1-38 騎士道の本分と、依り代達の名誉。
宜しくお願いします。
――― ブオミル侯爵領ロイ
商業地区1 バトン宝石商会
――― 6月6日 16:00
俺は、ブオミル侯爵領ロイの商業地区1にあるバトン宝石商会のゲストルームで、大精霊のマルアスピー様と商会長で商人商家協会の協会長ロメイン・バトンさんと3人で昼食後のお茶を飲んでいた。
ロメインさんに、111年前に各地で起きた魔力の暴走。85年前に起こった悲劇。祠の守り人と呼ばれる一族の存在。現在の旧民達が大地石の祠の守り人や大地石の神官や大地石の巫女の事を知らずに居た理由。そして、継承の呪いと解呪返しの呪詛による石化の呪いについて、125歳の解呪士モニカさんから得た情報を伝えた。
「85年前に旧民と政府によってその様な事が行われていたとは・・・私が両親や祖父母からも聞いた事が無かったのは、当時の大人達による徹底した隠蔽の結果、まだ子供だった祖父母達には真実が何1つ伝えられていなかったからだったのですね」
「継承の呪いと石化の呪いがセットになった強力な呪いの拡散を阻止したと考えれば、疫病の封じ込めと同じで成功と言えるんでしょうが・・・それで、ロメインさんにお願いがあるんです」
「何なりとお申し付けください」
「やっぱり、今日の内に祠に行って、大地石の民の系譜を確認したいと思います」
「入場許可証ですね」
入場許可証というより、案内といか、祠に俺達2人だけが居て何かやっていたら怪しいかなって・・・
『私は怪しく無いわ』
祠に、精霊は十二分にミスマッチですよ。
『社祠には、大抵精霊が神様の代理で宿っているのよ。ミスマッチどころかベストマッチよ』
「出来れば、系譜の確認に同行していただきたいのですが、忙しいですよね?」
「何を仰います。何処までお供致しますと誓ったこの口は嘘吐きの物ではありません。死んでも同行致します」
「あ、ありがとうございます・・・」
「しかし、継承の呪いについては分かった訳ですよね。まだ他に系譜を調べる理由がおありなのですか?」
「俺の自己満足でしかありませんが、85年前の悲劇で亡くなった大地石の民の祠の守り人の末裔については、依り代として呪いの犠牲となり当時の体制によって淘汰された訳ですから、名簿に記載されている死亡の原因を疫病の集団感染から、マジックスポットの魔力の暴走を食い止め地域を救った名誉の殉死に書き換えるのは直ぐに出来るとして、系譜が必要なのは、111年前から85年前の悲劇までの間に、ロイから移住した大地石の民の祠の守り人の末裔の正確な人数を確認して、俺のスキルで特定したらこっそり解呪して周って、苦渋の決断による悲劇にも関わらず解決していないこの呪いに終止符を打っておきたいと考えているからです」
「まるで、聖人か神様の様な行い。私は今、激烈に感動しております」
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――― 東モルングレー山脈
職人街 旧大地石の集落
――― 6月6日 17:40
ブオミル侯爵領ロイの中央広場と商業地区1に面した行政関連地区にある鉱山管理事務所本部へ馬車で移動した俺達3人は、俺とマルアスピーを馬車に残しロメインさんに手続きして貰い職人街への入場許可証を入手した。ロメインさん曰く騒ぎを事前に回避したそうだ。通行許可証を入手した俺達は、俺の神授スキルで職人街の出入を管理している貴族領軍私兵隊の検問所の手前に移動し、検問所を無事に通過し職人街へ入場した。
職人街には6つの地区がある。金属地区、宝石地区、鉱石研究地区、技術者育成所地区、酒場。そして、大地石の祠や公民館や博物館がある歴史地区だ。
俺達は、大地石の祠へ直行した。
祠には、神様の代理は宿っていないらしく、祠としての能力機能を失っているとマルアスピーが教えてくれた。111年前の自然魔素の暴走が影響しているのかもしれないが、推測の域を出ない為この話は保留になった。
祠の中に設置された地下への階段を下りると、100cm以上はあると思われる大地石水晶石が中央に祀られた書庫があった。
「ここは、大地石の民の始まりから100年前までの系譜が保管されている私達旧民にとって先祖を近くで感じる事の出来る聖地の様な場所です」
「今は、111年前に依り代になった祠の守り人の皆さんを知りたいので、その名簿をお願いします」
「かしこまりました」
「ねぇロイク。大地石の民の中でも優れた【MP】と【INT】と【MND】を持っていた祠の守り人という人間種の一族は、パフちゃんや先程のジェリスの人間種なのよね?」
「そうなりますね」
「精霊にも、存在を管理している機関がありますが、それ以外に自分達の系統を管理する一族の主系図が存在しています。パフちゃん達の一族にはその様な系図は存在しないのかしら?」
「家系図みたいな物ですか、あったら良かったんですけどね」
「タブレットで検索する事は出来ないのかしら?」
「タブレットでですか?人物や対象を特定出来れば可能かもしれないです」
「特定?・・・今、この世界に生きている大地石の民の祠の守り人の血族ではダメなのかしら?」
「検索の条件としては申し分無さそうです。でも、生きている人だけを知っても、今回の俺の予定では解決にならないんですよ」
「そうなの」
「継承の呪いの石化の呪いの犠牲になった解呪士達の解呪も出来たらなと」
「ふ~ん。それなら、継承の呪いの解呪返しの呪詛によって石化した人間種を検索して、同じように解呪しに行きましょう」
「・・・タブレットで何とかなる事ばかりだったって事ですよね。これって・・・」
「そうかもしれなわね。でも、思考し努力する事は大切よ」
「・・・慰めてくれてありがとうございます・・・」
「フフフッ。当然よ」
ロメインさんが、1冊の分厚い書籍を持って戻って来た。
「ロイク様。こちらが、101年前から200年前までの名簿です」
「分厚いですね」
「世界規模での人口爆発『ゆりかごの暴走』期を慣例に従いまとめるとこの厚さになったのだと思います」
「ゆりかご期。なるほどぉ~......
***ゆりかご期の説明***
R3890~3892年
世界規模で人口爆発が起こる。
『ゆりかごの序章』期と呼ばれる。
R3910~3911年
『ゆりかごの序章』世代が親世代となり、
世界規模での人口爆発が再び起こる。
『ゆりかごの筋書』期と呼ばれる。
R3933~3937年
『ゆりかごの筋書』世代が親世代となり、
世界規模での人口爆発が起こる。
『ゆりかごの悪夢』期と呼ばれる。
長期間続いた人口増加は、
深刻な食糧不足や教育の低下を招いた。
この3度の人口爆発が起こった。
R3890~3937年の48年間を、
近代では『ゆりかごの暴走』期と呼ぶ。
因みに、当時のマルアスピー村の人口は
3000人以上。現在529人である。
***説明おわり***
......お借りします」
「どうぞ」
俺は、分厚い名簿を受け取った。
可視化:101年前から200年前までの大地石の民の系譜をまとめた名簿を収納 ≫
≪・・・道具:書物に『大地石の民の系譜・過去101年~200年間分』を収納しました。
更新って特にしなくても勝手にやってくれてるみたいだから、取り出して良いかな。
名簿を取り出し ≫
≪・・・道具:書物より『大地石の民の系譜・過去101年~200年間分』を取り出しました。
「という訳で、お返しします」
ロメインさんは相変わらず腑に落ちない顔で名簿を受け取った。
「ロイク様のファルダガパオに入れた本は、本に書かれた情報が目に見えないリストとして整理され、必要に応じて確認する事が出来る訳ですよね?」
「さっき説明した通りです」
「その確認する事が出来るスキルを私にも見せてはいただけませんでしょうか?」
「口頭で説明して秘密にしてくださいって言われてもピンと来ませんよね。分かりました」
可視化:対象・ロメイン・バトン・今回限り: 発動 ≫
≪・・・認証を更新しました。
表示画面を拡大・10倍・今回限り ≫
≪・・・画面を拡大しました。
表示:ロメイン・バトンさんから3親等以内の親族 ≫
「おぉ~・・・私の家族と一族の名前が!」
「今朝の名簿に記載されていた。ロメインさんを中心に3親等内の親族の名前を表記してみました」
「これが、ロイク様のファルダガパオなのですか?」
「あぁ~・・・これは、BIRTHDAY・SKILLの1つでタブレットという物です」
「聞いた事の無いスキルです」
「BIRTHDAY・SKILLは個人スキルですからね」
「それで、2つの名簿の内容が、この宙に浮かぶ絵の中に入っているとして、これからどうされるのでしょうか?」
「このスキルは、道具を出し入れしたり情報を管理したりする物でもあるんですが、多機能で違う事も色々出来るんですよ。例えばですね。検索:対象・111年前から現在の大地石の民の祠の守り人の一族。対象・大地石の民の系譜の名簿2冊」
≪・・・該当は48名です。
該当者48名を表示 ≫
≪・・・表示しました。
「こんな感じの事も出来ます」
「これは・・・いったい」
「俺が言った通りの検索結果がここに表示されています」
「この絵の名前は、大地石の民の祠の守り人という一族の名前という事ですか?」
「あっ!あったわ。ロイク。ホラ!パフちゃんとパフちゃんのお母さんの名前」
「そうですね。でもって、これを家系図で表示してみましょう」
該当者48名を夫々の家系図で表示 ≫
≪・・・・・・表示しました。
「祠の守り人は、3つの家系からなる一族だったのですね」
「更に先祖を辿れば1つの家系かもしれませんが、この検索の方法ではそういう事になります」
「さて、この家系図から、85年前の4月1日に起きたロイの悲劇によって処刑された祠の守り人を処刑と表示 生存している者を黒で年齢表示 ≫」
「パフちゃん。パフちゃんのお母さん。先程のジェリスの人間・・・エリザベスさん。それに、ヴィオラ・マーガレットさんと、パオラ・マーガレットさんと、ナトン・マーガレットさん。ふ~ん・・・」
「6人だけですか・・・しかも辺境伯爵家のマーガレット家に継承の呪いですか」
「ねぇロイク」
「どうしました」
「子供を産む事で発動するのよね?」
「みたいですね」
「第1世代にしか男性はいませんが、呪いはどの様に発動したのかしら?」
「ん?マルアスピー。ナント・マーガレットは男みたいですよ」
「あら、本当ね」
「ロイク様。家系図にした事で、旧民以外の者の名前も知る事が出来ましたが、1点気にところがあります」
「どこですか?」
「第2世代のスージーさんの夫は、パマリ侯爵家の一族の様ですが、スージーさんはロイで処刑されている様ですし、その娘ステラさんはパマリ家ではない様です。不審死になっていますが84歳まで生きていたようです」
「今度、パマリ家の人に、シリアン・パマリさんとステラさんの事を聞いてみます」
「しかし、他の系図はロイに残ったが為に途絶えてしまったのですね」
「48人の内13人。名簿の情報から、第1世代のメグさん。その娘で第2世代のエリザベスさん。この2人はジェリスに移り住みエリザベスさんには先程御会いし呪いを解呪しています。第2世代のドロシーさんの子孫のリディアさんとパフさんの呪いも先日解呪しました」
「マーガレット辺境伯爵家の3名の解呪をする事で、この呪いを完全に解決した事になる訳ですね」
「普通の家の人なら会うのも簡単ですが、辺境伯爵家ですよねぇ~・・・パマリ侯爵家かブオミル侯爵家の誰かに紹介して貰うしかなさそうですね」
「ロイク様は、公爵・・・今はお忍びですので英雄様ですが、ロイク様の御身分でしたら向こうから挨拶に来ると思いますが・・・」
「ハハハ」
戻ったら、運の神様に・・・いっそ創造神様にメールしてみようかなぁ~・・・?
『別にこのままでも構わないと思いますよ。面白いです』
人生、楽しい事や面白い事ばかりじゃダメなんです。えぇ~ダメなんです・・・たぶん・・・
『フフフッ』
今は、呪いの解決です。・・・シリアン・パマリさんとステラさんの事を確認して、石化の呪いを受けた人達が居たのなら解呪しておきたいし、マーガレット辺境伯爵家に俺達を執り成しす手紙を書いて貰えると一石二鳥なんだけどなぁ~・・・
『少し前の、人間種の事よねぇ』
侯爵様は王都に滞在中で、奥様のミント・パマリ様はコルト。パマリ家の事を伺うのなら侯爵様の方が適任ですよね?
『そうでしょうね』
ジェルマン・パマリ子爵様達を、コルトからロイの騎士団事務所に移動させる必要もあるし、まずは侯爵様を紹介して貰いますか?
『フフフッ』
どうしたんですか?
『大樹の森で汗水流し必死にレベル上げをしていた頃とは大違いよね』
つい先日までの俺は個体レベルを2に上げる為に必死でしたからね。
『そうね』
・・・・・・。今は、良いか・・・
今後の動きも決まりましたし、行動開始です。
『輓獣車は、もう暫くお預けね!』
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――― パマリ侯爵領コルト
ジェルマン・パマリ子爵邸 客間
――― 6月6日 19:00
検問所を通り職人街へ入場した俺達が忽然と姿を消しては騒動になってしまうとロメイン・バトンさんからの忠告を受け、来た道を徒歩で引き返し検問所から坑道へ移動した。
ロイの商人商家協会の協会長室へ神授スキル【フリーパス】で移動し、神授スキル【転位召喚】でロメインさんを移動させ送り、俺とマルアスピー様はパマリ侯爵領コルトのジェルマン・パマリ子爵邸の客間へ【フリーパス】で移動した。
「えっと、誰かを呼ぶ時は、この呼び鈴を鳴らせばいいんだっけ」
≪リーン
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・
≪ガチャ
女性の使用人がドアを開け部屋に入って来た。
「これは、ロイク様にマルアスピー様。お話は伺っております」
「こんにちは。ジェルマン子爵様をお願いします」
「は、はい。かしこまりました」
・
・
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「ロイク殿。昨日は2人が迷惑をかけてしまい、このジェルマン・パマリ何とお礼を申して良いのやら・・・」
殿?・・・あぁ~・・・
「いえ、こちらこそ父が御二人をあの様な状態になるまで森の中を連れ回した上に、俺も、使用人さん達に預けるだけ預けて、ジェルマン子爵様に挨拶もしないで帰ってしまって申し訳ありませんでした」
「ロイク殿。目下の身分の私等に様を付けては、ゼルフォーラ王国が世界に誇る4公5侯4辺伯8伯勅16子。建国以来からの名誉が泣きますぞ」
建国って大きく出たなぁ~・・・
『この人間種は、騎士道の精神を持った珍しい支配階級の者みたいですから、悪い意味では無いのは良く分かります』
そうなんでしょうけど、何となく嫌なんですよ。
「ジェルマン子爵様。今は、俺達だけですから、こんな時位は、せめて気楽にお願いします」
「気楽にですか、でしたら、まずは私の事をジェルマンとお呼びいただかなくては」
「父の友人で仲間だった人を呼び捨てには出来ませんので、せめてジェルマンさんか殿でお願いします」
「分かりました。それでは、互いに殿という事で今後も宜しくお願いします」
「そうですね・・・」
やっぱり、急いで元の状態に戻して貰わないとダメです。この状況、俺には居心地が悪いです。
『そ、そう・・・残念ね』
俺自身の努力で掴み取った状況なら納得出来ますが、運の神様の指パッチンで状況が一変するのはやっぱりダメです。
『人間種の神授能力は全て自らの努力によって得た物ではないのよ。運の神様のこれと何が違うのか私には良く分からないわ』
自己満足というか自分なりに納得出来るかって感じで、マルアスピーを責めている訳ではないです。
『攻める・・・攻めると言えば、昨日運の神様から教えていただいた、義理のお父様の女性を縄で縛り付け攻め立てるという不思議な書籍の存在が......
はいはいはいはい、それは今度とっても時間がある時に、気が思いっきり向いた時に、もし間違って必要になったら話合いましょう。
......あら、そう』
「それで、ロイク殿。そろそろ、ロイの騎士団事務所へ移動しますか?」
「はい。ロイに居る事になっていますから、そろそろ戻りましょう」
≪リーン
≪ガチャ
先程の女性の使用人がドアを開け部屋に入って来た。
「お待たせ致しました。旦那様」
「マリアとアリスに、戻るから支度をして客間に来るように伝えてくれ」
「かしこまりました。それでは、失礼致します」
≪ガチャ
一礼すると使用人は部屋を後にした。
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・
「さて、ロイク殿。ここからが長い・・・茶でも飲みながら待つ事にしようと思いますが如何で......
「甘いお菓子もお願いします」
......しょうか。分かりました。それでは、茶と菓子を準備させます」
「あ、・・・お気遣いありがとうございます」
マルアスピー。何、お菓子を催促してるんですか!
≪リーン リーン
・
・
・
『お茶と言ったらお菓子は付き物よ』
ここは、人の家なんですよ。
『家に住むのは、神様か精霊か妖精種か人間種位ですから、そうでしょうね』
・・・そう言う意味じゃなくてですね。
『フフフッ』
・
・
・
≪ガチャ
「旦那様。お呼びでしょうか」
白髪の顎髭を立派に生やした七十路手前の男性がドアを開け入って来た。
「君は誰だったかな?」
「はい。普段はミント・パマリ侯爵夫人様の御屋敷で下僕を勤めております。コンと申します」
「そうか。母上の所からわざわざすまないね」
「すまないだなんて滅相もございません。私はパマリ侯爵家にお仕える下僕としてプライドを持っております。パマリ侯爵家の一族の皆様に必要とされお呼びいただくことこそ生き甲斐なのです」
「そうか・・・嬉しいよ・・・それでは、コン。茶と菓子を3人分頼む」
「かしこまりました」
下僕コンは、ほんの一瞬だけ俺達に視線を動かすと直ぐにジェルマン子爵様へ視線を戻し再び雄弁に語り始めた。
「旦那様。先程まで屋敷正面扉を担当しておりましたが、こちらの御二人が来客した覚えがございません。警備の問題もありますので、裏扉や使用人口や搬入口を御使いなられる際は事前に担当の者にお申し付けください」
「・・・そうだったね。仕事が立て込んでいて伝え忘れていた」
「失礼とは存じますが、もう一言申し上げます」
「何をだね」
「客間とはいえ、屋敷の主より上座に腰掛ける所作の至らぬ者との付き合いは、パマリ侯爵家の品位を疑われかねませんお気を付けください」
「君はいつからパマリ子爵家の御客人を選べる様な立場になったのかな?」
ジェルマン・パマリ子爵様は、コンの発言に対し笑顔こそ崩しはしなかったが、その瞳は笑ってはいなかった。
「私は品位品格について申し上げましただけでして・・・」
「シャレット公爵家のロイク・シャレット公爵様と会う事が、パマリ侯爵家の品位を下げる行為だと、たった今私に忠告してくれたではないか」
「こ・・・こちらの若者が・・・あの、竜殺しの・・・ま、ま、誠に失礼致しました。ど、どうか、御許しください」
下僕コンは、深々と頭を下げ謝意の姿勢を見せた。
『この人、謝る気持ちが無いわね』
そうですね。怒りの気を身体中から迸らせてますね。今なら俺の【オートサンミュール】に弾かれるでしょうね。謝る気とか特に気にしてませんから、波風立てる前に終わらせます。
「ジェルマン殿」
「・・・いやはやロイク殿。家の者が申し訳ありません」
「こっそり会いに来た俺達が悪い訳ですから、コンさんの言い分の方が正論です。それに、パマリ侯爵家や子爵家の事を思っての発言に悪気があるはずもありません」
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・
・
≪バタン
「ロイク様」
アリスさんが、勢い良くドアを開け部屋に入って来た。
「ゆっくり休めましたか?」
「はい。気が付いた時には、ベッドで朝でした」
「マリアさんもアリスさんも父の狩りに振り回され大変でしたね」
「い、いえ。森熊を余計に2匹も仕留めたのは私でしたから・・・」
「回復と治癒を施しておいたので、目覚めた時には疲労も睡眠不足から来る肌荒れも改善していると思い、使用人の方に預けて帰ったのですが、すっかり元気そうで良かったです」
「憧れだったバイル様と森熊を背負いながら大樹の森を彷徨い。改めてロイク様の偉業の数々が必然だったと理解致しました」
「そ、そうなんですね」
「はい。あの様な仕打ちいえ、狩りで幼い頃から鍛えられ、あの大樹の森を庭の様に過ごしていたのであれば当然だと確信致しました」
「大樹の森は普通の森とは生態系が異なります。人間し・・・慣れない人間には1日中というのは酷だと私も思います」
「マルアスピー様も大樹の森に詳しいのですか?」
マルアスピー様?・・・アリスさんが?
『私は様で構わないわよ』
う~ん・・・
「私は、大樹の森の聖うぐぐ......
俺は、慌ててマルアスピーの口を手で塞ぐ。
......ロイク。突然何をするの」
「口に何かついてた様に見えたんです・・・気のせいでした」
聖域に住んでるとか、精霊樹に宿ってるとか、大精霊ですとかって言ったらどうなってしまか分かってますよね?
『・・・えぇ・・・』
「私は。大樹の森に義理の御父様やロイクと一緒に何度も入りました」
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「それで、アリス。マリアはまだかな?」
「御母様ですか。私は、ロイク様が来ていると聞き急いで参りましたので、御母様の事までは・・・」
「そうか・・・コン。お茶と茶菓子を4セットだ」
「か、かしこまりました」
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下僕コンは微妙な空気を放ちながら部屋を後にした。
「御父様。何かありましたの?」
「常に何かが起こっているものだよ。世の中は!ハッハッハッハ」
アリスさんは、ジェルマン・パマリ子爵様の引き攣った笑顔に視線を残したまま、俺に質問する。
「ロイク様。御父様と秘密のお話でも?」
「そうかもしれません。なので聞かないでください」
「私に言えない事なのですね」
「そうだ。アリス。例え娘のお前であっても、男には言えない事があるんだよ」
ジェルマン子爵様。話が面倒な方にシフトしてますよぉ~・・・
『いまいちね』
何がですか?
『面白く無いわ』
・・・いや、面白さを追求してた訳じゃないんで・・・
『人生、面白くなきゃダメよ』
そ、そうですね。そうだったら良いですね・・・
『当然よ』
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――― 6月6日 19:30
俺は、マルアスピー様と、ジェルマン・パマリ子爵様と、その娘アリス・パマリさんと、コルトのジェルマン・パマリ子爵邸で、お茶と菓子を楽しみながら、ジェルマン・パマリ子爵様の夫人マリア・パマリさんを待っていた。
「そうだ。ジェルマン殿に、ステファン・パマリ侯爵様を紹介していただきたのです」
「父上をかね。王都に到着した際には、父上の御屋敷へ挨拶に行くとアリスから聞いていましたが、急ぎの用事でも?」
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俺は、シリアン・パマリさんとステラさんの事を話した。
「シリアン・パマリ。父上の祖父母の代のパマリ家の者なのですよねぇ~・・・聞いた事の無い名です」
「少し前の時代の話なので、侯爵様に伺えたらと考えたのです」
「何処の領地も少なからず問題を抱えている物だが、ロイはまた随分と大きな秘密を隠蔽したものだ」
「111年前の魔力暴走は、ゼルフォーラ王国内だけではなく、世界規模で異変が起きたらしいんです」
「王都や騎士団の記録に、魔力暴走についての記述は無かった。王国レベルで隠蔽する必要があった何かが起こっていたのかもしれないが、公文歴史管理局も御前会議も当時を知る者は既に生きていない」
「悩んでも答えが出ない事を悩むのは暫く止める事にしたので良いのですが、シリアン・パマリさんの娘ステラさんや、マーガレット辺境伯爵家の3人に関わった事で石化した解呪士の解呪は、やろうと思えば直ぐに解決する事なので、出来れば急ぎたいなと考えた訳です」
「その事なんだが、ロイク殿の例のスキルで、ロイの旧民の呪いによって石化した解呪士を探し出して、王都の王宮。しかも国王陛下の御前で石化を解呪し、時を越え蘇った現世に迷う解呪士達の身分を保証して貰うと言うのはどうだろうか?」
「身分の保証ですか?」
「ああ。彼等は身分カードでは、100歳以上の高齢者だが、実際は心身共に、10代~60代の解呪士達な訳だ。石化が解呪されたからといって、そのまま王国内で暮らし始めたら必ず問題が生じるだろう」
「なるほど。国王陛下の前で解呪する事で、王国と彼等に一定の妥協と配慮の機会を与える訳ですか・・・」
『・・・ふーん』
ん?
『この人間種は、領主の代理をやっている人間種より政治の分野においても、遥かに優れたバランス感覚を身に付けているようです』
セイズマン・パマリ次期侯爵様は独特な方でしたからね。
「いっそ、石化の呪いと、ロイの旧民の呪いの解呪。どちらも国王陛下の御前で行ってみてはどうだろうか?陛下からの呼び出しであれば、マーガレット家の3人も必ず登城するだろう。何より、ブオミル侯爵領ロイで起きた111年前の魔力暴走を、依り代となり阻止したにも関わらず、疫病の感染者として歴史の闇に葬り去れらた者達の命の意味。生きた証。名誉を回復させたいと私は考える。彼等の子孫が6人存在し、3名は名門マーガレット辺境伯爵家の一族。2名はロイク殿に関わりを持ち。1名はララコバイアの地で111歳という高齢にも関わらず強く逞しく生きておられる訳だ。えっと・・・その大地石の何という一族だったかな?」
「大地石の民の中の祠の守り人という一族です」
「亡くなった者達には意味の無い事かもしれないが、彼等の犠牲によって現在の世に生きていられる私達には、事実を正しく語り継ぐ責任がある。そうしなければ人間は愚かな生き物だ、同じ過ちを再び繰り返してしまうかもしれない」
国王陛下の前って事は、沢山の人達が見ている前って事だよなぁ~・・・
『ロイク?』
ホラ、あれですよ。目立ちたく無いなって・・・
『名前だけが一人歩きし、ロイクの理想や現実が置き去りにされるよりは良いと思います。義理の御父様の息子を騙る人間種達が沢山居た事を考えても、ロイクはロイクとしての名乗りを確り行うべきだと私は思いますよ』
う~ん・・・
『それに、今の話で気付きましたが、こっそり石化を解呪された解呪士は、解呪されたが為に厳しい現実に直面するという事になります。この際、謁見の時か前後で、まとめて解決してしまいましょうよ』
分かりました。マルアスピーの意見が正しいみたいです。
「ジェルマン殿。沢山の人の前で解呪する気はありませんが、呪いの解呪をまとめて出来るのは俺にとっても都合が良いし、何より犠牲になった方達の名誉の回復を国王陛下の前で王国全土に出来る訳なので、その提案に俺も乗ります。俺も自己満足でしかありませんが、少しでも弔いになればと思います」
「私は騎士なので、名誉には少しばかり煩い方なのです」
「なるほど、騎士は名誉に生きるんでしたっけ?」
「ロイク様。少し違います」
アリスさんは、俺の前に歩み寄り、
「騎士は、ただ名誉の為に生きている訳ではありません。ゼルフォーラ王国内だけでも、3つの騎士のスタイルが存在します」
「は、はい・・・」
「ロイク殿。アリスは、バイル殿と騎士道の事になるとこれなのです。直ぐに終わります。お付き合いください」
「は、はい・・・」
『この子もなかなかやるわね』
「世界創造神創生教の創生教会によって組織され、宗教道徳を重んじる聖騎士団の聖騎士。ゼルフォーラ王国の国王陛下によって組織され、伝統や仕来りを重んじる(旧道徳を重んじる)近衛騎士団の近衛騎士。ゼルフォーラ王国によって組織され、法と秩序と平和を重んじる(新道徳を重んじる)中央騎士団や駐屯騎士団それに辺境騎士団の騎士。スタイルは確かに異なりますが、聖騎士も近衛騎士も騎士も己の信念を貫きか弱き者の為に存在し使命を全うする。名誉はその結果与えられる物で決してその為に生きているのではありません」
「ま、そういう感じだね。付け加えるなら、守りたい者が居る。守りたい家族が居る。だから、人は信念を貫く。その貫き方を踏み誤れば犯罪者。正しければ誰も騎士の精神を持っているという事になる。誰もが騎士である社会なら騎士は必要ないとい事になってしまう。騎士道、騎士道精神も人間が生み出した絵空事の1つなのかもしれない」
「どういう意味ですか?」
「アリスが言う3つのスタイルは建前何だよ。実際は、信仰を守護する聖騎士団。王家へ忠誠を誓う近衛騎士団。王国へ忠誠を誓う騎士団。戦争の無い今の御時勢、戦争で武功を争い競う騎士は既に居ない、今回の討伐の様な事も稀なケースだ。闘技会や武道会それに御前試合で己の力を誇示しそれを名誉と勘違いしている猪が多い」
「御父様。それでは、試合に出場する騎士達は騎士道の精神に反していると仰っておられる様ですよ」
「否定はしない。騎士の本分は力を誇示する事ではない。寧ろその逆だ!か弱き者を保護し守る。私は名誉の在り方に煩い浪漫を重んじる数少ない騎士の類。希少種という訳だ」
「ロイク様は、騎士についてどう思われますか?」
「俺ですか・・・」
「はい」
「俺は、親父が神聖サルト騎士団の名誉騎士爵を持っている聖騎士だって事も、王宮騎士団第1師団の名誉団員で騎士だって事も、最近知ったので・・・」
「ロイク様も、王宮騎士団・・・中央騎士団第3師団の名誉団長ではありませんか」
「まぁ~一応そういう事になっていますが」
「名誉であろうが、正規であろうが、見習いであろうが、どの騎士団であろうが、精神は必要だと思います。ロイク様はどの様に考えておられるのですか?」
「ロイク殿。済まない」
「い、いえ・・・」
『さぁ~ロイク。貴方の精神を答えるのです』
何、マルアスピーまで乗ってるんですか?
『面白いからよ。フフフツ』
「俺は、力を誇示するのは好きじゃありません。皆そうだと思いますが、それなりに強い力を持った人の事は見れば分かりますし、戦うまでもありません」
「た、確かにロイク様は多くのスキルを所持し沢山の魔術を扱い、私達のステータスやスキルを全て見通す力を御持ちです。ですが、戦わずして相手の力量や経験則。戦いへの思いが伝わるとは思えません」
「戦いの中でしか相手に気持ちを伝える事が出来ない人を俺は悲しい人だと思います。それに経験が豊かな人は率先して争いの渦中に飛び込む様な無駄な事をすると思えません。馬鹿にしている訳でも貶している訳でもありません。俺にとって騎士は人格者なんです。聖職者に近い存在なのかもしれません」
「ハッハッハッハ。流石は稀代の英雄様です。全ての騎士団の精神をサラっと言ってのけるとは」
「ロイク様にとって騎士は、人間の精神の通過点1部でしかないと言われるのですね」
あれ?俺、そんな凄い事言ったっけ?
『騎士は聖職者に近い存在だと言いました』
ですよね。
『この人間種達には違う様に聞こえた様ですね』
「通過点ではなく、騎士道も宗教道も自然道も狩人としての姿勢も全ては人間の道。人間道だと考えれば、こうだからと決めつけてしまうリスクを減らせると思ったんです」
「狩人としての姿勢・・・騎士道・・・」
アリスさんは、そのまま黙り込んだまま何かを思案している様だった。
「ロイク殿。今の話を聞いて、少しだけ前の事を思い出しました」
「どんな事ですか?」
「あれは、バイル殿と酒を飲みながら語り合った時の事でした」
「親父とですか」
「『騎士ってのもぉ~面倒な生き物だよなっ!もっと肩の力を抜いてよぉっ!気楽に行こうぜぇっ!気楽にぃ!』私が、それではいざという時に規律を持って強い意志を持って戦えないだろうと言うと、『いざってなっちまったらよぉ!守りたい者の為に必死になるって普通ぅーだろうっ!それが狩人だぁっ!風任せ流され漂う。人間はルールを守んなきゃなんねぇーだがルールは人間を縛っちゃなんねぇー俺はよぉっ!だから狩人なんだよぉっ!』と、言われたよ」
「親父がそんな気障な事を・・・気持ち悪いですね」
「あら、義理のお父様は、冒険野郎で、紳士で、愛の伝道師で、恋の伝道師で、美の伝道師で、クリアガイだといつも言っていましたよ」
「いつも言う事適当だからなぁ~・・・」
「ハッハッハッハ。バイル殿は今も何も変わらずか」
親父にも考えがあるのは分かるけど、なるほどねぇ~・・・
『フフフッ。親子の年の差なんて大した違いでは無いわ』
似てるって言いたいんですか?
『えぇとっても似ていると思います。ですが、私はロイクの方が好きよ』
・・・あ、・・・ありがとうございます・・・
『照れてるの?』
そう言う訳では・・・
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≪ガチャ
「お待たせ致しました。さぁ~戻りましょう!」
マリアさんが、部屋に入って来た。