5-39 スカーレットウォーカー、南商業エリアグルメジャーニー①
スカーレットに戻った俺は、公務服から普段着に着替え、エルドラドブランシュ宮殿の三階にある家族専用のリビングダイニングルームの俺専用のソファーに腰掛け、本来ならばまだ公務中の夕方前の慌ただしい時間を一人まったりと寛いでいた。
ロザリークロード様も先代のバハムートもエリウスもリュシルも遅過ぎる。
街を歩くだけなのにいったい何をやってるんだ?
時間かかり過ぎだろう……。
一時間以上も待たされるって分かってたら研究室で時間潰してたよ。ハァ~…………。
―――20:40
「おっそいなぁー」
……そう言えば、すんなりと離れてくれたよな。いつもだったら「(公務中の)ロイク様を、(オフ中の)主殿を御守りするのは私の役目です。御安心ください。何が起きようとも何人にも邪魔はさせません」って、兎に角後ろに立っていたがるのに、珍しく自らさっさと報告に行ったよな。
家(宮殿)の警備部が混んでるとかあるわけないし何やってるんだ?
……リュシルも散策してから温泉に入れば良いのに。「この身を清めて来る故暫し待っててくれるか」って、温泉好き過ぎだろう。確かに気持ち良いけど、順番が逆だと思うんだよなぁ~。
……そう言えば、ロザリークロード様も変なこと言ってたな。「散策する前に腹を空かせて来る」って、どういうことだ?
……先代のバハムートも、「アオスゲツァイヒネト。お供致します」って、二人で何処かに転位移動しちゃうし。
幼女というか竜の考えることは分からん。まぁ~何にせよ、腹が減ったら戻って来るってことだろうし、神様絡みだし、いちいち気にするだけ時間の無駄だな。
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―――21:30
「全力で腹を空かせて来た。今の我ならば都の家畜全て平らげ釣り銭が出るであろう。ガッハッハッハッハ」
可能なんだろうな。神様だし。
「ほどほどでお願いします」
「綾じゃ綾。我の眷属ロイクは言葉の綾も知らんのか。幾ら我とて一度の食事で都の家畜を全て平らげるなどせん。朝昼夕とじっくり楽しむ下界の機微くらい心得ておる」
「この世界では食事を三回に分け楽しむのですか?」
「そうじゃ。ここコルト(下界)には、朝昼夕と決まった時間に腹を満たす仕来りがあってな、満たした後にはデザートタイム、ティータイム、セカンドティータイムと至高を凝らした食事が続く。至れり尽くせりの世界がここコルト(下界)という訳だ。我はその中でもハチミツやメープルシロップやサトウをたっぷりと溶かしたブランデーのストレートと家畜化された平原魔牛のニンニクと香草をたっぷり効かせた姿焼きが好きでな。ぬおぉ―――、考えただけで涎が止まらぬ」
「楽しみです。誉高き神の舌を持つと謳われる邪神竜様を唸らせるほどの一品。まだ見ぬ未知の食べ物のはずなのですが」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
「腹の雷が収まりません」
「そうであろう。そうであろう。暫しの辛抱じゃ今暫く待つが良い」
正面のソファーに並んで腰掛けている二人の幼女。
何とも言えない会話に俺の隙間はないと判断した俺は、求められる度に相槌だけを笑顔で打ち続けた。
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―――21:50
「主殿、長らくお待たせ致しました。焔ゲート(南の門)にて皆様お待ちになっておられます」
「皆様?」
「はい。警備部に事前報告のため伺いましたところ、運良くエルドラドブランシュ近衛防衛隊とエルドラドブランシュ近衛魔術師隊とエルドラドブランシュ宮殿警備隊の合同ミーティングが終わる直前でした。応接室で数ラフン程待っていると、宮殿警備隊の隊長殿と近衛防衛隊の隊長サラ殿と近衛魔術師隊の隊長パフ殿が態々応接室まで足を運んでくれました」
「そういえば、今日ってトライアングルミーティングの日でしたね。遠征で人手が足りていないから一次的に宮城の兵士を街に配置するとかアドベンチャーギルドとの連携を強化するとかそんな感じの議題だったかな」
「応接室で軽く話した程度ですので詳細は分かりかねますが、掏り、窃盗、置き引き等の物盗り被害が増加し手を焼いているとのことでした。組織化が進み幾つか大きなグループが出来上がり小競り合いから殺傷事件に発展するケースも数件確認されているそうです」
「スカーレットに泥棒の集団ですか。どの辺りですか?」
「東部入植地区の第五大橋(ロア大橋)を渡り、王立街道ルート・一をモルングレー方面に一キロメートル程進んだ辺りに最近できたという集落をどのグループも拠点にしているそうです」
「……ゼルフォーラ王国の話ですよね?」
「はい。物盗り達は、行商人や旅人、時には冒険家や傭兵に成りすまし我が国に入国し悪さを働き我が国を出国しているそうです」
「あぁ―――邪魔だからって国境を取っ払っちゃったのが仇になった感じか。ゼルフォーラに拠点があるんじゃ兵士や警備隊では無理ですね。……ゼルフォーラかギルドに動いて貰うしかないような」
「ミーティングも最終的にそのような結論に至ったそうです」
「だろうな」
「サラ殿もパフ殿も明日バルサ殿に相談すると申しておりました」
「妥当ですね」
「御三方が退室された後、担当の者に事前報告し書類の確認をしていると、アリス殿がお見えになり、スカーレットがフライングドラゴンかドラゴンに強襲されエルドラドブランシュ近衛騎士隊が討伐のため出陣する体で演習を行いたい。フライングドラゴンでもドラゴンでもいいから討伐演習用に貸し出して欲しいと担当の者に詰め寄っていました」
あれれ、サラさんとパフさんが加わるのかと思ったら違うみたいだぞ。って、にしても、アリスさん。いったい何考えてるんだ? 訓練とか演習にドラゴンってヤバ過ぎないか?
「家にドラゴンを使役してる部署なんてありましたっけ?」
「ありません。ですので、警備部の申請受付が担当の者には荷が重いと判断し、アリス殿にフォルティーナ様かロザリークロード様に相談してみてはどうかと進言しました」
「なるほど」
「アリス殿は、夕食時にでも相談してみると申しておりましたので、本日これからロザリークロード様と先代のバハムート様が主殿とリュシル殿の案内でスカーレットを観光する予定になっていると伝えました」
「普通の流れですね」
「アリス殿は、スカーレット観光に是非とも参加したいと申され、折角だから皆にも声を掛けるわと応接室を後にされました」
「ふむ」
……皆ね。なるほど。
「書類の確認が済み応接室を退室しようと立ち上がった時です。マルアスピー様より「私が迎えに行くまでエリウスはそこで待つことになるのだけれど良いかしら?」と、念話が届きました」
「ふむ」
「マルアスピー様は主殿と等しく我が主です」
「ですね」
「マルアスピー様が迎えに来るまで応接室にて待機しておりました」
「……なるほど」
「そして、マルアスピー様より御指示をいただきまして、主殿をお迎えするに至ったという次第でございます」
ようは、アリスさんから話を聞いたマルアスピーも観光に参加するってことね。
「ところでリュシルは、」
「リュシル殿もホムラゲートにて既にお待ちになっておられます」
「そうなんですね」
「はい。デートの法則十七の常識を制する者が世界を制する。故に気にするなと申しておられました」
「へ、へぇ~」
世界を制する? ……街を散策するだけなんだけど。
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ホムラゲートに移動した俺達は、リュシル、マルアスピー、アルさん、マリレナさん、バジリアさん、パフさん、アリスさん、サラさん、テレーズさん、バルサさん、メリアさん、カトリーヌさん、エルネスティーネさんと合流した。
今この場に居ないのは、フォルティーナ、トゥーシェ、ミューさん、サンドラさんの四人だ。
スカーレットの街を散策するだけなのに凄い大所帯になってしまった。
「凄いことになってますね。街を散策するだけなんですが……」
余り目立ちたくなかったのに。
「エリウス様。まことにの宜しいのでしょうか? 御家族総出で城下を御視察なされるのに、本部より馬車も警護も不要と通達がありました」
「問題ありません。開門を」
「……」
「開門!」
「は、はっ! 開門!!」
ホムラゲートの衛士責任者(女性)とエリウスがヒソヒソ話をしているところを見てしまった。
俺は何も見ていない。見ていない。何も聞いてませんよ。
紳士な俺は咄嗟に神耳を意識し聴覚を鈍感にした。
個のプライベートは可能な限り守られるべきだ。
―――アシュランス王国
王都スカーレット・南商業エリア
R4075年10月7日(邪)22:00―――
スカーレットとサーフィスを繋ぐ大きな街道。王道一号線通称ホムラ街道。
ホムラ街道の最北地点ホムラゲートから真南に約二千二百四十メートル歩くとノートルダム大聖堂があり、ノートルダム大聖堂から真東に約七千四百六十メートル歩くとスカーレット大神殿がある。
今日はノートルダム大聖堂から東へは向かわず更に南へ約一千メートル歩いた場所にある南商業エリアを散策する。
南商業エリアを案内することにしたは、南商業エリアがスカーレットで最も活気に溢れた場所だからだ。
「大通り沿いと聞いておったが、あっちの小路からもそっちの通りからもあの建物の向こう側からも良い臭いがしてくるではないか」
「邪神竜様。これはたまりませんなぁ~」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
「ふっ。バハムートよ。我に着いて参れ」
「はい」
「って、勝手に動いちゃダメだって言いましたよね。必ず案内役と一緒に動くって約束しましたよね?」
「うむ。我をいったい誰だと思っておる。交わした約束を反故にするような低俗な輩と一緒にするでないわ」
「異かコルト下界の管理者よ。約束は必ず守ろう。邪神竜様と私はあの店が醸し出す得も言われぬ香しさに既にメロメロである。案内の二人にはこれより右の道へ進みあの店にて食を楽しむ粋な計らいを切に願う」
自由勝手に好きな様に動かれるよりも、行きたい店に連れて行って好きな物を好きなだけ食べさせて、サクッと満足して貰った方が良いだろう。
「皆聞きましたね。本日の一号店はあそこの炉端焼き専門店海の幸が集う漁師の家にします」
「おおぉぉ――~~我が眷属ロイクよ。愛しておるぞぉ~♪」
「管理者よ。私も今だけ其方を愛すと誓うぞよぉ~♪」
「はい」(×12)
あれ? マルアスピーだけが返事をしていない。
「どうかしたんですか?」
「ねぇロイク」
「はいなんでしょう」
「あそこの炉端焼き専門店海の幸が集う漁師の家も良いのだけれど、隣の無人島の汐薫甘味処サンデーが気になるわ。のぼりを見て御覧なさい」
えっと……。
「塩ビッグサンデー黒蜜デラックス誘惑のそよかぜ。一日限定千個。一個二千八百NL……」
マルアスピーのマイブーム塩シリーズか。
「実に興味深いわ」
「ブレませんね」
「そうね」
「一日千個って最早限定でも何でもないと思いませんか?」
「ロイク様。あれを」
「あれって、……!!」
雉丼の又鬼亭って書いてますが。
「はい。私、あれを食べてみたいです」
「え? 雉って鳥の雉ですけど良いんですか?」
「はい。私、ヘルシーな鳥料理なら二人前くらいペロリといけちゃえる口なんですよ」
そういえば、焼き鳥のつくねとか白い唐揚げとか美味しそうに頬張ってるとこ何度も見てるな。アルさんは大白鳥の神獣女神様であって厳密には鳥じゃないから良いのか。
「家の方針はお客様第一です。まずは炉端焼き専門店海の幸が集う漁師の家に行きましょう。chefアランギー様には夕飯は外で済ませるから今日は残念だけど帰宅後のティータイムだけでお願いしますと伝えてあります。なんで、好きな店で好きな物を食べましょう。それが今日の夕飯です。エリウスも好きな物食べてください。じゃないと夕飯抜きになっちゃいますよ」
「ありがとうござます。主殿、店に入ってからで構いませんので、タブレットで検索していただけますでしょうか」
「構いませんよ」
「重ね重ねありがとうございます。牧草専門店或いは新鮮な草を扱っている店を一、二軒紹介して欲しいのです」
「分かりま、えぇ?…………」
ありがとうございました。