6-25 メアと帰還者とコルト⑥ 臨時遠征旅団団長リア大尉①
ガルネス神王国の王都ガルネス、ガルネスの民は王都を神の都と書いて神都と呼称しているそうだ。
神都とはまた御大層な呼び名を付けたものだ。
私は、王都ガルネスの北、ガルネスト海に臨む名前も知らない浜に敷いたベースキャンプの指揮官用に張られた魔導具のテント【五等星天幕(アシュランス王国軍支給タイプ)】の中で、就寝前の日課素振り三百回をこなしていたはずだった。
それは一瞬の出来事だった。
突然、視界が白一色に染まり。
刹那、私は高山の中腹に立っていた。
「!? あ? え、何が……」
「「「「……ガヤガヤガヤガヤ」」」」
夢? 理解が追い付かない。 夢でまで素振りをしてる私ってどうなんだろうか?
「もういい年齢なんだ。早く嫁に行け」
と、顔を合わせる度に同じ事を言って来る父(ゼルフォーラ王国、ゴジモ・シルキューレ士爵)。
「男の真似事をしてどうする。お前は女なんだ」
と、顔を合わせる度に冷たい視線を向けて来る兄(ゼルフォーラ王国、ミッドリー・シルキューレ次期士爵)。
「戦いは父上や兄さんに任せておけばいいよ。姉さんと僕は戦い以外の事で」
と、予備でしかない自身の立場を理解し兄ミッドリーの補佐役に徹する弟(ゼルフォーラ王国、ラッシュ)
「私はいつだってリアあなたの味方よ。あぁー早く孫の顔が見たいわぁ~」
と、味方の皮を被った母(ゼルフォーラ王国、ブリギッテ)
何だ? 妙に騒がしいぞ。
堰を切ったかの様に騒がしくなった周囲の声に、逃避しかけた意識が呼び戻され、少しだけ冷静さを取り戻した私は、騒がしい周囲を見回し絶句した。
全員全裸。全裸で見慣れた顔が騒いでいた。
「まさか、私も……だよな……スゥー、フゥー」
慌てて自身を確認し、一度だけ頷き、周囲に女性の兵士ばかりがいることに少しだけ安堵し、軽い深呼吸でスイッチを入れた。
「皆、聞け。我々の身に何が起こったのかは現時点においては分からない。だが一つだけハッキリしていることがある。これは最優先事項だ。あそこに食料用の家畜が見えるな」
「「「「はい」」」」
「隠せる程度の服で構わないだろう。人数分の服を作るぞ。大至急だ」
「「「「はい」」」」
そこからは早かった。
女ばかり千二百人の野営であったことに感謝した。
大事な部分だけを隠した服。煽情的で刺激的なワイルド感溢れる下着にしか見えない家畜の皮と毛で作った服を装備した我々は周囲の探索を開始した。
汐の強い砂地に生えるような草。高山には不釣り合いな草や虫や鳥。
六ラフン程行軍した地点にあった緩斜面から見下ろすと、先程まで真っ暗で何も見えなかった崖の下や麓に夜の街の様に小さな灯りが沢山揺らめきだした。
「魔術のようだが、距離はどのくらいだ」
「計測を……計算しますのでお待ちください」
計算に強い兵士に距離を確認したところ、近い集団で約二千七百メートル、一番遠い集団で約二千七百四メートル。
「我々第一部隊は、眼下の集団がいる地点をゼロと仮定した場合、標高約二千七百メートルの地点にいることになります」
「距離的には船があったあたりか?」
「はい。ざっと六十から百四十メートル程離れているようなので、あの辺りに第二、第三、第四部隊がいるのではないかと思われます」
自軍との合流は今直ぐには無理だと判断した我々は、同じく浜にベースキャンプを張っていた他国の軍と合流すべく、浜の布陣を思い出しながら探索を再開した。
縦約七百メートル横約三千メートルの浜に敷かれた解放軍の各国の陸上部隊のベースキャンプ。
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「これより、ゼルフォーラ聖王国軍のベースキャンプに向かうぞ」
「「「「はっ」」」」×15
崖の様な斜面を移動すること一時間強。
余談だが、時間の概念は規律を生み生活にメリハリが出来た。たまに窮屈にも思えるが、私はこの時間をコントロールし未来へと繋げる喜びを密かに満喫していた。そのおかげもあってか、カウンを刻みラフンを刻み二時間程度なら素振りの体感でほぼ正確に把握できるようになっていた。後は応用するだけで、一時間だろうが三時間だろうが凡その時間の経過を把握できた。
「高所での移動は想像以上に厳しいな。無事に戻ることが出来たなら陛下に高所での訓練の重要性を報告するとしよう」
「「「「……はい」」」」
ゼルフォーラ聖王国軍のベースキャンプ、ララコバイア海洋王国軍のベースキャンプ、ターンビット王国軍のベースキャンプ、ジャスパット王国東朝廷軍のベースキャンプ、ジャスパット王国西朝廷軍のベースキャンプ。
給仕など非戦闘員と待機部隊の兵士に家畜の廃棄部位を燃やし狼煙で船上部隊に合図を送り続けるようにと指示を出し 。十六人の部隊を五つ編成し、各部隊に探索と割り当てた国のベースキャンプへの最短ルートの把握及び移動及び情報交換を指示した。
私が向かったのは三百メートルしか離れていない東隣りのベースキャンプだったが、赤い岩肌が向き出しになった崖のような斜面を握力頼みで行軍し、今にも崩れてしまいそうな斜面や大岩を迂回し乗り越え、到着した時にはもうヘトヘトだった。
想定以上の疲労と不安の中、全裸のゼルフォーラ聖王国軍の兵士達と伝令が戻るのを待っていると。
「大尉、リア遠征旅団団長殿。オーレリー王子がお会いになられるそうです」
「そうですか。それでは案内してください」
「畏まりました。……それと」
「何か?」
「はい。オーレリー王子、クレーリー王子、フェトロング辺境伯爵、ヘルネー名誉男爵は、緊急の会談に際し、全裸での無礼をお許しくださいと……かくいう私も全裸ですのでもうなんと言いますか、はい……」
「クローレ。持参した衣類(家畜の皮や毛)を女性優先で配りなさい。王子様と高級(高級士官を短縮して呼んでいる)には全裸で会議に出席されては私達も困りますので、パンツだけでも渡しましょう」
「はい」
「サーリア、ゼルフォーラの家畜の状況を今直ぐ確認。ここは我が軍ではありません。現場で判断できない場合、会議中でも気にせず報告しに来てください。馬に関しては王子様に私から確認しておきます」
「はっ!」
「リコッタは私と一緒に会議に出席。後の十二人は六人ずつに分かれクローレとサーリアに同行。以上」
「「「「はっ」」」」
家は、草原牛、草原猪、岩飛び羊、馬をベースキャンプに移しておいたから良かったけど、他はいったいどんな状況になってるのかしら。塩漬け肉、燻製肉、ファルダガパオで持ち込んでいた場合。……命ある存在だけがあの一瞬の光に巻き込まれた可能性が高いのは間違いと思う。
前に陛下とchefアランギー様「果物も穀物も生きてますからね」「食材は鮮度が命ですからなぁ~、はい」がアヤ少尉「そうなのですか?」と話しているのを立ち聞きしてしまったが、おっと、今はこんなくだらないことを悩んでいる時はないな。
憧れの剣姫サンドラ様に笑われぬ様、気を引き締めなくては。
頑張れ私。
パンパン
立ち止まり、頬を両手で軽く叩き気合を入れた。
頑張れリア。
貴重な時間をありがとうございました。