6-35 昇進と金一封
chefアランギー様セッティングのティーパーティーを終え、歩いて国王執務室へ向かっていると、副国王執務室の入り口の横に置かれた金細工の装飾が悪目立ちしつつも深緑色の生地が落ち着きを放つ五人掛け用のソファーにガチガチに緊張しながら下座に腰掛けるリア大尉とアヤ少尉を見かけた。
「昨日ぶりですね。chefアランギー様に呼ばれたんですか?」
「「……」」
緊張を少しでも解してあげようかなと声を掛けたのはいいが無視されてしまった。
あぁ―――えっと、どうしよ。
ドアの前に立つ守衛が二人。俺の直ぐ後ろ後方にはエリウス。……声を掛けたのに何事も無かったかのようにスルーして執務室に向かうのは何かちょっと恥ずかしいかも。
「リア大尉、アヤ少尉。昨日ぶりですね」
二人の正面まで進み目の前から声を掛けた。
「「……」」
が、二人はまたもや無言だ。
この状況で気付かれないとか地味に傷付くんだけど。……何て言うか二人とも緊張し過ぎでしょう。
「大丈夫ですか?」
二人の目の前で手を振ってみる。
「「……」」
ギギギギギィーと硬いコルクを瓶から抜く時の様な音が聞こえて来ても違和感がない。それくら重く硬くゆっくりと顔を上げる二人。
視線が合ってるようで合ってない感じだ。う~む、取り合えずもう一度声を掛けてみよう。
「やぁ」
「「……」」
「昨日ぶりですね。chefアランギー様に呼ばれたはいいが、待ち惚けって感じですか?」
「「……」」
「ティーパーティーには姿を見せなかったし、てっきり執務室にいるとばかり」
ガチャ
「おんやパト陛下もおられたとは。ちょうど良いところでドアを開けたようですなぁー。呼びに行く手間が省けましたですぞぉー、はい。廊下で立ち話もなんです、陛下もリアもアヤも執務室にどぞお入りください」
「「……」」
・・・
・・
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俺はいてもいなくても、寧ろいなくても良かった気がする。
緊張し過ぎて反応が薄いリア大尉とアヤ少尉と何故招かれたのかさっぱり分からない俺を前に、いつもの調子で盛大に脱線しながら、「なるほどなるほどなぁ~るほど」と饒舌を極め終始一人で話していたchefアランギー様。
chefアランギー様は、臨時遠征旅団の兵士全員を昇進させ、兵士を支えた民間人には金一封を渡すと決めたそうだ。
リア大尉は少佐に昇進。序に男爵へ。
アヤ少尉は大尉に昇進。序に準男爵へ。
ギュンター准尉は少尉に昇進。
フォルシック鬼軍曹とネッツガング鬼軍曹は二人揃って大鬼軍曹に昇進。身分的には騎士爵を持つ騎士と同等らしい。二人の為だけに新設された臨時の階級なので必要に応じ明文化するそうだ。
兵士は皆揃って一階級の昇進。
兵士を支えた民間人には一律で金百万NL。
話を聞いた時には既に事後だった。国庫からアシュランスカードに入金を終えた後だった。
一応国王として色々と思うところはあるが、国民を第一に考え、思ってくれての事だろうから感謝しなくては……まずは感謝だ。……そう、気にしたらダメだ。
だが、もう一度だけ…………。俺は、いなくても良かった気がする。
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因みに、リア大尉改め少佐とアヤ少尉改め大尉に起こったことはこんな感じだ。
『私としたことがうっかりしておりましたですぞぉー、昨日のうちに確認すべきことを今になって今更思い出すとは実に嘆かわしいですなぁ~、残念でなりません。ですので今日副国王執務室で昨日伝え忘れた大切な話をします。chefアランギーでしたぁ~、はい』
と、二人に念話という名の神託(創造神様の場合のみ神授)が下った。
嘆かわしい、残念だ、大切な話をします。と、二人の頭に直接響くchefアランギー様の声は二人にしか下っていなかった。
二人は、神託が下り終わると同時に上官や部下全てを無視し、慌てて兵舎へと駆け戻り急ぎ体を清め身なりを整え副国王執務室前へと移動した。
が、chefアランギー様は不在だった。
何て言うか。chefアランギー様は料理のこと以外は大雑把だ。今回は、時間を指定していない上に、今日とだけしか言っていない。
哀れな二人は、六時間以上も待たされ、待ち続けているあいだに抱えていた不安と緊張がピークを迎え、俺が見かけた時のあの状況になってしまっていたようだ。
貴重な時間をありがとうございました。




