6-MS-98 コルトに16歳の神授を取り戻せ - 悩みのない人生それはハッピーオアアンハッピー -
神官と思われる男性に促され席を立ったソールパッツァ商会の会頭ジュンジェムは、地面に展開した魔術陣の内側へと戸惑うことなく踏み込み姿を消した。
『さっきの魔力陣(正式には魔術陣の一種)よりも簡易の物みたいですが……』
『あのように簡単な術式で転位移動が成立するとは想像もしていませんでした。あれは地の精霊様方の文字なのでしょうか?』
ソールパッツァ商会の会頭ジュンジェムの転移を確認すると、付き人の女性二人はその後を追うようにして一人ずつ魔力陣の内側へと移動し転移した。
『あれは、円と三角と四角と線にしか見えません。文字と言うより図形って感じですね。戻ったら試す、というか実験してみましょう』
『主殿、何だか楽しそうに見えるのですが、私の気のせいでしょうか?』
『気のせいです。タブン……、おっ!! 旧教の神官かもしれない奴が動きましたよ』
『追いますかっ!?』
神官と思われる男性は、魔力陣の中央へ移動すると、魔晶石に似た石を地面から拾い上げた。
「そこの御者」
「へ、へい」
「ジュンジェムの帰宅は明日になると商会の者に伝えるがよい。皆の者、大儀ブツブツブツ」
神官と思われる男性は言うが早いか魔晶石を頭上に掲げ魔力陣ごと姿を消した。
『目の前じゃなかったら信じられなかったかもしれませんよ』
『どういことでしょうか?』
『あんな簡単な物で転移の痕跡ごと転移しちゃえるんですよ。何より小魔晶石よりも小さな石ころで四人もって……』
『あの石はいったい』
『残念ですが俺の神眼でも分かりませんでした』
「殿下。ジュンジェムの件途中とは存じますが、戻るのは明日とのこと、もし宜しければ陛下の件をお聞かせ願えませんでしょうか?」
「うん?」
シュヴァンツことダグマーさんの座位姿勢は終始変わっていない。彼女は頭を下げ綺麗に背筋を伸ばしたまま、大きくもなく小さくもなく良く通る耳に心地の良い声で問い掛けて来た。
「陛下の御身が敵の手にあるということは、本山が敵の手に落ちたということです。猊下をはじめ僧兵共は、軍はいったい何をやっていたのでしょうか?」
もしかしてシュッペことインガさんは前バハムートがガルネス大寺院をほぼ全壊させたこと知らないのか?
「話によると、市街地(ガルネス市)でも海上でも一切戦闘は起きず無抵抗のまま神都(ガルネス市)は敵の手に落ちたそうだ」
「殿下、畏れながら申し上げさせていただきます。陛下を、教王様の御身は私達よりも優れた者によって常に守られていたはず、影より御守りする者もいたはずです」
へぇ~、そうなんだ。取り合えずシュッペことインガさんに話を合わせておこう。
「だな」
「神殿騎士、守護騎士、親衛隊、そして我々。皆二万や三万程度であれば一人で対処できるだけの能力を有しているはず」
へ、へぇ~……。
「だな」
「殿下、私も腑に落ちない点があります。質問しても宜しいでしょうか?」
シュヴァンツことダグマーさんもですか。
「……うむ」
返答に悩んだ俺は変に喋らず頷くだけにした。ふむもだなもうむも大差ないかもしれないが俺の中ではちょっとだけ何かが違うから、これで良い。
「ありがとうございます。猊下方は抵抗しなかったのでしょうか?」
「猊下か」
おっと、つい口に出してしまった。枢機卿達のことだよな。
「はい。彼等もまた一騎当千それ以上の兵にございます。戦わずして敵の手に落ちる。落ちたとは考えられないのです」
「殿下、ここは私に」
「ふむ」
「良く聞け二人共、ガルネス大寺院は戦いの前、戦いの遥か前に倒壊し地面には大穴が開いていたそうだ」
「「本山が倒壊っ!?」」
「腐れ根いや黒の暗闇から聞いた話だ。殿下も私も、まだ自らの目で確かめられずにいる。殿下の心中を思うと……」
「「で、殿下ぁー!! 私達に私達にできることは。私達に御指示をぉぉぉぉぉぉ!!」」
ちょっと、おい、エリウス、情に訴えるのは自由だけど、この状況いったいどうしたいんですか?
頭を下げ続ける彼女達二人の顔は見えない。だが、見なくても分かる。彼女達の顔は今鼻水と涙で大変なことになっていると。
そして彼女達二人の叫び声にも似た声が今非常に五月蝿い。
・・・
・・
・
「あのー、私からも一つ宜しいでしょうか?」
渋い声の美少年イグナーツことソナハナ嬢が顔を上げ強い視線で俺の瞳を見つめている。
「ふむ」
このキャラどうしたら良いんだ? いつまで続ければ良いんだよ……。
「あのガルネス神王国、あの世界創造神創生教会です。あの神授の夜があったからと言って簡単にそう易々と倒れてしまうはずがありません」
「ふむ、続けろ」
「内部に手引きした者、裏切者がいるのではないか。と、私は思うのです」
なるほど、そういう考え方もあるのか……。
貴重な時間をありがとうございました。
 




