第一夜「色鮮やかな迷いの森」
―22時―
最近夜が嫌いだ。
厳密にいえば寝ることが。
睡眠自体は嫌いではないが問題は寝ている時だ。
前まではほとんど見ることのなかった夢を見る。
しかも最悪な悪夢を。
それでも人間というものは寝なければ生きていけない。
つまり私は毎日のように悪夢を見なければ生きていけない。
ただの何かに追われるだけのような悪夢ならまだいいが、私の見る悪夢は必ず最後には私は死ぬ。
それも残酷な死に方で。
おまけに夢の中だというのに感覚もリアルだ。
私は神か何かに嫌われて嫌がらせでも受けているのだろうか?
毎日毎日殺される。
そんな生活を受けなければならないほどのことを私はしただろうか。
私には身に覚えがない。
誰かのイタズラなら今すぐにでもやめてほしい。
正直迷惑だ。
でもそんな声は誰にも届かない。
口に出すだけ無駄だ。
ここまで考えるともうどうでもよくなってきた。
結局私は何もできない。
ただ今日も眠りに落ちて「悪夢の国」を旅すること以外は。
―0時―
目が覚める。
といってもここは現実ではない。
夢の中だ
これが普通の夢であればどれだけよかったか。
とりあえず体を起こす。
周りは特に何もない。
目印一つない森の中にいる。
話し相手ぐらいは欲しいが。
「貴女ならいらないわ。」
「いきなりひどいことを言うねキミは。」
「貴女と話していると調子が狂うのよ、チェシャ猫。」
目の前の猫にそう言い放つ。
「少しくらいかわいがってくれてもいいだろうに。ボクは猫だよ?」
「お喋りもしなくて人間の姿にもならないただの猫だったら頭くらいは撫でてあげたわ。」
「それはボクだけじゃなくてこの『不思議の国』の否定になるけどね。」
「私が話に聞いた不思議の国はもう少し楽しそうだったけどね。」
「ここも十分楽しいと思うけどね。」
「どちらにせよ私は不思議の国なんかに興味はないわ。とっとと元の生活に戻してくれるかしら?」
「それはボクができることじゃない。」
猫が人間の姿に変わる。
「主のもとに案内してあげよう。ボクについてきて。」
こいつの言うことは信用ならないが情報量が少ない今彼女についていく以外の選択肢はない。
そう思い足を一歩踏み出すと。
「あぁそう、言い忘れてたけど。」
彼女が話始めた瞬間地面が抜け落ちる。
「足元には気を付けてね。」
穴へ落ちる。
「もう遅かったか。」
上でにやけているチェシャ猫が見える。
「クソ猫が。」
そう捨て台詞を残して私は底の見えない穴へ姿を消した。
―2時―
長い自由落下の時間を終えて地面へたどり着く。
落ちた衝撃で体が痛い。
それでもケガをするほどではなかった。
一度落ち着いてからあたりを確認する。
あたり一面はまた森だ。
さっきと違うところといえば霧が濃いことと木が色とりどりであることぐらいだろうか。
特にそれ以外は変わったところはない。
ただそれが一番厄介である。
本当に何もないとなるとこれから私に起こることが何も思い当たらない。
とりあえずここから出たい。
どっちが出口かなんてわからないが歩くしかない。
まぁこんなもの歩いたからと言って解決するはずもないだろうが。
当てはないが歩き始める。
周りの様子を見ているとほんとに様々な色の木がある。
というより少しづつ色が変わっているようにも見える。
「これじゃ自分がどこにいてどこを通ったかもわからなくなりそうね。」
何か目印ににしたいが私は何も持っていないし周りに目印にできそうなものもない。
「まったくあの猫も面倒なところに落としてくれたわね。」
幸い獣だとか魔物のような類はいなさそうだ。
これなら痛い思いをしながら死ぬことはないだろうか。
ここから出られないならそんなことも関係ないのだが。
―4時―
あれからずっと歩き続けた。
その結果は落ちてきた時と何も変わらない。
「ここは何もないんじゃないのね。」
そうここは何もないんじゃない。
これしかないのだ。
「まぁ予想通りよ。」
生き物すらいない時点で分かっていた。
ここには色とりどりの木しかない。
出口なんてどこにもないのだ。
「あの猫の主も物好きね。こんな何もない場所で私が死ぬのを見たいだなんて。」
既に時間の感覚もないせいで私がどれだけ長く歩いたかもわからない。
何時間なのか何日なのかさえ。
お腹がすいた。
でもここに食べ物なんてない。
だんだん体に力が入らなくなってきた。
ふらふらする。
眩暈もしてきた。
足の力が急に抜けその場に倒れた。
「何が不思議の国よ。こんな場所最悪の結果にしかならない『悪夢の国』じゃない。」
血も出ないし痛い思いもすることがないというのは残酷な死を迎えないと思っていた。
でもそれは違うみたいだ。
たとえケガをしなかったとしても最初から希望もないような場所に放り投げられそのまま放置される。
そして最後には自分の欲求を満たすこともできずに死んでゆく。
こんな死に方は十分残酷だといえるだろう。
たくさんの色に彩られた森の中。
血を流すこともなく私の意識は途絶えた。
―6時―
目が覚める。
窓から入り込む日差しがまぶしい。
約八時間の睡眠を経てようやく悪夢の終わりだ。
結局今日も死んだ。
まぁいつものことだが。
忘れないうちに日記につけておこう。
「今日はチェシャ猫にハメられた挙句『色鮮やかなの迷いの森』で何をすることもできずに餓死した、と。」
それにしても餓死というのは苦しいものだった。
普段食事をとれていることに感謝したくなるほどに。
お母様とお父様の資産のおかげで食材が手に入り、メイドのシルヴィアのおかげでおいしい料理が食べれる。
これが日常であることが本当にありがたい。
朝食の時間まではまだ少し遠い。
だがあんな悪夢のせいで少しお腹がすいた。
シルヴィアのところに行って朝食を早めてもらえるように頼もうか。
部屋を後にして彼女のもとへ向かう。
また変わらない一日の始まりだ。
―Good morning dear Alice.
See you next Dream.―