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このKissは、嵐の予感。(仮)   作者: 諏訪弘
ーガルネス編ー(傍観)
351/1227

5-28-11 異世界転移は、嵐の予感しかしない。⑪

 空気が美味い。

 青い空。

 白い雲。

 二つの陽。


 あぁ~風が心地良い。

 ここは、何もかもが心地良い。本当に地獄だ。


 ……。


 隣を歩くカゲユイマの男さえいなければ。


「いやーお迎えにあがって正解でした。審議小屋には明り取りがないので、もしかしたらまだ寝てるのかなとは思っていたのですが、いやー良かった良かった」

「初めての経験でした。踏まれて起こされるなんて……」


「ドアの直ぐ目の前に寝てるとか誰が想像出来ます? 想像できるのはフォルカーさんか絶対神様くらいです。それにお詫びとして昼食は花の群生地に案内するって、花と草ですか、だったら踏み躙られたことは綺麗サッパリ忘れます。って、約束しましたよね?」


「はい。でもまだ食べてないので忘れはしましたが納得はしていません」


 強制労働を強いられる私に、さりげなく目覚めの一撃を与える辛辣さ。何の役にも立たない私がダメなのかもしれないが、カゲユイマらしい陰湿さに脱帽だな。


「仕事の前に屋台通りで朝食を済ませたいのですが、何か食べたい」

「新鮮な草で!」

「もの……夕食も草だけでしたよね?」

「いえ、藁も大変おいしゅうございました!」

「え? 藁も食べられたのですか?」

「普通は食べますよ」

「肥料とか家畜の餌とか籠とか屋根の材料になる藁の話であってますか?」

「その藁で間違いありませんよ。藁は良いですよねぇ~。新鮮な草にはない香ばしさと酸味、風味が違うんです」

「…………そうなんですね。そうなると草や藁をメインに扱ってる屋台は、……地震の復興がまだ終わってないのでないので(・・・・)、作業場の近くを流れる遊水の周辺に茂る草の生育状況でも見ながらにしましょうか」

「是非それで!」


 黄色いと白色が混ざりネットリしたペースト状の物と葉物を真ん中に穴の開いた丸いパンで挟んだけったいな食べ物を購入するのに付き合い。

 そして、作業場の近くの遊水へと到着した。


「水路」

 率直で的確な意見だと思う。


「ここでは遊水と呼んでいます。集落の中央にある噴水から八つの遊水が流れ日々の生活を支えています。飲み水は井戸に頼っていますが、それ以外ではこの遊水を皆利用しています」

 もしかして井戸の横で洗濯はダメだった?


「飲まないのであれば、遊水の方が便利で楽です。それに、作業場にも近いですからね」

 作業場にも近い。近いって言うか、目の前だし。


 遊水辺に生えてる草を右手で毟り取り、口へと運び咀嚼する。


 あ、昨日の横になりながら食べた草と同じ味がする。


 つい、カゲユイマの男と視線を合わせてしまった。

「分かる人には分かるものなのですね。審議小屋に運んでおいた草は、昨日私がここで採集した草です。味の具合が良く分からないので不安だったのですが」

「美味しいです! 草原の草より凄く美味しいです!」


 両手で草を毟り取り口へと運ぶ。


「それは良かったです。私も朝食にします」



 カゲユイマの男と遊水を眺めながらとる朝食は、状況が複雑なだけで、特になんてこともなく今迄口にした中で一番美味しいものだった。


 やっぱり草が違うと全然違う。草っていったらこれだよ。これっ! もうメアの草なんて食べられない。口にするのも嫌だ。


 モグモグモグモグモグモグモグモグ。




「お! 村長、またフラれたのか! あっ、何だてめぇーもいたのか。って、何食ってんだそれ草だろが」

 草だろう。って、草にしか見えないと思うのだが何か他の物に見えていたり……は、なさそうだな。

「棟梁も一緒に食べますか?」

「い、いやいい。遠慮しとくわ」



「それでは、陽が重なった頃に迎えに来ます」

 昼食が楽しみだ。花の群生地、ワクワクが止まらない。

「ありがとうございます」


 カゲユイマの男が視界から消えるまで見送ってから、洗濯物を手に取る。


「おい」

「はい。棟梁」


「てめぇーは洗濯しなくて良い。自分の物は自分で洗濯する。今日からそうなった」

「そうなると私はいったい何をやったらいいのでしょうか?」


「昼食。掃除。見学」

「見学? 見学ってあの見学でしょうか?」


「あぁ、あの見学だ。作業中は邪魔なんでさっきいた遊水の少し上流に平たい一枚岩がある。そこにでもいろ」

「え? 見学」

「要がある時は呼ぶ。村長には言っておく。何も気にしなくて良い、流れでも見てろ」

「………………と、棟梁」

「今日は昼飯も掃除もやらなくて良い。見学だけしてろ! 返事!」

「は、はい」



・・・・・・・


・・・・



 平らな一枚岩に腰掛け、水の流れを見つめながら咀嚼する草はこの上なく美味しい。


 手の届く範囲の草を食べつくした頃。


「フォルカーさん。昼食休憩です。花の群生地に行きましょう」


 気が付けば、二つの陽が一つに重なっていた。


 カゲユイマの男が迎えに来るはずだ。


「あれ? 朝は楽しみにしていませんでしたか?」

「えぇ、今も楽しみにしています。ただ、遊水の流れを見ていたら考えてしまって」

「二日目にしてもう変化が生まれたのですね。順調そうで何よりです」

「ん?」


「ですが、それはそれ。気分を変えるのも大切です。行きましょう」

 遊水と草にも飽きたし、気分を変えるのも悪くない。

「そうですね」


 立ち上がり、遊水沿いを下っていると。


「やべっ、漏れる漏れる」

 ジョボジョボジョボジョボジョボ…………。


「ふぅ~、あっぶねぇーところだったぜ」

「俺も俺もっと」

 ジョボジョボジョボジョボジョボ…………。


「しっかし地震のせいだ我慢しろっておかしいよな」

「皆我慢してるとか嘘くせぇ!」

「ああ。工具がありゃ作業場なんて何処でもどうでも良いけどよ、トイレは欲しいよな」

「棟梁も何度も掛け合ってるらしいぞ」

「遊水が目の前にあるんだから、順番が来るまでそこで済ませろとかマジふざけろよ」


「おっ、先輩。またトイレ休憩っすかぁー」

 ジョボジョボジョボジョボジョボ…………。

「ふぅー……どしたんすかぁー」


「いや、何でもねぇ。飯食いに行くぞぉ」

「昨日の新人一日だったな」

「そっすねぇー」


・・・

・・


「あそこ大工達のトイレだったようですね」

「あそこの草……今朝食べちゃいました」


「すみません。昨日の」

「言わないでください」

ありがとうございました。

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