ドングリの実
あの年も秋になる。丘の一番上にあるヨシアの家の前にある大きな楢の木の下には道を塞ぐかのように大量のドングリの実が落ちていた。
ヨシアも私もそのベレー帽を被った大きなドングリの実を夢中で拾った。拾ってクッキーの空き缶一杯にして大事に閉まっていても、いつの間にか紛れ込んだドングリ虫にすべて食べ尽くされ、腐れ、異臭を放ち、結局はただ捨てるだけなのだが、分かっていても、その可憐な愛くるしい実の姿は、集められずにはいられなかった。
ヨシアの家の庭には、お父さんが造ってくれた手作りの木のブランコや要らなくなったダンプのハンドルを取り付けたやはり手作りの木製のバスがあり、ヨシアはいつも得意気に運転手の真似をする。
ある時、ヨシアの家の中からふと二人で外の庭に目をやると、大きな熊が庭のブランコでいかにも遊んでいるように見える。実際はブランコの周りのドングリを食べにきたのだろう。
私はぎょっとして固唾をのんだか、それを過ち見るなりヨシアは急いで庭に駆け出していった。
「僕のブランコで勝手に遊ぶな」とさけびながら。「あっ」と叫びながらヨシアのお母さんに知らせにいき、二人で急いで庭に駆け寄ると、そこには信じられない光景が見えた。
熊はヨシアの前で、まるで怒られている飼い犬のように地面にへたりこみ、上目使いでヨシアを見上げてる。
ヨシアはまったく許す気配もなく、小さな手で殴りかかろうとしていた。
ヨシアのお母さんは鍋の底をしゃもじでガンガンと叩いて追い払おうと大きな音をたてると、それに気づいた熊は、一目散に裏の崖をよじ登り山の草むらへと逃げていった。
今でも、あのままお母さんご追い払わなかったら、どうなっていたんだろうと思い返すことがある。
熊はヨシアの前にひれ伏したのか、逆に襲いかかってヨシアは大怪我をしていたのか、どちらかであろう。
「ヨシア、怖くなかった」と尋ねると、ヨシアは「せっかく、お仕置きしてやろうと思ったのに、逃げられてしまった」とお母さんの文句を言い出した。
ヨシアのお母さんも、それに対して、お父さんと同じように、何も言わずに、ただ、静かに笑っているのだった。