1-42 名を持たざる森と、王都モルングレー。
宜しくお願いします。
―― 王国中央街道ルート4
名を持たざる森 手前
―― 6月8日 16:00
ブオミル侯爵領ロイの北門の出入管理所で、中央騎士団第3師団の出領手続きに便乗した俺は、マルアスピー様とパフさん、第3師団の団長ジェルマン・パマリ子爵様、ジェルマン子爵様の妻で第3師団遊撃部隊隊長マリア・パマリさん、2人の一人娘で遊撃部隊見習いアリス・パマリさん。騎士として第3師団の遊撃部隊に再入団したリック・マケインさん。竜討伐から帰還した第3師団の騎士7人とジェルマン団長の警護の為にコルトに同行していた騎士6人。ブオミル侯爵領ロイ貴族領軍私兵隊領主館警備隊呪詛対策室前室長で125歳の解呪士モニカさんとモニカさんの来孫のルナさん、そして3人の御者と召使2人。総勢27名で、王都モルングレーへ向けロイを発った。
第3師団の隊列は、隊の前後に騎兵2名。二頭立ての馬車3車両。先頭車両には騎士リックと騎士5人。二車両目にはジェルマン団長と騎士2人とモニカさんルナさん。三車両目にはマリア遊撃部隊隊長とアリスさんと騎士2人と召使2人。俺は、第3師団の四車両目として、聖馬獣のエリウスさんが引く俺拘りの輓獣車にマルアスピーとパフさんと乗り込み同行していた。
王都への道則を通常の行軍より速い速度で順調に進めていた俺達は、王国中央街道ルート4唯一の難所『名を持たざる森』の手前で行軍を止めた。
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「ロイク君。モニカさんの移動なんだが、ルナさんが同行する事になった様だがどうする?」
「ルナさんには事情を伝えるしか無いかと・・・」
「分かった。それでは、2人をロイク君の馬車に呼ぶとしよう」
ジェルマン・パマリ子爵様は、キャビンの外に顔を出すと、隊の警護に当たっている騎士に命令した。
「おい。解呪士モニカと来孫ルナを名誉団長殿の馬車までお連れしろ」
「はぁっ!」
「我々は、夜になる前に中央騎士団事務所に帰還の報告を済ませたいと思っている。王都の入出管理の手前で待機しロイク君達と合流予定だが、遅くならない様に頼むよ」
「大丈夫ですよ。出発前に渡したタイムカウンターが、23:00:00になったら、キャビンに移動し待機します」
「魔導具が23:00:00だね。横陽と縦陽を無視して待ち合わせが正確に行えるのは素晴らしいねぇ~」
≪コンコン
キャビンのドアをノックする音だ。
「ロイク名誉団長殿。ジェルマン団長。解呪士モニカ殿とその来孫ルナ殿をお連れしました」
「来た様だね。それでは、私は馬車に戻るとしよう。ロイク君達が不在の間だが、この馬車には誰も乗り込まなくて本当に良いのかね?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「アリスには、同行する様に声を掛けておく。直ぐにこっちに来るだろうから、宜しく頼むよ」
「分かりました」
≪ガチャ
ジェルマン・パマリ子爵様は、キャビンのドアを開けると下車した。入れ替わりでモニカさんとルナさんが乗車する。
「子爵様。王国の中央騎士団の馬車に乗せていただき、ありがとうございました」
「いえいえ、それではまた後程。ロイク君、頼んだよ」
「はい」
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――― 王都モルングレー
ステファン・パマリ侯爵王都邸
――― 6月8日 16:30
俺は、今日のこれからの動きについてルナさんに説明した。そして、ロイのモニカ邸から王都のジェルマン・パマリ子爵本邸へ、事前に移動させたモニカさんの父ピーターさんと母ビアンカさんと、ジェルマン・パマリ子爵本邸で合流した。半信半疑だったルナさんも転位移動を体験し、実際は【転位召喚】だが、現実を理解し納得してくれた様だった。
王都のジェルマン子爵邸に、モニカさん、ポーラさん、ビアンカさん、ルナさんを残し、俺は、マルアスピーとパフさんとアリスさんと4人で、王都モルングレーの3公5侯地区にあるパマリ侯爵邸の外壁の門の前へ神授スキル【フリーパス】で移動した。
ステファン・パマリ侯爵様の孫娘アリスさんが同行し、更に連絡鳩で事前に連絡を入れていた事もあり屋敷の門兵は直ぐに俺達を通してくれた。マルアスピーとパフさんはグランドピアノが2台置かれた赤い絨毯が床一面に敷かれた広いゲストルームでお茶とお菓子の御持て成しを受けご満悦だ。俺は、アリスさんと2人、ステファン・パマリ侯爵様が待つ書斎へと通された。
「下がっていなさい」
「ステファン様。マジョルドムムナールの私もでしょうか?」
「そうだ。孫娘のアリスと、英雄ロイク殿と3人で話がしたい」
「畏まりました」
マジョルドムムナールの50代位の男性は、左胸の上にそっと右手を当てると軽く会釈をし書斎のドアへと歩き出す。
「私は、廊下で待機しております。何なりとお申し付けくださいませ。失礼致します」
≪ガチャ
マジョルドムムナールは、書斎のドアを開ける前に丁寧に一礼してから、部屋を後にした。
「ロイク様。どうかなさいましたか?」
「御屋敷に入った時から感じていたんですが、品が1段違うなって感心しちゃって・・・」
俺は、屋敷で働く人達の洗練された所作を見て素直に凄いと感じていた。
「御爺様の御屋敷は常にこんな感じですよ」
「ゼルフォーラ王国が世界に誇る3公5侯の一角。前時代の王都コルトの領主家パマリ侯爵家・・・ジェルマン様は子爵様ですが、改めてパマリ家の皆さんは雲の上の存在なんだと実感しています」
「ロイク様は、稀代の英雄様であり、そしてロイク様の御父様もまた英雄様です。私から見たら英雄の名を二代続けて歴史に刻むシャレット家の方こそ雲の上の存在ですよ」
「左様。アリスの言う通りですぞ。英雄殿」
俺とアリスさんの会話に、書斎の机の椅子に腰掛けたステファン・パマリ侯爵様が、ゆっくりとした口調で入って来た。
「我が領内の事。男爵領での事。第3師団の事。ブオミル家の御家騒動。そしてソルの民と解呪士達の呪い。稀代の英雄と一言で称して良いものなのか実に悩ましい・・・。その若さで、戦功武勲の凄まじさ、民への慈悲慈愛。王国への忠義忠誠の精神。どれをとっても本当に素晴らしい事ですぞ」
「偶然が重なって、こうなってしまっただけで・・・」
「謙遜は時に非難と中傷の的になってしまう。まだ自身が遣りのけた事に実感が伴っていないのだろうが、気を付けた方が良いぞ。私にとっては美徳に映るその謙遜も、他の者にはどの様に映ってしまうか分からんからな」
「・・・肝に銘じます」
「話が説教染みてしまった。我が領内での活躍に対し、領主として礼も言わぬうちから失礼した」
「湿地帯に大量集結した魔獣を殲滅しただけですから気にしないでください」
「私兵隊の全滅は時間の問題だったと報告書にありました。セイズマンからの報告は相変わらず要領を得ないが、ジェルマンの報告。私兵隊隊長アームストロングからの報告を読み。英雄殿がもしあの場に居なかったらと冷や汗ものでした。我が領地領民を救って貰い心から感謝する」
ステファン・パマリ侯爵様は頭を下げた。
「頭を上げてください。侯爵様にそんな事されたら、俺どうして良いか分からないです」
「ハッハッハッハッハ。ジェルマンの手紙に書いてあった通りの青年の様だね」
「手紙ですか?」
「ジェルマンが珍しく私に私的な手紙を送って来たかと思えば、王宮内での根回しをしてくれと書いてあってな・・・」
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ジェルマン・パマリ子爵様は、国王陛下に俺が謁見した後、そのまま御前で呪い解呪を行う為の根回しを、ステファン・パマリ侯爵様に依頼していた。英雄の誕生事態が久々の事で、陛下も王国の重臣達も、その英雄が行う解呪の場を是非とも見たいと乗り気だったらしく殊の外簡単に整える事が出来たそうだ。
マーガレット辺境伯爵家は、御前での解呪の話が王宮から届くと、二つ返事でヴィオラ・マーガレット辺境伯爵夫人と辺境伯爵の長女パオラ・マーガレットさん、長男ナント・マーガレットさんの出席を快諾。当日は国境防衛の任務を部下に任せ、レイナルド・マーガレット辺境伯爵自ら一族を連れ出席するとの事だ。
また、事前に調べ把握しておいた。解呪返しの呪詛の呪いによって石化した解呪士の石像の数が71体である事も報告した。
そして、話題をジリアン・パマリさんとステラさんに移す前に、パマリ家への贈物を渡す事にした俺は、タブレットから【剛健の腕輪】と【永寿の外套】を取り出した。急に宙から道具を出現させた俺に驚いたのかステファン・パマリ侯爵様は、少し早い口調で話掛けて来た。
「カバンや袋も使わずに・・・そ、それはファルダガパオなのかね?」
「の様な物で、俺の神授スキルの1つです」
「宙から物を出す能力とはまた凄いのぉ~・・・」
「御爺様。ロイク様は他にも凄い能力を沢山お持ちなのですよ。私も初めて見た時には本当に驚きました。今も驚く事ばかりで慣れません」
「そうかそうか」
ステファン・パマリ侯爵様は、優しく微笑みながら何かに納得するそんな表情で、アリスさんの話を聞いては相槌を打っていた。
「あの時、宙に御父様も御母様も私も浮いていたのですよ。信じられますか?」
「宙にか!いやいや凄いのぉ~」
「空が夜でしたのに昼間の様な明るさで眩しく光輝くと同時に、湿地の魔獣が一瞬で全滅したのです。ロイク様は本当に凄いんです」
「そうかそうか。それで、アリス。その英雄殿と話をしたいのだが、少し良いかな?」
「あっ!私ったら・・・1人で何を・・・」
「ハッハッハッハ。良い良い。弓だ魔物だ騎士道だとそればかりだったお前が英雄殿の話を楽しそうに話す姿を見て安心した。ハッハッハッハッハ」
「御爺様。バイル様も英雄様ですからね・・・一風変わった凄まじい存在感の方でした・・・」
「アリスは憧れのバイル殿についに会ったという訳か」
「はい、先日、御母様とバイル様と3人で大樹の森で森熊を仕留めました」
「そうかそうか。幼い頃より憧れておったバイル殿に会ったか・・・憧れのバイル殿とでは、稀代の英雄殿も物足り無いだろう?」
「そ、そんな決してありません。私はロイク様の方が・・・・・・バ、バイル様は一風変わった方でしたが・・・・・・ロイク様は・・・」
「ハッハッハッハ」
俺は、2人の会話を聞きながら、魔導具を渡すタイミングを伺っていた。そんな俺にアリスさんは話を無茶振りする。
「ロ、ロイク様。バ・・・バ、バイル様の話をお願いします」
「え?今、親父の話ですか?・・・」
「・・・」
アリスさんは口籠る。
「ハッハッハッハ。英雄殿よ」
「は、はい」
「アリスは、両親に似たのだろう。武芸に秀でなかなか勇ましいところがある。だが、心根は優しく素直で良い子じゃ。今後とも孫娘を宜しく頼むぞ」
「勿論です。ジェルマン子爵様にもマリアさんにもアリスさんにもお世話に成りっ放しで、親父の代からお世話に成りっ放しみたいなので、寧ろ申し訳なく思う位でして・・・」
「ハッハッハッハッハ。そうかそうか、似た者同士だったかっ!」
「親父とですか?・・・まぁ~親子ですからね・・・性格は全く似て無いと思いますが・・・どうなんでしょうか・・・」
「うんうん。若い若い」
「はぁ~・・・」
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長い会話の後、【剛健の腕輪】と【永寿の外套】を無事、ステファン・パマリ侯爵様に受け取っていただいた俺は、やっと本日の本題を切り出す事が出来た。因みに、【剛健の腕輪】と【永寿の外套】の効果は......
***【剛健の腕輪】【永寿の外套】***
≪効果≫
状態異常【即死】【毒】【睡】【麻痺】回避
魔術攻撃レベル5以下無効
特化攻撃レベル5以下無効
地・水・火・風・邪・闇属性耐性80%UP
邪・闇属性魔獣に対し不可視
リュニックファタリテ
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......2つ同時に装備する必要はあるがとても優れた武具だ。
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「ジリアン大叔父殿とステラ殿の名を、英雄殿から聞くとは思わなんだ。曾祖父の弟にあたる方で会った事は無いが、祖父より度々話を聞かされた物だ」
ステファン・パマリ侯爵様の話では、当時王国中で疫病が発生。特に深刻だったロイとサンガスは沢山の住民達を隔離し何とか疫病の封じ込めに成功。ブオミル侯爵領ロイにあるスージー夫人の実家へ帰省中だったジリアン・パマリさんと娘ステラさんは、ロイの貴族領軍私兵隊に疫病の疑いをかけられ身柄を拘束された。ブオミル侯爵家とパマリ侯爵家の関係は拗れるだけ拗れ険悪な物になった。
王国内で疫病が治まると、解放されたジリアン・パマリさんはパマリ侯爵領コルトに帰還したが、妻スージーさんと娘ステラさんは隔離された地で疫病の為亡くなっていた。ジリアン・パマリさんは失意の中で衰弱し帰還した半年後に亡くなった。その後、パマリ侯爵家とブオミル侯爵家は和解し関係は改善された。
「そのステラさんなんですが、84歳まで存命だった様です」
「ジリアン大叔父殿が、それを知っていたらと思うと・・・」
「はい。ですが、その場合、パマリ侯爵家とブオミル侯爵家の関係改善はもう少し遅れたかもしれないです」
「そう思うかね?」
「疫病は、呪いの拡散を防ぐ為にでっち上げられた根も葉も無い話だった事が分かっています。当時のブオミル侯爵家とソルの民が何故ステラさんを生かしたのかわ分かりませんが、生きている事を知ったジリアン・パマリさんが、パマリ侯爵家としてステラさんを解放する様に要求したとして、真実が明るみになっては困るブオミル侯爵領側が応じたとは思えないからです」
「私も同感だ。或いは、両家で調整され、この話はもっと歴史の闇の中に隠蔽される事になったかだ」
「コルトのパマリ侯爵邸に、石化した解呪士が3体飾られていたのには驚きましたが、ステラさんを出産したスージーさんはソルの呪いを発症。当時のパマリ侯爵家でも解呪を試したのかもしれません」
「当時の状況を知っているのは石化した解呪士達という事か・・・モルングレーとロイとコルトとガダムとジェリスに石化した解呪士達は散っていたのだったかな?」
「はい。今は俺のファルダガパオの中に保管してあります」
「石像だと思い飾っておった者は驚いたであろうな。石像が消えたのだからな。ハッハッハッハ」
「国王陛下の御前で解呪するのは昼だとお聞きしたので、真昼間に各地から謁見の間へ石像を移動させたら、もっと騒動かなと思いまして・・・それで夜のうちに回収したのですが・・・」
「そこは、気にする事はない。人を助ける行為が避難される筋合いは無いからの」
「はい」
「さて、我々も茶と菓子の時間にするかの」
「御爺様。ゲストルームへ移動するのでしたら、シャレット夫人と使用人のパフさんを紹介しますわ」
「おぉ~ジェルマンの手紙にあった絶世の美女殿を紹介して貰えるとは嬉しいのぉ~」
ステファン・パマリ侯爵様は、立ち上がると武具【剛健の腕輪】と【永寿の外套】を手に取り、俺達が座る客人用のソファーへ移動した。
「マジョルドムはおるか?」
「はい」
書斎のドアの向こうから返事が聞こえる。
「ゲストルームへ移動する」
「かしこまりました」
≪ガチャ
ドアが開き、マジョルドムムナールが書斎に入って来た。
「ステファン様。お手元の武具は、英雄様からパマリ侯爵家への贈物でしょうか?」
「私へ個人的な贈物だ」
「御持ち致します」
「ふむ。私の部屋に置いておいてくれ」
ステファン・パマリ侯爵様は、剛健の腕輪と永寿の外套をマジョルドムムナールに手渡した。受け取ったマジョルドムムナールは、泡を口から吹き出し身体を痙攣させながらその場に倒れた・・・
「マジョルドムどうしたのだ?」
「ステファン・パマリ侯爵様・・・」
「どうしたのかね?」
「言い忘れていました。リュニックファタリテなのは説明しましたよね?」
「ふむ」
「盗難防止で、ステファン・パマリ侯爵様以外の者が、その武具に触れると、【毒】【麻痺】【気絶】するんです・・・」
「なるほど。それで、その盗難防止の効果はどの位で解けるのかな?」
「えっとですね。毒だけは解毒しないとダメですが、麻痺と気絶は夜になる前には解けるかと・・・」
「ふんっ!ハッハッハッハ。こやつは忙しい奴でな。たまには休ませてやるかの」
ステファン・パマリ侯爵様は、書斎の机の横へ戻ると机の上に置かれた鈴を手に取りそして鳴らした。
≪リンリン リンリン
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暫くすると、召使の女性が1人。部屋へ入って来た。
「旦那様。お待たせ致しました・・・きゃっ!えっ?シーザー様!」
「日頃の疲れが出たのだろう。突然倒れてのぉ~マジョルドムムナールを、ベッドで休ませてあげなさい」
「は、はい・・・直ぐ保健部の物を旦那様の書斎へ回します」
「私達は、ゲストルームに居る。それと、治療は要らないベッドで寝かせてあげなさい」
「泡を吹いて御倒れになったようですが、治療は必要ありませんか?」
「ここに居る英雄殿が治癒魔術で治療は既にしたのだよ」
「英雄様がですか・・・」
召使の女性は一瞬だけ俺を見たが直ぐにマジョルドムムナールに視線を戻した。
「かしこまりました。男性の使用人地区になりますので、男の召使を呼び運ばせます」
「そうしてくれ」
召使の女性は、俺達を残し足早に書斎を後にした。
「毒状態なので、解毒ついでに、治癒と回復をマジョルドムムナールさんに施しておきます」
「ハッハッハッハ。きっと倒れた事を逆に感謝するだろうな。何故倒れたのか本人にはさっぱりだろうがね。ハッハッハッハ」
「御爺様ったら」
魔術だと思わせないといけないから詠唱の真似事はしておくか・・・
「【ベネディクシヨン】レベル3・【ベネディクシヨン】レベル1 ≫」
俺は、マジョルドムムナールに右手を翳す。
【ベネディクシヨン】魔法☆1☆1 発動 ≫ たぶん、俺の場合はこの魔法は1回で良いかな・・・
俺の右手が薄っすらと微かに白色の光に覆われる。それと同時にマジョルドムムナールの身体が神々しい白色と黄金色の光を瞬き程の短さで2回発した。
「気絶と麻痺だけは、本人の耐性次第なので、俺に出来るのはここまでです」
「・・・なるほどなぁ~」
「御爺様。私の話た通り、本当に凄いでしょう」
ステファン・パマリ侯爵様は頷いていた。
「どうしたんですか?」
「聖属性の魔晶石による回復治癒に似てはいるが、聖属性を属性として感じる事は出来なくても、その輝きを視認する事が出来るとはのぉ~・・・王宮に聖属性の賢者を自称する魔術士がおるのだが見たら腰を抜かすだろうな」
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≪タッタッタッタッタッタ トントン
「お待たせ致しました」
「シーザー殿が・・・マジョルドムムナールが倒れたと聞き参りました」
「失礼致します」
≪ガチャ
男性の召使が3人。書斎へ入って来た。
「ベッドまで運んでゆっくり休ませてやれ」
「畏まりました」(3人)
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――― 王都モルングレー
ジェルマン・パマリ子爵邸 ゲストルーム
――― 6月8日 20:00
マジョルドムムナールが書斎から運び出されるのを確認した俺達は、マルアスピーとパフさんが待つ侯爵邸のゲストルームへ移動した。
ステファン・パマリ侯爵様に、マルアスピーとパフさんをアリスさんは公言通り紹介した。まるで舞台のワンシーンの様な口上で2人を紹介するアリスさんは見ていて面白かった。その後、お茶を飲みお菓子を食べ、たわいの無い会話で長めの時間を潰した俺は、マルアスピーとパフさんとアリスさんを連れジェルマン・パマリ子爵邸のゲストルームへ神授スキル【フリーパス】で移動した。
モニカさん、ピーターさん、ビアンカさん、ルナさんの4人は子爵邸に準備された家族専用の部屋に移動し寛いでいるそうだ。
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「ねぇロイク様」
「はい。どうしました?」
「考えたのだけれど」
「はぁ~・・・」
マルアスピーが、この手の切り口で語り出す時は、余り良い事が無い。
「家のリビングにもグランドピアノを置きましょうよ」
意外に普通の話だ・・・
「パフちゃんが言っていたの。音楽は教養を養うのだそうです」
「らしいですね・・・」
「ですから、家にもグランドピアノを置きましょう」
「決定なんですよね?」
マルアスピーが決めた事に反対した事は無い。反対した所で決定事項は覆る事が無いのだから・・・
「ですが、私はピアノを奏でた事がありません」
「あら?マルアスピーさんはピアノを弾いた事が無いのですか?」
アリスさんは、怪訝な表情を浮かべながら、切り出した。
「それでしたら、この屋敷にもピアノを置いた部屋がありますし、弾きに行きませんか?」
「アリスさんはピアノが弾けるんですか?」
「はい。ピアノの他にもバイオリンとフルートを少々」
「美味しそうな名前ね」
「マルアスピーさん。バイオリンもフルートもピアノと同じ楽器ですよ」
「そうなのね。フルーツに似た言葉なので、てっきり食べ物なのだと思いました」
「パフさんは、何か楽器を演奏出来ますか?」
「アリス様。家は本は沢山あったのですが、楽器とは全く無縁でしたので・・・」
「ピアノには白と黒の鍵盤があり、それを押すだけで音が鳴ります。他の楽器の様に正確な音を出すまでに練習する必要がありません。まぁ~説明だけでは分かり難いとおもいますので、実際触って音を出してみた方が良いでしょうね」
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――― 王都モルングレー
ジェルマン・パマリ子爵邸 楽器演奏の間
――― 6月8日 20:15
俺達は、子爵邸の楽器演奏の間へ移動した。楽器演奏の間には、ステファン・パマリ侯爵様の王都邸のゲストルームに置かれていたグランドピアノと同じ会社が製造したというグランドピアノが部屋の真ん中に置かれ、正面窓には厚手のカーテンが掛けられていて、両サイドの壁には色々な楽器が置かれていた。
アリスさんは、大屋根と呼ばれるグランドピアノの大きな板を上に少しだけ開くと、突上棒と呼ばれる棒を上口棒と呼ばれる棒の穴に合わせると大屋根を少しだけ開いた状態で固定し鍵盤蓋を開くと椅子に腰掛けた。俺達は、椅子に腰掛けたアリスさんを囲む様に立っている。
アリスさんは、鍵盤の上に手を置き白い鍵盤を1つ人差し指で押した。
≪ターン
音が鳴る。
「この音はLaと言います」
「あら?白鍵、黒鍵、白鍵、黒鍵、白鍵、白鍵、黒鍵、白鍵、黒鍵、白鍵、黒鍵、白鍵。規則正しくこれを繰り返しているのですね」
「マルアスピーさん。今の鍵盤の順番で音を当て嵌めると、Do、Do# & Reb、Re、Re# & Mib、Mi、Fa、Fa# & Solb、Sol、Sol# & Lab、La、La# & Sib、Siとなります」
アリスさんは、ドレミファソラシが良く分かる簡単な曲を演奏してくれた。
「こんな感じです」
「アリスさん。貴方、驚くべき才能を秘めていたのね」
マルアスピーは、えらく感心している様子だ。
「この位でしたら、弾ける人は多いと思いますよ。さぁ~マルアスピーさんもパフさんも、椅子に座ってください」
アリスさんは立ち上がると、2人に椅子に腰掛ける様に促した。
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アリスさんの奏でるピアノの時とは打って変わり、短音が律動や意味も無く小1時間程ただ只管鳴り響いた。そしてそれは、別荘のリビングにグランドピアノを置きたいと言うマルアスピーのお思いを、既に置く事が決定しているその思いを、確固たる決意へと後押しするのに十分な音色だった様だ。
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――― 王都モルングレー
ジェルマン・パマリ子爵邸 ゲストルーム
――― 6月8日 21:30
子爵邸のゲストルームへ戻った俺は、中央騎士団第3師団の状況を確認する為、神授スキル【タブレット】の画面を見ていた。
「あれ?まだ森を抜けて無いみたいだ」
「まさか魔獣に襲われているという事はありませんよね?」
アリスさんは不安気な表情で俺を見る。
「いえ、第3師団には魔獣も人も接触している様子はありません」
「そうですか・・・」
「ただ、王都側の森の入り口近辺が詰まってる様です」
「森の入り口の坂が原因でしたか。それなら安心です。王都側の森の入り口は森に向かって上り坂になっている為、積み荷を多く積んだ馬車は、上りでも下りでも慎重に移動します。きっとそれで渋滞になっているのだと思います」
「坂ですか・・・」
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―― 王国中央街道ルート4
名を持たざる森 王都側の森の入口
―― 6月8日 21:30
その頃、名を持たざる森の王都側から上り坂を登って直ぐの森の手前では、ワインを積んだ馬車が横転し坂の下と森側に大量のワインをぶちまけていた。そして坂の途中には、犯罪者奴隷達を移送していた馬車が横転していた。誓約を課された奴隷達が逃げたり悪さをする事は無かった。だが、王国中央街道ルート4は麻痺状態に陥っていた。
ワインを運ぶ馬車を警護する冒険者パーティー【トワイライトフレイム】と、犯罪者奴隷を移送する馬車を警備する冒険者パーティー【イージーメロウ】。両者の言い分が真っ向から対立し、坂の下と上で小競り合いを引き起こした。小競り合いはやがて大規模な衝突へと発展したからだ。
彼等は、王都の冒険者探検家協会に登録する同僚同士だが、犬猿の仲で有名なグループに所属していた。