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フィールド・レコード  作者: 渚咲 千桜
第1章
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プロローグ 『予兆』

空を見ていた。遠く計り知れないその未知と、自分の心を重ねてしまう。


柔らかい草の感触が、まるで魂に覆い被さるように心地よい静かな冷たさを肌に伝えていく。


抜け殻になった心を満たすように星々が流れていく。


ーーああ、世界って、こんな綺麗だったんだ


まっさらな世界の中、少年の叫びはどこまでも響く。


風が終わりを告げる時






少年は眠りについた。







--------------------------------------------------------------



「初日から遅刻とかマジかよ…」


 俺は今、焦っている。非常に焦っている。

義務教育の過程を終えてほっとしたのか、進学先の登校日まで忘れてのほほんと暮らしていた。


「さすがにもう出ないと間に合わないけど………めっちゃ汗臭いな、俺」


 それもそのはずだ、ほんの暇つぶしで見た映画に感化されて、昨晩は何時間も見えない敵と戦ってたんだから、もうほんと恥ずかしいくらい真面目に。


 おまけに疲れてそのまま風呂も入らず寝落ちてしまった。こんなんで高校デビューを飾りたくない。


 だが、急がないとマジでやばい。

数日前まで俺が主人公の学園青春ラブコメを妄想してた自分が馬鹿みたいだ。 


 高校生活初日に前の席の可愛い女の子に話しかけられて仲良くなり、その後なんやかんやで付き合ったり。

 

 登校中に無くし物を探している可愛い女の子の手助けをしてなんやかんやで付き合ったり。 


 同じクラスの可愛い女の子がたまたま最寄りの喫茶店の娘さんで仲良くなってなんやかんやで付き合ったり。


 うん、煩悩しかないな俺。っと、そんなことを考えてる間に風呂と着替えを済ませた。人ってば焦ってる時が1番行動が早いんだな、と改めて思う。まあシャワーの水圧を最大にしたままお湯を出したり制服のシャツのボタンを付け間違えたりしたけど…


「よっしゃ時間通りぃぃいいい!!!」


 たかが準備完了程度ではしゃいでしまうほど精神が追い詰められてたのかもしれない。驚くことに五分で風呂と着替えを済ませることができた。焦りだした瞬間に組み上げた登校までのチャートを着々と進んでいる。風呂と着替えは五分、そのまま家から出るまでに五分。うん、我ながら完璧な計画だ。


 え、朝食に歯磨きだって?そんなもんショートカットだ!…でもさすがに歯を磨かないのは気持ち悪いな。だけど時間が無い。


「ふっ、こんなこともあろうかと!!」


 自分の性格は自分が一番理解している。俺はいつもどことなく抜けている。そう、ドジなのだ。だからいつどんなことが起こっても対処できるように常に多様な可能性を考えている。そのうちの一つがこれ、時短歯磨き!

 

 まあ、名の通り歯磨きの時短なんだが効果はあまりない。やり方としては、歯磨き粉と少量の水を同時に口に含み、うがいの要領で口の中で泡立てる。それだけだ。

 

 口内細菌を擦り落として清潔にするのが目的ではなく、時短が目的だからこその方法である。当然普通の歯磨きより綺麗にはならないが寝起きの不快感は消える。とはいいつつも、なんか物足りないなーと思いながらうがいをした。間に合わなくなるよりはマシだと言い聞かせて玄関へ向かう。


「よし、行ってきます」


 当然のごとく家には誰もいないが形だけでもとただ一言。さて、多少髪が濡れてるけど…急ぐか!


 家の鍵を閉めてる余裕なんてない、今後の高校生活の方が大いに大事だ。と馬鹿げた幻想を貫きたいところだが、俺は要所要所で神経質でね。タイムロスになろうがなんだろうが、そういうところはきちんとしたい。


 扉が施錠されたことを確認し、自転車のハンドルに手をかける。時間が無いのでここでも時短技を使おう。自転車の車輪はペダルを回すことで回転することができるが、ペダルをこぐ場合、初動は決まって遅くなる。

 そりゃいくら小さな力で動くとはいえ、人間ひとりと乗り物1つ分の質量を動かすんだ。だが、1度動いてしまえば加速が味方になる。


要は最初から車輪の方を回してしまえばいいのである。


「うおおおおおおりゃあああああああ」


 ハンドルを握りながら数メートル走る、当然ながら地面に接している車輪は、軸を中心に規則的な回転を始め、その回転に摩擦が加わり前へ進むことが出来る。

 

 加速してる状態の乗り物に飛び乗りペダルをこぐ、完璧な時短だ。たった数秒の時短だけど助かるんだよなあ…。


 根性で足を動かし続ける、加速を止めないように。登校の規定時間に間に合えさえすれば髪型なんてどうでもいい、とその時は思っていた。


 自然のドライヤーで濡れた髪が根元から固定されていくのを感じながら時間を確認した。僅かに反射した自分の姿を見て、異常なまでに髪型が不自然になっていることに驚いた。いや、最初から気づいとけよそこは。と自分にツッコミたくなる。


 目を離したせいだろうか、つい寸前まで目に映る景色は全て灰色だったのだ。しかしある一点、刺激により世界は初めて鮮やかな色を見せ、こちらに微笑んだ。





 刺激ーーー







 刺激だ。


 


 焦りという感情は、いつだって人を急がせる。目の前に映ったのはただの色ではない。

 

 色と言うより、無だ。





 人が突然、なんの前触れもなく死に直面した時、不思議なことに脳を使わず物を考える。死を悟るのだ。



 そんな時に映る色というのは、もはや色と呼べるのだろうか。たとえ世界が色鮮やかに見えても、それが本来あるべき先としたら。


 色なんて無いのかもしれない。



 刺激。どこからともなく現れた、自分よりも明らかに質量を持った一台の車が、軌道を外してこちらへ向かってくる。当然ながら俺は今全速力だ、スマホに映った自分の姿に気を取られていながらも、速度を落とさなかった今の俺だ。


「どこから……っ!!!」


 視界に入ってから脳が認識するまで、それまでにかかる時間は普通であればごく短いものである。けれど、焦ることでその速度は落ちる。




 ーーー無意識下で思った、目の前にあるのは金属の塊。そして俺は自転車で走っている。


 スピードのあるもの同士が一直線上かつ逆方向にぶつかり合うとどうなるか。そう、進行方向とは逆向きに力が流れ、反発する。

 しかしこれは双方の質量、形状が同じという条件下のみで発生する。今ぶつかろうとしている相手の質量はこちらの何倍もある。あ、終わった。と瞬時に悟るのも無理はない。


 覚悟を決める余裕さえないまま、そのまま自転車は加速を続けていた





 間に合わない……!!!










「……っはぁ!!…はぁ…はぁ…あ…れ?」


 気がつくと、そこは俺の部屋だった。夢オチなんて1番つまらない。いやあったら困る展開だけど…


「そうだ、今何時だ!?」


 遅刻する夢を見た後だ、時間を真っ先に確認するのは当たり前である。間に合わない時間だったら…まあ、学校は休むよな。

 あんな酷い目に合うくらいなら行かなくていいやと、実際起こるかどうかもわからないのに恐怖に塗りつぶされた。安全第一、可能性としてあの夢が正夢かもしれないことを危惧してきちんと休む。正当にサボれるとか最高かよ! とふざけながらも恐る恐るスマホを手に取り時計を確認する。


「……前日じゃねぇかよぉおおおお!!!」


 さっきまでの焦った時間を返して欲しい、まあほとんど夢の中でだけど…それにしても、夢の中でもあんなに焦ることができる自分に正直引いた。


 けど、めっちゃリアルだったなあの夢。まあ生きてるしどうでもいいか、夢ならなんでもありだしな。と投げやり気味な結論をつけて、浜宮 結奇(はまみや ゆうき)は再び眠りについた。

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