6-MS-74 コルトに16歳の神授を取り戻せ - 悪い話は平行線のアンソロジー -
「どの話も魅力的で私なんかには勿体ないくらいです」
パフさんは、chefアランギー様、エリウス、サンドラさん、マルアスピーのプレゼンを聞き終えると、神茶を手に小さく呟いた。
「信頼と親しみを込めていつものようにパフパフと呼ばせて貰うわ。パフパフ、この提案は勿体ないなんてことにはならないわ。アナタには私のアシスタントから私の主席アシスタントになる資格が既に備わってしまっているのだから」
マルアスピーさんや。パフさんを主席アシスタントにするって、貴女にはパフさんしかアシスタントいませんよね?
「パフパフとはロイクと旅を初めて直ぐまるで運命に導かれたかのように出会ったわ。そう、パフパフは私の優秀な主席アシスタントになるべく生を受け今美しく香しい大輪の花を咲かせようとしているの」
興味本位で入った奴隷商から買って今に至った感じですね。それにアシスタントになる為に生まれたとか、また凄い持論を……。
「パフ殿。パフ殿には魔術の才能があります。そして、愛情と厳格な目を持ち書籍に向き合うことが出来ます。母子共に細やかな気配りを可能とする優れたキーパーでもあります。優れた商品を次々と発表する工房ロイスピーのマルアスピー様率いる新商品開発チームのアシスタントが誰にでも勤まる簡単な仕事ではないことくらい理解しています。ですが、アシスタントはパフ殿が納まる器としては不十分、小さ過ぎます。大海を泳ぎ大空を翔けてこそのパフ殿なのですから」
「サンドラ殿の言葉を否定できる者は誰もいません。いちいちその通りだからです。パフ殿はパフ殿にしかできないことをするべきなのです。私の範囲内から離れてしまう以上私が責任を持って眷属を派遣致しましょう。天翔馬か夢角馬が清楚で柔らかな印象のパフ殿にはお似合いだと思うのですが、どちらがお好みでしょうか?」
エリウス。パフさんは子供じゃないんですよ。物で釣れる訳ないじゃないですか。
「天翔馬!? 夢角馬!? 本当にいたんですね。幼い頃に絵本で見てずっと憧れていたんですっ!!!!」
あ、えっと、釣れちゃいそうですね……。
「そうでしょう、そうでしょう。天翔馬も夢角馬も皆に大人気。大人気過ぎて過去に乱獲されあっという間に数を減らしてしまったくらでいです。白馬でしかなかった私ですらこうして主殿の盾として立派に仕えているというのに、軟弱な馬共です。ですが、御安心ください。パフ殿に紹介する天翔馬と夢角馬は勇気と優しさを持ち合わせた選りすぐりの私と同じホワイトホース種です。どうです? 今ならもれなくどちらもお付けいたしますが……」
エリウス、必死過ぎやしませんか。焦ってるのが丸分かりで、最早交渉とは呼べない感じになってますよ。
「本当に、どっちもですかっ!! ムフゥー」
「はい、天翔馬も夢角馬もどちらもです」
「幼い頃からの夢が現実のものに……夢が夢が夢が夢がブツブツブツブツ」
……パフさんがなんかおかしい。怖いんですけど。
「それはそうと、パトロン殿の奥方候補のパフ殿は以前より、この本が欲しいと言っていませんでしたかなっ」
パンパン。
chefアランギー様のパルマセコの音が執務室に響くと、chefアランギー様は右手に一冊の書籍を持っていた。
「も、もし、もしかして、その本は」
「その通りですぞぉー、……ですが、残念なことにこの本はここに一冊しかありません。差し上げても良いのですがぁ―――――」
「先日、相談したばかりなのに」
「これでも私は神ですからなっ、はい。しっかしぃーこの本、知識教養教育の為に書かれた物のはずなのですがカラフルな絵が多く、活字ばかりの本と比べ楽しく学べ実に素晴らしい本でしたですぞぉー、はい」
「そこまでの本だったのですね」
ここに来てchefアランギー様が押し始めたか?
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
パフさんを説得する為、耳障りの良い心地の良い言葉を重ねる、chefアランギー様、エリウス、サンドラさん、マルアスピー。
甘い誘惑の言葉が降り積もり出尽くした頃、傍観を決め込んでいた俺へと唐突に一斉に丸投げが始まった。
「ねぇ、ロイク」
「はいなんでしょう」
「アナタはどうしたいのかしら、意見が聞きたいわ」
おっと、ここに来てまさかの大暴投ですか。マルアスピーさんや……。
「パトロン殿よ」
「はい、chefアランギー様」
「おっとこれは失礼致しました。陛下はパフ殿の能力を正しく理解し公務における効率と私情における無駄とは何ぞやを率先できる。このchefアランギーそう信じてやまない訳ですが、此度の一件如何様にお考えなのですかなぁー、はい」
chefアランギー様まで……まずいこの流れは非常にまずい。
「主殿」
「おぅ、エリウスもですか。構わないんで話てください」
「ありがとうございます。主殿には主殿にしかできないことを、マルアスピー様にはマルアスピー様にしかできないことを、サンドラ殿にはサンドラ殿にしかできないことを、私には私にしかできないことを、パフ殿にはパフ殿にしかできないことを、それが適材適所、それこそが適材適所です。生きる上で無駄などという戯言は切り捨ててしまっても良いでしょう。ですが、今回の無駄はそれとは違います、切り捨てるべき無駄、学ぶ物が一欠片もない無価値、成長へと繋がることのない無意味、あるのは無ばかりです。このことを踏まえた上でパフ殿がどうあるべきか主殿はどのようにお考えなのでしょうか。このエリウス、主殿の盾として主殿の意見に従わせていただきます」
来たよ、来ちゃいましたよ。丸投げ、が……。
「陛下っ!!」
「サンドラさんもですか……どうぞ」
「パフ殿が秘書の任に就いてから変わったことはありませんか、この十日間毎日のようにここで臨時のプチ会議を開き議論を重ねて参りました。その間、私はこの部屋が良い方向へと変わり行く様に、居心地の良い空間へと変わり行く様に、無駄に広く死にスペースばかりが目に付いていたこの部屋が用途に合わせ生き生きと輝き生まれ変わって行く様に何度も直面致しました。この部屋に素晴らしい変化を齎したのは、言うまでもありません、パフ殿です。ですが、パフ殿の才能は、秘書、アシスタント、否っ!! この場にいる者皆が既に理解しているはず、そうです、魔術や書籍あってこそのパフ殿なのです。パフ殿の未来が輝かしい物になるのか闇に埋もれ埋没し恨み辛みの毎日になるのか、それは陛下の御心次第です」
重い。サンドラさん丸投げするにしても、重過ぎます……。
ハァー、皆、突っ込みどころ満載だ。アシュランス王国の秘儀丸投げ……切磋琢磨し日増しに腕を上げていくこの感じ…………だからと言ってそんなに嫌いじゃないです。
さてどうしたものか……。
「「「「ロイク」「パト、陛下」「主殿」「陛下」」」」
う~む。
「わ、私全部頑張りますっ!! ムフゥ~」
静寂でも緊張の空気でもないが、何となく張り詰めた空気を和らげたのは、鼻息荒く声高に宣言したパフさんだった。
「主席アシスタントでお菓子も、秘書で本も、魔術の研究も図書館の管理も家の本屋も頑張りますっ!! 天翔馬の女の子エヴァちゃんと、夢角馬の女の子ジャンヌちゃんを宜しくお願いしますっ!!!!」
貴重な時間をありがとうございました。