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ストレインシティ・ロックンロール  作者: 水茄子
街の中の飽きない面々
9/19

『9月25日午後1時 イースタンポート、武器商人ダブの店 PartⅠ』

 一般的に港湾と言えば、カモメの鳴き声や波の音といった、海特有のものをイメージするだろう。より想像しやすい風景は、大海原を背にしてタンカーやコンテナ船といった船舶が停泊しているものだ。しかしインサニオ最大にして、世界屈指の巨大港湾地帯であるイースタンポートは違った。

 昼夜問わず巨大クレーンが大型貨物船からコンテナを降ろし、フォークリフトや各種重機、車両があくせくと働いている。故にカモメの鳴き声や波の音といった自然は、文明が発する多種多様で圧倒的な騒音によって掻き消され、停泊している数多くの船舶によって埠頭から大海原はほとんど見えなかった。このインサニオにおける海の玄関口に残っている自然といえば、僅かに香る潮風と昼の日差しくらいだ。


 そんなイースタンポートの一角に、武器商人ダブの店はある。姫梨奈が店の入口に備え付けられているインターホンを鳴らし、幸平はそんな姫梨奈に背を向け、周囲を警戒していた。

「これで五回目、っと……。まぁ、当たり前だけど出てこないね。どうする、幸平?」

「ったく、テメェはいちいちヌルすぎんだよ。見てみろ、店の表だけで四ヵ所も監視カメラを置いてやがる。そんなヤツがインターホン鳴らして、ようこそなんて言ってくれるかよ」

 ダブの店は一見すると単なる港湾事務所の様な、これといって特徴の無い外観をしている。しかし、よく見ればこの建物は簡易的にではあるものの、要塞化されていた。


 窓の数が少なく、その窓にも鉄格子がはめられている。おまけに昼間だというのにカーテンは完全に閉め切られており、中の様子はまるで分からない。金属製の扉は弾丸を貫通させないため、内部にチタンの板を埋め込んでいそうだ。壁は全てコンクリートで作られており、まるで大戦中のトーチカである。

「仁衛の兄貴、店の周りはあらかた囲み終えました。後、姫梨奈の姐さんが作ったおにぎり、すっげぇ美味しかったっす」

 そんな時、豊島一家の若衆、その内の一人が自身の両膝に両手を置き、姫梨奈と幸平へ向かって深々と頭を下げた。

「よし、俺と姫梨奈が中に入る。お前らは、ケリがつくまで誰も中に入れんじゃねぇぞ。姫梨奈のおにぎり分、見張りと後始末できっちり働け」

「いいの、いいの。私のおにぎりで良ければまた作ってあげるから。今日は結構忙しくて、若衆のみんなはお昼も食べてなかったでしょ。くれぐれも、怪我だけはしないようにね」


 姫梨奈と幸平は誰が見ても月と太陽、黒と白の様に真反対な人間である。

 仁衛幸平と言えば豊島一家の内外問わず、喧嘩好きの単細胞として有名だった。今回でも幸平は部下の若衆に対して、ぶっきらぼうに指示を送るだけだ。対する姫梨奈はこの仕事についてきた、五人ほどの若衆に手作りのおにぎりを配り、その味を褒められると照れくさそうにはにかんでいる。常日頃から楽しそうに笑い、一家の母親役だと言われるほど、常に人のことを気にかけていた。

 こんな気立ても良い美人が、何故幸平の傍でいつもにこにこ笑っているのか。これは新参者の若衆たちの間で、インサニオ最大の謎とまで言われていた。

「うっす、姐さん! それじゃ、自分は持ち場に戻ります!」

 はきはきとした声で姫梨奈に礼を述べ、若衆は駆け足で持ち場に戻っていった。


「あのヤロー。おにぎり食っときながら、死んだりしやがったら承知しねぇぞ。死体のハラワタかっ捌いて、おにぎりだけ取り出してやっからな」

「はいはい、ちゃんと幸平にもあげたでしょ? ホントに、食い意地と喧嘩だけは一人前以上なんだから」

 そう言って苦笑いする姫梨奈をよそに、幸平は上着のポケットからあるものを取り出した。

「美味い飯を作るのが悪い。――よし、こんな仕事は手早く終わらせて、姫梨奈の夕飯に期待すっか。じゃ、早速越後が作ったコイツで、このクソ扉をブチ開けてやる」

 それは、錠前を焼き切る為のテルミット爆薬だった。幸平は灰皿くらいに小型化された爆薬の容器を、扉の電子錠に取り付ける。そして素早くボタンを押して、扉からサッと距離をとった。

 次の瞬間、激しい勢いで火花が飛び散り始め、高熱で金属を焼き切る音が辺りに響く。

「流石は越後! けど幸平、これの原理とか知ってるの?」

「さぁな! アルミニウム粉がどうのこうのとは言ってたが、さっぱり分かんねぇよ!」

 そして、幸平たちがそう言っている間に、扉の電子錠は完全に焼き切れ、その部分にはぽっかりと穴が空いていた。


 焼き切れたことを確認した幸平は、扉の前に立つや否や、勢いよく扉を蹴り飛ばす。大きな音をたてて扉が開き、幸平と姫梨奈はそのまま中へと入った。

 店内のスペースを占めている割合は、工房と陳列棚が半々といった具合である。雑多な工具が並べられた作業台と思しきテーブルには、分解された拳銃が置かれていた。壁には短機関銃サブマシンガン散弾銃ショットガンが立て掛けられている。恐らく、この店の商品だろう。


 そんな店の中で、幸平たちとダブが対峙した。もちろん、ダブの方も単独ではなく、屈強な用心棒を二人つき従えている。しかし、用心棒など目もくれず、幸平はダブに向かって鋭い眼光を向けた。

「テメェか。ウチを標的マトにした露助共に、ハジキを流したダブってヤツは。そこら辺のこと、じっくりと聞かせてもらうぜ」

 大柄な黒人男性であるダブは、盾をせり出すように用心棒二人を前へとやりながら虚勢を張る。その額には、冷や汗が流れていた。

「へ、へっ。顧客の情報は流せないな。お前ら二人には、ここで死んでもらう。……おい、銃は使うなよ。この中は危険物が一杯だからな」

 幸平と姫梨奈、それぞれの前に用心棒が立ち塞がる。姫梨奈も幸平も、その用心棒に比べれば細い体格をしていると言わざるを得ない体格差であった。

「幸平、ちょっと競争しよっか。勝った方が、負けた方の言うことをひとつ、可能な範囲で聞くってことで」

「いいぜ。まぁ、俺に滅茶苦茶有利な賭けだけどな」

 だが、そんなことなど幸平たちには眼中にない。幸平は指の骨を鳴らし、姫梨奈は足の屈伸運動を行っている。


 二人にとって、この程度は遊び同然であった。


 用心棒が、ほぼ同時に幸平と姫梨奈へ詰め寄る。恐らく、体格差を活かして組み伏せよう、という算段だったのだろう。その判断はおおよそ正しい。体格で劣る人間が一度組み伏せられると、抜け出すことは非常に困難だ。

 もっとも、それは組み付くことが出来た場合である。

 用心棒が組み付ける間合に入ろうとした瞬間、姫梨奈が動いた。まず腰を落とし、身体を用心棒から見て横に向ける。そこから一旦蹴り足である右足を引きつけ、軸足の左足を軽く曲げた。

 そして、そこから用心棒の腹部に向けて、中段横蹴りを思いきり放ったのだ。用心棒の鳩尾へ一直線に、まるで槍の様に打たれた姫梨奈の鋭い一撃は見事に命中。用心棒はその巨躯をくの字に折り曲げて、悶え始める。その後頭部に姫梨奈の無慈悲な右踵落しが放たれ、用心棒はコンクリートの床でしばらく眠ることとなった。

 それとほぼ同じタイミングで、幸平の方に向かっていった用心棒も倒れ伏す。幸平の方は組み付いてくる用心棒を寸前で回避し、首の裏へ右肘打ちを一回。そして倒れた相手を、念のために気道を圧迫して絞め落としている。所謂、手慣れた暴力であった。



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