っているのだから、多少は手古摺ってもいいはずなのだが・・・。

 文字通りの瞬殺だった。依頼の内容は、フォレストウルフの群れの対処、ハーピーの対処、サキュバスを捕まえる、サイレントバイパーの巣の処置・・・どれもドルフたち単独では受けたくない、3人でも面倒だなと思わせる依頼だった。


 放置というか塩漬けになっていたのは、依頼料が低い上に、カレドニク公領でも重要度の低い地点で発生していることから対処しなくても困る人間がそれほどいないからだった。


 ドルフたちは最初のフォレストウルフの群れの対処について耳に挟んでから、レオのことを遠巻きに覗くようになったのだが・・・呆れてものも言えないほどの鮮やかさだった。


 ハーピーはとにかく数が多いのが難点だが、最も密度の高いところを結界で区切って密閉空間にし、その中に麻痺と睡眠の魔法をかけ大量に捕獲した。そのうえで、討伐証明部位が絶妙な風魔法のコントロールなのか何なのか、サクサク切られては消えていくのを見た。

 最後は結界魔法ごと青白い蒼炎の魔法で焼き尽くして終了だ。他のハーピーはレオの強さに恐れをなしたのか、恐慌状態で逃げて行った。


 ・・・のだが、見たこともない魔法が追尾していって、結局その場にいたハーピーは全て消し炭になった。

 さらに見たこともない魔法で、そのあたり一帯が清浄な空気で満たされていった。そう、「嫌な気配」が一掃された。


 サキュバスについては、普段は別にいたところでそんなに困るもんでもないが、どうやら前科持ちらしくかつ戦闘力というよりは逃げるための戦略戦術がすごくて誰も捕まえられないでいた個体だった。

 たしかに、中小とはいえ商会会頭が3人も腹上死させられたとあっては、一応捕まえた方が良い個体だろう。


 レオは街の外にでると、まるでどこにサキュバスがいるのかを分かっているかのように少し離れた森の中に分け入り、かなり年月が経った様子の小屋の前に立つ。

 すると徐に、小屋に対してなにかをし始めた。と、同時にミカエラがちょっとヤバいことになった。色っぽい声で腰をくねらせ始めたのだ。


 ヴィゴに後を任せてミカエラを街の近くまで連れ戻し、水をぶっかけると元に戻ったが・・・後にヴィゴに聞いたところによると、あの後、小屋の中からサキュバス、それも上位種っぽいのに手招きされたレオはそのまま小屋の中に入り、そして10分後に何かを袋に詰めて担いで出てきたらしい。

 その10分間、聞こえたのは全てサキュバスの息も絶え絶えな嬌声だけだったという。本来、人間の男は絞りつくされてポイ捨てされるのがオチだが、逆に徹頭徹尾攻め抜き腰砕けにして捕まえるとは・・・何ともはやである。


 ミカエラはそれを聞いて、「あんな子をベッドに連れ込んだら、次の朝私ベッドの中で冷たくなってしまうわ」と恐れ戦いていた。


 が、レオが割と頻繁に使う娼館に出入りしている人間からこっそり聞いたところでは、人間の女相手にはとにかく優しく紳士で、相手に負担を掛けない程度にとどめ、それでいてこれまで味わったことのない忘我の境地に達せられてしまう、という話だった。

 なんとなく身につまされてしまったドルフだった。


 サイレントバイパー、これは厄介だ。巣に近づかなければ滅多に危害は加えられないが、その巣が徐々に広がっていく。巣は見えないし、中にいるのは音を立てず、超高速移動する毒蛇だ。

 しかも巣の中に何匹いるかが分からず、気付いたら毒牙の餌食に掛かっていて命を落とす冒険者が後を絶たない。場合によっては毒牙だけを器用に足の裏に突き立てることさえあるのだから。


 この依頼も、既に冒険者パーティが1つ壊滅させられていた。レオはそのパーティの人間にまず話を聞きにいった。あれだけの実力を持つのだから、別に聞かなくても勝てそうなものだが・・・基本に忠実に、情報収集は確実に、といった姿勢はまさしく冒険者のあるべき姿だ。

 最後に頼りになるのは自分、そして自分の判断力なのだから、より正しい判断を行えるための情報はできるだけ確実にやるべきだ。


 そこで必要な情報を集めたレオは、しかしすぐには動かず、宿舎にこもって何かをしていた。

 ヴィゴがこっそり部屋を覗きに行ったら、ウインクされたらしいが。。。どうも、何かを作っていたらしい。


 2日後、実際のサイレントバイパーの巣に近づくとレオは作ってきた無数の道具?を広域の空間魔法を使い巣をすっぽり覆うように設置した。するとその道具がチカチカ点滅しだし、点滅が激しくなった地点からサイレントバイパーの頭が出てきてレオを狙う。

 スパッと頭を切っては頭も胴体も瞬時に「消える」。そんな光景が2~30分ほど続いた後に、一際激しい振動が起こり、これまでとは比べ物にならない大きさのサイレントバイパーが出てきた。


 「危ないっ」と思ったのも一瞬で、その自信満々で現れた巨大サイレントバイパーも即座に首と胴体に切り分けられ、「消えた」。

 あの大きさとなると、上位種のグランドバイパーと呼ばれる広域災害指定種のはずで、本来ならA級冒険者が対応する案件だが一瞬で解決してしまった。


 そのうえで、バイパーの巣を悪用する魔獣が出ないように水魔法で巣全体を水浸しにし、雷以上の電撃をしばらくの間掛け続け、中が沸騰状態以上の何かになっているときに、どこぞから持ってきた土砂を詰めて完成である。


 そして、つい先日みたグログロ。大型でフォレストグリズリーなどよりも遥かに強大、びっくりするくらいに素早く、どう猛な奴。

 この3人組で戦うとしたら、ヴィゴが注意を引き付けながら、ドルフとミカエラで魔法を効果的に使いながら、急所を重点的に、火力を集中してようやく倒せる相手。


 それが・・・レオの手に掛かると、特大の凶悪極まりないグログロが、気付いたら頭と胴体に分かれていて、そして「消えた」。

 驚くほかない。魔法が強いだけじゃない、剣の実力も猛者どころか隣国の剣聖と張り合えるんじゃなかろうか、と思えるほどのものだった。


 こいつはA級にとどまる器じゃねぇ。必ずS級まで上がる。

 その時、こいつの隣に居たらどんな景色が見られるんだ?それに、どうしたらこんなとんでもねぇ化け物が出来上がるんだ?

 こいつの傍でじっくりと見てみてぇ。そんなことをドルフは、ヴィゴは、ミカエラは思ったらしい。


 が、どこか遠い遠い国にはこんな言葉があるという。「好奇心は猫をも殺す」。この3人は自分たちの身に待ち構えているものをまだ知らない。



 ま、それはともかくとして、この3人は念願かなって(?)、レオとパーティを組み、そして、共に塩漬け依頼を熟していくことになった。最初の依頼は、忍蜂の討伐。クリちゃん・・・もとい、クリスが警告していた案件だ。


 クリスが言っていたように忍蜂というのは気配が読めないことで有名だ。そもそも人里に近い場所はあまり巣を作らないのだが、まれに人里近くにまでテリトリーを広げることがある。

 目で見ればそこにいることは分かるが、蜂特有のブーンという重低音が聞こえない。気付いたら毒針に刺されているか、あるいは強力な顎で身体の弱い部分を食いちぎられているか、とにかく厄介な魔獣である。


 依頼書に書いてある地点に行ったら、基本的には結界魔法を使ってまず身を守り、その後、全方位を警戒しながら少しずつ進んでいくしかない。

 後は目視確認が出来れば、殲滅効果の高い手段で攻撃を辺り一帯に降り注がせるのが一般的な対処方法だ。


 だが、忍蜂の場合、問題はそれだけではない。たいていの場合、近くにグランホーネットがいるのだ。

 何故かは解明されていないが、一部の学者は忍蜂はグランホーネットの眷属ではないかという見解を出している。


 このグランホーネット、とにかくでかい上に素早い。そして固い。そのでかい顎でサクッと騎士の金属鎧ごとブツ切りにされてしまう。

 全長は個体差はあるものの3~4サクスほどもある。普通の人であれば、体当たりを受けると衝撃で身体が潰れてしまうのだ。

 その羽音は重低音を奏で、近づいてこられるとランクの低い冒険者などは失神してしまったりする。それも仕方ない、倒せない者にとってグランホーネットは、見つかったが最後、人生の終わりだからだ。


 というわけで、これに当たるに無策でえいやっ、という訳にはいかない。そこで、レオと3人はギルドを出て、近場で旨い魚料理を出す店に入った。

 昼飯を食べつつ、今後の予定と計画について話し合うらしい。


「で、受けた依頼は忍蜂以外に何があるんだ?」

「北の山に住み着いたらしいワイバーンの討伐と、半島のセブ湾に現れたシーサーペントの討伐だよ」

「・・・お前さん、どれもこれもB級が5,6人は居ないとキツイやつじゃねぇか」

「お前じゃなくて、俺はレオナール。レオって呼んでくれ」

「分かった、で、レオ。なかなか無茶なことするやつだな。どれもこれも求められる能力が違う依頼だ」

「だからいいんじゃん。全部こなせば何でも出来るって証じゃないか。まぁ、これまでみたいに見ててくれてもいいけど?」

(・・・カッチーン)

「おいおいおい、どんだけツエーからって、B級をあんまり舐めてもらっちゃこまるぜ。俺たちもここまでやってきた意地ってもんがある。やってやろうじゃねーか」

「おー、いいねぇ。その意気だよ、その意気」


 早速、レオの安い挑発に乗ってしまい「やってやろうじゃねーか」などと言ってしまったドルフを、ヴィゴ、ミカエラが呆れた眼差しで見ている。ホントにお前が何とか出来るのかよ、と。


 その後4人で出てきた料理に舌鼓を打ちながら、出発は翌日、朝の8刻に海沿いの西門から出発することが決まり、大まかな作戦も決めた。ミカエラの結界魔法をベースにレオ、ドルフ、ヴィゴがそれぞれ最大火力を投射して戦うこととなった。


 食後はそれぞれ明日の準備を整えることとして解散した。ミカエラは魔力ポーションの確保、ドルフは治癒ポーションの確保、ヴィゴは手数を増やすために飛び道具を確保、レオは特に何もすることがないので娼館に行くらしい。


「レオ、よくそんなに金持ってんな」

「ん?まぁね。こう見えてそれなりに商売の才能があるのだよ、ドルフくん。フハハハハ」

「うっざ!大体こいつは7つも年下なのに全く俺たちに敬意っちゅーもんがないし・・・」


 ぶつぶつと呟くドルフを尻目に、ヴィゴが尋ねる。

「レオ、どこの宿に泊まってる?万一に備えたい」

「お?あー、俺が泊ってるのはハイセ・リーヴェルトだよ。そこの301号室だ。」

「「ハイセ・リーヴェルトぉぉぉ!!」」

「おまっ・・・なんでそんなに金持ってんだっ!?」


 ちなみにハイセ・リーヴェルトというのはこのプルゼニア王国でも随一の宿屋ブランドであり、王都を始めとして地方の公都と呼ばれる大都市に展開している高級宿屋だ。

 利用者は主に貴族か、政商なみの豪商くらい。間違ってもC級冒険者が気軽に泊まれるようなところではない。


「まぁ、金は別にどうでもよくてさ。気持ちよく入れる風呂が欲しかったんだよ。商業ギルドのお姉さんに、この街で最高の風呂に入れる宿屋を教えて、ってウィンクしたらハイセだって教えてくれたから」

「よくない!ハイセに一泊するのに幾ら掛かると思ってんのよ!」

「俺の泊ってる部屋は1泊2万ゼアだな」

「にっ、2万・・・。私の宿は食事付きで500ゼアなのに・・・」


 ミカエラが遠い目をしている。普段はあまり驚いた様子を見せないヴィゴも、さすがにこの金額には驚いたようだ。

 それはそうだろう。2万ゼアなど、庶民の家族が1ヶ月は暮らせる額だ。ちなみにこの国では1ゼアが銭貨、その後、一桁上がるごとに、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、白金貨、聖金貨と貨幣が切り替わる。

 庶民が金貨を目にすることは滅多にない。市中でそれなりに見るのは精々大銀貨までだろう。


「あんた、どこかのボンボンな訳?」

「・・・いや、俺は天涯孤独の身だよ」


 少し翳った顔でやれやれといった表情をするレオに、いまだ剣呑な表情のミカエラ。

「稼ぐ方法にも色々とあるのさ。俺は冒険者だけで食ってる訳じゃないからな」

「全く、そんなところに泊ってるならポーション代を一部でも払ってもらいたいもんだわ」

「おい、ミカエラ。それは違うだろ。俺たちはフリーだ。確かに何であんなお高い宿に泊まれるのかは気になるが、自分のもんは自分で揃える、それがフリーの人間の掟だ」

「わかってるわよ!・・・でもね、何か、何かこのおすまし顔を見てると腹が立つのよ!」

「まぁまぁ。・・・レオ、お前さんもあんまりハイセに泊まってるなんて大っぴらに言うもんじゃねぇぞ。中にはガラの悪い連中だっているんだ。狙われて剥かれるぞ。

 ・・・まぁ、お前を剥ける連中がいるのかどうかはしらんが」


 ちょっと話が危うい方向へと転びかけた段階で、ドルフが修正を掛ける。ミカエラの言う通り、そんないいところに泊まってるくらいなら一杯おごってくれよ、とも言いたくなるが・・・

 基本的に冒険者というものは自己責任なのだ。何をするのも。だから、他人がとやかく言う話ではない。レオがそれだけの収入がある、というのなら「ふーん」で終わる話なのだ。気にはなるが。


 どちらにせよ、今は仮とはいえパーティを組んでいる以上、初っ端から揉めるのもよろしくない。

 こそこそと付け回すように見てはいたが、そもそもレオの底が知れていない以上、実際に肩を並べて戦って、それで初めて分かり合えることもあるだろう。ここは素直に解散した方がいい、とドルフが間に入る。


「ま、解散だ。明日の朝な」

「はいよ、あーもう。あ゛~っ、もう私行くからっ!!」

「俺も行くわ」


 ミカエラ、ヴィゴが離れていく。十分に距離を取ったのを確認して、ドルフが聞く。

「で、どこの娼館に行くんだ?」

「ディディエンヌ」

「ディ・・・ディディエンヌ・・・。俺はまだ行ったことない・・・」

「いい子いっぱいいるよ。俺の紹介なら初回は安くなるから言ってくれれば連れてくぜ」

「お前ってやつは・・・こ、今度よろしく頼む・・・」


 先ほどのミカエラを注意した時とは別人のようなドルフに、思わず苦笑するレオであったが、「ほーい、任されましたよ~」などと言いながら、その足は既に娼館の立ち並ぶ地区へと歩を進めている。

 後ろ手に手をひらひらさせながら。俺、カッコ悪い・・・と少々落ち込みながらドルフもまた、明日のための準備に取り掛かろうと薬屋へと歩を進めるのであった。

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