5-28-2 異世界転移は、嵐の予感しかしない。②
・・・
・・
・
雲一つない真っ暗闇の東天に昇った微かに揺らめくロウソクの灯のようなズジランがあと半時程で天頂に達する。
ファフルの空は今日も私の心とは裏腹に、穏やかだ。
「ふぅー」
ディステルティーの香りに癒され張り詰めた心の糸が少しだけ緩む。
「落ち着きましたか」
「……はい」
優しい声、短い言葉。今のでもう何度目だろう。もう一人の母アレッサ様のさりげない気遣いに、心が温かくなる。
私の部屋にアレッサ様と母ズザンネとミミリーが一堂に会しお茶をするのは初めてだ。嬉しいはずなのに、それなのに今は良く分からない。
私の傍には皆がいる。けれど、スージーの傍には誰もいない。心にポッカリ穴が空いてしまったみたいだ。皆がいてくれるのに寂しい。
……私は何をやっているの。
石畳を蹴る蹄鉄の音が近付いては腰を浮かせ遠退いては座り直し紅茶を口に運ぶ。お茶の席とは思えない途切れ途切れの会話、弾まない会話は私のせいだ。
いつもなら、スージーがいて皆がいて話題のお菓子があって淹れたての温かい紅茶があって何気ないお喋りが弾み笑顔があった。
つい先日まで、アレッサ様のお部屋にはあった。当たり前のように私達が集まって、全部あったんだ。
……どうしてここにスージーがいないの?
窓の外が外の音が。どうしても気になってしまう。
「レオナお姉様。もう一杯いかがですか。?? レオナお姉さま?」
「…………あ、ああえっと。ミミリー話の途中でしたね」
「お注ぎしますね」
「そ、そうね。いただくわ」
「レオナ、次期当主としてならいざ知らず、姉として妹に気を遣わせてどうするのです。それに、また顔が悲しい表情になっていますよ」
「アレッサお母様申し訳ありません。いつものようにいつも通りに迎えようと言い出しておきながら……」
「今のアナタを見たらスージーはショックを受けるでしょうね」
「お母様」
……私は何をやっているの。私が心配されてどうするの。
「レオナお姉さま。スージーお姉様に口留めされているので話すことは出来ませんが、ここには御当主様も居りませんし、家族しかいないので大きな声で独り言を喋っても恥ずかしくないと私は思っています。ですので、私が独り言を喋っていても気にしないで優しくスルーして欲しいのです」
「「「……」」」
私達三人は目を合わせると沈黙を以てミミリーに独り言を促した。
・・・
・・
・
「...... ~ ......だから王家を利用して奪い取ることにしたの。そんな恐れ多い言葉の後で、一枚の呪詛札を見せられました。これはね。私の意志に反する意思や悪意を有害なものとしてひとまとめにしてくれるものなの。で、次はこっち。口を大きく開けながら聞き取り難い言葉で、右の奥歯の裏っ側に見えるかしら。私が見えませんと答えると、まぁ見えなくても良いわ。こっちのは最終手段らしいから人に余り話してはいけないらしいの。私に話てしまっても良かったのですかと質問すると、良いの良いの見えたらどんな悪気六芒陣か教えて貰おうと思っただけで、そんなに気にしていから。そうですか、それなら良いのですが。最終、と言いかけた私に重ねる様に、婚約解消までさせられたのよ。これはもう半分維持で仕込んだようなものだからフフッ。怪しい含み笑いを一瞬だけ見せると、秘密って程のことでもないけれど皆には秘密内緒にしておいて。分かるでしょう、呪詛札とか悪気六芒陣とかってもう普通に痛い女でしょう。痛いと言うよりも怖いですと答えると、怖い女かぁ~、それ良いかもありね。スージーお姉様は何度も頷きながら最後に言いました。はい、この話はお終い。婚約解消のお礼とお別れの挨拶の序に色々と仕込んで来たから今日は疲れてるの。早いけどもう寝るわ、おやすみなさい。と」
「スージーらしいわね」
「……そうね。スージーらしいわ」
母ズザンネが小さく漏らした言葉はまるで誰かに言い聞かせているようだった。アレッサ様は、全てを呑み込むかのようにディステルティーで喉を潤すと、少しだけ間をあけてから母ズザンネの言葉を肯定した。
王家を利用する。え? 奪い取る。ええ?
それに、スージーやり過ぎよ。呪詛札はお守り替わりだとしても、悪気六芒陣を体に刻み込むなんて危険過ぎる。
私達は普通のオウィスなのよ。王家に嫁いだからといって身体的に強くなる訳じゃない。絶対的強者は絶対的強者のまま揺らぐことはない。この世界の常識を忘れてしまっ…………そ、そうよね。ミミリーはスージーにべったりだったし。きっと、心配するミミリーを思って……違うわね。本気で何かを企んでる。手遅れになる前に止めなくちゃ。
・
・
・
***********************
ミミリーは、アレッサ様に引き取られるかたちで我が家にやって来た。
彼女の父デルドミガさんは、我が家の警備責任者であり、同時に我が男爵家の私兵を束ねる兵士長でもあった。顔は良く覚えていないが、周りの大人達より声も体も二倍は大きかったような気がする。
そして彼女の母マーヤさんは、アレッサ様の付き人であり、同時に伯爵家より寄与していただいた守護悪気使いでもあった。クールラビングビューティーなエリートで私の憧れ。まるで素敵を絵に描いたような人だった。
デルドミガさんとマーヤさん。二人は、千百年程前に勃発したドゥムアッフェ大戦の末期、終戦のちょうど一年前に帰らぬ人となった。
アレッサ様と母ズザンネとスージーと私は本当の家族の様にミミリーと接した。
対外的にはスージー専属の侍女。我が家ではスージーの妹。祖父エッガルモントですら孫娘の様に可愛がったこともあり。これは、使用人達にも終始徹底された。
スージーに至っては異母妹そっちのけでミミリーを可愛がり大興奮。何処に行くのも常に一緒だったことを良く覚えている。
ドゥムアッフェ大戦は、十二諸侯区グレーテッドソウル大王国が周囲の十二諸侯区に突如攻め入り、百年以上に渡り繰り広げた記憶に新しい近代大規模戦争の一つだ。
当時のヴィレーゼ男爵家の当主は父ウィリッツに家督を譲る前の祖父エッガルモント。
祖父エッガルモントは王家や軍から出兵命令が届く度に五十人程の小隊を編成し次期当主の父ウィリッツにその指揮を任せた。デルドミガさんは兵士長として父の補佐役を任され、マーヤさんは後方支援の要として父の相談役を任され従軍していた。
大戦末期、祖父エッガルモントは、銃後の補給部隊を警護する小隊の指揮を父ウィリッツではなく成人したばかりの父の実弟バードゼルに任せた。補佐役はデルドミガさん、警護兼相談役はマーヤさん。叔父バードゼルに経験を積ませるのが目的だった。そして、終戦のちょうど一年前にあたる日。小隊は補給部隊と共に潰滅した。補給部隊の隊長は十二諸侯区バフォメランド王国の王家一族に名を連ねる若き殿下が務めていた。
復讐という大義名分を連鎖させ泥沼化した終わりの見えない大戦は、十二諸侯区グレーテッドソウル大王国による王国領への侵犯が引き金となって終戦を迎えた。
大戦の終結はあっけないものだった。(メア)王の命を受けた七魔公の一角狼魔族によって派遣された二人の兵士に僅か三日で蹂躙鎮圧され、十二諸侯区グレーテッドソウル大王国を無条件で降伏した。
ドゥムアッフェ大戦でヴィレーゼ男爵家が出兵した回数は、九百七十七回を数えた。
***********************
・
・
・
ん? 蹄鉄の音、が、止まったっ!?
ありがとうございました。