6-27 メアと帰還者とコルト⑧ 臨時遠征旅団副官アヤ少尉②
「ギュンター准尉」
「はっ」
「私はフォルシック鬼軍曹、ネッツガング鬼軍曹と共にアイパッチ……北東二百メートルに停船していたはずの魔導高速巡洋艦アイパッチ……」
「少尉。左舷後方がどの方角か分かりません」
「ネッツガング鬼軍曹、星を……って、あれ一つしかなかったな」
「それにです。光属性や火属性で照らしたところで、星一つ分の明かりしかない中での行軍は危険です。置かれている状況が全く分からない以上、光の時間になるのを待つべきだと考えます」
「私も、ネッツガング鬼軍曹の意見に賛成です。陽が昇り次第他の船の状況を確認しに動いても遅くはないでしょう。闇夜の中を武器も持たずに動き回るのは危険です」
武器も持たずに、か。武器って言うか服すら着てないこの状況は物凄く問題だ。……正論だな。フォルシック鬼軍曹とネッツガング鬼軍曹の意見に従うことにしよう。
「そうですね。陽が昇り次第、会話での」
「少尉、あちらを」
「ギュンター准尉、あちらとは何処の方角……」
方角が分からないん状況だったな。
「あちらです」
ギュンター准尉は腕を伸ばし必死に何かを伝えようとしていた。
暗くて指先まではっきりと見えないが、指が差していると思われる方へと視線を向ける。
「何かが点滅しているようにも見えますが。……あれは、炎でしょうか?」
「フォルシック。良く見えねけど、あれってもしかして狼煙じゃねえか?」
「やっぱりか、狼燧だとすると、あそこに誰かがいるってことになるがぁ―――。……こりゃまた随分と高いなぁー」
「直ぐそこに山か何か高い物があるってことだけは分かったな」
目と鼻の先に高い山あり。……まったく見えないけど。それはそうと、あれが狼煙だとして信号の意味は、…………? 点滅してるだけじゃないか? この闇夜の中で煙でとか言わないでくれよ。
「准尉鬼軍曹、読めますか?」
「無理だ」
「無理だな」
「少尉、私にはただの点滅にしか見えません。解読不能です」
信号を読み取れる者はいなかった。
フォルシック鬼軍曹は「ヴァルオリティア帝国のものかもしれない」と。
ネッツガング鬼軍曹は「軍ではなく民間のものかもしれない」と。
ギュンター准尉は概ね私と同じ見解だった。「煙ではなく火を使ってくれていたら何とかなったかもしれませんが何とも……」と。
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陽が昇り次第、会話と気配のみで確認した周囲の状況(第二蒼海丸)を正確に把握し、火属性と光属性の魔術の行使を確認した遠方(他の船)を調査し、狼煙と思われる地点を調査する。
食料と衣類と武器の調達は最優先、調査と並行して行うことにした。
団長達上陸部隊との合流は衣類を、大事な部分だけでも隠せる様になってからが良いと、料理長、副料理長、料理人五人、准尉、鬼軍曹二人、兵士四十九人、そして私は満場一致で決定した。
周囲(半径二百メートル以内)には、私達の他に約二千人がいるようだ。声や気配のみで姿を確認出来ない為、陽が昇るまで可能な限りその場に留まるよう伝言形式で指示を出した。
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「さて、少尉。どうして少尉だけがマントで大事なところを隠せているのか教えていただけますでしょうか?」
「フォルシック鬼軍曹。ほとんど何も見えないこの状況でこの話は重要だと思えません」
「少尉。良く考えて発言していただけますか。良いですか、光が支配する時間になった瞬間の悲劇を想像してください。この船には」
「船ですか……」
「少尉、今は船の所在なんてものはどうだっていいんです。問題はこの船に旅団の船上組の兵士が三千七百二人とゼルフォーラ聖王国軍数百人が乗船してるってことです。しかも我々は皆漢です」
「女性がいなくて本当に良かったですよね」
「少尉、今は女の所在なんてものはどうだっていいんです。問題は」
「光が支配する時間になった瞬間見たくもねぇ光景が見渡す限りの悪夢が三百六十度大パノラマで広がる」
「フォルシックの言う通りです」
「ネッツガング鬼軍曹、考え過ぎですよ」
「いぃぃぃや、少尉殿これは考え過ぎでも無さ過ぎでもなんでもねぇー、事実だ。四千人近い男が裸でおっ立ってる事実を俺は受け入れられないだろう。寧ろ受け入れるつもりはない。つまりだ。俺はそのマントを加工して士官医務官料理人、この際ここにいる士官と料理人の長だけでも良いだろう、パンツだ袋だ何て贅沢は言わねぇー、隠せるだけで良いんだ。だから、そのマントをよこせ」
「待て、近付くなよ。そこから一歩でも動いたら」
「どうなるって言うんだ、少尉殿」
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結論から説明したいと思う。
加工出来ませんでした。マントは割くことはおろか私以外触ることもできませんでした。
「何でだよ。あんまりだ。神よ、料理の神chefアランギー様。あんまりです。何故、炎の料理人と恐れられる私ではなく料理人でもない少尉なのですかぁ~」
私のマントが、神chefアランギー様より神授?神託?兎に角直接頂いた物だと知った料理長がかなりの時間騒がしかったが、途中からは誰も気にしていなかった。
何故ならば。
一つしかない星が沈むと同時に大きな星が一つ空に昇ったからだ。
「陽が……」
「あれはいったい何だ?」
「縦陽でも横陽でもないあれは何だ?」
「明るくはなりましたが、この状況はまだ闇の時間?」
「陽が昇ってねんだ闇の時間だろう」
「カラブリア、これが闇の時間だって言うのかよ。夕方より少し薄暗いだけだろ。そうだよ、これ、これ……今は光の時間から闇の時間に変わる前だろ。ハハハハハハハ、そうだよ。そろそろ闇に時間なんだ。夕飯の準備を終わらせないと……」
「「「「「副料理長確りしてください」」」」」
「「「光の時間が来ない……」」」
私、フォルシック鬼軍曹、ネッツガング鬼軍曹、ギュンター准尉、カラブリア料理長、取り乱し混乱したヴェルデ副料理長、そして副料理長を気遣う料理人ボブ、ヤス、テオ、タカ、ミロの五人組。
そして、奇妙な現象に言葉を失い茫然自失の兵士達。
何も分っていないこの状況で、立てたばかりの計画を可及的速やかに変更し迅速かつ適切な措置を講じる必要に迫られたからだ。
貴重な時間をありがとうございました。




