5-27 ハイジィーさんの祖父母③
「落ち着いたところで改めて確認します。スージーさん貴女はメア王国一二諸侯区の一つバフォメランド王国を統治する羊魔王バフォメットの実弟ジュレーヴィ・ザド・アドゥバス卿を知っていますね」
「へ、陛下。メア王国? バフォメランド王国? いったい何のお話し」
「…………は、はい」
「をってお祖母ちゃん、はい、はい。って、え? えぇっ!?」
「恥兎。……騒がしいのぉ~話の一つも静かに聞けぬのか?」
「うっ。もっ、申し訳ございません。王妃様、お許しください。静かにします静かにします。もう喋りません。ですので何卒。何卒、何卒何卒あの、あの躾だけはお許しくださいませ」
ハイジィーさんは椅子から飛び降りると、息もつかせぬ早業早口で悲鳴混じりの五体投地を披露している。
「……恥兎。話が進まぬ。そのまま床に横たわっていてもよい故、暫し口を聞くでない。分かったか」
「は……い」
どうやらリュシルも五体投地を謝罪だとは認識していないようだ。って、それよりも目的を果たさないと。
「そのユマンの姿は創造神様の奇跡らしいんで今は気にしないことにしましたが、羊魔族の貴女が家族にまで悪兎族だと種族を偽っていたのは何故ですか?」
「何処までご存じなのでしょうか?」
「ここで話てしまっても」
「構いません。いつかこんな日が来ると、今がその時なのだと思います」
スージーさんは俺の目を確りと見据え力強く頷いた。
「分かりました。この話はフォルティーナえっと、創造神様に次ぐ神格位の神様で運と遊びと嫌がらせを司る女神様から聞いた話です。ランドリートの肥溜め池の底で見つかったモーヴェシープの遺骨は羊魔王の実弟ジュレーヴィ・ザド・アドゥバスの分魂を託された者のなれの果て本物の貴女、貴女の実妹本物のスージーさんの息」
「妹はジュレーヴィ様に見初められ第九九夫人として嫁いだばかりでした」
スージーさんは、息子さんの遺骨ですねと俺が言い切る前に言葉を被せて来た。
ちょ、最後まで聞いて……今、何て言った?
九九人って聞こえたような気が、
「九九人って、何か耳に馴染みがなくて、あぁもう一度お願いします」
「妹は九九番目の妻として嫁いだばかりでした」
……あってたのか。
「バフォメットのところも子沢山であったがぁ―――ふぅ~むなるほどのぉ~。うんうん、うんうんう~む。のぉー旦那様よ。種族は違えども良き先人の良きところは見習うべきだと妾は考える。妻も子も多いにこしたことはない、争い切磋琢磨し強い者のみが生き残り次代を育むは道理。故により良い未来を思うのであれば努力を怠ってはならぬ。そうは思わぬか?」
リュシルの思考は何故か嫌ってるはずの神様寄りなんだよなぁ~。無視で良いや。
しっかし、九九人も奥さんねぇ~……想像できないや。あれ?第九九夫人番目って。もしかしてもっと奥さんが。いるのか? 気にはなるが今必要か? 気にしたところで何かあるのか? ……ないな、うん。
「ある日、妹と私は数人のお供を連れ王都ファフルの仕立て屋におくるみを買いに行きました」
何か急に語り始めたぞ。ここはリュシルに邪魔されないよう細心の注意を払った相槌で華麗にリードしサックと終わらせようじゃないか。
「おくるみって赤ちゃん?」
「妹は三つ子を身ごもっていました」
「なるほど」
できちゃったから結婚したとかそんなところか。って、
「みつ三つ子!?ですか。双子とかはたまに聞きますが、凄いですね」
「たまにか? 旦那様の従兄弟にも双子がおるではないか」
うん? ……いたっけ?
「双子の王子がおったではないか」
双子の王子? あぁあぁあはいはい。
「リュシル。アルセーヌ王子とガスパール王子は母の従弟で俺のじゃないです。って、この話は置いといて、スージーさん、それで三つ子を身ごもっていた妹さんはどうされたんですか?」
華麗にリードするつもりだったのだが……。
・・・・・・・
・・・・
・
「……そして事件は仕立て屋の中で起こりました。妹と私と共に入店した侍女、店主と二人の職人、私達六人は仕立て屋の中にいたはずなのですが石畳の上噴水の前に立っていました。四千年以上も前のことです」
四〇〇〇年以上も前の事件ねぇ~。
……これって転位移動したってことだよな? うん? 召喚か? まぁどっちでも問題は同じか。メアからコルトに移動したってことが問題な訳だから。
…………現れた場所を調べてみる必要がありそうだな。
「立ってた場所って、ランドリートの噴水の前ってことですか?」
「はい」
「あの時は驚いたというか危なく死にかけた」
「死にかけた?」
フォルカーさんがスージーさんの話に入って来た。
「噴水と私達の間をちょうどタイミング良く歩いていたフォルカーは私達が突然現れたことに驚き噴水に向かって飛び退き足を滑らせ石造りの池の淵に後頭部を強打し噴水池に後方宙返りで飛び込みました」
「は?」
「気絶していたのが幸いでしたね」
「幸い。……まぁー確かに溺れ死にせず済んだが。半年近く昏睡状態だった訳で……しかも目覚めると三つ子の父親にされて」
「兎は泳げませんからね。妹は昏睡状態だったフォルカーを献身的に看病し続け、そして看病の傍ら三つ子を出産しました。三つ子は上からイーゴン、フェルス、カイと」
「父と叔父さん!? あっ、申し訳ございません。喋りません。もう喋りませんのでお許しを」
「恥兎、許す故もう一度聞かせてくれるか」
「……か、畏まりました。フェルスは私の父の名前で、カイは父の弟叔父の名前です」
「のう恥兎。妾を謀るとは了見次第では、……分かっておるのか」
「えっ?……た、ばか……る? わ、私が?……そのようなつもりはっ」
「ほう。ならば確認する故、嘘偽り無く真摯に答えるが良い。分かったか」
「はい」
「恥兎、お前の祖母はそこのスージーで間違いないか?」
「はい、あっ!……あ、……えっと」
ハイジィーさんは言葉を詰まらせ沈黙した。
カミングアウトの後だしな。……さてさて、それにしても長引きそうだ。
「皇后陛下。申し訳ございません。孫は……ハイジィーは何も知らないのです」
「リュシル。ハイジィーさんは嘘なんかついてませんよ。スージーさんにっていうか国の方針で真実を告げられずにいただけだと思います」
「猫の国のか?」
「ええ。メアの人に限らずこっちの世界の王侯貴族やそれなりの身分や役職にある人って、高く優れた能力を持った存在が自分より立場が下で影響力が無いと、弱い内に大きくなる前に懐柔しようとしたり排他しようとしたり結構努力を惜しまないじゃないですか。どうせ努力するなら別のって思わなくもないですが。……大方、一二魔侯一族の血を恐れて排他ではなく懐柔した結果が今なんじゃないかと」
リュシルは、険しく難しい顔でウンウンと唸りながらハイジィーさんを見つめる。
リュシルから向けられる鋭い詮索の眼は、ハイジィーさんだけではなくスージーさんとフォルカーさんまでもを恐怖で沈黙させていた。
「旦那様よ。つまりこういうことか? ここはエロ猫一族が支配する国故バフォメットの血を恐れ取り込み秘密とした。秘密を知る者は少ないにこしたことはない。故に恥兎は何も知らず、故にスージーは姿を偽った。どうか?」
リュシルは俺の袖を軽く引っ張ると自身の考えを口にした。
ほぼ同じ意見だ。
「そんなところでしょうね。キャスパリーグってメアでは卿でしたっけ?」
「猫の卿は猫魔族、戦猫。エロ猫一族は下卿。忘れたのか?」
「こっちの世界だと余り関係ないんでどうしても覚えられなくてハハハハ。って、で、ですね。一二魔侯の一族とエイムバトラーやキャスパリーグだと強いのって、やっぱり」
「侯の一族であっておる。侯の乳飲み子等が何処までかは知らぬが幼子ともなれば猫如きに遅れを取ることはない」
「力関係は理解しました。それなら存在とかは」
「存在?」
「……個が持つ影響力とかそんな感じのものです」
「ふむ。難しい質問じゃのぉ~。メアの力とは個の悪気や握力腕力純粋な戦闘力だけでは語れぬ、旺盛な繁殖力、じいの様に誰彼構わず謀る輩も存外曲者じゃ。宗教なる知恵を付けたエロ猫一族の中にも一匹くらいは秀でた曲者がおっても罰はあたらぬ。だが全て本能と先入観と魂に刻み込まれた感覚次第とも言える。感覚など鋭にして鈍なものじゃ、こう見えても妾は意外なまでに正道故、羊も兎も猫も代り映えのしない……強いて言うのであれば旺盛な繁殖力で武装する人魔族や悪人族や獣下族かの。旦那様はどう思うか?」
うーん。微妙に話の内容が反れて来たぞぉー。
「その話は長くなりそうなんで今度にしましょう。……力には従う。って、解釈して良いですよね?」
「微妙ではあるが概ねそれであっておる故話を続けるか?」
「あぁーちょっと待っててください」
「ふむ」
「スージーさん。貴女はまだ俺の質問に答えてません。見つかった遺骨は」
ありがとうございました。